因縁をつけてくる雑魚キャラ
来た時の数十分の一の時間で、俺はゴランの街に着いた。
リルを地面に下ろすと、彼女はよたよたとしつつ立った。
「あ、あなたは一体……」
「冒険者だよ」
俺はゴラン支部のギルドの戸を開けた。
夕方ということもあって、日中に依頼を完遂した冒険者たちであふれかえっている。一階には飲食場が併設されているため、むさくるしい男たちが金色の液体が注がれたジョッキを片手に馬鹿笑いをしている。
冒険者は声が大きい。
仕事をしている時にはモンスターの鳴き声や騒音に負けないよう声を張り上げなければならないからだ。だが、その声量をそのままギルドにまで持ち込まれるのは困る。マリーさんが以前そう愚痴をこぼしていた。
「お、ファロスじゃねえか」
「おう、お前も今日は仕事か?」
「おうよ。この手でシビルコングをぶっ倒してきたぜ」
「やるな」
一年もゴランのギルドに在籍しているため、知り合いも多い。
俺が今会話しているのは、エヴァンズというC級冒険者だ。俺が去年登録したてのペーペーだったころ、親切心でいろいろと教えてくれた。気のいい男である。
「おい、そっちの別嬪さんは? エルフじゃねえか」
「ああ、依頼中に会ったんだ」
「ほお~……お前も隅に置けねえなあ」
にやにやしながらビールを呷る。リルは軽く黙礼をする。「馬鹿言ってんじゃねえよ」と言って後にし、俺は目的の依頼受付窓口の前に立った。
マリーさんはすぐに俺に気が付いて顔をあげ、笑顔を浮かべた。
「お疲れ様です、ファロスさん。……と、そちらは?」
「エルフのリルです。レグオス山で会いました」
リルはぺこりと頭を下げた。
彼女はエルフ族なのにあまりこんな人だかりの中でも物怖じしていない。冒険者生活のゆえだろうか。最初に見せた警戒心も、生物一般のそれを越えるものではなかったようだ。
「そうでしたか」マリーはそれ以上リルに言及せずに仕事の話に戻った。「それで、今日はどうでしたか?」
「思わぬ収穫がありましたよ。多分マリーさんの言っていた『不穏な影』はコイツのことですね」
そう言って俺は革袋からエメラルドドラゴンの魔石を取り出す。
「これは……」
「エメラルドドラゴンの成体の魔石です」
「え、えええエメラルドドラゴン!!?」
マリーさんが素っ頓狂な声をあげた。
途端にギルド内にいた冒険者連中の目線が一斉にこちらへ注がれる。
マリーさんは慌てて各方位に頭を下げ、声を潜めて俺に言う。
「エメラルドドラゴンのしかも成体って……間違いなくS級レベルですよ。それを討伐しちゃったんですか?」
「はい。まあ、ついででしたから。あとコイツらも」
俺はハングリースライムとブラッディウルフの魔石も置いた。マリーさんはそれを見て「あはは」と乾いた笑いを浮かべ、
「やっぱりファロスさん、いろいろとおかしいですよ」
かろうじてそれだけ言った。
全て『チェリーボーイ』と『リビドー』の賜物である。
マリーさんが呆れ笑いを浮かべながら魔石の勘定をしていると、
「オイガキィ!」
荒々しい声を上げて、背の高い筋骨隆々とした人相の悪い男が割り込んできた。
コイツは確か……バルディだっけ。つい最近ゴランの街に来たB級冒険者だったはずだ。
マリーさん曰くあまりいい噂を聞かない荒くれ者らしい。ゴランに来たのも以前滞在していた街でいざこざを起こしたからだとか。
「なんだよ」
「さっきからエメラルドドラゴンとかハングリースライムとかよお、嘘つくのもいい加減にしとけよ?」
「嘘じゃない。魔石を見れば分かるだろ」
俺が冷静に反論すると、
「ハッ! どうせセコいことしてパクってきたんだろ? たまにいるんだよなあ。俺たち上級冒険者様の成果をこっそり横取りしようとする、お前みてえなこす野郎がよ〜」
バルディはニヤニヤと笑って俺を見下ろす。
なるほど、俺をコケにしようとしているのだな。あるいは雑魚狩りか。見せしめに俺をいたぶってギルド内での自分の地位を確立したいのだ。
E級冒険者だからこんな危険度の高い魔物を狩れるはずがない――そう言いたいのだろう。
こういう手合いはたいてい会話する知性を持たないので、相手の土俵に上がって潰すに限る。なにもこれが初めてじゃない。今までだって何人も突っかかってきた奴はいたが、全員蹴散らしてきたのだ。
「試してみるか?」
俺は自信たっぷりに言った。
「いい度胸じゃねえか。勝負は?」
「あんたは近接戦闘向きっぽいし……腕相撲でどうだ?」
「いいぜ、その勝負乗った」
バルディは歯をむき出して笑い、
「ただし、勝負するんなら何か賭けないとな。面白くねえ」
「いいだろう。お前は何を賭ける?」
「今日の収入」
バルディは腰にかけていた袋を見せてきた。B級冒険者ということは、それなりに稼ぎがあったのだろう。
「じゃあ俺は何を賭けようか」
「決まってんだろうが、そこの嬢ちゃんだよ」
彼はリルを指さす。リルは「わ、私?」と自分のことを指さして戸惑っている。
「ああ。見たところエルフのようだな。しかもあんたみたいな綺麗な姉ちゃんはなかなかお目にかかれねえ。一度エルフとヤってみたかったんだよ」
「感心しない賭けだな」
「おいおい、今更怖気づかれても困るな。エメラルドドラゴンを倒せたなら俺くらい屁でもないはずだぜ」
「確かにお前程度は軽く潰せるな」
「な、なめやがって……! こっちへ来い!」
バルディは目を剥き、自分が座っていたテーブルを指した。どうやら俺に拒否権はないらしい。
「ファロスさん……」とリルが不安げに俺を見る。
「心配すんな、お前を賭けの物にしたのは申し訳ないが、それも含めてアイツに土下座させるさ」
そもそもB級とはいえその日の収入とエルフでは釣り合いがとれない。俺が若造だから奴隷の、それもエルフのレートを知らないとでも思っているのか。あるいは多分、バルディはE級程度なら力でねじふせ無理やり連れて行けると考えているのだろう。
ならば俺がやることは一つ。
圧倒的な力の差を見せ、恐怖を植え付けるのだ。
「そうですか……」
俺が言うと、リルは素直に引き下がった。
俺はバルディの真正面に座って右腕を差し出す。相手もニイッと笑って俺の手をつかんだ。
大きな手だ。そして皮も分厚い。粗忽な言動ではあるが、冒険者としての腕は確かなのだろう。
「よし、リル。審判をしてくれ」
「分かりました」
リルは俺とバルディの間に立つ。
「えー、コホン。それでは……はじめ!」
リルが発声する。
同時に俺が右腕に力を込めてなぎ倒す。
バルディは赤子の手をひねるよりも容易くねじ伏せられた。
「うぎゃぁぁぁぁああああっ!!」
情けない悲鳴をあげ、バルディは地に伏した。
「おおおおおおお!! さっすがファロスだぜ! B級のバルディを一瞬でのしやがった!!!」
集まってきた野次馬が歓声をあげる。この勝負の行方はバルディとリル以外には見え透いたものだったのだ。一年を通して俺の実力はゴランの冒険者たちに知れ渡っていたのである。
腕を抑えて這いつくばるバルディの髪をひっつかんで持ち上げる。「ヒイッ!」と情けない声を出して、バルディは怯えたように俺を顔を見た。
「勝負は俺の勝ちだ。約束通り今日の収入は貰う。それと、リルにさっき無礼な言葉を吐いたことを謝りやがれ」
「そ、そんなこと賭けには――」
「やらんのか?」
「ヒイッ! わ、分かった!」
俺が手を離すと、バルディはリルに向かって土下座した。
「わ、悪かった! さっきの発言は撤回する! もう二度とあんたには近づかねえから!」
「わ、私なら大丈夫ですから――」
さっきまで好色の目で見られていたというのに顔には怒りの一つも浮かべていない。大したお人好しだ。レグオス山では俺に敵意の目を向けてきたのに。
* * *
バルディはリルに助け起こされると、逃げるようにして腕を押さえて出ていった。他の冒険者はその後一通り盛り上がったが、日付が変わる前には皆「明日も依頼があるから」とギルドを後にした。
俺とリルは一連の劇場の主役ということで方々に引っ張りまわされ飯や酒を奢られた。ありがたかったが、予定ではとっくに寝ついている時間だ。明日も依頼を受けねばならないというのに。
「大丈夫か?」
「ええ、私お酒には強いので」
俺は結構酔いが回っていたが、リルは白い顔を色一つ変えていない。まだまだ飲めるのだろう。大したウワバミだ。
「すまん、本当は受付で報酬を受け取ったらお前をどっかの宿に送るつもりだったんだ」
「いいですよ、気にしないでください」
「だが……」
もうとっくに日は落ちて空には夜空が広がっている。この中で彼女を家まで送るのは気が引けるし、かといって着の身着のまま放り出すのも良心が痛む。宿も空いているかどうか。
「私はもともと追われてあの山に来ていましたから」
「そうだったのか」
「ええ。山向こうの街で人さらいに襲われたんです。よくある話ですよ」
改めて、亜人の生きにくい世界だと思う。
「なら――」
「はい?」
俺は一瞬言いよどんた。
これは俺の最もとりたくない策だった。下手をすると俺の『チェリーボーイ』に影響が出かねないからである。
だが。
さっき会ったばかりとはいえ、相手は女の子だ。
己のスキルのために目の前の少女を見捨てるなんてことは――俺にはできない。そんなことをすれば男が廃る。俺は童貞ではあるが、男を捨てた覚えはないのだ。
「なら、俺の家に泊まるか?」
「え……い、いいのですか?」
「ああ、お前が嫌じゃなければ、な。昨日の今日に会ったばかりの奴を信用するのは得策とは言えないが、それでも――」
「よろしくお願いします!」
俺が言い終える前に、食い気味にリルが返事をした。
逆にこっちが焦る。
「い、いいのか? 一応言っておくが、俺は男だぞ?」
「はい」
「お前が寝ている間にあんなことやこんなことするかもしれないんだぞ?」
「ファロスさんならそんなことしませんよね?」
「う……た、確かにそうだけど」
「なら大丈夫じゃないですか。俺はちゃんとしますので」
嬉しいやら悲しいやら。俺には女の寝込みを襲う度胸なんかないと言われている気分になってしまう。いや、実際無理だけど。
「じゃあ……行くか」
「はい!」
俺たちは連れ立ってギルドを後にした。