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衝撃を受け止めて

 気がつくと、朱音はベッドにいた。

 そこは彼女の部屋の中。帰り着くなりここに座り込み、さっきまで呆然としたままで、やっと身体が動くようになった所だ。

 学校での出来事は、未だに現実感が全く持てなかった。


 朱音は回りで準備が進むのをただ眺めていた。全体の指揮は咲山が執り、主な荷物は赤木と星川が持ったが、梶本と可野も少しずつ分担していた。

 『どこがいいか』と咲山に尋ねられて朱音は何も答えられず、すると星川が『前回と同じでいいじゃないか』と答え、それに赤木が『それでいいだろう。だが、多少は変えるべきだろうな』と言い、それで結局、あの日と同じ場所で、でも違う花にカメラを向けることになった。

 花壇の前に行くと、植えてある花も数多く、他にも勝手に生えた雑草の花など何種類もの花があった。前回撮影したものもあったし、そうでないものもあった。咲山が花の名を言いながら『どれにする?』と聞いて、そこに赤木が『どれだっていいのだ、適当に選んで見たまえ。なに、失敗なら失敗でかまわないぞ。そもそも試行錯誤というのは』スパーン!

 そんなどたばたの中で朱音が指さしたのは雑草の小さな花。先輩達は驚いていたが、すぐに目を輝かせて機材を設営し始めた。


 機材の据え付けは星川を中心に進み、それを梶本が熱心に覗き込み、可野が可愛い声で質問を飛ばす。やがて星川が朱音を呼び、花の選択とアングルの確認を求めた。設定を済ませたカメラの前に座らされ、言われるままにシャッターを押した。例の光が出て、頭がくらっとなった。

 角度を変え、また花を変えて何度か撮影を行うと、今度は撤収だ。やはり賑やかに片づけと運搬をして、実験室に戻った。星川がコンピュータを起動し、デジカメのメモリーカードからデータを取り込む。モニターに表示された映像に可野が喜びの声をあげる。『不思議、凄いですー、こんなに見えるですねー』『本当だ……』小声で梶本が続ける。『まあ、いい感じね。間宮さん、いいセレクトだったわね』『ああ、これはなかなかのものではないか』『そうだな』先輩達の声には大きな驚きはないが、それなりに喜んでいるらしい。


 それから星川はその画像を印刷して、朱音に手渡してくれた。彼女は呆然としたままにそれを受け取っていた。

 そこで部活終了の時間になったらしい。咲山が腰を上げる。『さあ、今日はここまでね。新入生の二人、他に何かやってみたいことはあるかな?』『はいはーい、私、クマムシが見たいですが、駄目ですかー?』『あ、それ僕も見たいです』『オオ、それは面白いものを持ちだしてきたな。これはもう咲ちゃんの出番だな。出来るんだろう?』『ええ、大丈夫よ。でもそれだと生物の先生に話通さなくちゃね』『そうだな』

 それでその場は終了となった。みんなは教室を出て、だがすぐに可野が戻ってきた。『間宮さん、もう帰るですよ。ほら、これ持って』呆然としたままだった朱音の荷物を彼女はまとめ、未だに手に持っていた画像も鞄に収め、それを持たせてくれた。更に彼女は朱音の手を引くようにして自転車置き場に向かった。『あかねちゃんって呼んでいいですか? いいですね?』そんなことも言っていたようだ。

 そうして自転車に跨って家にたどり着き、そのまま部屋に入って……

 気が付くと、窓の外は暗くなっていた。それに彼女は未だ制服のままだった。部屋に飛び込んで、そのままベッドに座り込んで、それからずっとそのままぼーっとしていたようだ。

 ようやく腰を上げ、部屋の明かりをつけた。それから床に置いてあった鞄を開けた。

 あの画像は綺麗な筒の形にまとめられて鞄にしまわれていた。それを取り出して広げてみた。そこには小さな花の、その真ん中へ矢印が集まったように模様が入ったもの。

 ふと気が付くと、画像の両端が強く皺になっていた。よほど強く握りしめていたらしい。

 この画像は、これまでは朱音にだけにしか見えなかったもの。それを今日、あの人達と一緒に撮影して、一緒に見て……。そう、今ではこの映像は、私一人だけのものじゃないんだ。


 不意に胸が熱くなり、それから頬に熱いものを感じた。指で触れてみると、それは涙だった。どうして涙が出るのか、それが彼女にはわからない。

 ところが自分が泣いているのだと知ると、胸の熱さはたまらないほどに強くなった。涙が止めどなく零れ始め、やがて声が我慢できなくなった。

「うう……うああ……」

 そしてとうとうそれが破裂した。一気に涙と、それに声が溢れた。

「うわあああああ、ああああああ!」

 彼女は幼児のように手放しで号泣していた。思い切り泣き叫んでも、それでも何かが足りなくて、自ら声を振り絞った。

「どうしたの、朱音、あなた何か……」

 心配したのか、母がすぐに部屋に来て彼女の頭に手を掛けた。朱音は夢中で母にしがみつき、更に泣き声を高めた。母は驚いたようだったが、すぐに娘が悲しくて泣いているのではないと分かったようで、しっかりと抱き締めてくれた。朱音はそれでも長いこと声をあげて泣いた。


 夕食の席で、朱音はぽつりぽつりと今日あったことを話した。もちろん視力の問題は親にも秘密だから言えないが、それ以外はみんな話した。

 とんでもないクラブ紹介のこと、それで彼女が興味を持ったと見たらしい同級生の梶本が見学に誘ってくれたこと、入り口で戸惑っていると可野が来て、二人を引き込んでくれたこと、早速実験をしてきたこと。

 母の方は、娘から初めて学校での楽しそうな体験が出てきたことを驚きつつも喜んでいた。どうやら奇妙な部活ではあるようだが、確かに活発に動いているようだ。

「それじゃあ、その科学部に入部するのね?」

 入部する? 朱音は母に言われるまでそれについて考えていなかった。しかし見学の延長はそういうことだ。改めて考えると、当然とも思える。

「うん、そう、そうかも知れない。今はもう少し見学するつもり」

「そうね、良く見定めてから決めるといいわ」

「うん、あ、でも、明日から、少し遅くなるかも」

「そんな理由で遅くなるなら構わないわ。でも、暗くなる前には帰るのよ」

 母が優しく微笑むのを見て、朱音はようやく心が落ち着くのを感じた。


 しかし翌朝、彼女はひどい不安に襲われていた。

 昨日のことは良く覚えているつもりだ。なのに一晩眠ると、それが本当のことではないような気がして来たのだ。

 考えてみれば、その前までの学校生活との違いが大きすぎる。急にそんな変化が起きる訳はない。あるとしたら何かの思い違いだ。

 でなければ、どっきりか何か。今日、学校に行くと、どこかのタイミングで『あれは全部嘘!』となるのではないか、そんな気がしてきたのだ。

 だから彼女は昨日までよりずっと不安な気持ちで教室に入った。

 誰かが彼女のことを見て笑ってはいないか、そんなことがひどく気になる。でもそこには何の変化も見られなかった。

 しばらくすると梶本が登校してきた。彼は朱音に向けて気弱げな笑みを浮かべた。しかしそれが信じられなくて、それに挨拶を返す習慣もなかったから、朱音は何もしなかった。梶本は何度か彼女の方を伺うようだったが、それ以上は何もして来なかった。

 昼休み、やはり彼が様子を窺っているらしいことを視界の隅に捕らえはしたが、彼女はやはり動けない。いつものように弁当を取り出した。

 その時だった。

 教室の入り口に、小柄なツーテイルの少女が姿を見せたのだ。

「お邪魔します、あの、ああ、あかねちゃん、見つけたですよー」

 それは可野だった。彼女は嬉しそうな笑みを浮かべ、小走りに朱音の元に駆け寄ってきた。

「あかねちゃん、行くですよ! ほら、お弁当持って!」

 彼女は朱音の手を掴んで引っ張りながらそう言ったのだ。彼女はそれから首を捻って梶本の方を向いた。

「梶本君も、行くですよね? 早く準備するですー」

 その間に朱音は引きずられるように席を立っていた。その手には弁当がある。気が付くと、可野も小さな弁当箱を持っていた。

「あ、あの……どこへ?」

 ようやく声を出した朱音に、可野は驚いたように言い返す。

「あれえ? あかねちゃんは聞いてなかったですか? ほら、お弁当ですよ、部室で食べるんですよ!」

 それでようやく朱音の頭にもかすかな記憶が戻ってきた。『私たちはお昼は部室で食べてるから、よかったら来て』。確か、朱音が写真を撮っている時に、後ろでそんな話をしていたような。

 後ろからは梶本が、やはり弁当箱を抱えて付いてきていた。それを知ると、朱音もようやく自分の足で身体を進め始めた。可野は嬉しそうに笑い、腕を引っ張る力を弱めてくれた。

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