表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/20

クラブに初参加

 男子生徒は先に立って歩き、時折ちらちらと斜め後ろを見ては、朱音が付いてくるのを確かめていた。彼女はただその後ろを歩くだけだった。

 彼は歩きながらぽつぽつと自己紹介した。名前は梶本和人、コンピュータが趣味だとか。コンピュータ関連の部活もあったのだが、そうではなく科学関係の部活でそれを活用したいと考えたのだそうだ。

 だからあのクラブ紹介も、活気があって凄く面白そう、と思ったそうなのだ。

(そんな見方もあるんだ)

 朱音は梶本の気弱げな顔を思わず見直した。もちろん顔を向けないで。今の話を聞いてからでは、その地味な顔がいかにも変わり者っぽく感じられて、それが不思議だった。

 化学実験室は二階の廊下の突き当たりにあった。廊下の正面に大きなドアがあり、そこから入るようだ。

 ところがドアに近づくに連れて中から声が聞こえてきた。それも言い争うような声だ。ドアの前に立った時、その内容も聞こえるようになった。

『だから、どうしてあんなこと言うのよ?』

『いや、俺は言いたいことの一〇分の一も言ってはいないんだぞ? 第一、俺は嘘を言ったか? そもそも生徒会はだな』

 すぱーん!

『だからって、言っていいことと悪いことの区別ってものが……』

 梶本は困惑の呈で朱音の方を振り向いた。このドアを開けて良いものかどうか、と聞きたいのだろう。しかし朱音は部活に参加するのだって実質は初めてなのだ。こんな特殊な状況への対処などわかりはしない。

 その時だった。不意に梶本の視線が朱音を越え、更に後ろに向かった。急いで朱音は背後に視界を広げる。すると廊下の向こうからもう一人の人物が来るのが分かった。

 それは小柄な可愛い感じの女子で、左右の上の方で髪を縛ってツーテイルにしていた。彼女は廊下をまっすぐに歩き、明らかにここを目指している。しかも梶本と朱音に気付いたらしく、表情を崩すと足取りを速めた。

 彼女がここに来るのなら、顔を向けた方がいいのだろうと、朱音は振り向いた。その少女は一瞬戸惑ったように立ち止まり、でもすぐにまた早足で駆け寄ってきた。

「こんにちはー。お二人も、科学部の見学ですかー?」

 梶本が頷き、それを見て朱音も頷いた。すると彼女は明るい笑顔を更にほころばせた。

「あーよかったー。一人だったらどうしようとか思ってたですよ」

「あ、でも」

 梶本が言いかけたのは、多分中の話し声のことだったのだろう。しかし彼女は聞いていなかった。次の瞬間、彼女は二人の横をすり抜けてドアの前に立ち、無造作にノックしたのだ。

「こんにちはー、見学していいですかー?」

 部屋の中が一瞬静かになり、それからどたばたし始めた。

『はーい、今すぐ、待って、赤木ッチはそこに、だからそこにいろって!』

 すぱーん!

 それからぱたぱたと足音がして、そしてドアが開いた。そこにいたのは、あの大柄な女生徒だった。

 彼女は三人の顔を素早く見回し、朱音を見た時は目を大きく見開いた。だがそれだけで、その顔をにっこりと崩した。

「まあ、三人も。嬉しいな。さあ、入って入って」

 実験室の中は、実験のための大きな机が並び、後ろの棚には実験装置などが一杯に入っている。

 教室中程の実験机の上に様々なものが並べられている。それが科学部の展示であるらしい。何だかよくわからない機械、もっとあからさまにロボットらしいもの、生物標本のようなもの、あるいは薬品類や化学実験の装置、それに図表や写真かもしれない印刷物。

 そして、その机の前にあの男達二人がいた。大柄な女生徒は彼等の側に並ぶと、嬉しそうに両手を広げて見せた。

「ようこそ、科学部の見学に来てくれて嬉しいわ。部員は私たち三人。みんな二年生。私が一応部長をしてるの」

 彼女は咲山さくらと名乗った。男達ほどではないが背が高く、それだけでなく体つきそのものが逞しかった。特に胸の迫力が凄く、それに明るい顔立ちも精力的な印象だった。

 次にあのもじゃもじゃ頭が身を乗り出した。近くで見ると、背が高いだけでなくて手足が長く、眉が濃い割りには眼が小さい。どこか蜘蛛を思わせる男だった。彼は大仰に両手を振りながら喋り出した。

「新入生諸君、よく来てくれた! 俺は赤木一之だ。よろしくお願いするぞ。こうして新入生が来てくれたからには、腐れ生徒会などいちころで」

 すぱん!

 どこにあったのか、先山の手にはいわゆる張りセンが握られていた。赤木は頭を抱えてしゃがみ込んだ。

 すると、がっしりした男が半歩だけ前に出た。四角い顔で無愛想な表情を浮かべていた。

「俺は星川達也だ」

 彼はやはり無愛想な声でそれだけ言った。

「まあ、こんな三人だけど、楽しくやってるわ。今日は見学だけど、まずみんなの名前を教えてくれるかしら?」

 すると、真っ先に例のツーテイルの少女が声をあげた。まるで授業で発言する時のように手を挙げていた。

「はいー、私、一年E組、鹿野ありさですー!」

 すると、少し間を置いて、梶本がやはり手を挙げた。もっとも、こちらはおずおずとだが。

「一年B組、梶本和人」

 そしてみんなが朱音に目を向けてきた。彼女はその意味が一瞬は分からず、それからやっと自分が自己紹介すべきであることに気付いた。

「B組、間宮朱音」

 それだけ言った。すると、わずかだけ間を置いて、咲山がにこやかに語り出した。

「ありがと。それで、今日は今まで私たちがしてきたことを見て貰おうと思って、その用意をしてたの。まず、これが……」

 彼女はそう言いながら、様々なものの置いてある机の前に立ち、説明を始めた。すぐに可野が食いつくようにそれらを覗き込み、その後ろから梶本がそろそろと見つめる。可野が質問をして、咲山が答え、あるいは赤木が詳しく語り出しては咲山に叩かれ、星川が少しだけ補足する。梶本も時折は質問していた。

 だが朱音は上の空だった。黙って説明を聞きはしたのだが、その言葉が頭に入ってこなかった。


 彼女はあの時の光がどうしても気になったのだ。

 彼女の知っていることに照らし合わせれば、その成果は写真であるはずだ。だから彼女は首を動かさないままに教室を見渡して写真を探した。それらしいものが並べてある机があったはずだ。

 それはすぐに見つかった。様々なものを展示している机の内、一番遠くの机の上に、ばらばらと図表と共に写真が並べられていたのだ。あるとすればあそこに違いない。


 彼女は知らぬ間に足を進め、その机の前に向かっていた。そして机の上に広げてある写真を一つ一つ見ていった。

 色々な写真があった。化学実験の様子を写したらしいもの、プランクトンの採集をしているらしい風景、顕微鏡写真と思われるもの。


 そんなものに混じって、とうとうそれを見つけた。普通の人の眼には単色に見えるはずの花なのに、花びらに濃い色の筋があって中央を指し示す集中腺のような絵柄になっている写真。明らかに紫外線帯域を写したものだ。

 朱音は無意識なままにその写真を手に取り、じっと見つめていた。それはある程度予想したとおりのものだったが、実物を手にすると衝撃はまた別だ。彼等はこれを自力で撮影しているのだ。つまりこんな撮影のための機材を準備していて、すると機材もまたここに……?


「それに興味があるのか?」

 急に側から声をかけられ、彼女は全身を硬直させた。写真に夢中で回りに気を配るのを忘れていたのだ。

 視界を向けてみると、それは星川だった。彼はいつの間にか彼女のすぐ横に来て、彼女が手に取った写真を覗き込んでいたのだ。

「それはな、紫外線、つまり紫より波長が短くて人間には見えない光線を見えるようにして撮影したものなんだ」

 朱音はもちろん、それをよく知っている。だが、どう答えればいいのか? 視界を広げると、他の生徒達はさっき見ていた机の隣にいるようだ。つまり彼は、朱音が一人でこちらに来たのに気付いて追ってきたのか?

 朱音は不安を覚え、緊張して動けなかった。だが彼はそれに気がつかないのか、淡々と言葉を続ける。

「昆虫には紫外線が見えるから、虫を呼ぶために、花には紫外線でだけ分かる模様を持つ例があるんだ。そもそも花の色は虫を呼ぶためにあるんだから、ある意味では紫外線が見えて初めて花の本当の姿が分かる、と言ってもいい。つまり、紫外線が見えない目で花が綺麗だなんて言うのは間違いだ、とも言えるな」

 朱音はその言葉に、自分の頭の中を掻き回されたような気分になった。

 彼女は自分に紫外線が見えることを異常だと思っていた。だが今、目の前の彼は紫外線が見える方が正しい、そう言っているのだ。それはまるで、朱音がおかしいわけではないのだと言われたような、そんな奇妙な驚きだった。

 もっとも彼の方は自分の言葉が朱音にそれほどの衝撃を与えたなどとは思ってもいないようだった。その頬を少し緩めると、軽い調子で続けたのだ。

「まあ理屈で考えればそんなことも考えられる、という話だ。だけど、そう考えると世界も違って見える。俺はそれも面白いと思うんだ」

 その軽い口調に、朱音の心も弛んだのだろうか。ふと口にしていた。

「これ、どうやって……?」

 すると、急に星川の声が弾んだのだ。

「お、撮ってみたいか? このままでいいなら結構簡単だぞ。なあ?」

 彼の言葉の後半は、他の誰かに向けたものだった。しかもその返事は、これまたすぐ傍から返ってきた。

「おおとも、設定はそのままで置いてあるからな。今すぐだって出来るぞ」

 それは赤木だった。慌てて朱音が視界を広げると、いつの間にか回りに全員が集まっていたのだ。

 その上に咲山が声をあげた。

「あら、間宮さん、それに興味あるんだ? もしかして金曜、私たちが撮ってたの見てた? まあいいわ、じゃあ、今日の活動はそれで行きましょう!」

 それから彼女は新入生に向けて簡単に説明を始めた。科学部では全体で何かしなければならない、という縛りはない。基本的には個人個人の興味で何をしてもいい。ただし、誰かが助力を求める時には互いに手伝うこと。特に大きな仕事がある時は、全員で当たること。

「だから、今日はこれを全員の活動にしましょう。いいわよね?」

 彼女はそれから朱音の方に向き直った。

「今日の所は設定はみんなでするから、間宮さんは何を撮るか、そんなことを指示してくれればいいわ。それでいいわね?」

 背後では星川と赤木が何やら機材の準備を始めていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ