プロローグ
ここはエスト王国南端に位置する「黒い森」。
普段はスライムやキャタピラーなどの弱いモンスターが跋扈する初心者向けの地だが、最近何やら凶悪なモンスターが増えているということで、B級冒険者までもがこの森に出張っているらしい。
らしい、というのはあくまでもこの情報が伝聞によるためである。
俺は現在「黒い森」の最深部にいるが、B級冒険者はおろか人っ子一人見当たらない。
それも当然だ。危険地帯化しつつある「黒い森」に賢明な初心者は近寄らないし、B級冒険者は割の合わない依頼は受けないのだから。
つまり、現状俺が所属している冒険者ギルドはこの地を持て余している。
なぜ最低ランクのE級冒険者の俺がこんな危険地帯にいるかといえば、単純にちょうどよい場所だと思ったからだ。
ギルドはD級以下の冒険者には「黒い森」最深部に立ち入らないように言明している。彼らの力量ではとても太刀打ちできないモンスターがうようよ棲んでいるからだ。たとえばギガントキマイラやティタノボア、さらにはキュクロプスの目撃情報なんかもある。確かにこのラインナップでは、低級の冒険者は依頼を受ける前に震え上がってしまうだろう。いずれも危険度Aレベルの怪物だ。
だが俺は違う。
俺が歩んだ後には大量のモンスターの死骸が転がっている。全て俺が殺った奴らだ。大したことはない。相手が飛び込んできたらかわして右手でグーパン。それで大概敵は脳を散らして死ぬ。かろうじて生き延びた奴には左でのワンツーフィニッシュをお見舞いする。それで例外なく命を刈り取ることができる。今まで俺のワンツーコンボを見て生き延びた魔物はいない。
ギガントキマイラの牙やティタノボアの毒液、キュクロプスの怪力なんて敵じゃない。コイツらには武器すら使う必要がない。素手で充分なのだ。
そして最深部。
森の奥地には古代人の遺した遺跡のようなものがあった。かつての生活を思わせる残滓――と言いたいところだが、あいにく冒険者稼業を初めてまだ一年の新米にはよく分からない。とにかく住居みたいな建物に蔦がびっしりと生えている光景が壮観だと言っておこう。
そしてそんな壮観の中にポツンとたたずむ黒い影。
目測では身長3メートルほどの人型。背中には翼が生えている。
寝ているのだろうか、しばらく観察したが微動だにしない。
俺は一目見てソイツが何者か分かった。
はぐれ魔将だ。
魔将というのは魔物の中でも強い魔力を持つ個体。それは通常このようなちんけな森ではなくS級冒険者が攻撃するようなスポットに棲んでいるのだが、まれにこうして「黒い森」のような低級の地帯に来ることがある。それを通例はぐれ魔将と言う。
理由はさまざま。縄張り争いに負けたり冒険者に深手を負わされたり。
まあ、そんなことはどうでもいい。
俺は足に力を込めて跳躍する。隕石の数倍速いスピードで俺ははぐれ魔将に急接近、魔将は寝ていたわけでなかったが、俺が眼前に迫るまで気づけない。
俺が右手の拳をふるうと、あっけなく爆散した。発声すら許さない。
ビチャビチャ、と魔将の臓器や肉片があたりに散らばる。当然俺の服にもへばりつく。不快だがこればかりは文句言っても仕方がない。
「さて、魔石は、っと……」
俺は地面から肉のこびりついた石を拾った。魔石とは魔物の心臓のようなもので、これを持っていくことで依頼の完了が正式に認められる。
俺はそれを革袋に入れた。
「今回も楽勝だったな……」
まあ、はぐれ魔将がここにいるということは、A級やS級の冒険者と戦って深手を負わされたのだろう。それが完治していれば、あと5秒くらいはてこずっていたかもしれない。
先輩達には感謝しなければならない。
* * *
俺は乗合馬車でエスト王国の南部にあるゴランの街に戻った。
ゴランは小さな街だがいい場所だ。海が近いので海上交易が盛んであり、他の街に比べ商人が多い。金銭のやりとりも活発であり、ここに来ればとりあえずは食いっぱぐれないという話だ。住人も活気がある。山村部の陰鬱な空気とはまるで正反対だ。
露店の多い路地を抜けて広場に出る。
真正面に石造りの大きな建物がある。正面入り口には二人の門番、そして剣と盾をかたどった紋章の旗が潮風にはためいている。
ここがゴランの冒険者ギルドだ。
俺は門番に会釈をする。門番もそれに答えた。
入口をくぐると大きなエントランスホールに出る。向かって右に新規冒険者の登録受付、正面に依頼の受注の受付、そして左に不要となった素材や装備の買い取り受付があるのだ。
俺は迷わず正面に向かった。窓口にいた受付嬢のマリーさんは書類仕事をしているのか目線をさげていたが、俺の足音を聞いて顔をあげ、にっこりと笑った。
「お疲れ様です、ファロスさん」
「ただいま戻りました、マリーさん」
そう言いながら俺は革袋をポンと出した。マリーさんはそれを見て、
「大丈夫でしたか? 最近の『黒い森』は物騒ですから」
「ええ、大丈夫ですよ。ただ、ギガントキマイラやティタノボアがいたので確かに以前よりも危なかったかもしれません」
「ぎ、ギガントキマイラにティタノボア!?」
マリーさんが素っ頓狂な声をあげる。何事かと冒険者たちがこちらを見たが、すぐに興味がそれたのか、視線は散っていった。俺が「マリーさん、大丈夫ですか?」と聞くと「す、すみません」とコホンと咳をしてから、
「取り乱しました。し、しかしギガントキマイラやティタノボアといえば、A級やS級の方向けのダンジョンに出てくる魔物じゃないですか! どれもA級指定の怪物ですよ!」
「あはは、マリーさん。何を驚いてるんですか。一年前ならまだしも俺とマリーさんの仲じゃないですか。俺の実力派よく知っているでしょう」
「そ、それはそうですが……はあ、やっぱりファロスさんってその、規格外ですよね。スキルも――」
「ちょ、ちょっと! ここでは言わないでくださいよ」
スキル、と聞いた途端俺は苦い顔を浮かべた。
そう、俺は現在E級冒険者にもかかわらず、怪物どもをあっさり蹂躙できる力がある。それはひとえにスキルの恩恵と言ってよい。
だが、このスキルが俺にとって非常な厄介ものなのだ。
スキルとは各個人の持つ異能。ある程度は類型化されており「鍛冶師」や「農耕」などの非戦闘系のスキルや「弓手」や「剣士」などの戦闘系スキル、その中でもさらに上位互換がある。さらに武器全般に恩恵を与えるスキルの他に「精密狙撃」や「居合」など特定の要素にからむものもあり……などとスキルは非常に多い。
冒険者がパーティーを組む際はお互い自分のスキルを教えるのが鉄則である。そうでもしなければ依頼を受けて目的地へ赴いた後に「あれ、もしかして全員前衛?」という悲惨なことになりかねないからだ。
しかし、俺はさっきのマリーさんとのやり取りでも分かるように、自分のスキルを口外することにためらいを覚える。本当はそんな奴冒険者失格なのだが、俺は類まれなる異能に恵まれているため、16歳という駆け出し冒険者にもかかわらずどうにか仕事ができている。
ここでだけ俺のスキルの名称を明かそう。
すなわち――
――『チェリーボーイ』と『リビドー』。