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依頼

 俺はスキルを二つ授かっている。通称「二枚持ち」だ。

 これは珍しい現象で、確率的には数万人に一人とか数十万人に一人と言われている。もちろん他の人間に比べて優位に立てる。それが二つとも戦闘系であれば冒険者ギルドでも一際存在感を発揮できるのだ。たとえば現在王都エイラスのギルド本部所属であり若干16歳にしてS級冒険者の仲間入りを果たしたアイリスさんは「剣聖」と「超回復」の二つのスキルを持っていたりする。


 だから「二枚持ち」である俺も、本来ならばそのことを公言して堂々と高難易度の依頼をパーティーで受けることができるはずなのだ。


 ……はずなのだが、ここに障害がある。

 まずは一つ目のスキル『チェリーボーイ』。

 これは端的に言えば、女性経験が少なければ少ないほど、そして女性経験のないまま年を重ねるほど強くなるというもの。

 ありていに言えば、性的接触の経験がなければ最強。


 ふざけてやがる。


 仮にもし俺が「僕のスキルはチェリーボーイです!」などと言ってパーティーに参加し、皆の前で圧倒的な戦闘力を発揮したとしよう。

 すると、こう思われる。

 ――チェリーボーイ持ちのアイツがあんなに強いなんて、もしかしてアイツは童貞か?


 不名誉すぎる!

 ああ、そうですよ。俺は童貞です。

 ついでに言えば女の子とキスをしたこともないし手をつないだこともない。俺の女性経験は皆無だ。

 そのせいか、俺の『チェリーボーイ』はおそらく最高のパフォーマンスを発揮している。

 勘違いしてほしくないのは、俺がガチホモではないということ。むしろ俺は女の子が大好きだ。

 ええ、大好きですよ。たとえば目の前のマリーさん。おっぱいデカくて目に毒だ。

 しかし、俺は己の強さを守るためにあえて童貞をつらぬいている。もう一度言おう、俺はあえて童貞をつらぬいているのだ!

 ……とにかく、E級冒険者にしてA級の怪物をたやすく屠れるのは、このスキルのおかげでもある。


 そして二つ目の『リビドー』。

 これは、保有者の性欲が強ければ強いほど保有者に力をもたらすというもの。そして恐らく保有者の性欲を強くするというデフォルト付き。このスキルの解明は全く進んでいないようなので、あくまでも推測だが。

 これも『チェリーボーイ』ほどではないがふざけている。まあ、俺は年頃の男の子らしく性欲旺盛なんだけどね。というか多分ものすごく性欲が強い。

 だからこのスキルの恩恵にも俺は浴していると言える。


 さて、これが俺の二つのスキルだ。

 はっきり言えば、この二つは使いようでめちゃくちゃ強くなる。現状最強の戦闘系スキルは『勇者』と言われているが、俺は半信半疑だ。『勇者』のスキル持ちがいるならぜひ一度手合わせ願いたい。正直負ける気がしない。

 だからA級の怪物だろうがはぐれ魔将だろうが、俺は拳一撃で葬り去ることができるのだ。


 しかし問題も伴う。

 まず、強くあるためには女性との交流を極力避けなければならないこと。ただでさえ難しいこの条件に、さらに『リビドー』の性欲という要素が加わると、もう地獄である。性欲旺盛な男子の目の前に妖艶な美女が現れると仮定しよう。少年は無論興奮する。美女も受け入れることにやぶさかではない。しかし『チェリーボーイ』という制約がある。結果、少年は生殺しにされるのだ。

 端的に言って地獄である。


 そしてシンプルに、他人に自分のスキル名を言いたくない。

 ふざけているから。

 

 しかしこんなスキルでも完全に嫌いになれない。もしなっていれば俺はもう童貞を手放し『チェリーボーイ』の恩恵を捨てていただろう。

 ふざけたスキルだが強さは確かなのだ。このスキルが俺に無敵の力という恩恵を授けてくれるのならば、利用しない手はない。

 世の中には弱さゆえに蹂躙されている人々がいる。

 その人たちの盾となり矛となれるのならば、童貞の呪いなど些末なもの。俺は喜んで童貞のまま戦おう。


 ちなみに、俺は自分のスキルを人に明かせないので、一度もパーティーを組んだことがない。俺くらいの実力者であれば今頃とっくにS級だろうと自分では思っているのだが、ギルド曰く「ソロでしか依頼を受けない人はS級どころかD級にも昇格させられない」とのこと。もし昇格を認めてソロで危険な依頼を受けて死なれたら困るのだ。理にかなっている。

 もちろん、俺はこのままE級冒険者に収まる気はさらさらない。いずれは覚悟を決めて『チェリーボーイ』を捨てるか、自分のスキル名を明かして成り上がるつもりだ。


   *  *  *


 「黒い森」から帰還した次の日の早朝、俺は一番乗りでギルドに来ていた。

 通常、一つの依頼をこなした後は3日ほど休養をとるが、俺の『チェリーボーイ』と『リビドー』で底上げされたはてしないパワーは休息の必要がない。


「おはようございます、マリーさん」


 俺は誰もいない閑散としたギルドの戸を開ける。上部に切られた明り取りの窓は暗く、吊るされたシャンデリアの光によって灰と黒のギルドの内装が照らされている。

 マリーさんはエントランスホールを清掃しているところだった。

 顔をあげて俺を見ると、にっこりと笑う。


「おはようございます、ファロスさん」


 彼女の頬には汗が伝っている。仕事熱心なものだ。それを言うなら俺もそうかもしれない。


「今日もクエストですか?」

「はい。E級のものをお願いします」


 マリーさんはそそくさと依頼窓口へ回り、書類を取りだす。


「今だとそうですね……キュコン草の採集なんかはどうでしょうか。朝だから気持ちいいと思いますよ」

「キュコン草ですか」


 キュコン草とは近場のレグオス山によく生えている薬草で、ひろく薬の材料になるため需要が高い。生息場所も低級冒険者でも安心して入れるような山が多いため、E級の依頼としてはちょうどいいだろう。

 だが、


「すいません、できれば討伐依頼がいいです」


 俺は頭をかきながら申し訳なさそうに言う。E級とはいえ俺も冒険者を初めて一年が経つ。採取よりも狩りを欲するのは自然のさがだ。

 が、マリーさんはニコニコと笑い、


「ああ、それなら大丈夫ですよ。なにやら最近レグオス山に不穏な影を見たという報告が上がっておりまして。そちらの調査もしていただければ、報酬は弾みますよ」

「不穏な影、ですか……流れものでしょうか」

「さあ、どうでしょうか」


 流れもの。

 特定の場所に定住せず周期的に、あるいはランダムに生息地を移動するモンスターの総称である。

 肉食性が多く、その分凶暴で手ごわい。

 だが、裏を返せばその分やりごたえがあるということ。

 それをマリーさんは示唆しているのだ。


「分かりました。キュコン草と調査の二つですね。受けましょう」

「ありがとうございます」


 マリーさんはにっこりと笑って書類を呈示する。依頼の内容や依頼主の報酬、天引きされる仲介料や注意事項などが書かれており、最後に空欄がある。そこに署名をすれば依頼を受注したことになる。

 俺がペンをとってさらさらとサインしていると、背後でやや乱暴に出入り口のドアが開けられた。そして、甲高い女性の声で、


「おはよう! クエストを受けに来てやったわよ!」


 となんともタカビーな言葉が聞こえた。俺はその声に聞き覚えがあったので、さっさとサインして退散しようとした。

 が、


「あ、あんた!」


 女性は俺の方へつかつかと寄ってきた。俺はなるべく目を合わせないようにしたが、俺の目の前で少女の脚が止まってしまった。

 用があるのは――俺か。

 恐る恐る顔を上げる。

 赤色の長い髪の毛が特徴的な美少女。勝気なつり目と高い鼻筋、そして抜けるように白い肌。西方の民族の特徴だ。

 見覚えのある顔だ。できれば会いたくなかった。


「な、なんだよ、サラ」


 サラ。

 それが少女の名前だった。

 なぜ俺がこの少女と顔見知りかといえば、たまたま同じ時期にゴランの冒険者ギルドに登録したからだ。それ以上でもそれ以下でもない。ただの同期である。

 ただの同期であるのだが……


「ちょうどいいわ、あんたあたしとパーティー組みなさい」


 そう言ってビシッと指を突きつける。

 そう、コイツは俺が何度も断っているにもかかわらず、執拗に俺とパーティーを組もうとするのだ。

 正直、あまりコイツと組みたくはない。

 というか、女性とはあまりパーティーを組みたくない。俺の『チェリーボーイ』のためにも。もしスキルを明かして「え? 童貞?」「童貞が許されるのは13歳までだよね~」などと言われてしまえば、正直もう立ち直れる気がしない。

 しかもコイツ、外見だけならめちゃくちゃかわいい。それに加えて距離感がおかしいのだ。最初に身体を密着された時なんざ、うっかり暴発するところだったのだ。


「だから嫌だって」

「なんでよ」

「何回も言っただろ、俺は自分のスキル名を明かしたくないんだ」

「なぜかは聞かないけど……あんたいい加減にしないと、いつまでもE級のままよ?」


 そう言うサラの胸元で、青色のプレートが揺れた。

 D級冒険者の証。

 俺と同時期に登録したサラは、もう俺よりもランクの高いD級冒険者になっていた。出世の早い方らしく、アイリスさんほどではないけど彼女も相当の卵であるということだ。

 そんな早熟の同期の注意である。痛いくらい俺にしみこんでくる。


「……分かってるよ」


 俺はかろうじてそれだけ言い、逃げるようにギルドを後にした。

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