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異世界への扉 〜千年続く物語に、終止符を打つ〜  作者: 阿蘇輝
二章 【星と家族】
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十五話 目覚め

「おや、ソラ様。随分お早い時間にお越しになったのですね」


「はい、なんというか、居ても立っても居られなくて」


「そうでしたか。是非とも、中へお入りくださいな」


 輝空は言われるがまま、ドミトスの後に付いていく。

 教会内にある一部屋、特に奇抜な装飾などは施されていない。

 机に椅子、大きなベッドが置いてあり、申し訳程度の観葉植物が置かれているのみで、他には何も無い。

 そして、ベッドにはアルクがすやすやと眠っている。

 夜中に受けた大量の擦り傷は、ほとんどなく、事情を知らない人間からすればただ眠っているだけの少年と変わりない。

 何か、とてつもなく込み上げてくるものがあった。

 自分を守ってくれたことによる感謝はもちろん、今はただ、無事で良かったと心から安堵した。


「目に見える傷はほとんど、治癒魔法で治したつもりです。あとはアルクが起きるのみ」


「アルクが、比較的軽傷で済んで良かったです」


「そうですね。おっと、ソラ様。私はお茶を淹れて参りますので、どうぞそちらの椅子におかけになってお待ちください」


 ドミトスはそう告げて、部屋を一旦去る。

 輝空は目の前にある椅子に腰をかけて、一息ついた。

 夜はアルクが気にかかり、一睡も出来なかった。

 今この場でアルクが元気だと聞いて、どっと眠気と疲れが同時に襲いかかる。


 何も無い天井を見上げ、夜中の出来事を改めて整理する。

 まず、輝空は幸運を呼ぶ緑の星、と呼ばれるものの正体を掴むべく、散策した。

 それからしばらく歩いた後に、この教会の前で謎の集団、黒いフード付きの服に身を包み、不気味な仮面をつけた集団に出くわした。

 それから色々あって何とか黒いフードの集団を退けはしたものの、それから更に小柄で、やけに耳に残る特徴的な語尾をつける男が襲いかかってくる。

 恐らく、両者に共通して言えるのは、輝空を何らかの理由で連れ去ろうしていることだろう。

 その証拠に、アルクには目もくれなかったからだ。


「改めて考えると、ほんと訳わかんねぇ」


 頭を悩ませる問題に、思わず口が開いた。

 不可解な点が多すぎるが故に、問題解決どうこうの話では無い。


「お疲れのようですね」


 戻ってきたドミトスはお盆を手に持ち、その上には茶が淹れてあるティーカップ二つに、洋菓子のようなものが乗せられている皿があった。

 隙のない気遣いに感謝の言葉を述べつつ、机に置かれたお茶を一口飲む。

 ジャスミンティーに似た味わいで、すぐ口に馴染んだ。


「昨日は本当に災難でしたね。まさかこの街が襲われるとは……」


「この街が襲われた理由、多分……というか絶対俺のせいなんです。あいつらも、俺目当てで来てたみたいだし。こんなことが起きてしまった以上、この街に俺が滞在するのは街にとっても迷惑になるでしょうし、明日にでもここを離れます」


「そう、ですか……」


 本音では、まだこの街には居たい。それに、アルクともっと仲を深めたい。

 このまま不完全燃焼で終わるのは、輝空にとって惜しい結果だ。でも、この街をこれ以上危険にさらすような真似は、二度とごめんだ。


「それでドミトスさん。最後あなたに幾つか聞きたいことがあるんですけど……」


「えぇ、もちろん。私でよければなんなりと」


「ではお言葉に甘えて……って、どこから話せばいいのかいまいち分かんねぇ」


「でしたらまず、昨日ソラ様を襲った連中についての概要を少し、お話しましょうか」


「まじですか! ありがとうございます」


 思わず声を張り上げてしまった。

 ドミトスの知識量には本当に感心する。


「彼ら、ソラ様を襲った連中は恐らく、龍派死滅聖教という名の組織でしょう」


「なんとも物騒な名前してやがる……」


「組織の名の通り、我々龍を信仰しているものの死滅、根絶やしにすることが目的の集団です。信者の中では、反龍神教信者と呼ぶものもいます」


 どの世界でも宗教は存在し、その教えに背くもの、つまり異端者はいるという事実。

 そしてその中でも龍に選ばれたとされる輝空は、専ら彼らにとって邪魔な存在であり、標的になることには納得がいく。


「今回ソラ様が狙われた理由も、ソラ様が特別な方であるからこそなのです」


 特別と言うほど特別には感じていないが、信者の方からすれば、龍に選ばれた人間は特別な存在として扱われるのだろうか。

 そもそも、自分が龍に選ばれた人間であるなど、ドミトスには話していなかったはずではあるが、ドミトスは要所要所に輝空を知っているような口振りで話している。


「やっぱり俺のこと、元々知ってましたか」


「昨日一目見て、すぐに気が付きました。それと予め、ソラ様がこちらへ来ることは手紙で知らされていましたから」


「て、手紙で? 誰がそんなこと……」


 顎に手を当て、自分の知っている人物を頭に思い浮かべる。

 真っ先に思い浮かべたのはハーラルトであった。


「も、もしかして、ハーラルトですか」


「よくお気づきで。今からちょうど三週間ほど前に、手紙を頂いておりましてね」


「先見の明ってやつかこれ。あいつが未来予知できるとか言っても、納得がいくな……」


「本当に、彼には毎度驚かされてばかりですよ」


「ハーラルトとは面識あるんですね」


「はい、それほど親しい訳ではございませんが」


 ハーラルトの人脈の広さに驚かされつつ、聞きたいこととは別のことで盛り上がってしまった。

 話に一段落ついて、輝空は出された洋菓子のようなものを手に取り口にする。

 しっとりとした生地に紛れ込むのは、りんごに似た味のするフルーツであった。


 しばらく他愛もない話が続いたところで、輝空はわざとらしく咳払いをして、話を戻す。


「そういえばドミトスさんって、アルクの祖父だったんですね。この前話した時は、知り合い程度なのかなと」


「正確には祖父というより祖父代わりでしょうかね。あの子も、幼くして両親二人ともなくしていますから。ほんの少しの支えでもと思いましてね」


「へぇ、祖父代わりですか……それにしては、アルクの面影を感じるような気もしますが」


 ドミトスは静かに笑う。

 

「確かに、一応血は繋がっていますからね。アルクがホードレイク家に伝わる魔眼を使用できるのも、それが理由です」


「ま、魔眼!? 魔眼って言えば、予言とか遠くのものを見たりする目のことですよね!?」


「はい。アルクの場合、後者の遠くのものを見る目、千里眼を保持しています」


 千里眼という言葉は、輝空にも聞き覚えがある。

 それも遠方の出来事を把握できるという、輝空のイメージしていた通りの能力で親近感が湧いてくる。


「アルクが使えるってことは、ドミトスさんも何かの能力があるってことですよね! いやぁ、かっこいいなぁ」


「期待を裏切るようで申し訳ないのですが、あいにく私はアルクのように魔眼を使いこなすことは不可能でして……せいぜい、相手を威圧する程度でしょうか……」


 気にしていないような素振りを見せるドミトスに、とてつもない後ろめたさを感じる。

 しかし、何も無い輝空と魔眼の能力を少しでも使えるドミトスとでは生きている世界が違う、そんなレベルの話だ。


「でも、昨日の敵に対する威圧感というか、目の前で見てて俺も怖気付いちゃいましたし……あ! その能力今俺にだけ使ってみてくれませんか?」


「ソ、ソラ様に? それは恐れ多いですよ……」


「大丈夫ですって! ほんのちょっとだけ! ちょっとだけでいいから!」


「そこまで言うなら……」


 ドミトスは渋々と言った感じで、一度瞼を閉じる。

 集中力を高めているのだろうか、まだ能力を発動していないというのに、その威圧感には圧倒されそうになる。

 目を開けて、「では」と一言置いてからドミトスは能力を発動する。


 ――まともに食らうと、その能力は想像を絶する効力を発揮した。

 筋肉が硬直した感覚に、自然と肌が粟立つ感覚に苛まれる。

 吐き気を催し、ガンガンとした痛みが頭に走る。

 数秒前、軽はずみな発言をしてしまった自分を悔やんだ。

 心のどこかで、ドミトスの力を軽んじていたのかもしれない。


「ソラ様! も、申し訳ございません! ソラ様に魔眼の力を使用するなんて、少し浅はかすぎました……」


「いや、お、俺が言ったことなので……それにして、こんなにすごいとは」


 これを正面から受けたのにも関わらず、平然としていた敵には感嘆する。

 輝空に耐性が無かったとはいえ、ある程度強者であっても冷や汗をかいてしまいそうだ。


「今、水をお持ちします」


「そこまでしなくて大丈夫ですよ! ほんと、自業自得なので」


 焦るドミトスを見ると、本当に自分が惨めで情けなく思えてくる。

 苦笑いで取り繕い、深く息を吐く。これ以上気を使われるのは、ドミトスに申し訳ない。

 

「うぅ」

 

 何の前触れもなく背後から聞こえる呻き声。輝空はびっくりして情けない声を上げた。

 振り向けば、そこにはゴソゴソと動くアルクの姿がある。


「アルク?」


 呼びかけると、少しずつ閉じた目を開きはじめる。

 輝空はすぐさまアルクの側へ駆け寄り、アルクをじっと見つめる。

 完全に目を覚ましたアルクに、笑みがこぼれる。


「アルク、お前もう大丈夫なのか?」


「うん、大丈夫」


「良かったぁ」


 喜びが込み上げてくる。目に力を入れなければ、すぐに涙がこぼれ落ちてしまいそうだ。

 アルクはゆっくりと体を持ち上げて、部屋を見回す。

 奥で座り込むドミトスと目が合うと、アルクは小声で何かを口にした。


「領主のじいちゃん」


「無事で良かった、アルク」


 輝空は驚きを隠せない。それもそのはず、ドミトスが領主とは一言も聞かされていなかったのだ。

 目を見開く輝空を見て、ドミトスは仄かに笑った。

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