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7.烙印奴隷(スティグマート)

 奴隷は、大きく二種類に分けられる。


 たいていは、その人間自体が売り物になるもの。私もそうだった。単純に、野菜のように売買され、買われた主人に忠誠を尽くす。

 基本的には主人のそばや、屋敷に侍る。容姿や能力により異なるが、小間使いや下僕、侍従や性奴までさまざまだ。

 奴隷のうち、大多数はこれらしい。


 もうひとつは、人質をとられた人間が、その人質のために奴隷になるもの。

 これがいわゆる、烙印奴隷スティグマートだという。

 基本的には、主人のそばにはいない。一見、自由に出歩けているかと思いきや、人質を助けるために、ありとあらゆる裏の稼業、やりたくもない闇深いことをさせられるのが常らしい。


 一方、人質は、奴隷の大切な人物が選ばれる。家族や、恋人などがあたるだろう。

 彼ら人質は、奴隷の主人の家の地下奥深くに、鎖につながれているという。

 万が一、烙印奴隷が命令に逆らったり、逃亡したり、あるいは失敗したりしたときには、その人質が、責を負う。


 人質も必要だし、烙印奴隷自身が優秀なスキルを持っている場合に限り、使い道が出てくるというもので、烙印奴隷のその数は極めて少ないという。


 そして烙印奴隷は、蛇蝎のごとくこの世界で忌み嫌われる。

 人質を取られ、尽くしたくもない主人の言いなりになり、あらゆる種類のえげつないことに手を染めるからだ。

 自分以外の、人質という他者のために、奴隷の主人に唯々諾々と付き従う。そこには主体性のひとかけらもなく、誇りもない、操り人形以下の木偶であるという認識らしい。


 たまがこのように説明してはくれたが、私にはいまひとつぴんとこない。

 ただの、ものすごく運の悪い、かわいそうな奴隷ではないか。

 大切な人質のために、やりたくもないことに手を染める。それが侮蔑される原因だというのなら、この世界はずいぶんひどい構造だ。


 ナラ・ガルさんが以前すこし話してくれた、この世界の宗教に関連しているのかもしれない、と私は思ったりもした。

 天にまします造物主――と言っていたが、みんなわりと信心深いように見えるし。

 その造物主が、「自分の意志を大切にせよ」とか、「他者のために他者を傷つけてはならない」とかなんとか言っていたら、確かに烙印奴隷みたいな人たちは行き場がないだろう。


 そして何より気の毒なのは、どう間違っても自死を選べない、ということではないだろうか。

 大切な人質を残して、誰が死を選べるだろう。


 もし私が、拓斗を人質に取られたとしたら――と、想像してみる。

 考えるだに恐ろしいが、きっとある程度の命令には従ってしまうだろう。

 拒めば、拓斗のしっぽが切られたり、ひげを抜かれたり、目玉をくりぬかれたり……無理!


 この上なく、非情なシステムだ。



 それで、この男が烙印をわざわざ見せたのって、どういう意味があるのだろう?


「ええと、ひどい火傷ですね。そうとう痛かったでしょう」


 当たり障りのない言葉を選んだつもりだが、男は驚愕に目を見開いた。というか、初めて私の顔をまともな興味をもって見た、といったところか。

 いままでは机の上の乾電池に向けるような視線だったのが、不審や興味を乗せたものに変わっている。

 いつもは助け舟を出してくれるたまからも、内心言葉を失ったのが伝わってくる。


 なんなの。どう反応すれば正解なの、これ。


「……俺は、烙印奴隷だが」

「ええ、見ればわかります」

「そうとわかってもなお、俺に助けを求めるのか?」

「あなた以外、こんなところ通らないでしょうし」

「正気か?」

「夢ならいいのに、と、ここのところずっと疑い続けています」


 なんというか、会話のしっくり感がない。

 お互いに、離したいことの中心がずれたまま、言葉が行き交っている感じだ。

 見かねてか、たまが、ため息をついて補足してくれる。


(……烙印奴隷は、その性質として、たいていすさまじい罪を犯しているものだ。奴隷の主人から、ありとあらゆる欲や謀略に満ちた命令を下されるのだから。その腕もまた、恐ろしく立つ上に、暗器使いも多い。ふつうの人間なら、震えて縮こまり、見えぬものとして反応するだろうな)


 なっ、なるほど!

 わかりやすく言い換えるなら、「俺は犯罪者だぞ、人殺しだぞ、なのに助けろと?」という感じか。


 確かに、監獄に入れられているような人だとしたら、足踏みはするかも。

 ううん、と私は腕を組む。

 でも、それって人質を守るために強要されたことなわけで。

 もちろん、罪は罪だ。正当化できるはずはない。でも、誰かを守るために自分が手を汚すって、ある意味とても純粋なのでは。情状酌量の余地? だったか。


 この世でもっとも恐ろしいものは。と、私は考える。

 それは言葉と常識が通じない、世界が異なる人たちだ。この場合の「世界」は、意味合いは異なる。

 たとえば私が道に落ちているごみを拾う。私の世界の人たちは、それを善きこととする。

 でも、世界が異なる人たちは、それを悪しきこととする。

『なぜごみを拾うんだ』

『そのほうがいいでしょう』

『けしからん。許せん。断固、抗議する』

 こういう運びになる。

 だから、お互いに何もしていないのに、そこには争いが生まれる。それが私は、もっともおそろしい。


 目の前の男は、確かにかたぎの雰囲気ではない。きっと悪事に手を染めたこともあるだろう。

 でも、私の言う「世界」が異なる人ではないと、私は感じる。


 私は思ったままを、包み隠さず伝えることにする。こういう警戒心の強い、人嫌いなタイプには、正直に接するのがいちばんだし、考えるのが面倒くさくなってきたことも大きい。

 

「正直ですね、あなたがどういう人であろうと、私はどうでもいいんです。町につれていってくれるかどうか、そこだけが大事で」


 いやほんと、それだけでいいんです。

 だめですか、いや、そこをなんとか! と、がんばって上目遣いに魅力をアピールしてみる。

 あっ、いま男に見えてるんだった。不気味に思われないかな。


 小娘……。と、たまが心底呆れたような声を出したところで、男は何か、思いついたように眉を上げた。


「――連れていってやろうか」 


 おおっ! ついに、願いが通じた。

 でも、すごく含みのある声だった。やっぱり、対価、いりますよね。


「……その、見返りに、私は何をすれば?」


 そう尋ねると、男はすでに興味を失ったというように、ネックウォーマーを引き上げ直して、立ち上がった。


「そのうち、話す」


 ただより怖いものはない。

 すさまじい要求をされそうで、ちょっと、というかかなり怖い。でも私に選択肢はなかった。むしろ、やっぱりやめた、と言われるのが怖くて、いそいそとそりに乗り込む。

 しかしトナカイさんかわいいな。


「そういえば、お名前は? 私は、ゆかり……です」


 あやうく、名乗りきってしまうところだった。ああでも、この世界では女の名前も男の名前もないのだから、別に問題なかったか。

 男は後部座席に納まった私を眺めて、ちょっと呆れたように、あるいは諦めたようにため息をついた。そのまま、目もあわせずに操縦席に乗り込む。


「ギィ」


 わあ、そっけない。


 重ね重ね申し訳ないのだが、衣服を貸してはくれないか、と頼んでみると、大きいブランケットのようなものを放ってくれた。

 ついでに食べ物も、と頼むと、かじりかけの生のジャガイモもどきを投げてよこされた。

 睡眠をとりたいな、と呟けば、蹴落とされた。


 人でなしなのかそうでないのか、微妙なところだ。





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