十七話 成長
「お兄ちゃんはお馬さん役ね!」
輝空とアルクは今、別れの挨拶回りをしている。
今回が四件目でアーシャという四歳前後の女の子の家に訪ねていた。
「馬? 王子様とかじゃダメなの?」
「お兄ちゃんは馬なの! 王子様はあそこにいるでしょ!」
と言ってアーシャが指を差した方向には、王冠が被せられ、少し汚れが目立つ年季の入った人形がある。
不服そうな顔でアルクは四つん這いになっている。
一方で、側で見守るだけの輝空はその光景を目の前に思わず口元が緩んでいた。
「こんなものしかないけど良かったら食べてね」
「すいません、気を使わせてしまって」
アーシャの母、ミローナは茶を淹れ、茶菓子を出した。
そして、ミローナは輝空と向かい合わせに座った。
「こうしてアルクがアーシャと遊んでくれるのも、最後になるのね」
ぽつりと呟くと茶を口に運ばせた。
ミローナは寂しそうな笑顔を浮かべて、二人が遊ぶ姿を見守る。
「アーシャちゃんとはよく遊んでいたんですか」
「私と夫が仕事で忙しい時にアルクにアーシャを預けることがあってね。私たちの両親はこの街には居ないし、どうもアーシャがアルク以外にはあんまり懐かなくて……それで、アルク以外の人にお守りを頼めないのよ」
「そうなんですね。でも、アーシャちゃんがアルクに懐く理由も分かります」
ミローナは口に手を当てて静かに笑う。
アルクは超がつくほどのお人好しで、困っている人を見かけたら決して放ってはおけないのだろう。ましてや、小さい子供ともなると更にだ。
輝空は茶菓子に手を伸ばした。ひとくちかじると、見た目も味もごく普通の、素朴なクッキーだ。
アルク達は出された茶などには興味を示さず、遊びを続けている。
今は、四つん這いのアルクの上にアーシャが乗っている。傍から見れば遊びというよりいじめに近い。
しばらく遊んでいる二人の姿をじっと見つめていると、輝空はふと思う。アルクが旅に出ることをアーシャに伝えればどうなるのか、ということだ。
「あの、アルクが旅に出るってこと、アーシャちゃんにはまだ言ってなかったんですよね。それって、大丈夫なんですか? もしかしたら凄い泣いちゃうかもしれないですし……」
「そうね……どうしましょうか。言わないのはあの子にも悪いからアルクとソラくんが行って、ちょっとしてから私が言うわ」
「そうですか……」
「その事ならアーシャに伝えたよ」
突然こちらを向いて口を開いた。
ミローナは「そうなの!」とびっくりとした表情で声を上げる。
ミローナと輝空の驚いた顔にアルクは首を傾げる。何がおかしかったのか自分でも理解していないようだ。
「そんなのいつ言ってんだ?」
「普通にさっきアーシャに言ったよ。なぁ、アーシャ」
「うん! お兄ちゃんが遠くに行くって言ってたよ。二人は知らなかったの?」
純粋な問いかけに両者笑顔がこぼれる。
いつ伝えたのか不可解な点はあるが、アーシャがそれを聞いて泣かなかったことに安堵した。
「アーシャにどうやって伝えたの?」
「しばらくアーシャには会えないって、伝えただけだよ。そんなに心配しなくても、アーシャはこれくらいじゃ泣かないよ」
「私泣かないよ。強い子だからね!」
「そう、よね」
席から立ち上がると、ミローナはアーシャの近くへと行く。
アルクもアーシャに自分の上から降りるように促した。
屈んでアーシャの顔をじっと見つめる。アーシャは不思議そうな目をしていた。
しばらく見つめて、ミローナはギュッとアーシャを抱きしめる。
眉間に皺を寄せ、苦しそうな面持ちを輝空に向けた。
鼻をすする音が、ミローナから発せられる。
「お母さん泣いてるの?」
アーシャを抱きしめていた体を少し遠ざけて、アーシャの頭を優しく撫でる。
「強くなったのね……アーシャ……」
「当たり前でしょ! 私もうすぐ五歳になるんだからね! 子供扱いしないで」
ふんと鼻を鳴らし、腕を組んでそっぽを向く。
その動作すらも愛おしく、自然と笑みがこぼれてしまう。
「アーシャはまだまだ子供だろ?」
「子供じゃないもん!」
さらにムスッとするアーシャ。これ以上からかうと泣き出しそうである。
――そして、平和な一時は儚く過ぎ去った。




