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未来・家族  作者: 龍冶
16/17

第16話 不毛の星にて



 崋山はそれでも努力はした。経験と言えるかどうかはわからないが、未経験ではなかった。それなのにイヴは、

「痛いっ。へたっぴ」

 と言い、酷い感想である。崋山は言いにくいが、どうも腑に落ちない疑問が湧いて来た。

「お前って、もしかして、処女と違うん・・・」

「何、寝ぼけた事言っているんだ。ぼけっ」

 また酷い言いようだが、崋山の感じた疑惑は確かなものだ。

「血、出てないか」

「出てるよ、へたっぴ」

「あのねえ、血は処女しか出ないの。それか生理」

「あ、あたしピルとか飲んでないよ。生理かな」

「どうして飲まないっっっ」

「飲む必要ないじゃん。やらないし、やらせないし。あ、今日はやらせちゃった。でも最近全然来ないんだよね、生理が。だから飲んでないけど、不味かったかな。こりゃ生理かな。でもすぐ止まってら。違うかな」

「それは多分、処女膜が破れたのだと思います。状況的に見て。何か抵抗があった気がします」

「んな訳ないだろうが。また殴られたいのか」

 興奮してイヴが叫ぶと、ドアの向こうからノックと共に、

「どうしたのかしら、イヴさん、大丈夫?」

 アンが心配して、様子を聞きに来たので、よっぽどのことに聞こえたらしい。

 イヴは、何とドアの外に駆け出て、

「うわあん、お母さま。崋山ったらあたしの事、処女だって言うのよう」

「あら、知らないの。未経験の子の事を処女って言うのよ。別に悪口じゃあ無いのよ。聞いたことないの?」

「だってあたし、経験あるはずだもん」

「あらあら、こういう事は、昔は、経験ない方が良いと言われた時代もあったのに。ねえ、あなた。ほほほ」

 レインも近くに居たようで、二人で笑いながら立ち去った。その後イヴが顔色を変えて戻って来た。

「あの時、ひょっとして、まだされる前だったのかな。こうゆうのって、過剰防衛とか?」

「お前の事はともかく、こっちはハッカーで犯罪者だ。だけどやられたかどうかぐらい、判るだろ。普通」

「普通じゃあないんだよな。あの時のあたしったら。完全にカーとなっていた」

「頭に血が上って、下半身の状態が判らなかったってか」

「確かに下半身はこんな感じじゃあなかった」

「だけど防衛しなけりゃやられるんだから、過剰防衛とは言えないだろう?問題は何の関係もない俺の、ハッキングって事になるな」

 崋山は不味いことになっているのを感じた。

 やりすぎている。これはかなり不味くなっている。結婚でずらかれるだろうか。何処まで調べがついているのだろうか。しかしもう届を出して、明日にも強制退役の指令が出ると聞いていた。成り行きを見るしかないと思えた。

「ごめんね、崋山。変な事になっちゃたね」

「いいよ。お前は止めていたろう。俺のした事だ。成り行きを見るしかない」

 そして次の日の朝、とんでもないことが起こっていた。届を出したとき、

「強制退役の指令が来るはずだから、朝、確かめに来るように」

 と事務官に、言われていた二人は、管理棟に行ってみると、何事かあった様で、皆、慌ただしくしていた。

 近くに居た人に事情を聴くと、

「例の虫が出たぞ。宇宙船丸ごとやられたそうだ。近くを通っていて、助けに行った船も救助要請している。今から行っても間に合うかどうか。そう言えばお前、虫の動きを見切っているんだろう。本部に報告しているのか」

「はい、一応解説しましたけど、あまり分かってもらえなかったと、チャンさんから聞いています。それでどこの船がやられたのですか」

「第3銀河だ。初年兵の一団を本部に連れていく途中だったそうだ。だからヘタレばかりで、あっけなく全滅だな」

 崋山とイヴはギョッとして、中に入って記録を見た。

 やはり乗員の中に彼らが入っていた。何故ハッキングが判っていて、入隊が取り消されなかったのだろうか。まだ戦闘が続く予定なのだろうか。

 そこへ強制退役の辞令を持って、係の事務官がやって来た。

「強制退役の辞令、来ていますよ。おめでとう」

「せっかくですけれど、僕たち今から離婚しますから」

「ええっ。どうして」

「崋山、聞いてないよ。離婚して、今更どうなるってもんじゃあないでしょ」

「俺の気性が、こんな事を許さないんだ。ごめんなイヴ。今から司令官の所へ行って、自首してくるから」

「いやぁっ。崋山。今更どうなるのよ。そんな事して。止めなよ」

 崋山は、振り切って行こうとしたが、イヴは泣きながらついて来た。司令棟も慌ただしくしていたが、司令官を見つけて声をかけた。

「司令官、お忙しいところすみませんが、話をさせてください」

 第7銀河の司令官は、崋山達が退役のあいさつに来たものと思ったようだが、イヴが泣いているので、訝しく思って言ったことは。

「どうした。もう喧嘩でもしたのかな」

「いえ、そうじゃなくて。先日からハッカーを調べているでしょうが、それは私がしました。自首しに来たのです。」

「お前、何を言い出すんだ。強制退役の辞令を受けとっただろう。ここは監視カメラもあるし、音声も記録されているんだぞ。もう取り返しが付かない。直ぐ軍の警察が来て捕まる。ハッカーは改定で監獄星送りになったぐらい知っているだろうな。結婚したぐらいだから」

「うわあん。そこんところ読んでない」

 イヴが激しく泣き出した。崋山も元より読んでいないが、大体の事は想像していた。

「あいつらが虫で死んだから、思わず自首しに来たんだろうが、バカなことをしたな。死んだ者は帰っては来ない。せっかく罪を免れたのに、これから正直者は馬鹿を見るのが判るぞ。裁判員は奴らに買収されるからな。いくら自首して来ても、情状酌量などないからな。ふん、カメラが回っていても構うものか。はっきり言っておこう。監獄星に行けば、お前は殺される」

 司令官が興奮して話している間に直ぐ、警察官たちが来た。泣きじゃくるイヴに崋山は、

「ごめんね。離婚する時間は無いみたいだね。俺の給料結構貯まっているから、地球に帰ったら、それでせいぜい憂さ晴らししてくれ」

 そう言って、イヴの返事を待つ時間もなく捕まった崋山。仮の第7銀河の牢に入れられ、聞くところによると、今晩の船で、裁判の行われる連合軍本部の刑務所に、連れていかれるそうだ。面会は許されない。崋山はやれやれと思いながらも、死ぬ気はしなかった。

 次の日は本部で裁判である。裁判官達は十人ほどで、色んな銀河から任命されているようだったが、チラッと資料で説明があった後、9対1であっさり有罪になった。ベルさんが自首したのだからと、情状酌量を訴えて刑期が1年から半分の半年になった。

「ありがとう。ベルさん」

 と言って崋山が手を振ると、彼は顔をしかめて、口パクで『どあほう』と言っていた。

 崋山はベルさんにはお礼が言えたけど、他の皆には会えなくて、何も言えなかったなと思った。でも半年いれば出てこれそうだから、まあ良いか、死ぬ気しないし。と思った。その日のうちに監獄星に出発だそうだ。こういう事はやけに早いねえ。と思ったが、爺さんも行っている事だしと、気にしなかった。

 翌日には到着した。窓から惑星の様子を見ると、茶色っぽい地面だけで、名は実を現すと言うか、監獄星にふさわしい、不毛の星のように見えた。食べ物とかは送って来るのかな。ちょっと不味いことになりそうだと、やっと実感がわいて来た崋山である。

 到着すると、ますます不味いのが判った。ハッカーのような軽い罪と、龍昂の、味方を攻撃したような重い罪の者とは違う建物に入れられていた。だが、そもそも軽い罪でも、監獄星に送られるようになったのは最近のはずだが、入って見ると満員の様だ。言っているような分け方じゃあ無いなと思った。懲役で何か作業に行くらしい人達は、見たことも無い人種が多いので、敵の棟に入れられたんだろうと想像出来た。

 何時襲われるのかな、と呑気に思っていると、看守自ら急に襲ってきて、慌てて腕力でやっつけると、別の奴が数人出て来て、銃で撃とうとしてきた。それで倒れていた看守を盾にして近くの奴の所まで行き、そいつが持っていた銃を奪って、全員撃って倒した。多分、皆死んだんじゃあないかと思った。

 ちょっと不味いなあと思えた。食い物は手に入るかな、と銃を手に思案していると、共通言語で、

「おい、そいつの腰にある鍵で此処を開けてくれないかな」

 と牢の中から声をかけられた。見ると見覚えのある顔だ。

「会ったことあるよね」

 と聞くと、

「覚えの悪い奴だな、お前が初年兵で乗って来た船に居ただろ。第16銀河のムニン22だ。ワザと配線を切ったと言われて捕まったけど、全部船長の指示だったんだ。逆らえると思うか」

「思わない」

 崋山は鍵を探して、彼を出してやった。味方になってくれそうな人が居てほっとした。

「こいつら、死んだかな。俺どうなるかな」

 参考までに意見を聞いてみた。

「向うから仕掛けて来たんだから、いざとなったら俺や他の中に居る奴が証言するさ。ここは監獄の中でも要注意人物が入っているんだ。問題を起こした奴らばかり。言わば看守に逆らうやつだな。だからこいつらのような看守が専属になっている、他の看守はめったに来ない。じゃあ、ちょっと食料庫に行ってみようぜ」

「俺もその辺の所が気になっていたんだ。俺の食えるものは有るのかな。殺される予定だったら、どうなのかなって」

「そうだな。しかし別の牢には第3銀河の奴が居るから、有るんじゃあないかな」

 話しながら、食料庫に行ってみた。一応共通言語でどこ用の食料か書いてあるようだ。ムニンさんは自分用の缶詰を見つけて、持てるだけ、頂くつもりの様だ。

「第3銀河のはある?」

「お前、字、読めないのか」

「読めるよ。聞いてみただけ」

「いや、読めないのだろ。ここには第3銀河の分は無い。お前の勘は当たっていたな。ここは第3銀河の場所じゃあないからな。始めからお前を殺す気だったろうからな。お前が来ること自体、他の看守に知れていたかどうかわからないな。向うの食料庫に入り込んで、いただいて来るしかない」

「と言う事は、俺の食い物は用意されていないって事?取りに行ったら、誰かの分が無くなりそうじゃあないかな」

「そう言う事だな。だけど食わない訳にはいかないだろう」

「ひょっとしたら、龍昂爺さんの分かな」

「ああ、お前あいつの孫か。だったらひもじくても分けてくれるよ」

『分けてやるから、こっちへおいで』

 龍昂がコンタクトして来た。

「あ、爺さんがコンタクトして来た。こっちに来いってさ。行こうよ。どうせここは死人が居るから、向うへ行けるものなら行った方が良いだろ」

「お前は良いさ。身内だからな。あっちには行きたくないな、俺は。龍昂の子分たちには会いたくない」

「そう言えば、俺も船には乗ったことあるけど、会ったことなかったな。彼らは何処に居たのかな。皆、会いたがらなかったけど、ムニンさんは会った事あるような口ぶりだけど何処で?」

「始めにはっきり言っておくが、俺の名はムニン22だからな。番号言わないと返事しないから」

「分かった。ムニン22さんは何処で龍昂の子分に会ったのですか」

「会ったことは無い。噂だ。噂も言いたくないから聞くな」

「分かりました」

「出口は確かこっちだ」

 崋山はムニン22さんと龍昂たちのいる監獄へ行こうと思い、出口に向かった。廊下の両側は禁固刑の部屋らしいが、静かで誰も居ない様だった。だが、一部屋は居るのが分かった。目だけ見えて、こっちをじっと見ている。

 違和感を覚えて気が付いたが、大きすぎる。ドアの窓自体も小さいが、それにしても、両目だけで窓は塞がっていた。だがどこかで見たような記憶がある眼だ。

 ムニン22さんが、

「おい、あいつをじろじろ見るなよ。畜生こんな所に入れられていたのか。あの前を通らないと出口に行けないのに。おかしいな、他に出口が有るんだろうな。そうでないと看守が出入りできないぞ」

「そんなに危険な人?と言う事は、出口はこっちじゃあないって事?」

 崋山は話しながら、あの目はククンさんやクーククさんと同じ目だと思い出した。と言う事は中の人は、あの人たちが心配していた人じゃあないかなと思った。試しに話しかけてみることにした。言っている事はほぼ解るのだが、話せるのは挨拶程度である。

「クウウ」

 少し側まで寄って、こんにちはみたいなことを言ってみた。ムニン22さんは驚いて叫び声をあげたが、牢の中の人も驚いた。

 [お前は誰だ。どうしてしゃべれるのか]

 とか急に言い出して、物凄い音響で、耳がどうかなりそうになった。

 外の二人はヒェーと耳をふさいだ。すると彼は少し落ち着いたようで、普通の大きさの声で崋山に聞いて来た。

 [その言葉を誰に教わったのか?]

 [共通言語は解かるか?]

 これも崋山のわずかに知っている言い回しで、ククンさんが、必要となるかもしれない言葉を教えていたことに、今、気付いた。

 [言っている事は解かるが話せない]

 [私もだ、話す言葉は挨拶ぐらいだ]

 と言って、崋山はクーククさん達のこれまでの経過と、彼らは故郷の星に帰ったけれど、あなたの事を心配していたと共通言語で説明した。彼は、

 [あなたや龍昂さんのおかげで故郷に帰れたのですね、安心しました。ありがとうございます。この恩は私の一生をかけてもお返ししたい。龍昂さんの居られる所に行くのなら、私も一緒に行って、お礼が言いたいものです]

 崋山は、さっきから持っていた鍵を取り出し、当ててみるが、すべての部屋が空くマスターキーではない様だった。

「開かないや」

 それを見たムニン22さんは、

「お前は何をしようとしている。こいつを出す気なのか。止めてくれよ」

「自分は出してもらったくせに、それを言うのかな」

 崋山が開かないので、思案していると、中の彼は、

 [それではなく別の色、緑のカード、番号をそこに打っていた。確か1155]

 と言うので、崋山はムニン22さんに、

「これじゃあなくて、緑のカードとかの在りか、知らない?」

 と聞くと、

「看守の部屋じゃあないかな、見て来るから」

 と、手一杯の缶詰を抱えて行こうとしたので、

「それ重そうだからここに置いて行ったら」

 と言うと、

「せっかく手に入れた物は手放すなって言うのが、この星のルールだ」

 と言って持って行こうとするので、

「だったら俺が行って探すから、看守の部屋って何処」

 と聞くと、中の彼が、

 [下の階の端]

 とデカい指を出して、崋山の来た方を指さした。

「お前が行こうが、俺も行くからな」

 ムニン22さんは缶詰を抱えて付いて来た。

 看守の部屋に行き、牢の中の人が言っていた、グリーンのカードを探そうと思うが、何処にあるのか見当もつかない。こうなったら手あたり次第探すしかない、ムニン22さんが付いて来て良かった。すると龍昂が

『看守のデスクを覆っているフイルムシートの下に隠してあるぞ』

 とコンタクトして来た。

 見るとグリーンのカードが有り、隠しているつもりなんだなと思えた。実際、龍昂が教えてくれなかったら、見つけられなかっただろう。カードキーを持って戻り、彼を出した。頭がデカいだけで、体はククンさん達より倍の大きさまではいかなかった。頭だけ彼らより2,3倍大きいようだった。

「まだお名前を聞いてなかったですね」

 崋山が言うと、

 [私らの身分には名前は付かない。知らないようだな。大人になったら、名のある人の家来の一人と呼ばれる。以前はクークク様に仕えていたが、クークク様から任を解かれ、私の仕えたいと思う人に仕えるように言われた。だから今は、崋山様の家来の一人と呼ばれたい]

「ええっ、そんなこと言われても、どうしようかな」

 崋山が困っていると、ムニン22さんが不思議がって、

「お前ら何を話しているんだ。俺にも聞かせて欲しいな」

 と言うので、

「この人、俺の家来になりたいんだって、そしたら名前は崋山の家来の一人だそうだ。どうしようかな」

「悩む事か。なってもらえば良いじゃあないか」

「でも、俺の刑は半年なんだよ」

「お前、考え甘いぞ。大体ここに来ることも、こっちには秘密だったらしいし、たぶん死んだだろうと思われているのに、迎えが来ると思うか」

「げっ、そんなあ」

 崋山はすっかりしょげてしまった。

 そうこう話しているうちに、長い曲がりくねった通路を進み、つきあたりに頑丈なドアがあった。

 ムニン22さんが、

「これが龍昂さん達のいる監獄の入口のドアだな」

「開け方知ってる?」

「知らない」

「まさか戻ってまた鍵探すことにならないよね」

 崋山はドアを叩いて、叫んだ。

「おおい。誰か開けてよ」

 ムニン22さんが呆れる、天真爛漫な振る舞いである。

 すると誰かが開けてくれた。崋山の家来になりたがっている人に良く似ている。

「あれ、よく似た人だね」

 崋山が驚くと、

 [私の弟の一人です。ご存じないようですが、龍昂様の家来の6人とは私の弟たちの事です]

「へえ、そうだったの。クウウ」

 思わず挨拶すると、その弟も仰天して、

 [俺らの言葉しゃべっている]

 と叫んだ。今度は崋山達も予想して素早く耳をふさいだ。

 [大きな声を出すな]

 崋山の家来希望の人が注意した。

 [兄さん、出て来られたのですか]

 二人は再会を喜び合いそうになったが、弟は慌てて、

 [龍昂様がお待ちです。どうぞ]

 と素早く進んでいくので、崋山達も慌てて付いて行った。

 案内された部屋では龍昂がベッドに横たわり、見るからに具合が悪そうだ。

 崋山は驚いて、

「龍昂爺さん、どうしたの。すごく具合が悪そうじゃあないか」

 と言って駆け寄り、手を取ると、ひんやりとしていて、生きているにしては体温が低すぎた。

「わあっ、爺さん、まさか死んじゃってないよね。さっきコンタクトして来たじゃあないか。死んだらだめだよ。しっかりしてよ。目を開けてよ」

 崋山が興奮して叫ぶと、龍昂はパチッと目を開け、

「どいつもこいつも、叫びまわってやかましいな。さっきから。お前が来たら急に騒がしくなった。やれやれ、寝てもおれないな。お前もそれだけ騒いだら、腹が減ったろう。飯にしようかな。わしもよく考えたら、飯を食ったのはだいぶ前だったな。腹が減って来た。おい、そこのお前。飯の用意だ」

 [はい、ただいま持ってまいりますから]

 側にいた例の彼の弟の一人がそう言って去った。

「爺さん寝ていたのか。さっき手が冷たかったね。死んだのかと思ったよ」

 崋山がそう言って笑うと、龍昂は、

「確かに死にそうだったんだが、お前が治したようだな」

 とにっこりした。崋山は驚いて、

「本当に死にそうだったの。そんな事なら早く来いって言ってよ。ギリギリだったんじゃあないか。間に合わなかったらどうするのさ」

「いや、間に合う事は分かっていたんだよ」

 龍昂はまたにっこりした。

「そう言えば、お前。レイン達と和解したようだな。何だか感じが違うな」

「うん、ペニーには恋人が居て、恋人だった彼は、地球に残る任務だったんだ。だからペニーとカサンドラは幸せだったんだ。よく覚えていなかったけど、それが判ったからね」

「そうか、それは良かったな。お前の癒し能力は強くなってきたな。おかげで死に損なったよ」

「まったくもう、何で死にそうになっていたんだよ」

「気にするな、もう片が付いた事さ」

 どうやら、ここの看守たちとひと悶着あったようだが、勝ってすっかり牢名主っぽくなっている様子だ。具合が悪かったのも、崋山が来て治したので、これからは何とかここで暮らしていけそうだ。

 崋山は来て良かったとつくづく思った。そしてレイン父さんが言っていたことを思い出し、気休めかもしれないけれど伝えた。

「そう言えば、レイン父さんが控訴の準備をしているようだったよ」

「そうかい、しかし本部は敵方に寝返ったようだから、無駄かもしれない」

「そうなんだ。じゃあ他の方法を考えないと。また誰かがこっちに連れてこられたときに、その船を奪うっていう案はどう?」

「来るのは敵方の船ばかりだからな。わしらは敵の船の操縦は出来ないからな」

「さっきムニン22さんとこっちに来たけど、彼は宇宙船を操縦できないのかな」

 崋山はそう言って、多分部屋の外に居ると思って、ドアを開けた。するとムニン22さんが倒れていた。崋山は驚いて、

「ムニン22さんどうしたんですか」

 と、助け起こすと、ムニン22さんは目を覚まし、

「あいつらといたら、気を失うと言う噂は本当だったな」

 と言うので、

「違うよ、眠くなるだけだよ。気を失うのは別のやり方が有るらしいよ。イヴもクーククさん達に初めて会った時に眠っちまった。睡眠不足の人には良く有る事らしいよ」

「そのイヴと言う人は、お前とどういう関係なんだ」

 ムニン22さんがそう聞いた時に思い出した。

「そうだ、言ってなかったっけ。爺さん、僕、イヴと結婚したよ」

 ドア越しに龍昂爺さんに報告すると、

「フン、そうかい。お前はそう言う事は、もう少し早く言えないかな。わしには察することは出来ていたがな、何時話してくれるのかと思って居たんだが」

 何だかむくれている。年寄はこれだからと思いながら、

「ごめん、ドタバタしていて、言いそびれていたよ。話すと長い事情があるけど、もう分かっているよね」

「分っているけど、話してほしかったな」

 気まずくなってきた所で、例の彼の弟が食べ物を持って来てくれた。

「わあ、豪華だな」

 崋山は、食い物では爺さんの機嫌が直って居ないようなので、年寄の機嫌は複雑だと思いながら夢中で食べた。

 食べ終わって、どうしてそう思ったか考えると、以前、依田の爺さんが、カサンドラの話をペニーがあまり報告しないので、よく怒っていたのを思い出した。その時のペニーのいつものセリフが、

「年寄の機嫌は複雑だ」

 である。その時、依田の婆さんが、

「仲間外れにされたと思って、いじけているのヨ」

 と爺さんの機嫌の解説をしていたっけ。

『分かっているなら、今度から気を付けてくれよな』

 龍昂爺さんがコンタクトして来た。

 崋山も『OK』と答えておいた。

 龍昂はこういう事に敏感なようだ。きっと孤独な思いをして来たからだろう。


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