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クラブ紹怪

 月曜日、午前中は授業が始まった。といっても最初だから各教科のガイダンスといった内容だ。

 午後にはクラブ紹介が組まれていた。いわゆる部活がそれぞれに自己紹介し、新入生を勧誘するための行事だ。

 まずはクラスで担任から説明を受けた。この学校では生徒は必ずどこかのクラブに入る、という風にはなっていないそうだ。

「でも、どこかに入部することをお勧めするわ。クラブ活動は高校生活を豊かにするし、場合によっては人生そのものにとっても大事なきっかけになるものよ。きっと素敵なことがあるから」

 森下先生はそう言って微笑んだ。

 しかし朱音はそれをほとんど聞いていなかった。例によって聞き流した、のではない。心を占めるものが別にあったのだ。もちろん、あの連中のことだ。

 彼等がここの生徒であるならば、部活である可能性は大いにある。気を付けていれば、今日その姿を見つけられるかも知れない。

 つまりどの部活かが特定できる。それが分かれば……

 彼女の中には、その先の考えはまだ何もなかった。ただ、今はそれが気になって仕方なかった。同時にそんな自分が不思議でもあった。

 新入生はそれから体育館へ移動した。壇上で一人の教師と、それに生徒会長がそれぞれに挨拶した。それからいよいよ紹介が始まる。

 最初は運動部だ。もちろん朱音はそれを聞き流す。が、それでも次第に興味を持たざるを得なくなった。

 何しろ、部活の数が多いのだ。野球、バスケット、陸上などがあるのは当たり前だが、ラクロスやホッケーなど珍しいものもあり、それどころかセパタクローなどという名前も聞いたことがないのものまであったのだ。とにかく部活に力の入った学校なのだ、というのはよくわかった。

 休憩を挟んで、文化部の紹介が始まった。こちらは体育系ほどの気合いと迫力はないところが多い。だが吹奏楽部や合唱部の演奏はそれなりの実力を感じさせるものだった。また英語部は英語スピーチ、書道部は毛筆パフォーマンスとそれなりに盛り上げる。

 それにこの分野でもやはり部活の数が多い。映画部や歴史研究会といったマイナーなものから点訳部などという存在自体が想像外のものまであった。

 写真部が出てきた時、朱音は舞台上に注目した。あの時の彼等は写真撮影をしていたはずだ。とすれば、写真部は考えられる対象だったからだ。

 しかし出てきたのは特段目立つところのない人たちだった。そこに並んだ大人しそうな顔ぶれを見て、彼女は気抜けして貯めていた息を吐き出した。


 その時、舞台の裾の方でどたばたという騒ぎが始まった。誰か知らないが男性のがらがら声が聞こえる。周囲の制止を振り切ろうとしているような声のやりとりだ。舞台下の生徒会らしいメンバーも腰を上げ、新入生もざわつき始める。

 そんな中、唐突に一人の男が舞台に跳び出してきた。朱音は思わず腰を上げていた。それは間違いなくあの時のぼさぼさ頭の男だったからだ。

 男は片手に持ったマイクを口元に持ち上げ――


「 新 入 生 諸 君 ! 祝 入 学! 我 々 は 科 学 部 で あ る!」


 とてつもない轟音が体育館に響き渡った。新入生の多くが耳を両手で押さえた。

 男は馬鹿声で続ける。

「 現 代 社 会 を 支 え る の は、科 学 の進歩である! 科学の進歩無くしては社会の発展はあり得ない!」

 相変わらずの大音響ではあったが、どうやら舞台裏で音響担当者の必死の努力があったらしく、何とか普通に聞き取れる程度になっていった。

 男の演説は続く。

「我々も微力ながら、それに貢献すべく日夜励んでいるのだ! そのためには少々の危険はやむを得まいし、時には失敗もある。だが、それこそが進歩の原動力なのだ! それが解らぬ生徒会の腐れ共が如何に妨害を計ろうとも、我々は」

 そこで舞台にもう二人が出てきた。一人は大柄なショートの女子で、彼女はつかつかと彼に近寄るなり、片手に持った書類の束か何かでぼさぼさ髪の頭ををひっぱたいた。男が前のめりにつんのめり、その手からマイクが床に落ちた。

 ごん

 普通なら派手な爆音になるところだが、マイクは感度を絞りきってあったためか、さほどの音にはならなかった。

 するともう一人、ぼさぼさ頭よりは背が低いががっしりした体格の男が彼を後ろから抱えるようにして、そのまま彼を舞台下手に引きずり出した。

 後に残ったのは大柄な女子。彼女は落ち着き払った態度でマイクを拾い上げ、一礼すると声を高めた。

「私たち科学部は、普通の活動もしてます。興味がある人は、化学実験室に遊びに来て下さい」

 それだけ言うと、やって来た進行係らしい男子生徒にマイクを手渡し、一礼して舞台を引き上げていった。

 場内はひどくざわついていたが、次の部活が紹介を始めると、次第に収まっていった。朱音は未だ腰を浮かしたままだったが、回りが静まったのに気付くと、そっと腰を下ろした。

 そんな彼女の姿を、少し前の席から伺っている男子生徒がいるのには、全く気付いていなかった。いや、気付いていたが意識しなかったのだ。彼女は常に視線を向けられるのに慣れていたし、その視線は必ず奇異なものを見るものだったから、無意識に無視するようになっていたからだ。


 新入生は教室に戻って、そこで再び担任から説明を受けた。

 これから一週間はクラブ見学の期間で、どこの部活でも覗いて回って良いそうだ。その後にクラブ結成という日があり、そこで入部届を出すとのこと。

「是非、素敵なクラブを見つけて下さいね。それじゃあ、今日はこれで」

 森下先生はそんな風に話を締めた。それで今日の日程は終了だ。


 朱音はいつもならそのまま教室を出る。

 だがこの日、何となく腰が重かった。そのまま立ち上がるのが何故かはばかられたのだ。

 とはいえ考えてみても理由が分からない。座っていてもすることがない。仕方がないので、結局立ち上がることにした。

 ところが腰を上げかけたところで、不意に動けなくなった。右斜め後ろから声が聞こえたのだ。

「なあ、さっきの科学部っての、やばくないか?」

 朱音は思わず聞き耳を立てた。同時に顔は前に向けたままに、視界をそちらに向ける。そこにはにやけた笑いを顔に貼り付けた軽薄そうな男が二人、隣り合った席で話をしていた。

「ああ、聞いた話だと、結構危ないことをしてきたらしい。それで生徒会に目を付けられてるってさ」

 もう一人は事情通なのか、あるいは兄弟でもいるのか、訳知り顔に語ってみせる。それを聞いてもう一人も笑い声を上げる。

「やっぱりか? まあ、あれ見ただけで危ないのは解るけどさ」

「だよな。あれ見たら、入部する奴なんて、絶対いないもんな」

 それから二人の話は科学部を離れていった。


 それでも朱音は中腰のままだった。

 彼女の頭の中で、今の言葉でスイッチが入ったように、さっきのあの連中のことが無限再生されていた。あのボサボサ髪はとんでもなかった。声は大きいし、周囲を気にせずに大仰なことを叫んでいた。

 それに比べれば、あとの二人はずっとまともな人物に見えた。しかし思い出してみると、あの後を引き継いだ女子は彼の言葉を一切否定しなかったのではないか。それって……?

 そんなことに気をとられていたので、いつの間にか目の前に一人の男子が来たことに、彼女は全く気付いていなかった。

「あの……」

 その声に、朱音はようやく視界を戻し、動転した。彼女の机のすぐ前に、知らない男子が立っていたのだ。

 もっとも彼女は表情を変えるのが得意でなく、外見的には何の反応も返さなかったと見えただろう。実は彼はさっき科学部の登場に腰を浮かせた彼女を見ていた少年なのだが、朱音の方では一切記憶はない。

 それでも彼が自分に向けて声をかけているのは理解した。だから彼女は顔を上げ、目線を少年に向けた。そこにいたのは男子としては小柄でやせ形の、髪を少し長めにした気弱そうな少年だった。

 彼は朱音の視線に怯えたようにびくっと身体をすくめたが、でも逃げ出しはしなかった。彼はもう一度息を吸って、それから言いだしたのだ。

「あの……間宮さん、だよね? 科学部に興味……あるのかな?」


 その声は歯切れが悪く、それに小声の上に尻下がりに小さくなった。ところがそれが意外なくらい、彼女の中に響いていた。

 興味がある?

 いや、自分が部活に興味を持つなど考えられないことだ。彼女もこれまでも部活に入ったことはあるが、どれもにまともに参加したことがない。

 小学校五年で全員が部活に入ることを求められたとき、自分の興味に近いかと、園芸部を選んだ。ところが他の子供達が嫌がるので次第に参加しなくなり、しばらくすると先生も呼びに来なくなった。

 中学でも部活は必修だった。彼女は卓球部を選んだ。理由は文化部がなかったことと、『そこなら何もしなくても許される』と小耳に挟んだからだ。つまり、部活をしたくないもののための逃げ場になっているとの話だった。実際に彼女は一度も参加せず、それで何も問題にならなかった。

 今回のクラブ紹介でも、彼等のことが頭にあったので舞台に注目はした。ただし彼女はそれが部活への興味だとは認識していなかったのだ。ところが彼にそう言われて、彼女はようやく自分自身があの部活に興味を持ったのだと気付かされた。


 とはいえ、それをどう言えばいいのか、そこが解らない。だから彼女は無表情のまま、彼の顔を眺めるしかなかった。

 男子は再び困惑したように目を逸らせたが、それでもやっぱり逃げなかった。どうやら拒否ではないことだけは通じたらしい。

「だったらさ、見学に行ってみない?」

 彼の言葉は、これも朱音の意表を突くものだった。

 それは確かにさっき担任が言ったことではある。しかし彼女は自分には関係ないと聞き流していたのだ。

 それが今では多少違っている。確かに彼女は科学部に関心がある。そして今はクラブ見学期間だ。つまり見に行くことは当たり前に可能なのだ。

 思わず口から言葉が零れていた。

「場所、わかるの?」

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