九話 緑の星
「ようやく着いたぞ、ブランテルク領……」
トルドと別れて三日が経った。
輝空は今、ブランテルク領一栄えているオーリオという街にいる。
王都ほどでは無いが、それなりに綺麗な街並みで、出店も多い。
そして、聞いていた通り治安も良さそうだ。
「街の人から滲み出る人柄の良さ……こりゃあ、この街に来て大正解だったな」
輝空は胸を撫で下ろし、ほっとする。
いくら治安が良いと言われても、異世界ということもあってか疑ってしまう。
「とりあえず仲間探しだな……年齢が近ければ近いほどいいんだが」
輝空は周りを見渡しながら、歩き始めた。
――十五分ほど歩いた。
年齢が近い人を見つけるどころか、そもそも魔法使いや剣士がいる気配すらない。
出店では、剣やら何やらも売っている。繁盛はしていなさそうな様子だ。
「この街には冒険者とか言う概念はねぇのか」
「おい兄ちゃん。なんだか困ってそうだな」
頭を掻きながら文句を垂れていると、誰かが話しかけてきた。
振り向くと、中年男性が輝空の方を向いていた。
出店を営む中年男性で、他とは違う妙なものを売っている。
「超困り中ですよ。仲間もいないもんで」
「へぇ、兄ちゃんもしや冒険者か。珍しいな」
「珍しいんですか?」
「兄ちゃん以外の冒険者なんて、最近は全く見ないぜ。そもそもこの辺は、魔物が湧かねぇから、冒険者の仕事もねぇってことよ」
「魔物いないんですね……良かったぁ」
「少なくとも、イリジア王国では魔物の被害は無いに等しいな。他の国は知らんが」
かなり有益な情報を得ることが出来た。
これなら、心置き無く森の中を彷徨う事が可能である。
本題はここからだ。
仲間探し、という一番の大仕事が輝空には残っている。
「それで、俺見ての通り仲間がいないんですよ。誰か、俺と同じくらいの年齢で、強い人とかいませんかね」
男性は斜め上を見上げ、記憶を探っている。
「あいつなら」と声を出すと、生き生きとした声で輝空にその情報を教えた。
「兄ちゃんと同じくらいの年齢で、面白いやつがいるぜ」
「ほう?」
「そいつが気の利く野郎でよ。みんな何かあれば、あいつに頼るくらいだ」
「最初の仲間にしては良さそうだな……ちなみにその人、強かったりもします?」
「詳しくは分かんねぇけどよ、まぁ強いだろうな。あいつの息子だしな」
新しい情報が、次から次へと入ってくる。
一度に大量の情報が押し寄せてくるので、それらを整理する。
「まぁ、詳しいことは本人に聞けばいいさ。緑の髪と目をしたやつがどこかにいるはずだ」
「情報提供ありがとうございました!」
輝空は一礼をして、中年男性の元から離れた。
――――――――――――――――――――――――
あれから分かったことがいくつかある。
まず緑の髪と目をした少年のことだ。
名前はアルク・ブリストン。年齢は16歳。輝空より年下である。
数人からアルクについて聞いたが、皆口を揃えて「ガキすぎるから扱いには気をつけろ」と言う。
そしてこの街には面白い噂話がある。
それが『幸運を呼ぶ、緑の星』と言われるものが存在する。
話によれば、それは深夜に突然現れ、人々に平和や幸運を呼び寄せる、と言う話だ。
緑の髪と目をしたアルク、幸運を呼ぶ緑の星、輝空はこの二つの話関連しているだろう、と確信していた。
「今日中にはアルクに会いたいところだが……」
このオーリオという街、どうやら王都より広いらしい。
それもあってか、アルク探しは難航していた。
目撃情報も当てにならない。
土地勘がないので、目撃情報があった場所に辿り着くのでさえ困難だ。
「この調子じゃ、今日は無理そうだな……黙って宿の確保でもしに行くか」
不完全燃焼で、むず痒い気持ちである。
輝空は人通りの多い道を辿いながら、宿を探すことにした。
――夕日が綺麗だな。
淡いオレンジ色を放つ太陽が、輝空を照らした。
さっきまでのむず痒さはとうに消え、今は清々しい。
「――ん?」
この人通りの多い道の端で、一人の少女がいた。
4、5歳くらいだろうか。まだ小さな女の子が両親とはぐれたのか、今にも泣きそうな顔で助けを求めようとしている。
しかし、街の人々はその少女に目もくれない。手を差し伸べようとする意思がない。
「どうして誰も助けねぇんだよ。小さい子が困ってんのに」
黙って見過ごすなんてことは、輝空には出来ない。そんなことしたくない。
輝空は怒りを感じながら、少女へ向かった。
「あれ――ど、どうして」
足が動かない。それどころか、足が小刻みに震えている。
いつもなら迷わないところだが、輝空の中で迷いが見える。
輝空自信、それは理解していた。
それでも迷う理由が分からない。なにかトラウマを抱えているわけでもないのに。
突然、あの言葉が輝空の脳裏に過る。
輝空がこの世界に来て、初めて感じた不快感と恐怖。
――人殺し。
あの時助けた少女の甲高い声が響き渡った。
そして、何よりあの気持ち悪い感触。少しずつ広がっていく血。
今まで味わったことの無い感情だった。
「どうして……また――」
ステリアが掛けてくれた言葉で、一度吹っ切れたはずだった。それなのに――。
拭いきれなかった、輝空の心の奥にあるトラウマがあった。
また、あんな悲惨なことが起こるかもしれない。少女にけがを負わせてしまうかもしれない。
そんな不安が頭にちらつき、輝空は立ち直ることが出来なかった。
「なに、震えてんだよ! 動けよ!」
膝に手を置き、震えを抑えようと試みた。
羞恥心など忘れ、輝空は自分の世界に入る。
街の人々は輝空を避けて通り、なるべく目を逸らし関わらないようにした。
「おい、こんなところでなにしてんだ」
「お、お兄ちゃん?」
輝空の耳に、知らない声が入ってきた。
年齢は同じくらいの少年だ。そして、とにかく爽やかで温かな声音を持っている。
「もしやお前、お母さんとはぐれちゃったんだな。全く仕方ないな」
泣き出す少女の頭を撫でて、笑顔を向けた。
「ちょっと待ってろよ。今見つけてやるからな」
そう言うと少年は目を瞑り、斜め上の空を見上げ無言になった。
何をしているのか、輝空には理解出来なかった。また、少女もそのようである。
「何、してるの?」
少女はすっかり泣き止み、今では少年に興味が移る。
「探す必要もなかったな」
そうして少年が振り向いた先には、少女の母親らしき人物がいた。
少女は母親に飛びつき、母親は少女を強く抱きしめる。
「どこ行ってたの……心配したのよ」
「ごめんなさい、お母さん」
親子の再会シーンを少年は傍で見守っていた。
「いつもごめんね。またアーシャが迷惑掛けちゃって」
「迷惑なんて掛かってないよ。久しぶりにアーシャと話せて良かったよ」
「いつもありがとうね、本当に。ほら、アーシャもお礼を言いなさい」
アーシャは涙を拭いて、少し赤らめた頬を少年に向けた。
「ありがとう、お兄ちゃん」
「いいってことよ。これからも困った時は、俺に助けを呼べよ」
「うん!」
満面の笑みを浮かべ、アーシャは母親へと戻った。
「それじゃあ、俺もう行くよ」
少年と親子は別れの挨拶を終えて、その場を立ち去った――。
かと思いきや、少年は輝空のもとへやってきた。
「どうして助けなかったんだよ」
「え?」
「ずっとあの子の事見てただろ。それなのに、どうして助けなかったんだ」
少年は怒っている様子だ。
足が動かなかった、と言っても言い訳にしかならない。
いや、輝空にとって今はそれどころではなかった。
「お、お前もしや――」
「ま、見てないふりして素通りする奴らよりは良いか。ごめん、ちょっと強く言い過ぎた」
「あ、あぁ」
「次は小さい女の子位は助けろよ」
少年は輝空の肩をポンと叩いて去った。
輝空は少しずつ去っていく少年の姿を見ていた。
「緑の髪、緑の目、あのお人好しな性格、間違いねぇ」
輝空は小さくガッツポーズをする。
「ようやく見つけたぞ、アルク・ブリストン!」




