2.相性が悪い人の、やり過ごし方のすすめ
「ねえもうほんと、意味がわからないんだ。いい加減にしてほしいんだ。そして寒いんだ。なんとかしないと、ぺきっと折るよ」
たぶん、すごく切羽詰った声が出ていたと思う。いや、実際、詰まってるんだけどね、切羽。あれ、そういえば切羽ってなんのことなんだろう?
(む、無茶を言うな! 我輩だって、万能ではないのだぞ)
わがはい! なんて古風な一人称だろう。声変わり前の鈴やかな少年の声で聞く「我輩」は、ひどくショッキングなものがある。猫か、猫なのか。
ああ、拓斗。この世界に来て、ずいぶん経ってしまった。かくなるうえは、時間の流れが違うというアレなパターンを祈るばかりだ。
「私がここで倒れるのも、あんたにとってまずいんじゃないの? いったん、この寒さはどうにかしなさ、い よ」
さすがに、身体が限界に近い。言葉がきれぎれになっている。代謝で大幅にエネルギーが失われたに違いない。
(うぬ、背に腹は変えられない、か)
ぶつぶつと渋る声の後、私はこたつの中にいた。
訂正。こたつの中にいるような感覚に、包まれていた。
唖然としながらも、足元をみると、別に新しい服を身に着けているとか、目に見える変化はひとつもない。
たとえるなら、皮膚の一枚外側に、サランラップみたいな薄い膜で覆われている、そんな感じだ。
(言っておくが、そう長くは持たないからな。我輩はさっきの転移で、魔力はからっぽに近いんだ)
「まりょく……魔力? ま、魔法? ってこと?」
そういえば、この世界に来たときって、私はひとつも言葉がわからなかったのだった。
奴隷商人に売られて、そこで使い物にならないから、言葉がわかるように魔法を与えられた……んだったか?
めまぐるしすぎて、なんだかよく覚えていない。とにかく、魔法が存在するって、忘れてた。
四人と暮らしていた実生活中も、魔法からは疎遠だったしね。
もしかしたら、現世でいうところのキャビアやフォアグラ並みに、高級かつレアな位置にいるのかもしれない。名前は聞くが、まともに食べたことはおろか、見たこともないよ。
「てことは、あんたは魔法使い、なの?」
魔法使いって。自分で言いながら、ほんと頭弱い発言だなと脱力する。夢なら覚めろ、と今までで一番強く思ったかもしれない。
(脳みそ、詰まってるのか小娘。 我輩はどう見ても、見習いの弟子だろうに!)
どう見ても、ただの腕輪だ。
(それから、こんなに優美な我輩をあんた呼ばわりとは、なんたる無礼! もっと敬え!)
「はあ。じゃあ名前を教えてよ」
(使い魔が、軽々しく名を渡せると思うのか? 名を渡すことは、支配を許すこと。小娘ごときが、我輩の名を得れると思うな!)
私はこの短いやり取りの中で、素直に、こいつとは合わない、と判断を下す。
いるもんね、どこに行っても、馬が合わない人って。学校でもいれば部活でもいるし、会社でだって存在する。
そういう相手と、どう接するべきか。生きてきて私が得たやり過ごし方は、「否定しない」ことである。まさしく今は、それを実践すべき場ではないか。
たまねぎ色だから、「たま」と呼ぶことにしよう。便宜上。
それからもたまは、そのままぷんぷん怒って、いろいろ馬鹿にしてくる。話が進まないので、そのまま罵倒されてみることにした。
(だいたい、どうしておまえはククルージャなんかにいたんだ! 街中に転移したわけでもないだろう、砂漠で野垂れ死んで、ひからびているかと郊外ばかり探していた我輩に、謝れ!)
じゃあどうしてあんたは露店に並べられていたんだ、と思ったが、面倒だから触れないでおく。
そして言ってることがここまでめちゃくちゃだと、腹も立たないから不思議だ。
というか、今、私を探していたというようなこと言ってた?
あと、私が死んでてもべつにいい、みたいなニュアンスなかった?
(すごい魔力を秘めているかといえば、真逆だし。一滴の魔力も感じられない。神をも凌ぐ叡智を持つかといっても、万に一つもありえなそうなあほ面だ。まったく、アレクシスは、なんでこんな貧相な小娘を選んだんだ。理解に苦しむ)
いやまあ、事実なんだけどね。三角関数のみならず、物理基礎もひどいものだったけど。なんでこんなたまねぎ色の無機物に、ここまで言われなきゃならない――ん?
アレクシス?
「ちょ、ねえ、待って。私って、たまたまとかでなく、選ばれてここに来たの?」
(いや、たぶん手違いだ)
「折るよ」
(我輩の主であるアレクシスが、サトウ・ユカリコを選んだのは認めたくないが事実ではあるな)
私はそれを聞いて、空を仰いだ。
大きくひとつ、息を吸って。つとめてゆっくりと長く、吐く。
何てことだ。何てことだ! いろいろ思うこともあるけれど、今知りたいのは、ひとつだ。
「――じゃあ、アレクシスは、私をもとの世界に戻すことも、できるの?」




