公爵令嬢はただ静かに勉強がしたいのです
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【9/11】日間ランキング48位に入ってました!ご評価などいただきまして、どうもありがとうございます!
【9/14】34位にまで上がってました!ありがとうございます!!
どうしようどうしようどうしよう。
美しい庭園にいながらにしてそれらには一切目もくれず茂みの中にうずくまったハリエットは全く考えの纏まらない頭で必死に考える。
かれこれ一時間ほど考えても出ないままの結論に、まずはこうなった理由から整理しようとさらに頭をフル回転させた。
哀しいかな、それでもやはり心当たりなど全くないのだ。
「いやわっかんない!!」
「あ!こんなところにいたのかいハッティ?」
「ヒッ!」
どれだけ記憶を巡らせてもこうなった原因などわからず、思わず大声をあげてしまったことでハリエットは今現在悩まされている状況の渦中に再び舞い戻ってしまった。
茂みの中にうずくまるハリエットを見つけたその男子生徒はうっとりとした顔で彼女を見下ろしていた。
けれどその瞳にはハリエットなど映っていないのだ。
ただ熱に浮かされたような状態のまま自分が今何をしているのかすら彼らは認識していないのだろう。
そう、今頬を染めながらハリエットに手を差し出している彼のように我を忘れている男子生徒が彼の背後にもたくさんいるのだ。
そこかしこから聞こえる自身を探す甘ったるすぎる声たちに、ハリエットは吐きそうな思いをしながら逃げて隠れていたというのに、自分でその居場所を知らせてしまったのだった。
ハリエットの声と目の前の男子の言葉を聞いてわらわらと集まってくる男どもにゾンビ映画さながらの叫び声をあげながら、彼女は全速力で逃げ出した。
向かう先はただ一つ。
実習棟4階・第三自習室。
今の自分が唯一絶対に安心できる場所。
「ジョゼフィーヌさまぁああああああ」
「……今度は何ですの?」
もはや恒例と言ってもいいほどに不躾にも騒がしく駆けこんできたハリエットに注意することをジョゼフィーヌはこの数か月で諦めた。
こんな時以外ならば彼女だって淑女らしくお淑やかに楚々として部屋へと入り挨拶することができることを一応ジョゼフィーヌも知っているからだ。
彼女がこうして人目を忘れてジョゼフィーヌに泣きついてくるのは、何かしらの問題が起こった、いや起こした時に限られるのだ。
嫌なことに慣れたと思いながらも第三自習室の主ジョゼフィーヌはその日の授業の復習を書き留める手を止めて騒ぎ立てる少女を振り返った。
ちなみに彼女がこの第三自習室の主と呼ばれている理由は授業の空き時間や放課後には必ずジョゼフィーヌがこの部屋を使っているからだった。
それは決して彼女が権力を使って占領しているわけではなく、彼女からすればたいていの生徒が面倒くさがって連絡通路の傍から自習室を借りていくために、一番遠いところにあるこの自習室ならば開いていることが多いから初めからここを使っているに過ぎない。
しかし、この一年ほどはジョゼフィーヌがいつも使っているからとみんな遠慮しているところもあるが、それは彼女の知るところではない。
「あら、あなた今日はいつにも増して可愛らしいわね」
「っうわあーん!ジョゼフィーヌ様までおかしくなったー!!」
「失礼な」
「あ、嘘。いつも通りだ!」
ジョゼフィーヌがくるりと振り返りざまに感じた感想を素直に唇に乗せれば、ハリエットは絶望した顔で泣き崩れてしまった。
しかし褒めたというのに泣かれたことにジョゼフィーヌが眉間を寄せて不愉快を現したことで、彼女は泣いた赤子がすぐ笑うがごとく速さでピタリと泣き止んだ。
それをまたジョゼフィーヌが怪訝そうに見るのを受けて、ハリエットは今自分に起こっていることを聞かれてもいないのに話し始めたのだった。
それは今朝、目が覚めてから突然起こった。
この国でも有数の名門学園に平民ながら奨学金で通うことになったハリエットは学園所有の寮で寝起きしている。
寝起きもすっきり夢見も良好で晴れ晴れとした気分で身支度を終えた彼女が一人一人に与えられた完全プライベート完備な部屋を出たところでその異変に気が付いた。
廊下を歩いているだけで妙に感じる視線、朝食の時にいつも以上に親切な同級生、登校時もいつもはしない心配気なまなざしを向ける寮母。
常ならぬ雰囲気に居心地の悪さを感じながら登校したハリエットがその異常を確信したのは学園の校門を潜ってからだった。
それほど仲の良くないクラスメイトも、数回程度話した程度の女生徒も挨拶程度しか交わしたことのない男子生徒も、そもそも見知らぬ生徒ですらハリエットの周囲へと集まってくる。
しかも集まってくるだけに留まらず、その誰もかれもが親し気なのだ。
最初こそ律義に一つ一つに返していたハリエットもさすがにその異常さに気が付いてからは会釈もそこそこに足早に教室へと向かった。
その教室でも同じような状況ではあるが、クラスメイトという限られた人数に絞られたため教室の外よりかは幾分かましだった。
しかも、みんながみんなおかしいわけではなく、一部の生徒はその異常な光景を訝し気に見ていた。
いや助けてよ、と思わないでもなかったが、まるでハリエットを取り合うかのようなやり取りを繰り返すおかしな同級生たちを見れば、その中に割って入れなんて言えない。
救いは授業は真面目に受けてくれたことだが、休憩時間ごとに代わる代わる話しかけられたハリエットは今日一日中休みなしの状態と言ってもいいだろう。
さらに最悪なのは放課後だった。
ハリエット自身何も返答してないのにも関わらず、誰が一緒に帰るのか競い、放課後に出かけるのかを争い始めた生徒たちに恐れをなしたハリエットはついに逃げ出したのであった。
とはいえかばんも何もかも教室に置いたままで来てしまったので帰れるわけもなく学内を逃げ惑いつつようやくたどり着いたのが第三自習室だった。
「何でこの第三自習室なんですの?」
「だってジョゼフィーヌ様なら大丈夫かなって思いまして」
「あら何でわたくしなら大丈夫だと思いますの?法則性がわからない以上わたくしだってその異常な方々と同じになっているかもしれませんのよ?」
「そこはまあ、大丈夫そうだという確信が……ありました」
なんとなく、と答えたハリエットにそれ以上問うのは無駄だと判断したジョゼフィーヌは溜息をついた。
もともとハリエットはジョゼフィーヌを盲目的に信じ込んでいる気がある。
それは悪い気はしないが、危ういなと思うのも事実だ。
「それで?心当たりはありませんの?」
「ええー、ないですよ……昨日はいつも通り授業を受けてそのまま寄り道せず寮に帰って、ジョゼフィーヌ様からもらったお菓子食べて、あとは寝る準備を」
「お待ちなさい」
「へ?」
「わたくし、昨日あなたにお菓子なんてあげてませんわ」
「え?でもたしかにジョゼフィーヌ様からだと」
「人づてに言われたんですの?」
「はい、寮母さんから……」
「寮母……ははーん?」
およそ令嬢にあるまじき声と顔で納得したジョゼフィーヌにハリエットは首を傾げる。
栗色のボブがふわりと跳ねるさまは今彼女を巻き込んでいる変な現象の効果を抜きにしても愛らしいものだ。
大きなヘーゼルが原因を突き止めたのかと期待に輝くのを受け止めていたジョゼフィーヌの耳には遠くから駆けてくる不躾な足音が届いていた。
「無事かハリエット!」
「うわ来た!」
バン!と大きな音をたてながら部屋へと入ってきたのはハリエットが今一番会いたくなかっただろう人物だった。
彼はこの数か月間今日のこの現象がずっと続いているような男で、それゆえにハリエットは毎度ジョゼフィーヌによって匿われていた。
度々他のクラスメイトが庇ってくれることもあるが、それも本当にごく少ないこと。
この男、アンドリューはこの国の王子であったために、ジョゼフィーヌ以外の生徒では盾にもならないのだ。
ジョゼフィーヌもアンドリューよりも立場が低い公爵令嬢ではあるが、アンドリューのはとこにあたるために多少強く出ることができ、それを頼ってハリエットはジョゼフィーヌへと毎度泣きつくことになっていた。
そんな風に彼の常日頃の態度すらハリエットは辟易してしまっているというのに今日のこの現象の中会ったらさらに酷いことになるのではないかと恐れたのだ。
案の定、部屋に入ってきた彼はハリエットへと近寄るとその手を引き、腰に手を添えつつ溶けるような微笑みを向けた後にジョゼフィーヌへと厳しい目を向けた。
「お前またハリエットをいじめて泣かせているな!?まったく、身分を笠に弱い者いじめなど淑女の風上にも置けない女だな!」
「そのお言葉そっくりそのまま返上させていただきますわ。それに婚約者でもない女性の名前を呼び捨てにしたり、勝手にその体に触れたりするなど紳士の風上にも置けませんわね、第五王子殿下?」
わざとらしく第五王子を強調したのはその『身分の笠』の最も最高位にして典型だからだ。
彼が度々王子だからと融通を利かせさせていることをジョゼフィーヌは知っている。
けれどそんなことはまったく知りもしない彼はなおも吠え続けていた。
「これはお前がハリエットをいじめるから緊急事態としてだな!」
「彼女がいじめられていて助けを求めているのならば、わたくしがいつもいると周知されているこの場所に来ること自体おかしいことではありませんの?まるでわざわざいじめられに来ているようじゃありませんこと?」
「それは、いつも一人ぼっちでお前が寂しかろうという優しいエティの気遣いだ!それをお前は無下にしおって!」
「だから婚約者でも恋人でもない女性の愛称を気安く呼ばない!それに、殿下のそのお言葉ほど白々しいものはございませんわね。そのハリエットがわたくしの元に泣きついて来る原因を作った張本人のくせに。あなたこそエティのことをいじめているんじゃありませんこと?」
「なんだと貴様!」
「ちょぉおおおおおっとストップ!」
王子の乱入と共に始まった激しい舌戦に最初はのまれていたハリエットがジョゼフィーヌの一言に正気を取り戻して割って入れば大抵二人とも口を噤む。
「今、聞き捨てならない言葉を聞きました」
「何をだ?あ、もしかして恋人でもないという言葉か?なんだ。エティはもう私と恋人のつ」
「違います。私がジョゼフィーヌ様に泣きつく原因を殿下が作ったって言葉です」
どういうことか、と詰め寄るハリエットの視線からアンドリューはわざとらしく逸らす。
彼はそれがもう自ら肯定していると言っているも同然になるということに気が付いていない。
そんな彼の代わりに口を開いたのはもちろんジョゼフィーヌだった。
「あなたが昨日わたくしが作ったと偽られて食べたお菓子は殿下が送ったものだったのですわ。エティはわたくしからと言われれば何も疑いもせず受け取りますもの。これに懲りたら無暗矢鱈にものを貰うんじゃありません」
「はぁい……じゃ、なくって!てことはそのお菓子に何かが入ってた、ということです?」
「そうなりますわね。何を入れたんだか知りませんが……まあおおかた?惚れ薬とかでしょうね?何にしてもそんな卑劣な手に出たってことには変わりませんけれど?」
何を入れたか知らないといいつつも察しているジョゼフィーヌは凍てつくような目でアンドリューを睨みつける。
何を入れたのかはたぶんアンドリュー自体ももうわからないのだろう。
彼としてはジョゼフィーヌの言う通り惚れ薬を入れたつもりなのに、現れた効果は彼女の周囲を惚れさせるものだったのだから。
予想外の出来事に彼が放課後ずっとハリエットを探し回っているということは陰から聞いている。
それについてはいい気味だと思っているが、まだその根本からして気に入らないのは事実だ。
一人の少女を自分のものにするのにそんな卑劣な手を使うなど、王子として情けないことこの上ない。
正攻法でうまくいかないから薬を使うなど犯罪者と同じだ。
「諦めの悪い男は嫌われましてよ?」
「諦めるも何も!私はまだフられてないからな!」
「王子相手に拒絶できると思っているところがまず片腹が痛いのですわ」
まずもって誠心誠意込めたちゃんとした告白してすらないのだから当たり前だというのに、何を胸張って言っているのだか。
されてもいない告白を断るような人がどこにいるという。
それにいくら身分を気にせずに、と言っていたところで最高権力に逆らえる一般市民などいるわけもない。
常々自分の何が悪いのかと漏らしているらしいが、その考えの至らなさが一番悪いことに気が付けぬようでは彼の将来は碌なものとはならないだろう。
「ハリエット!この際ですから相手が王子殿下だとか気にせずにフって差し上げなさいな」
「えー、でも……」
「大丈夫ですわ。王子殿下は『身分を笠に弱いものをいじめる』輩はどうもお嫌いなようですから、フラれただなんて自分勝手な理由であなたをどうこうしようだなんて致しませんし、させませんわ。たとえどんな手を使っても」
「ジョゼフィーヌ様……!」
ジョゼフィーヌの迷いのない言い切りに感動したように目を潤ませたハリエットとは対照的に、アンドリューは背筋を震わせた。
ジョゼフィーヌが止めるというのなら本当にどんな手を使ってでも止めるのだろう。
その『どんな手』の内容を考えると薄ら寒さしかなかった。
そんな震えるアンドリューの様子には全く気付くことなく、ハリエットは意を決したような顔で彼に向き合った。
「あの、王子……私…………学園長のようなナイスミドルが好みなんです!」
「……学、園長?」
そうして告げられた言葉にアンドリューは一瞬飲み込むことができずに惚けてしまった。
「はい!あの酸いも甘いも味わい尽くしたかのような御考え方!柔らかく光を反射するロマンスグレー!色気すら感じる少ししゃがれた声!それでいて50代とは思えないほどに鍛え抜かれた体!でもやはり寄る年波に抵抗できずになくなる体力を嘆く可愛らしいお姿!もう!どれをとっても理想的で!」
「は?え?なに……待って、ジョゼフィーヌ、彼女は……」
「いわゆる枯専ですわ」
理解が追い付かぬままのアンドリューを置いていかに学園長が素晴らしいかを語り始めたハリエットに話しかけることもためらわれたのか、彼は傍らで驚くでもなく冷静に彼女を見ているジョゼフィーヌに問いかけた。
勘違いであれという希望もむなしく、ジョゼフィーヌによって肯定されたアンドリューはその場に崩れ落ちてしまったのだった。
しかし彼は打たれ強いのだ。
ハッと気が付いたかのように顔をあげたアンドリューはなおもジョゼフィーヌに希望を求めて口を開くのだった。
「いや、しかし、学園長は既婚者だろう?それに、40歳以上も離れて……」
「貴族の結婚では年齢差が反対理由になり得ないことなどご存じでしょう?」
「彼女は平民だろうが!」
「あら、身分を気にしてはいけないんでしょう?」
「曲解するな!」
それでも淡々とその希望を打ち捨てられ怒鳴りつければ、さも面倒くさいとでも言うように彼女はこれ見よがしに溜息をついた。
「そもそもあの子がこの学園に入学した理由が学園長ですもの。今更そのことについて何言っても無駄ですわ」
そんな不純な動機で入学していいのかと唸れば、動機は不純でも成績は本物ですものと止めを刺されてアンドリューは項垂れた。
確かに奨学金で通えるほどハリエットは優秀な生徒であり、ゆくゆくは国家機関に勤めることも難しいことではないと言われる才女なのだ。
ただちょっと、勉強以外のところで抜けていることが玉に瑕ではあるが彼女の成績は嘘偽りのない本物だ。
それゆえに惜しいと嘆くアンドリューはやはり強かった。
またも何かに気が付いたかのように起き上がった彼は決意を固めたかのように拳を握り、それに力を込めていた。
「いや!彼女はまだ若い気力溢れる男の良さをわかっていないだけかもしれない!これから私が彼女を真実の愛に目覚めさせてみせよう!」
「……応援はしておいて差し上げますわ」
せめてあと10歳、あわよくば20歳若ければ大手を振ってハリエットを応援しただろうが、50代はちょっと……とジョゼフィーヌも思う節はある。
そもそも50代後半に差し掛かったかの学園長はミドル世代とは言わないのではないかとも思ったが、かの人は見た目年齢はもう少し若いので実年齢の誤差など関係ないのかもしれない
しかもせっかく学園へと通えるほどの能力があるのだから、妾になるしか道のない既婚者はお勧めしたくはない。
まああえて妾になって衣食住を保証してもらいつつ好きなことをするつもりというのならそれはそれで止めはしないけれど、彼女はそういう考えかたをするような性格ではない。
なにも女の幸せが結婚して夫の帰りを家で待ち子供を産み育てていくことだなんていいやしないが、あまりにも不毛な憧れを抱く友人のことはジョゼフィーヌもどうにかしたいと思ってはいた。
彼女の場合は王子の言う通りまだ目覚めていないだけのような気がするからだ。
物心ついたころに家を出た父を焦がれるあまり、父ほど年の離れた男性に対して憧れているだけで、まったく別の愛だと気が付けていないだけ。
きっとこのさき同年代、もしくは年下の魅力に気が付くことがあるかもしれないと多少は期待しているのだ。
それが、アンドリューであるかはわからないが。
「まあ、せいぜい頑張りなさいな」
真実の愛とやらに辿りつけるように。
いまだナイスミドルの魅力を語るハリエットとそれに対抗するように同年代、というよりはたぶん自分のセールスポイントを挟みこむ王子を尻目にジョゼフィーヌは帰り支度を始めた。
一瞬、このまま鍵を閉めて二人を閉じ込めてみてはどうだろうと小さな悪戯を思いつきはしたが、内鍵があるのだったと思い出してやめた。
内側からすんなり開いてしまっては意味がない。
まあ、この二人ならしばらくパニックを起こして気が付かないこともあり得るが、何の進展もなくあとあと自分がネチネチと小言を言われるだけなので面白みも何もない。
鍵をわかりやすいところにおいて自習室を出たジョゼフィーヌはそのまま王城へと向かった。
会いに行くのは自身の婚約者にして王太子、そして今回の騒動の本当の原因ともいえる男。
アンドリューに得体のしれない薬が渡るようにし、唆しただろう真犯人。
彼にしてはほんの悪戯だったのだろうが、今回のは少々度が過ぎた。
まさか学園中が巻き込まれるなんて思ってもみなかったにしても、今後このようなことがないように文句くらいは言うべきだろう。
その文句ですら、彼は愉快気に笑って聞き流すだろうけれども。
「ナイスミドル、ねえ……フフッ、まあ、気持ちはわからなくもないわね」
王城へとの道中、馬車に揺られながらかの人の愉快気な微笑みの目尻に寄った皺を思い出しながら、ジョゼフィーヌはぽつりと零した。
典型的な政略結婚となるジョゼフィーヌも例にもれず年の差がある。
彼女の婚約者ミゲルはまだ30代に差し掛かったところで学園長に比べればまだまだ若いとはいえ、今年18歳を迎えたばかりのジョゼフィーヌにとってはそれなりに年が離れているのだ。
人によってはおじさんと見られてもおかしくはない年齢だ。
それでもジョゼフィーヌは彼のことをおじさんとも思わなければ、逆に若作りしているとも思わない。
そんな小細工をせずとも彼は若々しいのだから当たり前だ。
今現在は国軍の司令部に所属しているために鍛え抜かれた体や訓練によって少し掠れた声。
髪色はまだまだロマンスグレーには程遠い、煌びやかな光を発する金で、ハリエットの語るものとは若干異なるかもしれないが確かに魅力的だった。
何よりも現国王を見ればその血を色濃く継いでいる彼の将来も間違った生活さえしなければ同じように年を重ねることになるのだから安泰と言える。
成人と共にミゲルが生まれた国王は48歳とまだ若く、親子の年齢差はほとんどミゲルとジョゼフィーヌの年齢差と変わらない。
すぐ近くに良い見本があるのであと十数年もすれば彼の王と同じようになると思えば楽しみとなってくる。
ついでに前々国王は見たことがないとはいえ祖父は身内ながらナイスシニアではあるし、その兄である前国王も記憶を辿れば彼も年老いながらもカッコいい人だったと覚えている。
血筋から言っても間違いはない。
そしてそれはアンドリューも同じだ。
ミゲルとアンドリューの間にも王子はいるが、彼らは全員側室の子であるため同腹なのは二人だけ。
同じ父母の血を継いでいるのだから彼の未来も盤石なはず。
精悍な顔つきの国王とミゲルに比べて、王妃寄りの華やかな顔つきをしているアンドリューがハリエットにとっては物足りないのかもしれないが、ミゲルとて少年期は麗しい顔つきだったのだからアンドリューだってこれからそうなるかもしれない。
どちらにせよ王妃の家系から見ても、彼女の望むナイスミドルになるだろうという予想は固い。
王妃の子ということで継承権第二位と繰り上げられているが、能力的にミゲルに何かあった時における玉座は他の王子のほうが近いだろう。
いずれ臣籍降下し伯爵あたりの爵位を与えられるだろう彼は地位的に見てもハリエットにも手が届くのではないだろうか?
哀しいことに一般的に王族に与えられるだろう公爵・侯爵の地位は彼が劇的に成長しない限り難しいが、ちょっと贅沢したい程度の使い方しかしていない彼はそれほど権力に拘ってはいない。
そこも王位継承権争いには悪いところではあるのだけれども、この場合に限ってはいいことだ。
さらに肝心なところとして、今ハリエットは学園長にこだわっているけれど、その学園長だって実際のところ前国王の年の離れた弟なのである。
前国王との年子であるジョゼフィーヌの祖父、そして学園長も年は違うながらも同じような顔つきをしており、年が同じころならば三つ子だと言っても信じる人がいたかもしれないと言われているくらいなのだ。
つまり、彼女好みの顔の血筋であるというのをハリエットもアンドリューも失念している。
「ま、もう少し黙っておきましょう」
その方が面白いときっとミゲルも言うだろう。
どちらかが気が付くのが先か、彼女が飽きて教えるのが先か。
それはわからないが、もう少しあの関係を放っておいたところで問題はない。
平民が気安く王子に寄るなと蔑もうとする無礼者はとうの昔に排除している。
横やりのない今、どのような関係に落ち着くかは当人たち次第だ。
目下一番問題にすべきはハリエットに盛られた薬の正体と解除できるのか否か。
それをはぐらかしの上手い年上のフィアンセから聞き出すのだって至難の業となる。
友人のため、そして明日の自分の静かな自習時間のために案内された執務室の前で、ジョゼフィーヌはグッとお腹に力を入れて気合を入れた。
後日、盛られた魅了薬の解除のために訪れた王城で国王に謁見したハリエットが、ド緊張の中でも国王の顔を見て「ナイスミドル……」とうっとりと頬を染め、アンドリューが複雑な顔をしたのは言わずもがなだ。
お読み下さりありがとうございました!