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5.新たなイケメンに、私が男に見えているか不安です

 そりが近づいてくるにつれて、私は胸の奥に新たな不安がもわもわと膨らんできた。


 さっきまでは、このまま誰も通らなかったら、冷凍銅像になるという恐怖ばかりだったのに。

 わがままな話だ。人間って、どう転んでも不安に支配される生き物なのかな。


 向かってきている人間が、奴隷商人よりももっとひどい男だったらどうしようとか、この場でみぞおち殴られたらとか、あることないこと妄想してしまう。

 でも今の私は、それこそ貧相な男のなりだし、どう考えても金持ちには見えないから、なるようになるだろう。


 そして、そりが目の前で、止まった。


 そりを引いていたのは、トナカイの亜種のような獣だった。

 鹿のような草食動物の面持ちだけれど、その身体は別物。四肢は北極クマのように逞しく、太い。

 何より印象的なのは、その毛だ。

 茶色い長い毛は、もっふもふのふっわふわだ。全身を覆うその体毛からは、白い蒸気が立ち上っている。

 こちらを見つめる、賢そうな瞳は、興味深そうにきらめいている。

 抱きつきたい! その毛に私を巻き込んで!


(小娘め、こんな従獣が、それほどかわいいか)


 我輩だって、真の姿は気高く美しいのだぞ、とかぶつぶつ言い始めたたまである。

 いや、腕輪に張り合われても……。

 

 そのトナカイを引いていた人が、そりからこちらを伺うように、その身体を動かした。

 とても大きな身体が、器用に折りたたまれて、狭い操縦席に収まっている。

 毛皮の帽子を目深くかぶり、鼻先までネックウォーマーのようなもので覆われた顔。全身は斑点のある毛皮に包まれていて、長靴のようなブーツまで皮製だ。

 とにかく、全身毛皮に包まれている。

 どうやら長身の男のようだけれど、老いも若きもわからない。


「あっ、あの、助けてください!」


 情けないことに、それしか言えなかった。必死で叫んで、発見されたはいいものの、なんて言うべきかは考えていなかったのだ。

 足跡もない中にたたずむ、適さない格好の男が私だ。もし私がそんな男を発見したら、間違いなくスルーだ。怪しすぎる。

 なんでこんなところにいるか聞かれたらどう答えればいいのだろう?

 とにかく、先手を打たなければ、と私は息巻いた。


「この近くの、町まででもいいんです。乗せていってくれませんか。怪しく見えるかもしれませんが、けっして怪しくは」


 怪しく見えるとは思うけど。

 私が鼻息荒く、そう言い終わってから、一拍。

 男はトナカイの手綱を引き――向きを変えて出発してしまった。


 私はぽかんと口を開けて固まった。

 小娘! というたまの叫びで我に返り、理解する。

 男に無視されたあげく、置き去りにされるという状況に、慌てて追いすがった。


「ちょっと、まっ、待ってくださいよ! さすがに一言、あってもいいんじゃ!」


 そりはどんどん離れていってしまう。

 私はもうやけになって、最後の力を振り絞って、思い切りダッシュした。

 この男を逃したら、間違いなくお陀仏だ。指先を失い血の気を失い、かちこちの冷凍死など、ごめんこうむる!

 ふわふわする足元の雪がうっとうしい。雪なんか、大嫌いだ。そりまでいい感じの距離になったところで、渾身の力で踏み込んで、男の背中に飛びこんで、しがみつく。


 さすがに、後方からのタックルは予想していなかったのだろう。男は驚いたように息を呑んで、バランスを崩した。私もろともそりから転げ落ちた。


 ごろごろと、もつれたまま雪の上を沈みながら転がる。顔についた雪が溶けて水になる感覚に、私は鳥肌がたつ。

 そっと目を開ければ、雪よりもなお冷たい、氷柱のような視線とかち合う。


「――殺されたいのか」


 ぞっと、全身の毛穴が引き締まったのは、向けられた殺気になんのためらいもなかったからだろう。

 私はあお向けに雪に埋もれる男に、真上からのしかかるような格好で、彼の顔を見下ろしている。

 鼻から下を覆っていたネックウォーマーは、私がいざこざの中で引きおろしてしまっていたらしい。


 彼を見て――私は雷に打たれたように硬直した。

 男らしい眉の下には、アーモンドのように完璧な形の瞳。鼻筋は通り、ちょっと薄めの唇は酷薄そうな印象を与えるが、引き締められた口元がそれを打ち消している。無国籍というか、エスニックというか、拠りどころのない面立ちだ。

 瞳も、かすかに見える髪も、深みのある濃い茶色。しかしその瞳に浮かぶ、この世のすべてに興味がないような渇きこそ、私が恐怖を覚える理由だろう。


 あらわになった男の風貌はとにかく、目もくらむような、天からの贈り物のような、美しさであった。




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