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実験と生徒会

 朱音は毎日科学部の見学をした。もちろん梶本、可野も一緒だ。

 木曜日には咲山がミジンコ調査の様子を見せてくれた。それから星川が机の上を走り回るロボットを見せてくれた。それは縁に行くと自動的に止まって向きを変えるのだが、前に付いている赤外線ランプでそれを確かめているらしかった。

 それにこの日、梶本が自分のパソコンを持ってきた。

 それは掌に載るほど小さなノートパソコンで、外側はつや消しの黒だったが、何故か蝶番の所だけ、素人細工っぽく強化されているようだった。

 蓋を開けるとこれまた小さなキーボードになぜかカラフルなボタンがあってまるでオモチャのよう。それにこれも小さな液晶画面があって、でもそこに映っていたのは普通のデスクトップではなく、何故か細かな文字がずらりと並んだものだった。

 それは朱音や可野には不思議に映るだけのものだった。が、先輩の、特に男性陣の反応は異様だった。二人ともその機体を見るなり目を丸くしたし、画面を見るとなおさらに唖然とした様子だった。

「こ、これはウルトラ……ではないか! 未だに生きている個体があったとは……」

「しかも梶本、お前、この時代にこれなのか?」

「はあ、子供の頃、父の持ってた漫画を読んで『男一匹シングルタスク』という台詞にはまりまして」

「プログラムもやってるのか。言語は何を使ってるんだ?」

「えっと、フリーのえる……」

 赤木が噛み付くように色々訊ね、星川も結構食らいつく感じだったが、梶本も嬉しそうに返事していた。朱音には何のことか全然分からなかった。

 ただ、梶本の声は今まで聞いたことがないほどに自信に満ちていた。彼は自分のパソコンのキーボードを指先で叩き、画面に様々な画像を表示させて見せた。それぞれ微細で複雑な、だが何とも不思議な画像だった。

 赤音にとってはそれらは『美しいがよくわからない』ものにすぎず、可野にとってもそうらしかった。だがやはり先輩の男連中はひどく盛り上がっていた。

「おい赤木、こいつ、大変な拾いものだぞ!」

「ああ、とんでもないやつが来たものだ。頼むぞ、その力を大いに発揮してもらいたい問題が山ほどあるんだ」

 どうやら梶山の評価がそれでほぼ決まったようだった。

 金曜日は赤木が化学実験をやってくれた。有機化学系のもので、アルコールやら石油っぽいのやらを混ぜ合わせ、急に色が変化したり、あるいは果物っぽい香りを作ったりと、それぞれに面白かった。

 ところが、そこでトラブルが起きた。

 実験に使った薬品はまとめて大きなビーカーに集めていたのだが、それが不意に泡立ち始めたのだ。それはすぐさままるで鍋が噴きこぼれるようにぶくぶくと泡を吹き出し、その中から真っ黒な煙が溢れ出した。

「赤木ッチ、どうしたの? 大丈夫なの?」

「わからん。だが、危険はないはずだ」

 泡を食った咲山の声に、赤木も困惑の様子をみせる。ただ彼はさほど慌てた様子ではなかった。

 しかし煙の噴き出す勢いは激しく、すでに実験室の半ばは真っ黒な煙に包まれ、廊下にも漏れ始めたようだった。外で生徒の騒ぐ声も聞こえ始めた。

「とにかく窓を開けて!」

 咲山の声に皆慌てて動き出し、窓をすべて開け放つと、手に手に箒やらノートやらを持ち、換気させる。同時に換気扇も動かし初め、それで室内も次第に見通せるようになった。

 そのころにはさすがの黒煙も噴出が収まっていたので、赤木は手慣れた様子で廃液を片づけ始めた。

「まあ実験というのは、こんな風に予測不可能な事態も起こりえる、ということだ。だが大抵は落ち着いて対処すればだな」

 そのときだった。唐突に実験室のドアが開き、数人の男女生徒が入ってきたのだ。先頭にいたのは赤木ほどではないが、星川よりは背が高い、すらりとした男だった。その整った顔立ちには縁なしメガネが光っていて、いかにも秀才という雰囲気を漂わせていた。

 彼は皮肉な目つきで先輩たちを眺めまわし、それから口を開いた。

「また派手なことをやってくれたようだな。どう申し開きするつもりかな?」

「何だと? 俺たちには申し開きする理由も何もないのだ! 生徒会風情がこの程度のことでのこのこと」

 すぱん!

 いきり立ち上がって食って掛かろうとした赤木を咲山は一撃でのした。彼女はだが、そのまましゃがみ込む赤木の前に立ち、闖入した連中を睨み返したのだ。

「生徒会がうちに何の用ですか? 見ての通り、ここには何の問題も起きてはいませんが?」

 闖入した男は、彼女の言葉が馬鹿馬鹿しいとばかりに声を荒げた。

「何も起きていないって? 周りの生徒が何人も職員室に連絡を入れて、火事かもしれないと消火器を用意したものまでいるんだぞ? あれだけ黒煙を吹き出しておいて何もないなんて、そんな言い逃れは通用しない!」

 しかし咲山も負けてはいない。その顔に明るい笑みを浮かべて言い返す。

「確かに煙は出ました。だが、それだけです。見ての通り、他に何の影響もありませんが」

「煙を出しただけでみんなの迷惑になってるんだ! 喉や目を痛めた生徒が出たらどうするつもりだったんだ?」

「現にそんな人は一人もいません。一番間近で吸い込んだ私たちも、咳一つしてませんよ。そもそもこれはデモ用の実験で、危険は一切無いように設計されていたものですから」

 男はここぞとばかりに皮肉な笑みを浮かべた。

「ほう、危険がない? ではどうして煙があれほど出たんだ?」

 それでも咲山は一切表情を変えなかった。さっきまで以上に落ち着いた声で返した。

「実験ですから、その時その時でアクシデントは付きものです。でも、そんな場合でも安全に納めるのが実験者の腕、ですからね。結果は見ての通りです」

 縁なし眼鏡の男は咲山としばらく睨み合いをして、それから男はふっと息を抜いた。

「なるほど。確かに今回は被害はなかった。だが、周囲を不安に陥れたことは否定できないぞ。もしまたこんなことがあれば、そのときは対応を考えさせてもらう」

「どうぞご随意に。そんなことは起こりえません」

 咲山の言葉を聞き終えると、彼はくるりと向きを変え、そのまま実験室の入り口に向かった。ついてきた連中も、無言で彼に従った。

 だが、そこで彼は振り返り、今度は茜たち新入生を一人一人確かめるように見ていった。それから皮肉な笑い顔を作った。

「君たちが噂の科学部見学者か? ここにいると平穏な高校生活が送れなくなるぞ。考え直すなら今のうちだよ」

 それは優しげにも聞こえたが、わざと作った気配がありありだった。彼は改めて向きを変え、そのまま列を組むような格好で出て行った。

 彼らの姿が消え、その足音が聞こえなくなったところで、全員がほぼ同時にため息をついた。

「何なんですかー、あの人たち?」

 いつも通りの可野の声に、咲山が溜息混じりに答える。

「生徒会よ。見たことあるでしょ、会長の柿田」

 可野と梶本はすぐに納得顔で頷いた。朱音の方はそれで何とか彼の顔を見たことがあるのをおぼろげに思い出しかけた、という程度。何しろ生徒会など意識にかけていたことがない。クラブ紹介の時も最初に出てきていたはずだが、気にとめていなかったのだ。

 それでも赤木が生徒会のことを『妨害にくるのは許せない』と罵っていたことは思い出した。なるほど、あそこで言っていたのがこれなのか。

 咲山は説明を続けている。

「うちが実験で何かすると、ああやっていちゃもんを付けにくるのよ。何しろ赤木ッチの実験は、少々派手なのもあるからね。これまで何度も文句を付けてきて、今じゃ完全に敵対してるわ」

「ほへえ、まめな生徒会長さんですねー」

 相変わらずどこか外れたような可野の感想に先輩たちは笑い声を上げる。でもすぐにまじめな顔になった咲山は、とても深刻な声になっていた。

「うちにいると、あんなことは日常茶飯事なの。嫌だったら入部はやめてくれていいわよ。今は見学だけなんだし、気にしないでいいから」

 だがやはり、真っ先に答えたのは可野だった。

「とんでもないですー。こんな面白い部活、やめませんよー。ねえ?」

 可野はあっさりとそう言って梶本と朱音を見た。梶本は間髪入れず何度も首をコクコクと振った。

 朱音は二人と、それに先輩たちの視線を急に感じ、うつむいて顔を隠した。だがみんなの期待をその視線に感じる。だから自分に問いかけて、そして決めた。

 こくん。

 見ている顔がほころんだのが、うつむいたままの朱音にはっきりと見えた。

 週明けの月曜日、放課後にクラブ結成が行われ、科学部には正式に一年生三人が入部した。

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