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異世界への扉 〜千年続く物語に、終止符を打つ〜  作者: 阿蘇輝
一章 【旅と夢】
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幕間 旅の記録

『旅の記録十二日目 かれこれ二週間が経とうとしている。龍よ、どうか俺に飯と水を与えてくれ。このままだと龍に辿り着く前に死んでしまう』


 横倒れになった木に座り、輝空はメモ帳に記録を書き記した。

 この十二日間の旅の中で、輝空は様々な問題を抱えている。


 特に深刻なことは食事である。

 買えない、という金銭的な問題ではなく、村が中々現れないのだ。

 加えて、この辺りはとにかく暑い地域であり、食品の腐敗が著しく早い。故に、食料のストックもそう易々と作ることができないのである。


 ここ二日は何とか干し肉で栄養は補っている。

 それもあと数日すれば底を尽きてしまう。


「どうしてこんな何もかも上手くいかねぇんだよ! 俺の異世界ライフはどこいったんだよ全く」


 気温が高いせいか、輝空の苛立ちも最骨頂に達している。今にも地面にヒビが入りそうな勢いで、足を小刻みに震わせた。


「あぁもう腹立つなぁ。こんなことなら、仲間の一人や二人くらいちゃんと探せば良かった」


 何かと問題ばかりの旅。

 苛立ちと後悔で頭がおかしくなりそうになる。


 ――ふと、ステリアの顔が思い浮かんだ。

 ステリアが自分の背中を押してくれるように、声をかけてくれる。


『頑張ってね』


 その言葉に何度、救われたことだろうか。

 輝空は自分の手を見る。もう一方の手の親指で、指輪を撫でる。

 複雑な柄が刻まれた指輪の感触を感じると、すぐさま拳を握りしめた。


「弱音を吐いてる暇なんてねぇな」


 微笑を浮かべ、輝空は再び立ち上がった。

 地面に置いてあった荷物を背負い、歩みを再開した。


 ――


 二歩ほど歩いたところで、輝空は足が止まった。

 輝空の目の前にいた何か、動物のような生き物が行く手を阻む。


「な、なんだよ、こいつ」


 見た目は鹿であるが、日本にいる鹿よりも大きく、牛と同等の大きさである。

 それに、色も茶色ではなく黒が混ざっている。


「ただの鹿じゃないなら警戒心がないのも不自然か。見た目も美味しくなさそうだけど……今はやむを得ない」


 再度荷物を下ろし、輝空は戦闘態勢に入る。

 向こうも輝空の殺気が感じたらしく、こちらを向き輝空に威嚇をした。


「この程度、今の俺にかかれば――ごふっ!」


 動物は少しの間輝空を睨んだ後、コンマ数秒の短い時間で輝空の間合いに入り、輝空は一直線に木へ吹っ飛ばされた。

 激突時に鳴った轟音が、この動物の力を表している。


「いってぇ! 人が気持ちよく喋ってる時に突っ込んで来んじゃねぇ!」


 輝空は頭を少し打つ程度の軽い怪我だ。

 体が頑丈になったことに一安心して、体勢を整えようと体を踏ん張った途端、再び動物の猛攻の被害に遭う。


「――っ!」


 咄嗟に腕を構えたおかげか、顔は守れた。

 しかし、その後もこの動物の猛突進は止まらない。

 砂埃が消えると、すぐにまた動物がこちら目掛けてやってくる。


 ――クソっ、避けらんねぇ!


 少しずつダメージが蓄積していくのが分かる。反撃する隙すら与えられない。


「――ん?」

 

 その動物は突然制止した。

 一瞬何が起きたか分からなかったが、動物の様子を見てみると、血が流れているのが分かる。

 傷跡を確認すると、弓で射抜かれたような跡がある。


「誰が、こんなこと……」


 考える必要もなかった。

 のそのそと歩く音。確実にこちらに近づいてきている。

 音がする方角を向くと、そこには一人の男性がいた。

 顔は髭に覆われ、手には弓を持っている。

 一瞬熊と勘違いしてしまうくらい、男性は全身毛むくじゃらである。


「――」


「あなたが、これを?」


 男性はその問いかけに、少しだけ首を動かし頷いた。

 すると男性が仕留めたであろう鹿を、片手で持ち上げ元いた所へ戻っていく。


「ついてこないのか」


「あ、えっと、失礼します」


 輝空は言われるがまま、男性の後ろを辿って行った。


 

―――――――――――――――――――――――


 

「うめぇなこれ! 初めて食ったけど」


 輝空はあの後、男性に迎え入れられた。

 食事、そして一日分の宿も用意してくれると聞いて、嬉しい反面、少し疑心暗鬼になっていた。


 人は見かけによらない、と言うがこの男性の風貌を見てそんなこと言えない。


 それでも、味覚は嘘をつかなかった。

 輝空の目の前にある大量の肉料理はどれも絶品である。

 男性の料理が上手いことは前提として、それぞれの肉にも独特の風味や匂いがあり、非常に食欲を掻き立てられる。


「ジビエ料理って初めて食べたけど、こんなに美味しいんですね」


「――」


「味付けもとても自分好みですし、もしや俺の好きな物とか分かります?」


「――」


「えっと……そういえばお名前聞いてませんでしたね……俺は辰谷輝空です」


「トルドだ」


 男性の名前はトルドという名前だ。

 名前を教えあえば、いつしか心を開いてくれるだろうと信じ、輝空も質問することを辞めない。


「トルドさんはいつから狩猟生活をしてるんですか」


「……三十年くらいだ」


「三十年も! 俺が産まれる前からしていたんですね。だからあんな正確に撃ち抜くことができるんですね! あ、それとあの動物の名前はなんというのでしょう?」


「リーブルだ」


「へぇ、リーブル……魔物とかではないんですね」


「魔物ならあれほど弱くない」


「やっぱりいるんですね……魔物」


 道中、魔物とやらに出くわすことはなかった。

 強さは分からないが、リーブル以上に強いのならば、輝空の頑丈な体をもってしても耐えれるかどうか。


「お前、体はどこも痛くないのか」


「事情あってすげぇ頑丈な体になってるんですよ……これでもまだマシになった方ですが」


 初めて、トルドから話しかけてくれた。

 心を少しでも開いてくれたのなら嬉しいばかり。輝空はこれから会った人とは、なるべく関係を作るという小さい目標もある。


 そしてトルドだが、怪我がないと聞いて、ほんの少し驚いていた。表情の変化は微々たるものである。

 輝空はしばらく、トルドと談笑をした。


 ――食事を終え、輝空は食後のデザートを楽しむ。

 トルドはとにかく、おもてなしが素晴らしい。


「それじゃあ、このまま真っ直ぐ進めばブランテルク領とやらに着くんですね」


 輝空は現在地の確認をしている。

 地図に書かれている国名、次の行き先についてトルドから教えてもらった。


 輝空の次の行き先は、イリジア王国ブランテルク領という所だ。

 イリジア王国最南端にある。トルド曰く、イリジア王国一治安のいい街ということ。


「出来ればこの街で仲間一人くらいは作りたいな……トルドさん、俺と一緒に旅とかしません?」


「……旅には出ん。街の人間は嫌いだ」


「街というと?」


「俺は一時期、王都に住んでいた。王都の人間は息を吐くように嘘をつく。その頃から、俺は奴らを信用出来なくなった」


 輝空はトルドの言っていることに共感できる節がある。とは言っても、トルドと輝空の認識には少しだけ違う部分があった。


「それなのになぜ、俺をこうして迎え入れてくれたんですか」


「お前が、困っていたからだ」


 意外にも、それは簡単な答えだった。


「つまらない答えだったか」


「いえ、別にそんなことは……」


「表情に出ているぞ。確かに、つまらない答えであったがな」


 トルドの硬かった表情が、少しだけ緩んでいた。

 何を思ったのか、輝空にはさっぱり分からなかった。


「ソラ、お前は自分らしく生きろ。そうすれば勝手に、人は集まってくる。今日の俺みたいにな」


「集まって……欲しいです。俺人一倍寂しがり屋だし、一人じゃなんにもできないような人間だし」


「人を助け、人に助けられ、そうして自分という存在が出来上がっていくものだ。最初からなんでも出来る者などそうそう居ない」


 自分自身を卑下する輝空の性格を、トルドは片っ端から否定した。


「俺もトルドさんみたいに人を助ければ、自然と人が寄ってきますかね……」


「当たり前だ。俺とお前は違うのだからな」


 これだけ、自分のことを褒めてくれるありがたい。

 ありがたいが――それと、自分を悪く言うことは別の問題だ。


「トルドさんは優しいです。自分を悪く言わないでください」


「……そうか」


「はい」


 輝空はトルドの目をじっと見る。

 あまりの目力に圧倒されたのか、トルドは目線を輝空から逸らした。


 輝空は話を変えることにした。

 気まずい空気が流れ、お互い沈黙が続く。

 何を話せばいいのか分からない。頭をフル回転して、ようやく言葉が出てきた。


「星が、綺麗ですね」


「どこを見て言っているんだ」


「え、あれ星じゃないんですか!?」


「俺には埃にしか見えないが……」


 よく見ると、いやよく見ずとも窓に付着しているただの埃だった。


「二階に行けば部屋がいくつかある。好きに使え」


「ありがとうございます。あ、それと体だけ流してもいいですか」


「あぁ」


 疲労がすごい。今までの疲れがどっと襲ってきたような気がした。


 ――早く寝よう。


 ――――――――――――――――――――――――



 木で作られ、こぢんまりとした空間である。

 輝空はボールペンを手に取り、机に向かっている。


「今日はまた濃い一日になった……」


 昼書いた日記を書き換えることにした。


『旅の記録十二日目 今日はトルドさんと言う男性に出会った。トルドさんは食事だけでなく、家も泊まらせてくれた。優しいなぁ……そういえば、旅が始まって十二日だ。そろそろステリアが恋しくなってきた頃だ。次会うのはいつごろになるのか分からないが、その時までにかっこいい男になりたい』


 旅が始まって以来の長文になった。


「後半は記録とか関係ねぇな」


 自分でツッコミを入れ、メモ帳を片付ける。


「持ち物よし。歯磨きもオーケー」


 確認を終えたところで一段落ついた。

 輝空はいつもの如く、ベッドにダイブする。


「ベッドで寝られることって、こんなにも幸せだったんだな……」


 これからまた、野宿と考えると憂鬱だ。

 テントはあると言え、人一人分しか入れない上、とにかく地面が固い。せめてものマットも一応あるが、寝心地は最悪だ。


 輝空は手を頭の後ろで組んで、天井を見上げる。

 瞼に重みが増していき、やがて目を瞑った。


 ――明日からも頑張ろう。


 そうして輝空は、深い眠りについた。

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― 新着の感想 ―
気が付いたら一気に読み進めていました。 めちゃくちゃ面白いというか、好きです! 予言もこの先どんなことが待ち受けるのか……めちゃくちゃワクワクしてます! これから読み進めて行くのが楽しみです! ブクマ…
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