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第三話「囮部隊、敵地に住む」


 私がランとロイドの所へ戻ると、二人はすでにけがの手当てを終えていました。

 二人は手にそれぞれ食器の類や、使えそうな道具が握られているのが見えます。

 埃で真っ白だった地面の色が木の色に変化している所を見ると、どうやら掃除をしてくれていた模様。


「あ、お嬢! お帰りなさーい!」

「はい、ただいま戻りました。掃除手伝いますね」

「いえいえ、そろそろ終わる所ですから、お嬢は休んでいて下さいな。それより、何か面白い物でもありました?」

「いやぁ、特に見つからなかったですねぇ。すでに荒し尽くされた後の様です」

「でしょうなぁ」


 二階の様子を伝えると、予想していたとばかりにランとロイドは頷きます。

 今いるこの場所の有様を見れば、二人にもここが空き家になってから大分時間が経っているのは分かったようです。

 どういう経緯で無人になったのかは分かりませんが、まぁ、国境近くの森にある家です。

 今の二つの国の現状を思い浮かべれば、身の安全を考えて引っ越した、というのが妥当ではないでしょうか。


「お嬢、お嬢! こちらは少々収穫がありますよ! 見て下さい、鍋です! なーべー!」


 鍋ですって!

 ランが手に持った鍋を旗のようにパタパタと振って見せてくれます。

 鍋、素晴らしい。鍋があれば料理が出来ますよ!


「やりました、ラン! 煮れますね! ぐつぐつですね!」

「ふっふっふ、それだけではありませんよ! ほら、フライパンもあります!」

「焼けますね、最高です! ヒャッホウ!」


 右手に鍋を、左手にフライパンを掲げたランに、力一杯拍手を送ります。

 煮れますし、茹でられますし、焼けますし、揚げられます。鍋とフライパン、最高です。

 どうやら盗賊は料理道具には興味を持たなかったようですね。

 鍋にもフライパンにも多少の錆は見られるものの、穴は空いていない様子。手入れをすればまだまだ使えそうです。


「とりあえず、腹ごしらえじゃな。わしは干し肉とパンに水が少々残っておりますが、お嬢達はどうですかな?」

「僕も老師と同じですね! あと乾燥ハーブが少々」

「私も似たような感じですねぇ」


 ランとロイドが鞄から食べ物を取り出して見せてくれます。

 干し肉に、パン、そして水。

 私の鞄から取り出した食べ物もそこまでは一緒でしたが、最後に干し葡萄が出て来ると、二人の目が分かりやすいくらい輝きました。

 

「おお、もしやそれは、エニスの干し葡萄ですか?」

「ええ、去年収穫した奴です。特に去年のはかなり良い出来なんですよ!」


 エニスとは私の両親が治める領地の名前です。

 サジェス王国は全体的に土地が痩せており、作物を育てるのがなかなか大変で、エニスもまたそうでした。

 誰にも見向きのされない辺境の領地を、安定して収穫が出来るまでに育てた祖父達は凄いと思います。

 この葡萄もエニスの皆の研究と努力の賜物なのです。

 それを王都へ連れて行かれる前にエニスの皆が持たせてくれました。

 無事に戻ってきてくださいねと。


「それは、それは。エニスの葡萄で作ったワインが楽しみですなぁ」

「葡萄料理も楽しみですね! ワインと葡萄料理……くう! お嬢、ワインが完成した時は、ぜひぜひ声を掛けて下さい!」


 ごくりと唾を飲み込んで言う二人に、私は笑って頷きました。

 その時があったらと言いかけた言葉を、同じように飲み込んで。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 さて、とりあえず空腹はしのげました。

 とは言え、食べ物や水が直ぐに確保できるかわからないので、全部を食べてしまうわけにはいかないんですけどね。

 それぞれ一粒ずつ干し葡萄をかじりながら、私達は今後の事について話し合いを始めました。


「さて、問題はこれからどうするかですよね。名目上は囮役で放り込まれたので、何もせずに戻ったら面倒な事になりそうですし」

「罵られる程度なら構いませんが、場合によっては口封じにアレされて畑の肥やしになりそうですよね」


 アレ(、、)の所で、ランは親指で首を切る動作をしました。

 やめて怖い。

 その光景が頭の中にするりと浮かんでしまって、私は目を逸らします。


「あり得ないと言い切れないのがまた嫌ですよねぇ……」

「闇夜に紛れて国境を越えようとしても、今の状況ならば見張りの数も多いじゃろうし……どちらにせよ見つかる可能性の方が高いですな。戻れたとしても良くて暗殺されるやもしれません」

「ちなみに悪いとどうなりますか?」

「敵兵と間違われて即アレされますな」


 どの道アレされる可能性が高いようです。

 どう転んでも、私達にはあまりよろしくない未来予想図が広がっているようです。うーむ。

 ちなみに今回の作戦が正式な物であったのかと言えば恐らく答えは否でしょう。

 理由は先程の通り、私達が囮役としてヴィオ王国へ入っても、国の本隊は一向にやっては来なかったからです。

 その代わりやって来たのは私達の近くで上げられた狼煙を見たヴィオ王国の兵士だけ。

 兵士に追わた私達は必死になって逃げ周り、ようやくこの空き家へと辿り着きました。

 ですが逃げている最中に一度たりとも、それ以外の戦いの音は聞こえてはきませんでした。

 これがもし正式な作戦だったとすれば、その最中に何らかの音が聞こえてきても良いはずなのですが、残念ながらそう言った反応は何もありませんでした。

 ほっとすれば良いのか、それとも落ち込めば良いのか……考えると何とも言えない感情が浮かんできますね。


「かと言って、ここで逃げ回っていてもヴィオの兵士に見つかって捕まるか、その場で斬り捨てられるか……。あとは食料はや飲み水が尽きても残念な事になりますなぁ」

「何かこう、戻っても戻らなくてもなかなかハッピーエンドが見当たりませんね! これはハッピーエンドを急募せねば!」


 急募:ハッピーエンド、とでも書かれた看板を持って立っていれば良いのでしょうか。

 ですが幸せは歩いては来ないと聞きますので、やはりこちらから探しに行かねばなりますまい。


「急募しても来るのはヴィオの兵士じゃぞ」

「ハッピーエンドかつフレンドリーであればヴィオの兵士でも大歓迎ですね! 僕らに幸あれ!」

「ランが言うと明るく聞こえるから良いですね」

「はっはっは、もっと褒めて下さって構いませんよ!」


 明るい調子で言うランに、少しだけ気分が引っ張り上げられます。

 傷の痛みが引いて来たのと多少お腹も膨れたからでしょう。

 本来の調子を取り戻してきたランに、ロイドが呆れたように息を吐きました。


「お前は元気になると直ぐそれだ。ちぃと静かにしておったと思ったら……」

「元気印のランちゃんですからね! それに、まだまだ本調子ではありませんのでご安心を!」

「そう言えばそうですね。確かに普段はもうちょっと、ラッパの音みたいにけたたましかった気がします」

「けたたましいって……褒め言葉ですね! まぁそれはそれとして、これからどうしますか、お嬢?」


 脱線しかけた話をランが戻してくれました。

 これからか……。さて、どうしたものでしょうか。

 ランの言う通り、戻っても戻らなくても、ハッピーエンドが見当たりません。ならばどうするか。

 ランとロイドが私を見る目は静かで穏やかでした。まるで何かを覚悟したような、悟ったような目です。

 二人の視線を受けながら、私は腕を組みました。


「そうですね……」


 戻っても戻らなくてもハッピーエンドが見当たらない。

 ならば一体どこでなら、ハッピーエンドに辿り着けるのでしょう?

 そもそもハッピーエンドの定義とは何でしょう。


「……ロイドとランは、何かやり残した事とかありますか?」

「わしですかな? そうですなぁ……わしは世界中の美味い酒を飲みたかったですかな」

「僕は自伝を執筆出来なかった事ですね!」


 なるほど、お酒と自伝。

 ロイドは大の酒好きですし、ランはよく、自分の人生で何かを残したいのだと言っていました。

 とても二人らしい答えです。


「お嬢は何かありますか?」

「そうですねぇ」


 逆に問いかけられて、私は考えながら視線を空へと向けました。

 天井に空いた穴から、夜空に浮かぶ満月が見えます。

 まんまるで綺麗なそれをじっと見つめていると、何だかそれが焼き菓子にも見えてきました。

 収穫祭の時に母やエニスの皆が焼いて振舞ってくれるレコルトという名前のお菓子です。

 丸く薄く焼いたクッキーにジャムを挟んだシンプルなものですが、甘くてパリパリしていて美味しいんですよ。

 レコルトはその年に収穫したものだけで作られているので、果物がうまく生らなかった年は野菜のジャムを代用したりだとか。

 焼き菓子は美味しくて、収穫祭も楽しくて。

 皆が笑顔でお互いを労い、実りを祝う収穫祭。大好きです。


「……収穫祭に参加したかったですね。この間、畑に植えたばかりの種が育った所を見たかったです」

「ああ……そう言えば、ちょうど種まきが終わる時期でしたな」


 ランとロイドも満月を見上げました。

 自分のやり残した事を言葉にしたら、ずん、と疲れとは別の重い何かが肩に乗った気がしました。

 ……疲れたなぁ。何で私達はこんな所で、こんな事をしているんでしょうか。

 王様なんて、王様に向いていて、教育も受けて、それでやる気がある人がやればいいじゃないですか。

 私はなれもしませんし、なりたくもありませんし。

 それでも引っ張り出されて来てみれば、最下位なのに蹴落されて。

 本当に何なんでしょうね。そんな事をしているよりも、もっと他にやる事があるのでは?

 祖父が権力争いを嫌った理由が少し分かった気がします。

 考えていたら無性に腹が立ってきました。今私達がこうしている間、私達を罠にはめた輩は安全な場所で、ご飯を食べてお風呂に入って眠っているわけですよ。

 当たり前の日常を送っているわけですよ。解せぬ。

 私だって当たり前の日常を送りたい。普通の。普通に。


「……戻っても、戻らなくても駄目ならいっそ、ここで暮らしますか」

「暮らす?」


 ふっと浮かんだ言葉を口にすると、ランとロイドが目を丸くしました。

 ……ん?

 何気なしに言った言葉でしたが、これは意外と良いアイデアのような気がしてきました。


「暮らす……ですか?」

「ええ。ほら、何をしても死ぬしかないなら、一度死んだつもりで開き直ってみませんか、という提案です。戻るにしろ進むにしろ、今の私達には、諸々に立ち向かえるだけの武器(、、)が圧倒的に足りません。限りなくゼロに近いです。ですのでここで暮らしながら、何か良い手を考えてみませんか?」

「暮らすとか言われると、こう、甘酸っぱい何かを感じますね!」

「安心して下さい、私の好みはナイスミドルです」

「老師、聞きましたか。良い感じで我々の中間地点ですよ。老師は残念ながら無理そうですが、二十年後の僕に望みがあると見ました」

「お前の頭の中は常に快晴で良いのう」


 二人の声の調子が明るくなっている事に少し嬉しくなります。

 私は両手を軽く開いて二人に「どうですか?」と問いかけました。


「して、その心は?」

「痛いのも苦しいのも嫌だなぁと」

「はっはっは」


 私の答えにランとロイドは噴き出しました。

 つらて私も笑えて来ました。

 何が楽しいのだというくらい思い切り笑った後で、ランとロイドは私の前に跪きます。

 まるで騎士がそうするように。


「お供しますぞ」

「ええ、開き直ってやりましょう」


 返って来たの承諾の返事。思わず顔が緩みます。

 こうして私とラン、ロイドの元囮役の三人は、開き直って敵地に住む事になりました。

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