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第四話「これもいわゆる引っ越しで?」


 私達がヴィオ王国に住み始めて一日目の朝を迎えました。

 青く澄んだ空から、あたたかな春の日差しが差し込んで、大変良いお天気です。

 鬱屈した心も晴らしてしまうようなその明るさで目が覚めた私達は、まずお互いの姿を見て大笑いをしました。

 ほら、ここ、空き家だったじゃないですか。

 昨日は満月で明るかったとはいえど夜でしたから、はっきりとは分からなかったのですが、頭のてっぺんから靴の先まで埃まみれで真っ白だったんです。

 頭には蜘蛛の巣まで張り付いていました。いやあ、それはそれは酷い格好です。

 手で払っただけではなかなか取れなかったので、これはもう水か何かで洗わないとダメですね。

 そんな事を言いながら、ひとしきり笑い終えた私達は、持っていた食べ物で軽い朝食を済ませました。


「さて今後の事ですが、まずは食べ物と水の確保が優先ですね」

「そうですな、このままではどちらも近いうちには尽きるでしょうし。ベタ草が生えている所を見れば、幸いにも期待は出来そうです」

「ベタ草も食べられますしね。草食系男子の僕としては嬉しい限りです」

「うむ? ランの好物は肉料理じゃった記憶があるが。肉が獲れたら減らして良いか?」

「肉食系男子に肩書きを変えますので大盛りでお願いします!」


 そう言えばランの好物は肉料理でしたね。

 ごろごろと固まりの肉が入ったシチューを好んで食べていたのを思い出します。

 私は脂身が多い肉が少し苦手なのですが、肉料理って食べると元気が出ますよね。

 肉を手に入れるなら、以前は祖父や父達が狩りで獲ったり肉屋で売っているのを購入したりで済んだのですが、こうなった今は自分達で何とかしなければなりません。

 魔獣を追い払ったりだとか、魚釣り程度なら多少は経験があるのですが、食べる為の狩りをした事はそう言えばありませんでした。

 もっぱら畑仕事や家畜の世話が担当でしたので。

 しかし、ふむ。何事もチャレンジです、やってみたい。


「そう言えば、このメンバーの中で狩りの経験があるのはロイドだけでしたっけ?」

「いえいえ、お嬢。僕にも経験がありますよ!」

「おお、それは初耳」

「ふっふっふ。ウサギを追いかけるのとか得意なんですよ!」

「そして最終的に後ろ足で蹴られてダウンするまでがセットじゃがな」

「なるほど、それなら想像できました」

「すげない!」


 さて、そんな賑やかな私達ですが、声量はやや控えめだったりします。

 あまり大きな声や物音を立てれば、いつヴィオ王国の兵士がやって来るかは分かりませんからね。

 今のところは大丈夫そうだとロイドが言っていましたが、場所が場所だけにいつ現れてもおかしくはありません。

 転がり込んだこの空き家は有難かったのですが、状況次第ではもう少し森の奥を拠点にした方が良いのかもしれません。

 そんな事を考えながら、私はランやロイド達と共に食べ物を探す為に空き家を出かけました。


「そう言えば、これって引っ越しになるんですかね?」


 森の中を歩きながら、ふっと思いついた言葉を二人に投げかけます。

 引っ越し、つまりはヴィオ王国で暮らすという事なのですが。

 ランとロイドは数回目を瞬いた後、カラカラと笑いました。


「引っ越しとは思い付きませんでしたなぁ」

「引越しならばあれですね。僕は引っ越し祝いに麺料理(スルーズ)が食べたいです!」

「引っ越し祝い! いいですね!」

「わしは辛い奴を食べながら、酒をこう、ぐいっといきたいですのう」


 サジェス王国では主食としてパンと麺料理(スルーズ)が食べられています。

 特に麺料理(スルーズ)は、主食として以外にも、その細長い見た目から「良い事が長く続きますように」との意味も込められて、お祝い事でもよく出されてる料理のひとつです。

 私は甘めのべっとりとしたトマトソースに絡めて食べるのが好きなのですが、ランやロイドはもう少し辛めのものが好きなんですよね。

 食の好みって不思議なものです。

 しかし、困った。麺料理(スルーズ)の事を思い浮かべていたら、お腹がすいて来ました。ヨダレもでそう。

 やはりあれ(、、)だけではなかなかお腹も膨れませんね……。

 一度想像してしまうと、どうしても食べたくなってしまうのですが、如何せん材料がありません。


「問題は材料ですよね。この辺りにグロース麦が自生していませんかねぇ」

「ヴィオ王国だからありますよ、きっと!」

「妙に説得力がある話じゃが、多分ないじゃろうて。まぁ、川があれば魚くらいは何とかなるかもしれんのう」


 ヴィオ王国だから、という謎の自信のもとに話すランにロイドが苦笑します。

 …………ん? 魚?

 今、魚って言いました?


「ロイド、私は『お刺身』が食べたいです!」

「川魚を生で食べるのは、あまりお勧めしませんのう。死んだ人間もおりますぞ」

「あうぐう……焼きましょう」


 ランの魚のワードに思わず体が反応してしまい、全力で手を挙げて主張しましたがあえなく却下。無念。

 ロイドの話では生の川魚には寄生虫がいるそうで、何の処理もせずに生で食べると命の危険があるそうです。

 …………川魚に若干のトラウマを抱きそうです。しっかり火を通せば大丈夫だって言っていましたけれど。


 まぁそれは置いておいて、実際にお刺身で使うのは海の魚なんですよ。

 お刺身は中の海の魚を切り、醤油(ソイソース)と呼ばれる液体調味料につけて食べる料理の事です。

 魚を生で、という性質上、鮮度が命。

 なのでサジェス王国でも海に面したごくごく一部の土地でしか食べる事は出来ません。

 何でも遠くの島国から伝わった料理なのだとか。行って見たいな他所の国。


 私も小さな頃に一度だけ、おじいちゃんに連れて行って貰った港町で食べた事がありまして。

 当時の私は魚は大の苦手でした。

 産まれた時から海から遠く離れた場所で生きてきたもので、見たことがある魚も小さ目の川魚程度。海の魚の大きさに目を剥いたものです。

 だって、あの見た目ですよ? ぎょろーんって。目がぎょろーんって。しかも生臭いですし。

 私にとって魚とはそんな生物であり、それを火も通さずに生でなんて、どう考えても美味しくないだろうって思っていたんですよ。


 間違いでした。私は自分の食わず嫌いを後悔しました。

 おじいちゃんに促され、腹を決めて一切れ口に放り込んだら、サッパリとした味と柔らかい食感に衝撃を受けたものです。

 美味しかった。とても美味しかったです。

 第一印象との差も合わさって、今ではすっかり好物です。

 唯一残念な事と言えば、そうそう何度も遠い港町に足を運ぶわけにもいかないので、ここ何年も口にはしていないのですがね。


「いやしかし、刺身ですか。実はランちゃん、まだ一度も食べた事がないのですよ」

「今度、機会があったら食べに行きましょうか」

「やったー! 老師、お嬢のおごりですよ!」

「待って」

「ゴチですじゃ」

「待って」


 そんな事を話しながら歩いていると、ふと、サラサラと何か流れるような音がどこからか聞こえます。

 二人と顔を見合わせて、音に近づくように歩いて行くと、


「――――――あ!」


 その先には陽の光を受けて輝く小川がありました。


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