第一話「満月の晩に彷徨う三人」
満月が浮かぶ夜空の下を私は二人の従者と森の中を彷徨い歩いている内に、一件の空き家へと辿り着きました。
木造二階建て、なかなか立派な佇まい。……まぁ屋根は崩れていますけれど。
その屋根を見て空き家と判断したわけです。
春とは言えど夜はまだまだ冷えますし雨も降ります。それなにの家屋に空いた穴はそのままで、修繕しようとする努力の欠片すら見られなかったからです。
ですが幾ら空き家であろうとノックもせずにお邪魔するのは失礼かと思い、私はボロボロのドアを軽く叩きました。案の定、中からはうんともすんとも返って来ません。
とりあえず他人様の家に入るにあたって「お邪魔します」と最低限の挨拶だけしつつドアを引きます。
ドアはギィ、と錆びた音を立てて開きました。室内を覗いてみると屋根の穴から差し込む月明かりで思ったよりも明るい。その光の中で積もった白い埃がふわりと舞い上がっているのが見えました。まるで妖精が踊っているかのよう。
浮世離れした光景に見惚れていると肩をポンと叩かれました。振り向けば大剣を背負った老兵とひょろりとした体格の青年が、中に何かいるのかと警戒した表情を浮かべています。おっと、どうやら心配をかけてしまった様子。
「どうしましたか、お嬢?」
「ああ、いえ、すみません。少しぼうっとしておりました。入りましょう、二人とも」
私は首を横に振って二人にそう答えました。すると二人は「そうですか」と、警戒色を少し解いた表情で頷きます。
この二人は私の従者で、老兵の方はロイド、文官の方はランと言います。
従者というよりは仲間という方が私にはしっくりくるのですが、公の場で話すと胃には従者と呼ぶ方が体裁が良いと二人に言われたので特訓中なんですよ。
私が公の場で話す可能性など小指の皮より薄いとは思うのですが、これも勉強の一つです。出来るところまで頑張ってみる所存です。
なんて決意しておいて、もしかしたら今の行動も王都のお偉い方に見られたら何か言われそうですね。王都のお偉い方の間では、こういった見知らぬ場所では主の前に従者が危険がないか確かめるべきだ、というのが主流の様子。まぁ王都どころか自国でもないので、どうって事はないのですが。
実は私達が今いるのは故郷であるサジェス王国のお隣の、ヴィオ王国の領土内だったりします。まぁお隣と言ってもお世辞にも良好な関係とは言えず、ただ今お互いの領土を取り合っての争いの真っ最中。いつの時代も領土問題は厄介なものですね。
……などと他人事のように言える立場でもないのですが。
それで、その争いの影響もあって、ロイドとランは怪我を負っています。幸い命に別状はなく、動く分には痛むけれど問題ないというくらいの怪我だと二人は言っていました。
私はと言うと、二人のおかげで大した怪我もありません。なので、動ける自分がこう言った確認作業に出るのは当然だと思うのですよ。
ロイドとランには渋い顔をされましたが、押しの一手でもぎ取りました。ビクトリー。
そんなわけで、安全確認を済ませて私たちは空き家の中へと入ります。
崩れた屋根から差し込む月の光が、照明代わりに室内を照らしてくれています。雨風をしのげるわけでもなく、寒さから身を守ってくれるわけでもありませんが、灯りに関して言えば蝋燭や油の節約になって有難いですね。
それにしてもこの空き家は、大分長い間放置されていたのでしょうか。椅子やテーブル、棚などの家具は倒れていたり壊れていたりで、その上にどっさりと埃が積もっていました。家具の壊れ具合を見る限り、自然の力だけではないような酷い荒され方です。
「盗賊にでも荒されたようですな。真新しい足跡はなさそうなので、ここ最近の出入りはないようですが」
「人の物を盗って何が楽しいのでしょうね、ランちゃんにはサッパリです」
ロイドの言葉に欄が肩をすくめて言いました。
同感です。私もランの言う通り、盗賊稼業の何が楽しいのかは分かりませんが、お隣の国でもそういった悪さをする輩は存在するようです。
「まぁしかし、そんな盗賊が現れようものなら、お嬢の事はバッチリとこの僕がお守りしますから、安心してどーんと! どーんと任せちゃって下さいね!」
「なーにがどーんと! じゃ。お嬢よりも腕っぷしが弱いくせに何を言うか」
「えー、だってホラ、決意表明って大事じゃないですか? 病は気からって言いますよ、強さも気からって奴です」
「なるほど、精神論! ふむ、それならば、ランの事は私がしっかりと守りましょう!」
「なんと! 老師聞きましたか、ランちゃんの身の安全はお嬢によって保障されました!」
「まったくお前は……」
わいわい、ぎゃあぎゃあと私達は話します。そんないつも通りの会話に、ふっと緊張が緩んだのでしょう。
三人同時に噴き出して大笑い。涙まで出てきました。
指で目をこすっていると、
「はっはっは……あいたたたた」
と、ロイドが顔をしかめて、手で腰をさすります。
これは……怪我とは別のものですかね。
「ロイド、大丈夫ですか?」
「いやはや、歳には勝てんものですな……よっこらしょっと」
やれやれと首を振ると、ロイドは背負っていた大剣を下ろし、埃が積もった床に座りました。
それを見て私とランも同じように座ります。座った拍子に積もった埃がふわりと舞いました。
「ああ、とにかく、一息つける場所があって良かったです。流石のランちゃんも限界でした」
「わしもちぃとばかり腰にきておるから有難い事だ。何より、お嬢とランの体力では、夜通し歩くのは無理でしょうからなぁ」
うーん、否定出来ない。
農作業で体力にはそこそこ自信がありますが、それはしっかり寝て、食べるという、当たり前の日常生活があってこそ。
それが欠けている現状では、夜通し歩くのは少々辛いものがあります。
「さて! ひとまず、ロイドとランの怪我の手当てをしましょう。脱いで下さい」
「誘われましたよ、老師」
「お前の頭の中はいつも晴れていていいのう。お嬢も言葉には気を付けて下さい」
怪我の手当てをしようとしたら注意を受けました。解せぬ。
ひとまず頷いてみると、ロイドから「分かっとらんでしょう」とため息を吐かれました。
だって肩とか腕の手当てですよ? 脱いだ方が早くないですか? 真冬なら凍えてしまいますから考えますけれど。
まぁとにかく怪我の手当てが優先ですね。
「はーい。ところでラン、ロイド、見て下さい! こんなものを見つけたんですよ!」
言いながら、私はコートのポケットから緑色のギザギザした葉を取り出して二人に見せます。
これはベタ草という植物で、僅かにオレンジの匂いがするのが特徴です。薬草の一種で、葉を指で軽く揉んで傷口に当てると治りが早くなるんですよ。
怪我の手当て以外にもサラダや麺料理などの料理にも使える便利な代物。独特の風味と僅かな苦みが味にほど良いアクセントを与えてくれるのです。
……なんてついでに食べ物の事を考えていたらお腹が空いて来ました。
「おお、これはベタ草ではありませんか。よく手に入りましたなぁ」
「歩いている時に偶然見つけまして。目を皿のようにしていたら、あっという間にサラダが出来るってもんです」
「食べにくそうなのでランちゃんは普通の皿での盛り付けを希望します」
得意になって話しているとランに真顔で言われました。
何とも言えない感情が湧きあがってきて、どうしてくれようか。どうもしませんけれど。
「この薄暗い中で良く見つけましたね、お嬢」
「そうじゃのう。しかもベタ草はサジェスではほとんど見かけなくなりましたからなぁ」
「肥沃な土地でしか育たない植物ですからねぇ。さすがヴィオは実りの国と言ったところでしょう、ありがたや。まぁそれはそうと、手当てしますから脱い」
「慎みを持ちなさい」
怪我の手当てをしようとしたら叱られました。理不尽。
少しばかり口を尖らせて、私は二人にベタ草を渡します。
「小さい頃は一緒にお風呂入った仲じゃないですかー」
「片手で数えられる頃と、両手で数えられなくなった頃では話が違いますからな」
「大丈夫ですよ、お嬢。これこれこうしてやれば、一人でもしっかりバッチリ手当てが出来ますから」
ロイドとランはベタ草を指で揉み、器用に傷口にあてています。
そんなに深い傷ではなさそうですが、血が滲んでいたり、流れていたりで痛々しい。
二人の言う通り手当て自体は私が手伝わなくても大丈夫そうですが、何もしないというのは流石に気が引けます。
掃除をと思いましたが、せめて手当てが終わってからの方が良いですよね。
さて、どうしたものか……。
あ、そうだ。
「それじゃあ、二人の手当てが終わるまで、ちょっくら家の中を見てきます。食べ物は期待できないでしょうけれど、鍋か何かあると有難いですね」
「いや、一人で動き回るのは危険ですよ。何が潜んでいるか分かりません。行くならランちゃんも……」
「何がいるか分からないのは外も中も一緒ですよ。それにロイドの言った通り埃の上に足跡もないですし、人が潜んでいる事はないと思います」
「ですが蛇や獣がいる可能性も……」
「それはうちの故郷では日常茶飯事でしょう?」
私がそう言うと、ランとロイドは「それもそうか」と納得の表情。
何かあれば直ぐに大声を出すという条件の下、私は空き家の探索を始めました。