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異世界への扉 〜千年続く物語に、終止符を打つ〜  作者: 阿蘇輝
二章 【星と家族】
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十話 愚痴

 ――辺りはいっそう、暗さが増していた。


 16歳の少年、アルク・ブリストンは違和感を感じていた。

 誰かにつけられているような、そんな感覚である。


「誰だよ、さっきから俺をつけてきてんのは」


 アルクは振り返り、思い切って問いかけてみた。

 すると、物陰から自分と同じ位の年齢の少年が出てきた。


「あれ、君はさっきの……」


「やぁやぁ、アルク。今からどこに行くつもりだ?」


「どこって、家に帰ってるだけだけど。それよりも、どこで俺の名前なんか知ったんだ? 俺、名乗ってなかったよな……」


「そう不気味がらなくても。何せ俺はお前のことを何時間も探してたんだからな」


「俺の事を?」


 当然の反応だ。

 知らない人間に「探していた」と告げられた挙句、何故か自分の名前までも知っている。

 アルクにとって輝空は、ただただ不気味でしか無かった。


「お金なら持ってないよ」


「カツアゲじゃねぇよ! 俺はお前と話がしたかっただけだよ。ここは人通りも多いから、なるべく2人きりで話せる場所したい。アルク、これから予定とかある?」


「今のところは無いけど、どこで話すの?」


「どこか夕食の取れる場所でって言いたかったけど、今は節約中だからな……どうしようか」


「それなら、俺の家なら空いてるよ」


「いいのか! ありがとう!」


 輝空はアルクの後ろを着いて行った。



 ――――――――――――――――――――――――――


 

「えーっと、ベジタリアンの方?」


「今は肉を切らしてんだ。我慢してくれ」


 100パーセントサラダ定食で、輝空は苦笑いを隠せない。

 それでも、何も言わずともアルクは食事を出してくれた。その良心はとてもありがたい。


「うめぇなこの野菜。これにかかってるドレッシングも俺好みの味だな」


 和風ドレッシングに似た味だ。

 馴染みのある味や匂いで、輝空の手は止まらない。


「これは誰から教わったんだ?」


「父さんだ。父さんも、じいちゃんから教わったらしい」


「代々伝わってきたってわけだな。そりゃ美味いわけだ」


 今後また、和風の食べ物を食べられる保証は無い。

 今この瞬間、なるべく舌で味わい、そして堪能する。


 気がつけば、皿の上に乗せられていた大量の野菜はなくなりかけていた。

 お腹はたまらないが、それなり空腹を凌ぐことはできた。


「それで、話って?」


「そうだそうだ、忘れてた」


 口の中に残る食べ物を、水で流し込んでから話した。


「アルク、俺と一緒に旅に出てみないか?」


「旅?」


「そう、旅だ。危険かどうかと言われれば、間違いなく危険な旅になると思う」


 アルクは困惑している様子だった。

 ここまでは大方予想通りの反応だ。これからは、なんとしてでもアルクを仲間にしたい、その一心で話を進める。


「旅ってのは面白そうだけど……別に仲間になって欲しいなら、俺じゃなくてももっと良い人がいるんじゃない?」


「なぁ、頼むよぉ。お前しかいなんだ。な? な?」


 手を合わせて、必死に懇願する。

 滑稽にも思える姿だ。まるで、友達にお金をせびっているような状態である。


 アルクはまだ、驚きが勝っていた。

 自分と年齢が変わらない位の少年が、必死に懇願してくる様に、アルクは同情した。


「危険な旅かもしれないけど、その分思い出も作れる。楽しかった思い出とか、辛かった思い出とか、そんな思い出をいつか酒の席で2人で話したりとかさ、すげぇ楽しそうだと思わねぇ?」


「それはそうかもしれないけど……」


「それに俺らだけの旅じゃなくて、これから仲間が増えるかもしれねぇよ?」


 アルクはまだ迷っている様子だった。

 気持ちが揺らいでいるのは見てわかる。しかし、アルクの中でそれをどこか否定してしまっている。

 輝空はアルクの目を見て、何かがアルクを縛り付けているのだと気がついた。


「うーん、やっぱり俺は行けねぇや……」


「……」


「君には悪いけど、俺もこの街に残らないといけない理由がある。それに俺は、この街が好きなんだ。そう簡単に離れる訳にもいかない」


 しばらく悩んだ末の答えだ。輝空は特に否定しない。

 ダメ元で誘ったこの件、断られる覚悟でいたが、やはりそれなりに心では期待していた節があった。


「俺はお前の意見を尊重するよ。それに俺はしばらくこの街に滞在するつもりだから、気が変わったいつでも俺に言ってくれればいい」


「うん、わかった」


「そういえば、俺は辰谷輝空だ」


「ソラって、あの空と名前が一緒なんだな」


「こっちのひとにしてみりゃ、珍しい名前だよな。でも、覚えやすいだろ?」


「うん、これなら1回で覚えられる」


 平然と人の名を覚えられないことを暴露したアルクだが、輝空自身なんとなく共感してしまった。


 輝空は残りのサラダを、黙々と食べ進め、ようやく完食した。

 既視感のある味とは言え、流石に後半からは飽きが生じる。


「今日は俺ん家泊っていくよな?」


「迷惑になんねぇか? お前の親にも悪いし……」


「そんなこと気にする必要ないよ。それに俺の親はとっくの前にいなくなったから」


「あ……そうだったんだな……思い出せるようなことしてすまねぇ」


 よくよく考えてみれば、アルクの家は物が少ない。必要最低限のものしかおいていなかった。

 配慮が足りていない質問をしてしまったことに後悔した。


「まだまだガキだったから、もう2人のことなんかあんまり覚えてねぇよ。母さんなんか、俺が2、3歳くらいの時に病気で死んだって話だしよ」


 アルクは過去の事だと言って、笑って話す。


「父さんは……7歳くらいの時かな、買い物に行ったきり帰って来なかった」


「無事かどうかも分かってないのか」


「うん。どれだけ探しても父さんの死体は見つからなかった。俺を置いて、どこか遠くの街に行ったんだろうな」


 アルクの話は少しずつ、深刻になっていた。

 笑顔は消え、やるせない表情を隠し切れていない。


 輝空は、うんうんと頷く他なかった。

 身内がいなくなるなど経験したことがない。アルクの悲しみがどれほどなのか、輝空は想像も出来なかった。


「もし今、どこかで父さんが幸せに暮らせているなら、俺はそれでもいい」


 言葉を選んでも、選んでも、最適な返答をすることが出来なかった。

 でも今は、これでいいのかもしれない。アルクはずっと一人で抱えてきて、やっと誰かに打ち明けることが出来たのかもしれない。そんなことを輝空は考えた。


 そして次の瞬間、アルクは気まずくなった空気を遮断するように、手を一回パチンと叩いた。


「よし、この話は終了にしよう。ごめんな、なんか気まずい空気にしちゃって。いつまでも引きずってらんねぇよほんと。何か、楽しい話でもしない?」


「その話の後に楽しい話とか出来る気がしないのですが……」


「なーに、別にもう気にしてないって。さっきも言ったけど、本当に両親についてあんまり覚えてないんだ。だから、ソラがそこまで気にする必要ないよ」


「それならいいんだが……それで、楽しい話って具体的に何を話す?」


「ソラのこれまでの旅について聞きたい!」


 生き生きとした声で、予想外の質問をしてきた。

 およそ二週間旅をしたが、本当に何もしていない。せいぜいトルドとの出会いくらいだ。


「そう、だなぁ……俺もまだ二週間くらいしか旅に出てねぇから、特に武勇伝もないんだが……一つあるとするならば、俺をもっと優遇しろ! ってことだな」


「優遇?」


「あの龍とかいう野郎が、俺を何かに選んでおきながら、俺を放任する始末だぜ?」


 旅の苦労話ではなく、ただの愚痴だ。

 それは龍に対しての怒りである。特に助言を与えるような気配のない龍への怒り。


 溜め込んできた思いをぶつけるには今しかないと思い、目の前にいる何も知らない少年に愚痴を聞かせる。

 不憫でしからないアルクであるが、それほど輝空はアルクに信頼を置いていた。


「確かにすんごい力は与えてくれたんだけど、俺自体その力を使いこなせなくて。なんだよ使いこなせないって! 聞いたことねぇよ! 主人公が何も出来ない無能で、雑魚とか。救いようがないんだよ。もうちょっと慈悲の心を持ってくれてもいいんじゃないかな!」


「あ、あぁ、そうだね……」


「あの最初のシチュエーションだって、完全に美女と一緒に旅に出れる流れだったじゃん! ステリアに文句を言うつもりじゃないけど、あれは断っちゃダメでしょう! だって――」


 輝空の愚痴はしばらく続き、アルクをひたすらに困らせるのであった――。

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