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異世界への扉 〜千年続く物語に、終止符を打つ〜  作者: 阿蘇輝
二章 【星と家族】
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九話 緑の星

「ようやく着いたぞ、ブランテルク領……」


 トルドと別れて三日が経った。

 輝空は今、ブランテルク領一栄えているオーリオという街にいる。

 王都ほどでは無いが、それなりに綺麗な街並みで、出店も多い。

 そして、聞いていた通り治安も良さそうだ。


「街の人から滲み出る人柄の良さ……こりゃあ、この街に来て大正解だったな」


 輝空は胸を撫で下ろし、ほっとする。

 いくら治安が良いと言われても、異世界ということもあってか疑ってしまう。


「とりあえず仲間探しだな……年齢が近ければ近いほどいいんだが」


 輝空は周りを見渡しながら、歩き始めた。


 ――十五分ほど歩いた。

 年齢が近い人を見つけるどころか、そもそも魔法使いや剣士がいる気配すらない。

 出店では、剣やら何やらも売っている。繁盛はしていなさそうな様子だ。


「この街には冒険者とか言う概念はねぇのか」


「おい兄ちゃん。なんだか困ってそうだな」


 頭を掻きながら文句を垂れていると、誰かが話しかけてきた。

 振り向くと、中年男性が輝空の方を向いていた。

 出店を営む中年男性で、他とは違う妙なものを売っている。


「超困り中ですよ。仲間もいないもんで」


「へぇ、兄ちゃんもしや冒険者か。珍しいな」


「珍しいんですか?」


「兄ちゃん以外の冒険者なんて、最近は全く見ないぜ。そもそもこの辺は、魔物が湧かねぇから、冒険者の仕事もねぇってことよ」


「魔物いないんですね……良かったぁ」


「少なくとも、イリジア王国では魔物の被害は無いに等しいな。他の国は知らんが」


 かなり有益な情報を得ることが出来た。

 これなら、心置き無く森の中を彷徨う事が可能である。


 本題はここからだ。

 仲間探し、という一番の大仕事が輝空には残っている。

 

「それで、俺見ての通り仲間がいないんですよ。誰か、俺と同じくらいの年齢で、強い人とかいませんかね」


 男性は斜め上を見上げ、記憶を探っている。

「あいつなら」と声を出すと、生き生きとした声で輝空にその情報を教えた。


「兄ちゃんと同じくらいの年齢で、面白いやつがいるぜ」


「ほう?」


「そいつが気の利く野郎でよ。みんな何かあれば、あいつに頼るくらいだ」


「最初の仲間にしては良さそうだな……ちなみにその人、強かったりもします?」


「詳しくは分かんねぇけどよ、まぁ強いだろうな。あいつの息子だしな」


 新しい情報が、次から次へと入ってくる。

 一度に大量の情報が押し寄せてくるので、それらを整理する。


「まぁ、詳しいことは本人に聞けばいいさ。緑の髪と目をしたやつがどこかにいるはずだ」


「情報提供ありがとうございました!」


 輝空は一礼をして、中年男性の元から離れた。



 ――――――――――――――――――――――――



 あれから分かったことがいくつかある。


 まず緑の髪と目をした少年のことだ。

 名前はアルク・ブリストン。年齢は16歳。輝空より年下である。

 数人からアルクについて聞いたが、皆口を揃えて「ガキすぎるから扱いには気をつけろ」と言う。

 

 そしてこの街には面白い噂話がある。

 それが『幸運を呼ぶ、緑の星』と言われるものが存在する。


 話によれば、それは深夜に突然現れ、人々に平和や幸運を呼び寄せる、と言う話だ。

 緑の髪と目をしたアルク、幸運を呼ぶ緑の星、輝空はこの二つの話関連しているだろう、と確信していた。


「今日中にはアルクに会いたいところだが……」


 このオーリオという街、どうやら王都より広いらしい。

 それもあってか、アルク探しは難航していた。

 

 目撃情報も当てにならない。

 土地勘がないので、目撃情報があった場所に辿り着くのでさえ困難だ。


「この調子じゃ、今日は無理そうだな……黙って宿の確保でもしに行くか」


 不完全燃焼で、むず痒い気持ちである。

 輝空は人通りの多い道を辿いながら、宿を探すことにした。


 ――夕日が綺麗だな。


 淡いオレンジ色を放つ太陽が、輝空を照らした。

 さっきまでのむず痒さはとうに消え、今は清々しい。


「――ん?」


 この人通りの多い道の端で、一人の少女がいた。

 4、5歳くらいだろうか。まだ小さな女の子が両親とはぐれたのか、今にも泣きそうな顔で助けを求めようとしている。


 しかし、街の人々はその少女に目もくれない。手を差し伸べようとする意思がない。


「どうして誰も助けねぇんだよ。小さい子が困ってんのに」


 黙って見過ごすなんてことは、輝空には出来ない。そんなことしたくない。

 輝空は怒りを感じながら、少女へ向かった。


「あれ――ど、どうして」


 足が動かない。それどころか、足が小刻みに震えている。

 いつもなら迷わないところだが、輝空の中で迷いが見える。

 輝空自信、それは理解していた。

 それでも迷う理由が分からない。なにかトラウマを抱えているわけでもないのに。


 突然、あの言葉が輝空の脳裏に過る。

 輝空がこの世界に来て、初めて感じた不快感と恐怖。


 ――人殺し。


 あの時助けた少女の甲高い声が響き渡った。

 そして、何よりあの気持ち悪い感触。少しずつ広がっていく血。

 今まで味わったことの無い感情だった。


「どうして……また――」


 ステリアが掛けてくれた言葉で、一度吹っ切れたはずだった。それなのに――。

 拭いきれなかった、輝空の心の奥にあるトラウマがあった。


 また、あんな悲惨なことが起こるかもしれない。少女にけがを負わせてしまうかもしれない。

 そんな不安が頭にちらつき、輝空は立ち直ることが出来なかった。


「なに、震えてんだよ! 動けよ!」


 膝に手を置き、震えを抑えようと試みた。

 羞恥心など忘れ、輝空は自分の世界に入る。

 街の人々は輝空を避けて通り、なるべく目を逸らし関わらないようにした。


「おい、こんなところでなにしてんだ」


「お、お兄ちゃん?」


 輝空の耳に、知らない声が入ってきた。

 年齢は同じくらいの少年だ。そして、とにかく爽やかで温かな声音を持っている。


「もしやお前、お母さんとはぐれちゃったんだな。全く仕方ないな」


 泣き出す少女の頭を撫でて、笑顔を向けた。


「ちょっと待ってろよ。今見つけてやるからな」


 そう言うと少年は目を瞑り、斜め上の空を見上げ無言になった。

 何をしているのか、輝空には理解出来なかった。また、少女もそのようである。


「何、してるの?」


 少女はすっかり泣き止み、今では少年に興味が移る。


「探す必要もなかったな」


 そうして少年が振り向いた先には、少女の母親らしき人物がいた。

 少女は母親に飛びつき、母親は少女を強く抱きしめる。


「どこ行ってたの……心配したのよ」


「ごめんなさい、お母さん」


 親子の再会シーンを少年は傍で見守っていた。


「いつもごめんね。またアーシャが迷惑掛けちゃって」


「迷惑なんて掛かってないよ。久しぶりにアーシャと話せて良かったよ」


「いつもありがとうね、本当に。ほら、アーシャもお礼を言いなさい」


 アーシャは涙を拭いて、少し赤らめた頬を少年に向けた。


「ありがとう、お兄ちゃん」


「いいってことよ。これからも困った時は、俺に助けを呼べよ」


「うん!」


 満面の笑みを浮かべ、アーシャは母親へと戻った。


「それじゃあ、俺もう行くよ」


 少年と親子は別れの挨拶を終えて、その場を立ち去った――。

 かと思いきや、少年は輝空のもとへやってきた。


「どうして助けなかったんだよ」


「え?」


「ずっとあの子の事見てただろ。それなのに、どうして助けなかったんだ」


 少年は怒っている様子だ。

 足が動かなかった、と言っても言い訳にしかならない。

 いや、輝空にとって今はそれどころではなかった。


「お、お前もしや――」


「ま、見てないふりして素通りする奴らよりは良いか。ごめん、ちょっと強く言い過ぎた」


「あ、あぁ」


「次は小さい女の子位は助けろよ」


 少年は輝空の肩をポンと叩いて去った。

 輝空は少しずつ去っていく少年の姿を見ていた。


「緑の髪、緑の目、あのお人好しな性格、間違いねぇ」


 輝空は小さくガッツポーズをする。


「ようやく見つけたぞ、アルク・ブリストン!」

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