6.素敵なご主人さまたちは、心のケアが必要なのかもしれない
「――娘。おまえは、われらに買われるのは、いやだろうか」
すがるような、試すような。狂おしいような光を乗せて見つめてくるのは、阿止里さんだけではない。
ユーリオットさんも、ナラ・ガルさんも、美少年も、そういう熱を帯びた瞳だ。
私はもう、この異世界だとか美的感覚の違いとか、アパートでお腹をすかせているかもしれない拓斗のこととか、考えるのがわけがわからなくなってきた。
ろくに食べてないからかもしれない。暖かいベッドで眠ってないからかもしれない。
とりあえず、誰かに買われることから逃げられないのであれば、イケメンのほうがいいに決まっている。
「いいえ。私に食事とベッドを与えてくれるなら、ちっとも嫌ではないですよ」
アラサーなのだ。多少の交渉はするぞ。
あっ、お風呂も付け加えればよかった!
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
阿止里さん、念を押すなあ。
「どうせ、逃げるんだ。そういうやつなら、過去にもいた」
「ひどいことをしないなら、逃げませんよ」
ユーリオットさんは、とても疑い深いようだ。
「俺たちを、かっこいい、と言ったのは、どういうわけかな?」
「思ったことを言ったまでです」
ナラ・ガルさんは、感極まった、というように顔を覆って何かを呟いた。
「ぼ、僕もですか。僕も、かっこいい?」
「ええと。かっこいい、よりはかわいい、かもしれませんが。かっこよくもありますよ」
少年よ、君の名前だけまだ知らないな。
とにかく、この流れをぽかんと見ていた豚男は、おそるおそるというように、念を押す。
「奴隷。ほんとうに、こいつらに買われても、いいんだな?」
「はい」
「……わかった。奴隷がいいなら、もういい。だが、おまえには初期投資が高くついたんだ。値もはるぞ」
それから、よくわからない流れながらも、その場で金の話になったようだ。
金の単位がよくわからないから、自分がゆで卵一個の値段なのか油田一個の値段なのかもわからない。
けれどとにかく、四人のイケメンたちは造作もないように、重そうな袋を豚男に山なりに投げた。
受け取ろうと思えばキャッチできただろうに、豚男はそれをいちど道に落とし、つまみ上げ、中身をいやいや数えていた。
豚男の表情から、もしかしたら交渉の額よりも多い金を払ったのかもしれない。
気に食わないというように鼻をならし、用はないと言いたげに顎をしゃくった。
私兵たちも、これ幸いと私たちから距離を取る。
豚男は、よほど私が買われたのが癪だったらしい。(あるいは、ただたんにこのイケメンたちが気に食わないのか。たまに、自分や世の中の価値観は絶対に正しいと思い込み、それをかさにきて、弱者をいじめなければ気がすまないという連中だって、いるのだ)
豚男は、捨て台詞を吐いた。
「きさまらみたいなのを相手にしてくれる女など、いままでもこれからもありえないんだ。せいぜい大切にするんだな」
四人はそれをきいても、表情ひとつ変えなかった。
それはまるで、豚男の言った言葉が事実のようではないか――。
私はさすがに腹が立った。
彼らはぶつかった私に優しくしてくれたし、あんなふうに一方的に攻められるようなことは、していない。
まだ出会って数分だが、わかることだってあるのだ。
振り返って、大きく息を吸う。
「私にとっては、世界でいちばんかっこいい人たちよ。あんたらのものさしなんか、私はいらない!」
そう言って前を向けば、腹立てたのだろう。後ろからはぶひぶひと鼻を鳴らす音が聞こえる。
ちょっとすっきりして顔をあげると、ご主人さまたちは、やっぱり不思議なものをみるように、私を見ていた。