表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

59/97

くらげの惑星 ―ある昼下がり―


月花ユエホワ、次はこの絵本をお願いします」


 またですか、と呆れたように、それでもどこかうれしそうに眉尻を下げる月花ユエホワに、縁子は持っていた巻物を両手で広げ見せた。


 朝の掃除を終え、買い出しに出かける縁子。そのとき、通りがかる小路にある貸本屋で、子ども向けの巻物をいくつか借りるのが、すっかり習慣になっていた。


 ちょっとした家での空き時間は、縁子が発案した遊びに興じることも多い。

 トランプ、すごろく、ダーツ、オセロ、しりとり……。縁子の世界から持ち込まれたそれらを、実はみんなそれなりに興味深く見つめ、味わっているのだが、いかんせん飲み込みが早い。すぐに、縁子のほうが負け続け、しょんぼりと終わりを迎えることも多かった。


 トランプやオセロといった知能系は、ナラ・ガルを除いて三人が得意だったし、ダーツは逆にナラ・ガルがずば抜けてうまかった。すごろくは運ではあるが、縁子手作りの、木を削って作ったさいころはいささか不平等で、出やすい目の癖がわかってしまったりもする。しりとりに限っては、お互い知らない単語を言えば、なんとも言えない沈黙が落ちるのだ。縁子が「スケートリンク」と言い、「クタルキュンマ」と返されたところを想像してみてほしい。さもあらん。


 そんな中、縁子が熱中できたのが、この「絵本読み聞かせ」である。


 もともと、読書が好きな縁子は、へたをするとそこらの子ども以上に没頭するのだ。

 とはいっても、縁子は自分では文字を読めない。ゆえに、誰かしらに読み聞かせをねだる。


 ユーリオットは不機嫌そうに、あるいは恥ずかしそうに首を振るし、ナラ・ガルは、ククルージャでの文字は苦手なので(時間をかければ、たどたどしくも読み書きはできるのだが)、すまなそうに眉を下げる。

 そんな中、阿止里あとりは一度試したことがある。しかし、彼の性格上、物語へ感情移入をしないため、どうしても乾いた声での音読となる。子ども向けの物語、それをまじないのように淡々と読まれては、これいかに。その抑揚のなさに、縁子から、実に控えめではあるが、苦情が出た。阿止里はわかりきっていたように、肩をすくめた。それを最後に、お鉢は月花へと回ったのだ。


 にこにこと、付き合ってくれるのは、もっぱら月花。それが日常だった。

 今日も、渡された巻物を見て、目じりをほどく。


「ああ、これは、ずいぶん遠い、山岳のものがたりですね。異国の神の巻物を置いているとは、興味深い」


 一神教が広く信じられるこの世界。それでも、遠く離れた異国では異なる神が崇められてもいる。けれどその異教の神の概念はある意味禁忌で、過激な街では焚書ものである。神とは唯一のものなのだ。それがいくつもおわすということは、父親や母親が何人もいるのと似て、ありえない。ひいては強い混乱を招くためだ。しかしククルージャでは、そこまで取り締まりは厳しくはないということなのだろう。


 仕方ないなあと、頬をゆるめて中庭に出る月花に、縁子はうれしそうについていく。

 ほかの三人もまた、庭には出ないものの、聞こえてくる物語にはいつも耳を傾けている。月花は、とても情緒豊かに朗読するのだ。


「どれどれ。『コクーナと出会ったビュンゴ』……むかし、あるところに……」


 縁子は真剣に巻物を眺めている。机には巻物が縦に広げられていて、その細長い紙に、絵が下へ下へと続いていく。縁子いわく、「消しゴムの消しカスを組み合わせた」ような文字が、その左だったり、右だったりに添えられている。

 どのかたちの文字が、どう発音され、何を意味するのか。それを飲み込もうと、必死なのだ。

 けれど、それも物語の序盤までである。中盤からは、たいてい話の中身に熱中してしまい、展開を追ってしまうのである。


「……めでたし、めでたし」


 月花が、幼子へ読み聞かせるように話を読み終えた。縁子もそこでほうっと大きく息をつき、巻物をくるくる滑らせて、余韻に浸りながら場面を巻き戻した。


「不思議だねえ。これって、日本むかし話でもよくある展開。多神教ならではなのかな」

「縁子の国の話ですか?」

「うん、そう。ちょっと似ていて」


 月花はそこで、おもしろそうに、その賢そうな瞳を瞬かせた。


「この話。僕には、あまり理解できないです。そもそも神は、姿のないものだし、こんなふうに人を試すようなことはしません」


 話の筋は、こうである。


 山岳で暮らす少年・ビュンゴ。彼は山羊を五頭、飼っていた。

 ある日、一頭がいなくなり、探しに出かける。

 すると、いなくなった山羊ではなく、兎の子どもを見つける。

 山羊が見つかったら、お母さんを探してあげようと、兎の子どもをやさしく抱きしめてあげるビュンゴ。

 すると兎は姿を替え、神のひとりであるコクーナになる。

 やさしい行いをしたビュンゴに、いなくなった山羊と、金銀を与えた。そういう話である。


「ふうん。私には、すごくしっくりくるけどね。日本のむかし話って、すごく多いから、むかし聞いたことのあるどれかに似ていたのかも」


 えっ、と月花は目を見開いた。


「縁子の世界では、そんなにたくさん、お話があるんですか」

「あるねえ。日本のみならず、グリム童話とか、アンデルセン童話とか。神話も入れるなら、いろんな国の話があるよ」

「聞きたいです」

「聞きたい?」

「縁子の国の話」

「私の国の話」

「あなたのことも、知りたい」

「私のこと」


 常とは異なり、ぐいぐい来る月花の勢い。知的好奇心というものが、溢れてとめどないようだ。縁子がついおうむ返しになってしまったところで、家の中から三人がいそいそとやってきた。


「俺も、縁子の国の話を聞きたいな。それを聞いて、育ったんだろう? 幼き日の縁子を想像しながら、聞いてみたい」

「な、ナラ・ガルさんってば」

「おれは、幼いおまえを想像なんか、しないからな。ただ、異国の話は興味深いってだけで」

「あっ、はい、ユーリオットさん」

「知らぬことなどなくしてしまいたい」

「阿止里さん。それって、むかし話の話題で合ってますよね?」


 さんさんと日差しが輝く昼下がり。

 五人は「かぐや姫」の物語に、これから熱い議論を交わすことになる。







ナ「どういうことだ……!? 月に、王国が、文明があるというのか」

ユ「その王国の、医術書が欲しい。雲にのって地上まで来られるというのなら、医療も天と地ほどに差があるに違いない」

月「それよりも。竹に閉じ込められた赤子ですよ。いったい、どういう技を使って入れたのでしょう。砂塵レベルまで、小さくする技でも? それに、なんの目的で」

阿「求婚した男どもは愚かだな。惚れた女のために、欲しがるものを取りに行くなど。ほかに方法はいろいろあるだろうに」


 縁子はがっくりと肩を落とした。楽しみ方が、期待とはまるで違ったのだろう。

 加えて、日本の物語を話す難しさも味わった。竹という植物が、存在しないこの異世界。あの節くれだった、中に空洞のある木を説明するも、いまいち伝わらない。改めて、異文化で理解しあうことのままならなさを痛感したのだ。


 だが、それが縁子の何かを刺激した。四人に、目を輝かせて「面白い!」と言ってもらえる話をと、ここからむかし話の洪水となる。


 桃太郎。


ナ「拾った老女、川の中ほどまで入って、よくもその巨大な桃を岸に上げられたものだ。どういうトレーニングをしているのかな」

ユ「ありえないだろ。桃の中に赤子がいたとして、それは水には浮かばず、沈む計算になる」

月「動物を意のままに操れるきび団子……!? 魔獣にも作用するのでしょうか。ほしい! 研究したい!」

阿「それに、桃を切るときに赤子が無事なのも、おかしな話だ。ふつう、はらわたが飛び出るぞ」


縁「……」


 浦島太郎。


ナ「オトヒメとは、そんなに雅な衣を纏っていたのかな? ぜひ、刺繍の模様を拝見したい」

ユ「一瞬で老いさせる葛篭つづらか……。逆に、老化を戻せるものがあるとしたら、面白いのだが」

月「海の中、浦島太郎はどう呼吸を? それに、水の中深くでは、身体に負担もあるはずです」

阿「結局、地上に戻って老人となるのだろう? 亀は、礼をしたのではなく、罰したかのようだ」


縁「……」


 その後も縁子は努力した。それはもう、辛抱強く。四人に、日本の子どものように、純粋に楽しんでほしかったのだ。

 だがそれも、ことごとく失敗した。かさ地蔵、鶴の恩返し、一寸法師……どれも、今までと同じようにばっさりと一刀両断、ぼこ殴りである。


 縁子はとうとうぐぬぬと唸り、そろいもそろって、現実的すぎ! と叫んだ。

 椅子から立ち上がって、ぺしぺしと机を叩いた。庭に座る四人を見下ろして、じろりと眺める。まるで公園で紙芝居をして、それに群がる子どもたちのような構図である。


「なんなんですか。これはお話ですよ! 子どもに、読み聞かせて、わくわくどきどき、楽しむべきもの! みなさん、とっぷりとこの世界観に身を浸して、楽しみましょうよ! 鶴、恩返しのためにすごーい、とか。一寸法師、鬼に食べられながらもかっこいーい、とか!」


 ちなみにかさ地蔵は、「重い石像が自ら動くだと……!?」とか、鶴の恩返しでは「身を削って編むなど、逆に呪いでは」とかの苦情が出ていた。一寸法師に至っては、「鬼に食べられたときに、噛み砕かれなかったのか」ときた。さすがの縁子も、もう辛抱たまらんかったのである。


 ぷんぷんしている縁子を前に、四人はちょっと目配せをし合って、うなずいた。

 縁子が気持ちよく、楽しく話してくれるように、次の話は四の五の言わずに聞いていよう。そういう連携が、垣間見える目配せだった。


「じゃあ、じゃあ。最後はこれ! さるかに合戦!」


 結果や、いかに。







ナ「そもそもカニが、そんな山奥を歩いているのもおかしな話だねえ。あれは海の生き物だろうに」

ユ「それよりも、牛のくそが歩けるとは。世界は広いな」

月「カニの母君は……その、ずいぶんと脆いのですね。殻に包まれているのだから、柿を投げられて亡くなるのは、いささか弱いのでは」

阿「復讐は、ひとりですべきでは? まあ、それでカニの子の溜飲が下がるなら、いいのだが」


 縁子はぷるぷるとその拳を震わせた。


 そしてくるりと家へ入り、厨房でなにやらがったんばったんと音を立て始めた。

 残された四人は、縁子が語った話について、まだ議論を交わしている。


 しばらくして、昼食の時間になった。


 乙姫は浦島太郎に実は深い恨みがあったのだとか、桃太郎は神の化身だったとか、わいわい話しながら中へ入った。


 厨房の机の上に、茹でただけのじゃがいも(皮付き)と、塩とが盛られている。


 土の床には、棒でがりがり書かれた文字――「今日の昼食はこれだけです」とあるのだが、もちろんそれは日本語だったので、四人はちっともわからないまま首を傾げて、ほんのすこしだけひもじい思いをすることになったのである。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ