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7.心の弾力はおばあさんになっていても持っていたいわけです

『ネハ、今日からおまえの家族になる子だよ』


 金色の目だけが大きい、痩せこけた少年。

 その背に優しく手を当て、プリャは微笑んで言った。


 祖母であるプリャはネハの世界の中心で、周囲の一族の評判もよく自慢の家族だった。だけど優しすぎるきらいがあり、例によってネハは眉根を寄せた。


 いくら見過ごせないからって、捨て子を拾ってくるだなんて。ネハは目の前に立つ少年を不気味に思う。


 ろくに食べていないのだろう身体は矮小で棒人形のようだったし、そのくせ頭だけは大きく不恰好だ。赤い髪なんて見たこともないし、なによりその面立ちの醜さといったらひどかった。


 嫌だったけれど、唯一の肉親である祖母の言うことだ。受け入れるしかなかった。


 少年はおずおずとネハを見る。何をするにも、まずはプリャを見てしてもいい行動かどうかを確かめるところがあった。


 拾ってもらったからだろうけど、ネハはそれもまた気に食わなかった。自分で自分の行動ひとつ決められないなんて、醜いだけでなく誇りのかけらもないではないか。


 それでも新しい三人の生活は穏やかだったし、ナラ・ガルさんはよく気を回しふたりを助けた。ルガジラの民はみな小柄なので、めきめき身長が伸びていたナラ・ガルさんは醜さや髪色もあいまって爪弾きにされていたが、生来の穏やかさで上手に身を引き、周りからの圧力を最小限にしようとしていた。


 成長するにつれ卑しい表情(もちろん、これはネハの表現だ)も少しずつ明るく、落ち着いたものに変わっていった。


 おなじ家で暮らしつつも、ネハは基本的にナラ・ガルさんを無視していた。彼もどう思われているか知っていたので、基本的には関わらないようにしていた。プリャだけが、悲しそうにそれを見ていた。


『どうしておまえはナラ・ガルを目の仇にするんだい』


 ある日プリャが尋ねた。


 ネハはずるい、と思う。なぜならネハはそのとき家に伝わる刺繍を習っていたから、いつものようにごまかして逃げ出すことができなかった。刺繍はそれぞれの家だけの文様がいくつもあり、組み合わせ方しだいでたくさんの意味も込められる。


 たとえば豊作、長寿、子宝。雨乞いから愛の告白まで、ありとあらゆる願いや気持ちを糸で表す。


 それらすべてを覚え、どんな模様も縫えるようにすることは家を代表するおとなの女性への大切な準備で、いくら勝気なネハといえどないがしろにするのはためらわれた。


 ネハがナラ・ガルさんと過ごして四年ほど経っていた。


 仮家ガダも何度となく移っていた。ナラ・ガルさんの背はとっくに天井にくっついて、風が吹けば折れるようだった身体も成長した青年へのものに変わっていた。やはり周りの人間からその醜さと巨躯のせいで嫌がらせを受けていて、それはささいなものから、尾を引くものまでさまざまな悪意があったが、平気だというように振舞っていた。


 へたに反応をせず、耐えるほうが害は少ないのだと知っていたのだ。その健気さを、プリャだけが慈しんだ。


 ネハもまた、まろやかな丸みを帯びた身体になっていた。一緒に仮家ガダを移動するほかの家の少年たちからの熱っぽい視線にも気づくようになっていた。失って初めて気づく、その年齢の少女だけが持つ輝きに溢れる年頃だった。


『どうしてって』


 ネハは言葉に詰まる。最初はプリャの愛を独占できなくなったことへの嫉妬のようなものもあった。食事だって彼のぶんが増えたから自分の取り分は減ったし、家が狭くなったことは単純に嫌だった。


 だがそれはいかにも幼い感情だ。いまネハの中にあるのは、もっと奥行きのある微細なもので、言葉にするのは難しいし、考えたくもなかった。


『……なんだっていいじゃない。許婚になるのだって認めたわ。これ以上あたしに何を望むの』


 自分の、こういう言い方にネハがうんざりしているのも昔からだ。もっと柔らかい言葉を使いたいのに、心のどこかに別の自分がいて、言いたいこととは間逆のことを口走ってしまう。


 プリャはしわの増えた口元を緩めて、やっぱり悲しそうに微笑むだけだった。






 それからすぐだった。まずプリャが病に倒れた。


 ナラ・ガルさんがかつて集落を襲ったと言っていた、はやり病だ。プリャの年老いた身体は病気と闘うことをあっさり放棄した。

 

 ネハは悲しむ間もなかった。彼女もまた同じ病にかかり、毎日寝台の上で横たわる日々。


 自分へ色めいた視線を送っていた青年たちからの音沙汰は、手のひらを返すようになくなった。それまでは毎日、散歩に行こうだとか、花を渡しに家を訪ねていたのに。


 ネハはけれど、別にそれに苛立ちはしなかった。もしも逆の立場だったら自分だって遠ざかるし、病人に近づくなんて狂気の沙汰だと客観的に思えるほどには大人になっていた。

 ただ毎日寝台の上から見る、代わり映えのしない視界にうんざりし、病が進行するにつれどうしてあたしがとやり場の無い気持ちを持て余した。


 そして何よりやりきれない心持ちの原因は、ほかにあった。


『ネハ、入るよ。……また食べていないの。少しでいいから口に入れて』


 部屋に入ってくるときに必ず一声かけるのは、長年のネハのしつけのたまものだ。そしていつもどおり巨躯を屈めるようにして香草ハーブを入れた水差しを持ち、山のふもとで行商と交換したのであろう滋養のあるオーツ麦の粥を持ってくる。


 あんな高級品を、こんな死にかけに与えるなんてと、ネハはまた苛立つ。


 この病気はかかれば最後、ゆるやかに衰弱して死ぬのだ。両親も同じ病で息絶えたと聞く。死への恐怖よりも、甲斐甲斐しく看病するナラ・ガルさんへの感情のほうがむしろ彼女を苦しめていた。


『なんなのよ、あんた。どうしてこんなことを続けるの』


 部屋を出て行こうとしていたナラ・ガルさんに、ネハは背中を向けたまま呟く。それは質問というよりは独白だった。


『拾われた恩義で、ずっとあたしたちに尽くしてきたじゃない。そのプリャはもういないわ。山へ還ったのよ、どこへ行くなり好きにすればいいじゃない』


 ネハは不思議でならなかった。自分が逆の立場だったならとっくに飛び出して大きな街にでも下っている。貧しい山間の一族、老女とその孫との生活。その孫はあからさまに嫌っているのだ。


 ナラ・ガルさんは瞬く。あの透明な瞳で。


 ネハの感情というフィルターを通しているからか、私にとっても夢の中のナラ・ガルさんの心中はいつも汲み取りづらい。


『……うん、でも、プリャにも頼まれているし』


 その静かな口調に、ネハは狂いそうなほど感情を高ぶらせた。ほらね、と思う。結局この男は自分では何一つ決められないのだ。

 今だって、世話になったプリャにあたしの面倒を見ろといわれているからいてやっているのだ。そんなもの――憐れみなど――望んでいない。


 あたしが欲しいのは、もっと別のものだ。


『だから、そのプリャはもう死んだのよ! さっさと出て行って!』


 ナラ・ガルさんははっとしたように目を見開いて、何か口を開こうとしたけれど、これ以上ネハを刺激しないほうがいいと思ったのだろう。食器を置いて部屋を後にした。


 滝のように流れ込む、憤りと悲しみ。


 私は気づく。ネハはナラ・ガルさんを嫌っているのではない。うまく歩み寄れない、言葉を紡げない自分への苛立ちをそのまま彼に向けてしまっているのだ。


 そしてそのことに気づきながらも、落下するコップを見るように何もできないでいる。


 彼女は彼に恋をしている。







「今日は、林で木を切ってくる」

「わかりました」


 朝の香草茶ハーブティーを飲み干して、ナラ・ガルさんは立ち上がる。私はいつもどおり羊の毛が入ったずた袋を持ってきて、ろうとしているところだった。


 一緒に暮らし始めてしばらく経つ。私は手を出しても怒られないような仕事を見つけ出し、なんとかただ飯ぐらいは避けられている。


 大ぶりのなたを背に担ぎ、ナラ・ガルさんはちょっと心配そうに私を見てから坂を下っていく。木を切るというのはもちろん、薪の確保のことだが、だからといって今日薪を持って帰ってくるわけではない。


 というのも切り倒したばかりの木は湿っていて燃えない。根元から倒してからニンジンを輪切りにするように等間隔に切っておき、後日、乾いて割れやすくなったものをさらに細かく割って持ち帰る。このほうが持ち運びも軽いし、合理的だ。


 恥ずかしながら、切りたての木は燃えないというのも最近知った。私って何も知らないんだなあ。


 まあ、これから知ればいいわけだし、と胡坐あぐらをかく。ナラ・ガルさんがいるところでは行儀が悪いと言いたげな目で見られるので、今しかできない。これが一番楽なのだ。


 糸をるのは簡単だ。昔話の糸車は存在しないので、代わりに割りばしに独楽こまをくっつけたみたいなものを使う。羊毛の塊から適当につまんで引き抜きながらねじって、わたあめを作るように巻きつけていくだけ。羊毛の塊は信じがたいほどの長さの糸となり、バスケットボールくらいの毛玉が完成する。


 この作業はもう目をつぶってもできるくらいで、昼下がりには終わってしまった。まだ羊毛はあるのだが、それはいま手を付けるというよりは、後日に新しく取りかかるような量である。


 私はナラ・ガルさんが戻ってくるお昼まで、何をしようかとあたりを見回した。


 お昼ご飯は昨日の残りの芋だんご汁があるので、作る必要もない。かんたんな掃き掃除もした。毛布も外で日干ししてある。今日は太陽がぽかぽかなのだ。


 そう、ぽかぽか。


 そういえば、ククルージャで砂風呂を気持ちいいと言っていたっけ。


 私はいきおい立ち上がる。たまがどん引きするような、ぐふふという笑い声とともに外に飛び出した。






「できた……! できたのか? どこをゴールとするかだけど、できたと言えなくもないわけで」


 誰に言うでもなく言い訳をする。

 シャベルも何もなかったので、畑を耕すくわで代用した。中世の農民そのものである。


 私はへとへとになりながら、その鍬にあごを乗せるようにして掘った穴を見下ろす。

 

 鍬ってすごく使いづらい! ここの土が固いせいか、はたまた私が下手なせいか。

 すっかり汗だくだ。えいやっと振り上げても、地面には浅くしか突き刺さらず、ひっくり返そうとしてもうまくできない。なのに手のひらがじりじりと痛いし。


 野菜が育ちにくいとナラ・ガルさんは言っていたけど、この固く締まった土地では確かに根を張りづらいかも。


 それでも私はなんとか、ひと一人収まれるほど掘ることができた。すごく浅いけど。


 できあがった人型の穴を見下ろして、肩幅あたりが足りないかな、と再びしゃがみこんで手を加える。本当に逞しい身体なのだ。


 というか太陽の光が足りなくて、風呂という温度まで上がらないのではと根本的な欠陥に思い至る。それに気づかなかったことにして手を動かしていると、ふっと影ができた。見上げれば、逆行に佇むナラ・ガルさんがいる。

 

「おかえりなさい、もうお昼の時間でしたかね」


 熱中していたようだ。太陽はとうにいちばん高いところを過ぎている。

 鍋の火を付けないと、と手に付いた土を払う。ぱんぱんと手を打ちながら膝立ちになっていると、低い声が降ってきた。


「……何をしていたのかな」

「お風呂を作ってたんです」

「ふろ」

「いえあの、見えないとは思いますが」


 慌てて付け足す。ユーリオットさんみたいに”風呂ではない”と一刀両断されたときの予防線だ。


「ナラ・ガルさんが好きだっ……といいなと思って」


 危うく好きだったからといいかけた。


「本当はもう少し深ければいいんですけど。まあこれでも十分かな」


 あのときのように、不思議に思いながらも楽しんでくれるといいなと顎の汗を払えば、ナラ・ガルさんは置いてあった鍬を手に取り振り上げた。


 瞬きする間もなく振り下ろされる。私のときとは音も深さも桁違いで、大量の土が掘り起こされる。


「なっ、何を」

「もっと深いほうがいいんだろう」


 不思議そうに私を見るナラ・ガルさん。硝子玉のような瞳。

 その目は私を見ていない。ただの女性という物体を見ている、そういう目だ。


 夢の中、ネハの怒りの手触りが不意に蘇る。彼女はこの瞳を憎んでいた。彼女は女性だから助けるのではなく、彼女ネハだから助けてほしかったのに。 


「――頼んでません」


 私のはっきりとした物言いに、ナラ・ガルさんは空耳かと疑うように首をかしげた。私は唇を引き結び、一言ひとこと区切るようにして告げた。


「助けを求められてないのに手を出すのは、場合によっては相手を侮ることです。そんなこともできないのかって、やってやるよって言われてるような」


 ナラ・ガルさんは瞬く。その金色の瞳に、私はちゃんと映っているけど映っていない。ただの反射なのだ。そうわかると同時にもどかしい思いにかられた。


 たまらず、その右手を手に取った。怯えたように引かれた身体。


「……女性だからと、ひとくくりにして遠ざけないで。腫れ物に触るように遠巻きにされるより、もっと近くで話をしたいよ」


 考えるよりも先に、言葉が口から出ていた。その言葉はとっさのものだったけど、私の心情をよっぽど乗せていた。


 昔のネハへの態度も、今の私への態度でもそうだ。ナラ・ガルさんは「女性」はただ箱に入れて遠ざけて保護すべきものという考えが染み付いている。おおらかな人だけど、そこに対してはひどく神経質だ。


 でも、と微かな声。風に飛ばされてしまいそうな声がした。


「……女性は、真綿でくるむようにしなければ」


 ナラ・ガルさんはおずおずと口を開く。それはルガジラで出会ってからずっとあった、硬い殻がほんのすこしだけ剥がれた生身の声に思えて、私は細心の注意を払ってうなずく。


 いつから、と続ける。自分の声なのに、別人のように聞こえた。そしてそれは拾ったばかりの拓斗に向けたものと似ていた。


「いつから、そう思っていたんですか」

「プリャに拾ってもらってから」

「プリャさんが、そう言っていた?」


 そう、と頷いた。透明な瞳は目の前の私を通り過ぎ、地面を見ているようでいて、本当は何も見ていない。


「そう。女性は、ひどく傷つきやすいから。男とはまったく異なる生き物だから」


 それは民族的な風習だろうか。それともあくまで常識の範囲での言葉だったのかもしれない。プリャさんが意図したのがなんであろうと、捨てられたナラ・ガルさんにとって絶対的だ。


 その教えに執着してしまうのは、仕方ないことだったのかもしれない。月花とウォンリュのように。あるいはユーリオットさんと父親のように。


「俺は大きく醜い。俺を見ただけで嫌な気持ちになる女性も多いだろう。でもやっぱり、女性とは守られなければならない」


 もしかしたら、と私は想像する。

 女性を守ろうとするナラ・ガルさん。でも容姿のせいで関わっただけで傷つけてしまうとも思って、二つの対立する気持ちを抱き続けて生きてきたのだろうか。


 守らなきゃ。でも近づかないようにしなきゃ。そんなふうに。


 私は違うと言いたかった。プリャはもちろんネハだって、彼から打ち解けてくれるのをずっと待っていたのを知っている。


 私はここで夢の話をしようかどうか激しく迷った。ただネハという少女の心情を勝手に話すのは気が引けたし、今の私とナラ・ガルさんとの距離では、またするりと背中を向けられてしまうともわかったので、ぐっと我慢して言葉を選ぶ。


 前も思ったけど、彼は私よりも年上なのだ。ユーリオットさんや月花ユエホワよりも長い孤独を歩いてきた人だ。心を守る殻もそのぶん厚いのだと思う。私自身もそうだけど、基本的に長く生きるとその分だけ心が硬くなっていく箇所も、確かにあるのだ。そして若い人の奔放とも思える柔らかさを感じるたび、自分が歩んできた年月を痛感したり、まぶしく思うこともある。


 その硬いところで私を拒絶するこの人は、どういう言葉なら耳を傾けてくれるだろう。


「……じゃあ、例外を探しましょう」


 れいがい? と眉を寄せるナラ・ガルさんに、私はうんうんとうなずく。


「言ったじゃないですか。ナラ・ガルさんを見ただけで嫌な気持ちになる女性が多いって。でもそうじゃない例外もぜったいにどこかにいます。だからほら、なんていうか、卑下しすぎないでほしいわけで」


 ナラ・ガルさんの遠くを見るような金色の瞳が、先生の言葉を理解できない子どもみたいに透き通った。それから足元の砂風呂を見下ろして、手元の鍬を見て、もう一度私を見た。


 何かを思い出すように眇められた。そして何度か瞬いたあとに不思議な光が宿る。まるで焦点が結ばれたみたいに。その瞳に私が映った。


 彼は私を見たし、私も彼を見た。


 あるいはこれが本当の再会だったかもしれない。ナラ・ガルさんは私の姿をよく見ようとするように、さらに目を細めて瞬いた。


 いるかな、と呟いた。


「そんな女性が」

「います。ナラ・ガルさんがそう思いさえすれば、」

「思えない」

「早い!」


 喰い気味な言葉に、これは根深いなあと思えば、ナラ・ガルさんは途方に暮れたように俯いた。


「無駄に巨体で、大めし食らいで、言葉もうまくないし」

「高いところにも手が届くし、たくさん食べるのは見ていて気持ちがいい。言葉もですね、ぺらぺらしたのをたくさん言われるより、心からの一言が利くわけで」

「裁縫が趣味な、女々しい醜い男なんだ」

「苦手な女子は意外といます。自分を醜いとしか思えないならそれでもいい。私はそう思いませんけど。なにより自分の面倒を自分で見れているのって立派です」


 見上げながら力説すれば、ナラ・ガルさんは二重縄跳びするミミズを前にした顔になった。ひどい。


 私はこれを機にもっと伝えようと覗き込めば、慌てたように顔を背けられた。夕陽のせいか、その横顔がほんのり赤い。しまった、踏み込みすぎただろうか。


「こちらを見てはいけない」

「え」

「あっちを向いて」

「はい」


 反射的に従った。目の前でふわふわ揺れる野菜畑を見て、どういう状況だと首をかしげる。遠くから見たら、二人で畑に向かって前習えするみたいに整列している。


 なんとも言えない沈黙の中、落ち着かないそわそわした空気だけが背中から伝わってくる。


 しばらくして、あなたのような常識もない裁縫もできない女性に言われてもとごにょごにょ言葉が落ちてきて、私が驚きに振り返れば、怒ったような困ったような、照れたような顔をしたナラ・ガルさんと目が合った。すると彼は口元を隠すように手で覆い、慌てたようにぷいと顔を背け、さっさと仮家ガダの中に入ってしまった。


 夕暮れの草原、ちんけな砂風呂にひとり残された私は、そのあまりにも子どもじみた逃げ方に呆気にとられた。それはあるいは、はじめて見せた素のままの彼だったのかもしれないけど。


 なんてことだ。頼れるお兄さん、純粋乙女でフェミニストのナラ・ガルさんは、一皮向けば少年の照れと恥じらいを隠し持つへたれ青年だったのか? 加えて言うなら内罰的で、ちょっとMっぽさもある気がする。


「いっ、言い逃げ!」


 裁縫を基準にするんじゃないと心からの文句を言うために、私も家に飛び込んだ。 






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