1.弱り目に祟り目、泣きっ面に蜂
何はともあれ、寒い。
先ほどまでいたククルージャは、よくテレビで見る地域でいうと、古代トルコとかのアナトリア、あるいはシルクロードの交易都市敦煌、といったイメージの乾燥帯だ。
当然、私の服装はそれに適応するもの。風通しのいい麻布のすっぽり型の頭衣。皮でできたサンダル。
こんな、真冬の北海道みたいなところには、間違っても着てきてはいけない格好だ。
おそるおそる、まわりを見回しても、人っ子ひとりいない。目がおかしくなるような、まばゆい白ばかりだ。はるか遠くの地平線には、気まぐれに生えてみました、という感じの針葉樹らしきものが見える。でも、人が行き交っていそうな道だったり、生活してそうな街はおろか、集落すらも見つけることはできない。一軒の家すらも。
それこそ、冬の牧場にぽいっと捨てられたような格好だ。こんなに人間の気配を感じないのは、生まれて初めてかもしれない。
サンダルの隙間からは雪が侵入し、溶けては肌を伝っては、身の毛もよだつ冷たさで私の血流温度を下げていく。
幸い、夜でもなければ吹雪いてもいない。つまり、昼間だし、晴れている。だからって、ものごとはひとつも解決してはいないのだが。
気温は、たぶんだけど、氷点下はないくらい。
北国出身の人が、氷点下15度を超えるとまつげが凍りやすい、と言っていたのを思い出す。ぱちぱち、と瞬いてみても、ありがたいことに凍りはしない。吐く息は、当然のように白いけどね。
昔、飲食店でアルバイトをしていたときに、冷蔵室の温度がそれくらいだった。忙しくて動いていると、涼しくて気持ちいいんだけど、一度冷えるとめっちゃ寒い。あのチルド室の感覚だ。でも、でも!
いっ、意味がわからなすぎる!
しゃがんで身体を抱え込みたいけど、雪はひざ上くらいまで積もっている。こんなとこでしゃがんだら雪まみれの自殺行為では。
(こんな、こんなはずでは……いったいどうして、こうなった)
まただ。脳みそに直接響くような、転移前にも聞こえた声。まだ少年のような、声変わり前のものだ。
「だ、だれ!? どこにいるの?」
身体は無意識にがくがくと震えている。身体の熱を保つための、反射行為だ。歯の根が合わない。
(ここにいるだろ。はやく助けろ)
助ける? 助けてほしいのはこちらのほうだ。
そう思いながら腰をひねってあちこち見ていたけど、ちょっとでも身じろぎすると、太ももあたりに雪が染み入って、その冷たさがまたつらい。
もう、どこ! と腹立たしげにうつむいたとき、足元にすっぽり、何かを落としたようなへこみがあることに気づいた。
(ここだって言ってるだろ。頭が足りないのか)
ずいぶんな言いようだ。くそ生意気な小学生め、と思いつつ、震える腕を穴に差し込む。
手に触れた瞬間、それが何だか悟る。
私は本気で、もうこの雪のベッドにダイブしちゃおうかな、とか考えた。やけくそである。
「……ちょっともう、いやだ。本当に、いやだ。納得いくまで説明しないと、へし折ってやるんだから!」
(なんだと、小娘! そんなことしてみろ、ただじゃすまないぞ!)
そうして手の中に収まっているのは――案の定、みすぼらしいたまねぎ色の腕飾りなのだった。




