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バルディルラン④

息子の厨ニ病を叩き潰すために書いた

う、う、と声を殺して泣きながら後退る。

でもこのままだと直ぐに見付かってしまう!

どうしたらいいのか分からず、背を向け蹲る。


ーーどの位そうしていただろう。

「ああ、居た居た。やあ坊っちゃん、本当に手が掛かりますね」

声を掛けられ、はっと顔を上げると、以前見た痩せぎすの男と目が合った。

痩せぎすの顔には火傷の痕が斑のようにあった。片目も余り良く見えていないようだし、沢山の指輪を嵌めている両手の指も曲がっていて、しかも欠けてる指もあって、残っている指さえも変色したり歪んでいた。 身体からは、乾いた血と埃と硝煙と、生薬の匂いがした。

ーー怖い。

「見た事無いものに怯えるのは正しい反応、ですな」

痩せぎすは歯を剥いて笑う。歯が欠けていて、不気味な笑顔だ。

「だがもう知ってしまったのでな。認識し、許容しなければなりませんな。おおっと、自己紹介がまだでしたな、ザクツと申します。レジーの『左足』ですな」

ぐう、と喉が鳴る。

これがレジーの四肢。


さっきから、きり、きりという微かな音が聞こえる。痩せぎすが、右の中指と薬指に嵌めている指輪を擦り合わせていた。きり、という音がまた微かに響く。

足の裏がむずむずする。

「仕込みは済んだぞ」痩せぎすの言葉に、ウドムが応える。

「バル様、合図があったら、後ろに引いて下さい。」

ウドムの意図が読めずにいると、痩せぎすが

「準備はいいですかい、坊ちゃん」とにやけた顔をバルディルランに向ける。

痩せぎすが、縛られているはずの両手を頭上に上げた。

皆がその行為に、その手に注目する。

「集中して」

いつの間に縄を解いたのだろうと、ぼんやり見上げていたバルディルランに、ウドムは厳しく声を掛ける。何故か彼も縛りが解けている。バルディルランは解けていないのに。

「これが、新たな法力です」

痩せぎすがぱん、と手を打つ。

途端に無数の石の礫が、敵陣の地面から噴き出した。

敵は、想像にもつかない急の攻撃に大混乱になった。

続けて噴き出した礫が矢のように敵に叩き打ち落ちた。

人ではない攻撃に敵は一気に怯え、ウマから転げ落ち、逃げ惑う。

「法式の活用ですよ」

もう少し後ろへ、と襟を掴まれながら、ウドムが言う。

こんな法式、初めてだ!

王都の奴等は考えもつかない。

「彼奴の好きにやらせていたら、あんな事になっちゃって」

何だか、困っている雰囲気だ。

痩せぎすは「うはー!」と歓声を上げている。

「気を付けて下さい」ウドムが尚も後ろに下がる。

「彼奴の法式、ちょっと制御出来ていないところがあるんです」

イザクは、バルディルランを脇に抱えるように寄せて、流れ礫弾を警戒する。

バルディルランは法式に当てられているようで、足腰が覚束無い。

もう少し法力を鍛錬しないといけないな、と課題内容を再考しているうちに、二十人程の敵集団をレジミアルン達があっという間に拘束した。

レジミアルンは、首領格の胸に乗り、「早く云わないと、骨が折れて内臓に刺さって死ぬよー」と尋問をしている。首領格の胸からぎしぎしと骨が鳴る音がここまで聞こえる。

首領格は苦しみながらも口を噤んでいる。

レジーが足で、首領格の顔を横向きに踏み潰す。

ウドムが首領格の傍に拘束した一人を置いて、首を斧で叩き切った。

血飛沫が首領格の顔に飛び散る。

イザクは咄嗟にバルディルランを庇ったが、一部見てしまったようだ。

「ひっ」

骨が跳ねる音と、首領格の苦悶の咆哮が響いた。

「痛いんだよねー、これ。じわじわ血を吐くんだ」

胸の上にしゃがんで頬杖をつきながら、のんびりした声でレジミアルンは眼下を見詰める。

「もう一人逝ってみる? 嫌なんだよねー、若い奴殺すの」

「レジー、そろそろバル様が拙い」ウドムが声を掛ける。

「おやまあ、何しているの、今休憩中でしょう。おーい、あっちで温かい物食べさせておあげ」

振り向くと、ザクツは早々に湯を沸かしていた。

王弟派の過激派。


それは槍ではなかった。

長柄に反りの強い剣が付いている形だ。背よりはやや長い。

剣より長いので、間合いが詰められない。

懐に踏み込もうも、くるくると回る剣先に阻まれて進められない。踏み込んだと思うと、思っていた以上に剣先が目の前に突っ込んでくる。

斬撃にも突撃にも強い。

巨軀な相手は、木々の生えた空間で、踴るかのように巧みに間合いを詰めてくる。

これは厄介だ。

「ローボール、味方だ」

姿は視えない左足の大声に「まことか」と返すレジミアルンの『左手』は、狭い空間でするりと刃先を引いた。

冷や汗と共に脂汗が流れる。正直恐ろしかった。

『左手』ローボールの武器を観察する。

例えるなら、槍のように柄の長い屈刀鉈。鍔は鉤状となって、敵の剣刃を絡めたり馬上から掛け落とすことも出来る。石付部にも尖形の飾を付け、一撃で打叩く。

「槍ってもっと長いよね」

「槍は通常、背の倍の長さがあります」

バルディルランは問いにイザクが答える。

「これは何で短いの、刃も形が違うし」

「殿下は槍の活用をご存知か」左手が訊ねる。

「分からない」

「そんなもんなのか」呆れる左足に、イザクが応える。

「九歳ですよ、そんなもんでしょう」

「やっぱり呆けてるなあ、央都は」

毒突くザクツの横で、ローボールがバルディルランに槍の戦闘術を丁寧に説明している。強面だが親切だ。

「ロー自身が考案したのです。他では見ないでしょう」

「凄いですね」ウドムの言葉にイザクは感嘆する。

「高い木の枝払い用の鉈から着想したのだが、学院で闘っているうちに今の身幅に整いまして。馬上でも振るうには此位が良くてな」

「ローが言った事を俺が色々考えて、っていうのをあの頃ずっとやってたな」

四肢達が、子供のような悪巧み顔で答える。

「お前等、本当に学業を疎かにしていたよな。喧嘩と賭博と武器ばかりで」

ウドムの悪態に、ザクツが首を振る。

「いいんだよ、俺達は。お前こそ、女を寮に連れ込んで、全然出て来なかっただろう」

ウドムの口から、子供には難しい文飾を尽くした悪態が飛び出す。バルディルランへの配慮か。

ノミの学院は大らかなようだ。

「言っておくが、央都の学院だからな、レジーと俺等は」

「ノミの学院にも修業に行った者も数多く居ますよ」ウドムが追唱する。

「ああそうだった、な」

暫し重い空気が流れた。ノミの学院修業者と派閥争いのような事でもあったのか。

「バルディルラン殿も来年は学院ご就業の準備になりますね」

気を取り直すように、ウドムが話し掛ける。

「学院は楽しいですよ。御学友も沢山出来ましょう。実は妻とは学院で出逢ったのです」

とても楽しい思い出のように、ウドムは話す。

レジーは領地経営学を、ウドムは流通経済の他に土木灌漑を。ザクツとローボールは央都の最新の、軍事戦略と土木建築を分担して学んだそうだ。

「バルディルラン殿、どちらにしても体力腕力気力努力です」

ウドムが結びの言葉を送る。

「韻を踏むのが上手いな、物知り年寄り」

一言多いザクツの脇にウドムの拳が打ち込まれた。

「ウドムは俺よりも腕力があってな、今でも大弓を打てる」

手加減したのしなかったの、と騒いでいるウドムとザクツを和やかに眺めて、ローボールが言う。

仲が良い。


「知ってるかい、水って見えない状態でもあるんだってよ、気体っつうんだ、んで温度によって水になったり氷になったり湯気になったりすんのよ」

「昔セトリエと話した事か」

「そうそうえーとね何でもね、この湯気とはまた別に空気っつーもんがこの見えない俺達の周りにあってよ、そんで水はそいつは酸素と水素ってもんで出来てて、まぁこれも空気の仲間? 成分だっけ? なもんで水素を燃やすとボンっって爆発して酸素とくっついて水になるんだとよ」

「……爆発」

「そう! 爆発。こりゃあいい事聞いたと思うだろ!? だがな、目に見えないもんをどうこうする方法がよく分からねえ。俺達が生きているのもその空気の中にある酸素っつうもんを吸っているかららしいぜ。だから俺ぁ聞いたんだ、何で水の中じゃあ息が出来ないんだって、水は酸素と水素で出来てるんだろ、酸素だけ吸い取れないのかってさ。そしたらさ、物凄い稲妻みたいなもんを水に入れないとそう簡単には別れねえってんだ! 俺ぁ納得したね、だから水ん中では息が出来ない!」

「……楽しそうだな」

何言っているのかさっぱり分からない顔のウドムにザクツは笑顔で答えた。

「ほんとセトリエはこの世の者じゃないな!」! 俺ぁ納得したね、だから水ん中では息が出来ない!」



「あれはサンギャンです。もう年寄りです」

「サザキはまだ若いですが、そこら辺の人間より賢いですよ」

レジーは珍しい両肩当てを身に着けてカラスを肩に乗せていた。

そしてカラスに、味方だ、何かあったら助けてやって欲しい、と丁寧に話し掛けている。

カラスは人の話が解るのか。

「央都には、私の息子が居ますよ、サンギャンの子供もいますよ」


ウマは、央国のように個人で所有するものではなく共有財産なので、皆が手近に居るウマを引き寄せる。

だが一人違う奴が居た。

「ねぇ大丈夫なの? あれ、凄く怖いんだけど」

バルディルランが心配そうに見詰める先は、ある一頭のウマに頭をべろべろ舐められたり、肩や脇をがぶがぶ咬まれたりしているのに、平然と鞍を載せたり鐙を調えたりしているローボールだ。

「気になるなら、何故本人に直接聞かないんだい?」

レジミアルンの、苛つくような咎めるような応えに、嗚呼またやってしまったと、バルディルランは鉛のような後悔と反省を飲み込む。

レジミアルンの下に付いて、己の稚さに唇を噛む。初めての事ばかりだった。

央宮では、訊けば誰かが必ず答えてくれた。自分の思いを口にすれば、侍従等が必ず叶えてくれた。無視されたことがなかったのだ、今迄。

王太子だから。

気の張る行軍前だから、あんなきつい言い方だったのだろうか、もうちょっと言い方あったのではないか、もうちょっと寄り添った応えが欲しかった!

バルディルランとレジミアルンのやり取りが聞こえたのか、ははと笑いながらローボールはバルディルランが問うのを待っていてくれた。

「何故かこいつは、俺を自分の番だと思っているのですよ」

舐められたり咬まれたりするのは、ウマの愛情表現らしい。怪我しないのか、怪我しないように咬んでいるのが愛情なのか。

ローボールは『尾白』というウマの顎をくすぐりながら答えてくれた。気持ち良さそうにしながらも、ローボールに近付く他のウマを『尾白』は威嚇している。

ローボールはウマにもてるらしい。

「ローに対して俺は宥め賺してやっと乗せてもらう方だ」

とザクツが横でぼやく。

「法力を肌で感じているんだろうなあ」

「いや、匂いじゃないかと思うぞ。血と埃と硝煙と生薬の匂い。どれもウマが嫌がりそうだ。」

ローボールは至極真面目に答えた。

「ああじゃあ毎日風呂に入ればいいんだな」

「……世話焼きの牝馬でも探せ」

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