十話 愚痴
――辺りはいっそう、暗さが増していた。
16歳の少年、アルク・ブリストンは違和感を感じていた。
誰かにつけられているような、そんな感覚である。
「誰だよ、さっきから俺をつけてきてんのは」
アルクは振り返り、思い切って問いかけてみた。
すると、物陰から自分と同じ位の年齢の少年が出てきた。
「あれ、君はさっきの……」
「やぁやぁ、アルク。今からどこに行くつもりだ?」
「どこって、家に帰ってるだけだけど。それよりも、どこで俺の名前なんか知ったんだ? 俺、名乗ってなかったよな……」
「そう不気味がらなくても。何せ俺はお前のことを何時間も探してたんだからな」
「俺の事を?」
当然の反応だ。
知らない人間に「探していた」と告げられた挙句、何故か自分の名前までも知っている。
アルクにとって輝空は、ただただ不気味でしか無かった。
「お金なら持ってないよ」
「カツアゲじゃねぇよ! 俺はお前と話がしたかっただけだよ。ここは人通りも多いから、なるべく2人きりで話せる場所したい。アルク、これから予定とかある?」
「今のところは無いけど、どこで話すの?」
「どこか夕食の取れる場所でって言いたかったけど、今は節約中だからな……どうしようか」
「それなら、俺の家なら空いてるよ」
「いいのか! ありがとう!」
輝空はアルクの後ろを着いて行った。
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「えーっと、ベジタリアンの方?」
「今は肉を切らしてんだ。我慢してくれ」
100パーセントサラダ定食で、輝空は苦笑いを隠せない。
それでも、何も言わずともアルクは食事を出してくれた。その良心はとてもありがたい。
「うめぇなこの野菜。これにかかってるドレッシングも俺好みの味だな」
和風ドレッシングに似た味だ。
馴染みのある味や匂いで、輝空の手は止まらない。
「これは誰から教わったんだ?」
「父さんだ。父さんも、じいちゃんから教わったらしい」
「代々伝わってきたってわけだな。そりゃ美味いわけだ」
今後また、和風の食べ物を食べられる保証は無い。
今この瞬間、なるべく舌で味わい、そして堪能する。
気がつけば、皿の上に乗せられていた大量の野菜はなくなりかけていた。
お腹はたまらないが、それなり空腹を凌ぐことはできた。
「それで、話って?」
「そうだそうだ、忘れてた」
口の中に残る食べ物を、水で流し込んでから話した。
「アルク、俺と一緒に旅に出てみないか?」
「旅?」
「そう、旅だ。危険かどうかと言われれば、間違いなく危険な旅になると思う」
アルクは困惑している様子だった。
ここまでは大方予想通りの反応だ。これからは、なんとしてでもアルクを仲間にしたい、その一心で話を進める。
「旅ってのは面白そうだけど……別に仲間になって欲しいなら、俺じゃなくてももっと良い人がいるんじゃない?」
「なぁ、頼むよぉ。お前しかいなんだ。な? な?」
手を合わせて、必死に懇願する。
滑稽にも思える姿だ。まるで、友達にお金をせびっているような状態である。
アルクはまだ、驚きが勝っていた。
自分と年齢が変わらない位の少年が、必死に懇願してくる様に、アルクは同情した。
「危険な旅かもしれないけど、その分思い出も作れる。楽しかった思い出とか、辛かった思い出とか、そんな思い出をいつか酒の席で2人で話したりとかさ、すげぇ楽しそうだと思わねぇ?」
「それはそうかもしれないけど……」
「それに俺らだけの旅じゃなくて、これから仲間が増えるかもしれねぇよ?」
アルクはまだ迷っている様子だった。
気持ちが揺らいでいるのは見てわかる。しかし、アルクの中でそれをどこか否定してしまっている。
輝空はアルクの目を見て、何かがアルクを縛り付けているのだと気がついた。
「うーん、やっぱり俺は行けねぇや……」
「……」
「君には悪いけど、俺もこの街に残らないといけない理由がある。それに俺は、この街が好きなんだ。そう簡単に離れる訳にもいかない」
しばらく悩んだ末の答えだ。輝空は特に否定しない。
ダメ元で誘ったこの件、断られる覚悟でいたが、やはりそれなりに心では期待していた節があった。
「俺はお前の意見を尊重するよ。それに俺はしばらくこの街に滞在するつもりだから、気が変わったいつでも俺に言ってくれればいい」
「うん、わかった」
「そういえば、俺は辰谷輝空だ」
「ソラって、あの空と名前が一緒なんだな」
「こっちのひとにしてみりゃ、珍しい名前だよな。でも、覚えやすいだろ?」
「うん、これなら1回で覚えられる」
平然と人の名を覚えられないことを暴露したアルクだが、輝空自身なんとなく共感してしまった。
輝空は残りのサラダを、黙々と食べ進め、ようやく完食した。
既視感のある味とは言え、流石に後半からは飽きが生じる。
「今日は俺ん家泊っていくよな?」
「迷惑になんねぇか? お前の親にも悪いし……」
「そんなこと気にする必要ないよ。それに俺の親はとっくの前にいなくなったから」
「あ……そうだったんだな……思い出せるようなことしてすまねぇ」
よくよく考えてみれば、アルクの家は物が少ない。必要最低限のものしかおいていなかった。
配慮が足りていない質問をしてしまったことに後悔した。
「まだまだガキだったから、もう2人のことなんかあんまり覚えてねぇよ。母さんなんか、俺が2、3歳くらいの時に病気で死んだって話だしよ」
アルクは過去の事だと言って、笑って話す。
「父さんは……7歳くらいの時かな、買い物に行ったきり帰って来なかった」
「無事かどうかも分かってないのか」
「うん。どれだけ探しても父さんの死体は見つからなかった。俺を置いて、どこか遠くの街に行ったんだろうな」
アルクの話は少しずつ、深刻になっていた。
笑顔は消え、やるせない表情を隠し切れていない。
輝空は、うんうんと頷く他なかった。
身内がいなくなるなど経験したことがない。アルクの悲しみがどれほどなのか、輝空は想像も出来なかった。
「もし今、どこかで父さんが幸せに暮らせているなら、俺はそれでもいい」
言葉を選んでも、選んでも、最適な返答をすることが出来なかった。
でも今は、これでいいのかもしれない。アルクはずっと一人で抱えてきて、やっと誰かに打ち明けることが出来たのかもしれない。そんなことを輝空は考えた。
そして次の瞬間、アルクは気まずくなった空気を遮断するように、手を一回パチンと叩いた。
「よし、この話は終了にしよう。ごめんな、なんか気まずい空気にしちゃって。いつまでも引きずってらんねぇよほんと。何か、楽しい話でもしない?」
「その話の後に楽しい話とか出来る気がしないのですが……」
「なーに、別にもう気にしてないって。さっきも言ったけど、本当に両親についてあんまり覚えてないんだ。だから、ソラがそこまで気にする必要ないよ」
「それならいいんだが……それで、楽しい話って具体的に何を話す?」
「ソラのこれまでの旅について聞きたい!」
生き生きとした声で、予想外の質問をしてきた。
およそ二週間旅をしたが、本当に何もしていない。せいぜいトルドとの出会いくらいだ。
「そう、だなぁ……俺もまだ二週間くらいしか旅に出てねぇから、特に武勇伝もないんだが……一つあるとするならば、俺をもっと優遇しろ! ってことだな」
「優遇?」
「あの龍とかいう野郎が、俺を何かに選んでおきながら、俺を放任する始末だぜ?」
旅の苦労話ではなく、ただの愚痴だ。
それは龍に対しての怒りである。特に助言を与えるような気配のない龍への怒り。
溜め込んできた思いをぶつけるには今しかないと思い、目の前にいる何も知らない少年に愚痴を聞かせる。
不憫でしからないアルクであるが、それほど輝空はアルクに信頼を置いていた。
「確かにすんごい力は与えてくれたんだけど、俺自体その力を使いこなせなくて。なんだよ使いこなせないって! 聞いたことねぇよ! 主人公が何も出来ない無能で、雑魚とか。救いようがないんだよ。もうちょっと慈悲の心を持ってくれてもいいんじゃないかな!」
「あ、あぁ、そうだね……」
「あの最初のシチュエーションだって、完全に美女と一緒に旅に出れる流れだったじゃん! ステリアに文句を言うつもりじゃないけど、あれは断っちゃダメでしょう! だって――」
輝空の愚痴はしばらく続き、アルクをひたすらに困らせるのであった――。




