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インクが無くなるまで。

作者: 白川 悠合
掲載日:2023/03/24


あなたへ。


いざ、手紙を書こうとすると少し緊張するね。

優しいあなたに甘えていたのは私です。その優しさを利用して、ひとりで傷付いて、被害者のフリをしていたのは私です。

ごめんなさい。


「セックスは怖くないよ。楽しいものだよ。死にたいなんて言わないで。

生きたいって、幸せだって、生きられるように、ずっと願ってるんだよ。」


そう言ってくれて嬉しかったよ。

でも、やっぱり私は私を許してあげられないから。

この手紙は読んだら捨ててください。手紙と一緒に私の連絡先も消してください。今まであげたプレゼントも、手紙も、言葉も、全部捨ててください。そうして、あなたの中から私を消してください。


あのね。

あなたに会うずっと前の話をするね。

DVを受けていた事があります。毎日殴られて、蹴られて、稼いだお金は使われて、お金がなくなると暴れて、夜も寝れませんでした。

男の人には力で負ける事を体が覚えていきました。

毎日家のドアをあけるときに願います。

[今日は機嫌が良い日でありますように。]と。

今はもう殴られることはなくなったけれど、あの日から人の顔色をみる癖がついてしまいました。

あなたが言う「目を合わせてくれないね」は、きっとここからきています。


数年前、性被害を受けました。

抵抗をする私に彼は力でおさえたのです。

これ以上抵抗をすれば殴られる。体が察知しました。

性被害の代償は妊娠でした。私はあのとき、この体を汚されたのです。

それから男の人が怖くなりました。

二人になることができなくなりました。

セックスをするのが怖くなりました。でも、それを拒んだときに説明ができません。

汚い女だと思われたくなかったからです。

妊娠をして、中絶をして、最低な女だと思われたくなかったからです。

私は私を守ったのです。私は私を選んだのです。

求められたら暴力が怖いから受け入れる。説明ができないから受け入れる。

都合のいい女として生きていくことが、私が生み出せた唯一の生き方でした。

求められたら受け入れる。受け入れたら次の生理がくるまで不安になる。また妊娠したらどうしようかと最悪の事だけを考えて、吐き気がします。


あの日、私はあなたに[男は結局]とまとめて言いました。

それをあなたは「俺だけが悪者みたいだ」と言いました。


でも、伝わらないね、こんな気持ちは。

言わなきゃわからないから。でも、言えないから。どうしたら伝わるんだろう。


私が今まで関わってきた男の人は愛のない行為ができる人たちでした。

好きだから許しても、許された側は好きにはならないのもわかっていました。

でも、どうせ愛してもらえないならと自暴自棄になりました。

震える体と傷付く心に蓋をして、しがみついては生きていました。

どれだけ考えても自分のことは許してあげられないし、好きにはなれません。

それは、ただの性処理だと思ってしまうし、そこに愛はないと思います。

どうせ愛がないなら、お金をもらえば良い。

あなたはお金をもらうことのほうが、値段を、価値をつけられて、しんどくなるって言うけれど、割り切れる方が楽。

あなたの言う「気持ちに素直に」と、私の思う「気持ちに素直に」は違うんだよ。


この人だけはと思っても、遊びだよ。と笑って突き放していく人たちを前に、誰をどう信じたら良いのかわかりません。

「好きだからセックスしたいけど、彼女にしたい好きじゃない。」と、ハッキリ言われたら、私の抱く「好き」と彼らの言う「好き」はあまりにも違いすぎて、崩れ落ちていきます。


この先もきっと、私は誰かの言う「好き」に騙されたフリをして、信じきれないんだと思う。

忘れていたけど、あなただってそうだったね。

彼女がいるのに黙って、私の気持ちに気付きながら、嫌われたくないと黙って、連絡をして、プレゼントをして、騙される私が悪かったのかもしれない。

あなたには騙したつもりもなかったかもしれない。

聞かれなかったから言わなかったのだと言うのであればそれまでだし、間違いではない。

でも、勘付いていながらも、現実を知りたくなくて聞かない事だってあるんだよ。


久しぶりに会ったあなたの首元に丸いネックレスがあったから。

この前会ったとき聞いたんだよ。

「こういう事は彼女とするんだよ。」

「彼女なんて居ないよ。」って言葉を期待していました。

あなたは今までの人たちとは違うんだって思いたかった。

だから、否定しないあなたの全てがつらかった。一緒なんだと思ってしまった。


私には理解できません。彼女がいるのに、他の誰かを抱く事も、夜遊ぶ事も、寝落ち通話も、つらいと泣くのも。

彼女には言えない事を知ったからといって、私はあなたには何もしてあげられません。


いろんな事を話しすぎたのかもしれないね。

だから、こいつなら大丈夫だとか、好きの感情も抱かないのかもしれないね。

好きだから話した私と、好きにはならないから話せるあなたと、何処までもすれ違うふたりだね。


最近、よく思うんだ。

あなたに出会わなければ良かった、と。

でも、昔のやりとりを見返して苦しくなりました。

私は確かにあのとき、[私はあなたに出会えて良かったとこの先も思うよ。]って伝えていた。

自分の吐いた言葉が自分を苦しめるなんて思わなかったよ。

話さなければよかったこと、抱かなければよかった感情、たくさんあります。

「本気で嫌がってないでしょ」って言うけれど、本気で嫌がったあとに流れるふたりの間には「別れ」しかないと気付いていませんでしたか?


いつだってあなたの優しさは私にとっては刃物でした。

ひとりぼっちで冷たくて冷たくて火傷をしてしまいそうな刃物でした。


不安と恐怖に耐えられないから切り続けては後悔をして、その傷すらも見せたくなかったのに、あなたなら受け止めてくれるかもしれないと見せてしまいました。


私達は何処までもお互いにもたれかかるから、一緒には居られないんだと気付きました。


言葉も、体も、気持ちも、傷も、忘れてほしくないと願うあなたに忘れてほしいと願います。

出会ったからには離れたくない私と、出会ってしまったから忘れてほしくないと願うあなたの間には、似ているようで同じではない時間が流れていました。


どうか、このペンのように、無くなったら捨てて、そんな存在すら忘れていけるくらいの人間であれますように。


さよなら。なんて言えないから。

ごめんね。出会ってしまって。あなたがあなたでいられるように。

この気持ちもいつか忘れられるように。


たくさんの優しさと、傷をくれてありがとう。


 


―――――


そうして、一本のボールペンのインクがなくなるころ、彼女の涙も枯れて、すべてを言葉に産み落とした気持ちは忘れるらしい。




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