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プロローグ


 空腹とは誰にでも与えらた、生命維持のために身体が発する合図の事。

 人でも魔獣でも腹が減ったら何かを食べたい。それはどんな生き物であっても大体は等しく存在する感覚。

 つまりは平等という事です。空腹を制する者は世界を制する。


――――などという、謎の考えが私ことスノーの頭に浮かんだのは、この混乱する頭を落ち着かせるためなのでしょう。


「よし、落ち着きましょう。私なんて食べても美味しくないですよ、ほら、良く見て下さい、ほら!」


 煌々とした満月と、満天の星が照らす夜の森の中で、私は両手を前に突き出して目の前の魔獣に訴えかけました。

 私の目の前にいるのはウッドウルフと呼ばれる狼の姿をした中型の魔獣です。

 ふんわりと柔らかそうな草色の毛並みはとても触り心地が良さそうなのだが、いざ触ろうと手を伸ばそうものならガブリと食いつかれてしまう事でしょう。

 何たって相手は肉食の魔獣。

 私みたいに貧相でちっぽけな人間であっても、有難くもない事に立派なディナーになってしまうというわけですよ。


「ね? ね? こんなガリガリ食べたって、骨だけしゃぶるようなものですよ? ここはひとつ、太ってから食べる方向でお時間を頂いて……ひい!?」


 私の言葉を遮ってウッドウルフは飛び掛かって来ました。

 咄嗟に横にジャンプをして回避しなければ、美味しく頂かれてしまう所です。

 ウッドウルフに出来ればお食事の時間をずらして頂けるように頼んでみただが、残念ながら伝わらなかった様子。

 誠に遺憾であります。


「しかし、ああホント、ご丁寧に、武器まで遠くに捨ててくれなくても良いものを……」


 眉間に寄ったシワを手でほぐしながら、私はじりじりと後ずさる。

 もちろんウッドウルフから目を離さずに、です。

 と、とにかく、何とか現状を打破するアイデアを考えるとしましょう。


 まずはアイデアその一、逃げる。

 ですがこれには、魔獣の隙を見る、向きを変える、走り出すの最低でも三つの動作が必要です。

 少しでも手間取れば、その間にウッドウルフに飛び掛かられガブリ。

 合掌。


 アイデアその二、立ち向かう。

 ただし武器はないので戦う時は素手になってしまいます。

 素手であの牙に立ち向かえるほど私の拳も肌も硬くない上に、もともと格闘技はからっきしです。

 こんな事なら習っておけば良かったと今なら思うが、出来ないものは仕方がない。

 頑張ってはみるが、恐らくそのまま負けて美味しくペロリと頂かれてしまう事でしょう。

 合掌。


 何と言う事でしょう。

 浮かんで来るアイデアがどれもデッドエンド直行です。

 何かこう、希望の欠片の一つくらいは光り輝いて貰いたいものですが、どうにも無理そうです。


「私の魔法(、、)がもうちょっと便利なものだったら良かったな……こう、倒すとかいかなくても、目潰しとか、そんな程度の……」


 唸りながらそう言う私の手が、地面の土を抉ります。

 乾いていた土はそれだけの衝撃で砂になり、崩れました。

 …………あ、これは意外と使えるのでは。

 そう思った私は砂を手に握りしめると、ウッドウルフから目を逸らさないように注意しながら、じりじりと距離を取ります。

 そうして小さく息を吸い、


「その三!」


 掛け声と共にウッドウルフの顔面目がけて握った砂を投げつけました。

 ウッドウルフには予想外の行動だったのでしょう、私が投げた砂はウッドウルフの顔面にヒット。

 うまく目にも入ったようで、ウッドウルフは痛そうな鳴き声を上げると、前足で土を払おうとしています。

 私はその隙に立ち上がり、背を向けて一目散に逃げ出しました。


 けれど、それでも、稼げたのは少しの時間。

 幾分遅れてウッドウルフが追いかけてくる足音が聞こえ始めました。

 人と魔獣です、余程足の速い者でなければ、走る速度はやはり魔獣の方が早い。

 みるみる内に近づいていく距離に、足音に、ぎゅうと心臓が締め付けられました。

 息が上がって、心臓が痛い。

 気持ちばかりが急いて身体がついていかず、もつれそうになる足を必死で前へ、前へと押し出します。


 死にたくない。

 こんな所でウッドウルフに食べられて死ぬなんて嫌だ。

 たった一人で。

 独りで。


 そう思った瞬間、自然と歯を食いしばっていました。

 走れ、とにかく走れ。必死で走る私の背後で、ウッドウルフが地面を強く蹴る音が聞こえます。

 首の後ろに感じるざわりとした悪寒に、私はやってくる痛みに覚悟して、強く目を瞑りました。


――――その瞬間、ぎゃん、とウッドウルフが悲鳴を上げました。


 次いで重い物が吹き飛び、何かにぶつかる音が聞こえます。

 驚いて振り向けば、そこには大剣を構えた老兵と、死にそうな顔でぜいぜいと肩で息をしている青年がいました。


「無事ですか、お嬢!」


 仲間でした。

 投げかけられた声にほっとして気が抜けてしまい、私はへろへろと地面にへたり込んでしまいました。


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