3.久しぶりの女体ですが、魅力はないかもしれません
「彼女の名前は、ニグラと言います。本当は、彼女の奪還の身代わりにはからくり人形の魔法を使う予定だったんです」
つまり、こうだ。
ニグラさんという女性と同じ髪色、体格の、動く人形と摩り替えて、発覚を遅れさせ、その間に逃亡しようという話だ。
これだけ聞くと、ひどく子供だましのように聞こえる。でも、精巧に組み込まれた魔法を持ってすれば、まるで生きた人間のように見せることもできるらしい。
映像投影技術の、最新鋭とでも思えばいいのかな。私は有名なボーカロイドが立体映像化されたニュースを思い出した。
しかしその人形、当然ながら値も張る。需要がないため、オーダーメイドみたいな魔法なのだ。その魔法代だけで、二年は働かなければならないらしい。
そしてギィとジウォマさんは、協力しながらそのお金を貯めたのだ。
けれどギィは、私を拾った。女かどうかしきりに気にしていたのは、そのためだったのだ。
もしも女とわかっていたら、きっと協力させようとはしなかっただろうと思う。そんな気がする。
男だと思っている私に、女になる魔法を使い、すり替えようと思いついたのだ。性別を変える魔法はニーズがあるためか(どういうニーズかは気になるが、ここではスルーしておく)、比較的安価に入手できると、たまも教えてくれた。
そうすれば、からくり人形のためにと貯めた大きなお金を、逃亡やその後の資金に回すことができる。
そういうわけで、彼は先ほど「お金が足りない」と言ったのだろう。
「僕たちは幼なじみで、でも十年ほど前に――」
「待って、ジウォマさん、ちょっと待って」
私は慌てて遮った。
確かに、ニグラさん奪還についての背景は聞けて嬉しい。自分が何に加担するかは、ちゃんと知っておきたいものだから。
けれど、それ以外は。
ギィが話さないと決めたことだ。私が軽々しく耳にしていいとは思えない。
「ギィは、ジウォマさんに話していないと思うけど。私はギィに、助けてもらったんです。それも、何度も。大きな借りがあるんです」
だから、それを返すのだ。じっと、ジウォマさんの目を覗き込むと、彼はちょっとだけ居心地が悪そうに目をそらした。
相手の眼を、しっかりと見ること。これって、すごく重要なこと。
ジウォマさんの反応から、私はやっぱりと苦笑いする。
そう、私はなんとなく、勘づいていた。
ジウォマさんは、何も好き好んでぺらぺらしゃべろうとしたわけではない。
きっと、素性も知れない私が、裏切ることのないように。少しでも同情してもらえるように。悪く言えば巻き込むために。
あるいは、保険のような意味合いで話そうとした気持ちもあると思う。
ギィは、何も話さないことによって、あくまで私を「利用した」と言える立場に留まろうとしていたのだろう。
駒のように使ったならば、失敗したときにもそう扱われるだろうと、予想して。
けれどジウォマさんは逆だ。
彼は私にすべてを知った上で加担してほしいと見える。それゆえに、情報を入れようとしてきたのだ。
そうすれば私はより真剣に取り組まなければならないので、彼にとっては都合がいい。しかしもし失敗して捕まりでもすれば、ギィの主人は私をやすやすとは許さないだろう。
穏やかでやさしげに見えるけど、彼はちゃんと、そういう用心深さやしたたかさも持ち合わせているようだ。
私にどう思われようと、彼は気にしていない。
彼にとって大切なものを守るために、使えるものは使うという意思。ニグラさんを守る力を、きっと彼は持っている。
こんな大きな計画だ。いくらギィがつれてきたとはいえ、どこの馬の骨とも知れない私を、すぐには信じられないに違いない。
もしも私がリークしたり、逃亡したりした瞬間、彼らの数年の努力は水の泡となる。
「ニグラさんの救出に、やれるだけのことをします。ギィに、借りを返すために」
だから、あなたたちの苦しい過去を、無理して話さずともいいんですよ、という気持ちを込めてそっと目を見る。
彼は恥じ入るように、それでも感謝するように、ありがとう、と呟いた。
※
ジウォマさんが、いろいろな準備をしていると、ギィが帰ってきた。
背嚢に必要なものを丁寧に詰めていたジウォマさんに一声かけて、私へと向き直る。
「この服は、当日着てもらうもの。この薬も、飲んでもらう」
なくさずに持っておけ、と言われ、服を広げてみてみる。
わざと汚く汚されているのは、麻でできている膝丈までのワンピースだ。日本で着てたら、森ガールかも。
薬は、性別を変えてくれるものだという。申し訳ないが、これは飲まないぞ。飲んだら、いよいよ男になってしまう。
たまに魔法を解いてもらえば、それで女には戻れるのだ。
「服の大きさがわからんから、適当なものを用意した。念のため、いま薬を飲んで試着しろ」
えっ、今ですか。
「大丈夫ですって。着れる着れる」
「万が一があるだろう、着ろ」
「うええ」
だって、着替える部屋とかないじゃないか! そうきょろきょろすると、ギィはうさんくさそうに目を細める。でも、ジウォマさんは不思議そうにしながらも、部屋の奥を指差してくれた。
見れば、薄暗くて気づかなかったが、納屋っぽい粗末な扉がある。
渋々、服と薬を持ってそこへ入る。押入れくらいの、真っ暗なスペースだ。暗がりのなか、あたりを伺えば、シーツの替えっぽいものからほうき、ちりとり、歪んだブリキのバケツなどが置いてあるようだ。なんにせよ、埃っぽい。
扉を閉めてしまうと、完全なる暗闇になるので、すこしだけ開けておく。
たま、今だけ魔法を解いて。そうお願いすると、心底面倒くさそうなため息をつかれた。そしてまた、魔法をかけられたときと同じような熱が、腕輪から肌を伝って全身をめぐった。
そして身体を見れば、久々の女体がそこにはあった。指も腕も、女の人の細さに戻っている。
ワンピースは、もちろんブラトップではない。仕方ないので、胸には布を巻くことにした。外人さんはノーブラでもいいだろうが、日本で育った私には抵抗がある。
ククルージャの砂漠でも、蒸れて嫌だったけど、薄布をぐるぐる巻いていたのだ。なんていうか、ふつうに恥ずかしくて。
「花嫁衣裳じゃないんだぞ。どれだけ時間かかってる」
ギィがノックもなしに扉を開けた。私は声にならない悲鳴を上げて、しゃがみこんだ。
幸い、ワンピースは着ていたが、胸に巻いた布を微調整していたところだったのだ。
そのまま見上げると、ギィは理解できないというように眉をひそめている。
「の、ノックはしましょう」
「阿呆か、男だろうに」
「それでも! 私は慎み深い民族なんですってば!」
「それで、服はどうだ。出て来い」
「反省してくれない!」
とか言っているうちに、腕を捕まれ引きずりだされた。またもやぽいっと、じゅうたんの上に転げられる。わりと乱暴だ。まあ、男同士だと思っていれば当たり前だろうけど!
胸が! 布がずれる、とあわてて腕で囲いこむ。まあ、悲しいことに囲うってほど立派なものではないんだが。
「わあ、見事だ」
ジウォマさんの声は、もちろん私の胸へのものではない。
ずいぶん腕のいい店から仕入れてきたんだね、と感嘆の声を上げる。まあ、魔法は使っていないのだが。
今の私は女の身体で、ワンピースしか着ていない。帽子もないから、髪は下ろされている。
転移してきたときはボブの髪型だったけど、いまや鎖骨のあたりにまで届いてしまう。もちろん、お風呂なんてものには入れてないから、体は汚いし髪もべたべたはしている。それでも、砂漠地帯のように汗はかかないから、ちょっとはましだ。
いちおう、女には見えているだろう。……見えてるよね?
おそるおそるギィを見上げる。憎まれ口をたたかれるかと思ったが、無言だ。
その整った顔からはおよそ表情と呼べるものが抜け落ちていて、私は不思議に思う。
あるいはそれは、思いがけない発見をして、それをどうすればいいか戸惑っているようにも見える。
えっ、だめですか。身代わりには向いてませんか。
ギィ、と呼びかけると、彼は我にかえったように瞬いた。
ああ、とか、よし、とか呟いて、ジウォマさんのほうへ行ってしまう。
まさかの放置。もとの服に着替えていいのかな。それにしたって、一言くらいあってもいいようなものではないか。
私はこの状況にちょっと腹を立てて――思いつく。ねえ、と二人の背中に声をかける。
「私はニグラさんの身代わりに、なれそうですか?」
ギィは弾かれたようにこちらを見て、それから怒ったようにジウォマさんを見た。
ジウォマさんは、やられた、といように目をつぶって、肩をすくめる。
話したな、と唸るギィに、ジウォマさんはばつが悪そうに微笑む。
たまも、よくやった、とご満悦だ。
妹さんのことを隠し通そうとしたギィ。
私を上手に利用しようとしたジウォマさん。
二人へのささやかな意趣返しをして、私はようやく溜飲を下げた。




