1.人は三ヶ月もあれば慣れるものと、よく言います
ぴるるるるるる、という音で、私は目を覚ます。
夜明けのころの空を飛ぶ、ピュルカという鳥の声だ。
砂漠の朝は、遮るもののない日の光が、四角い窓からまっすぐに差し込んでくる。
透き通った水色の空には、刷毛で掃いたように薄い雲が、さりげなく浮かんでいた。
私は手早く身を起こし、簡単に寝台を整える。
四つある寝台の部屋には、相変わらず私が一人だ。
どう交渉しても、彼らは私を床で寝ることを許さないし、かといって他の寝台でも寝てくれないのだ。
そとにある水がめから小さめのたらいにいくらか移し、顔を洗う。
かまどに火を入れ、昨日ののこりのパンを焼き、干し肉と卵を塩で炒める。
コーヒーやお茶というものはない。ここでは葡萄酒を水で薄めて水代わりにするのが一般的なのだ。
アルコール分も、そうするとほとんどなくなる。それを杯に注ぎ、盛り付ける皿も用意する。
「おはよう、縁子」
「おはようございます、ナラ・ガルさん」
いちばん最初に起きてくるのは、いつもナラ・ガルさんだ。私が挨拶すると、困ったように微笑んで、顔を洗いに外へ出て行く。
ナラ・ガルさんは、おそらく四人の中で年長だ。大柄、短髪の赤髪と、勇ましい見た目とは裏腹に、とても穏やかで、フェミニスト。
私と目が合うと、いまだに照れたように眉尻を下げて、目を細める。それが、なんとも他意のない笑顔なので、私もいつもつられて笑ってしまう。
それから、私の名前を日本人みたいなアクセント呼べるようになったのも、彼がいちばん早かった。
「縁子、おはようございます」
「月花、おはようございます」
「僕にそういう言葉遣いは、不要というのに」
今日は、月花が次に起きてきた。
緑っぽいふわふわ黒髪は、ちょっと寝癖がついていてかわいい。かなり年下なので(たしか、まだ高校生くらいだ)、つい敬称をぬきで月花と呼んでしまう。謝罪すると、慌てたように首を振るのだ。どうか、呼び捨てにしてほしい、と頼んでくる。
性格はおっとりとしていて、やや内向的のようだった。かといって流されやすいというのではなく、大切だと思ったことはきちんと伝えてくれる。
私がこの世界の爪を上手に整えられなかったとき、(爪きりというはさみ状のものは、ない。とがった石で、がりがり削るのだ)削れればいいやと思い適当に使っていると、ものすごく理路整然とやり方を教えてくれた。
まだ若いにも関わらず、相手にどの程度の情報を与えるべきか、という指示の出し方がとてもうまいのだ。
やわらかい見た目とは裏腹に、きっと頭はそうとういいと思う。
そんな彼は、今はそのかわいさを存分に発揮し――こてんと首を傾けて――炒め物をしている私の隣にそっと立つ。
「おいしそうですね」
「ようやく、焦げ付かないようにできるようになりました」
そう言ってちょっと笑うと、眩しげに目を細めて、はにかみながら外へ出ていってしまう。
「――今朝は、何だ」
「干し肉と卵のスクランブルエッグに、大麦のパン、干し棗です。ユーリオットさん」
おはようございます、と声をかければ、ん、とちょっとうなずいてくれる。
これは困っているのでも、嫌がっているのでなく、照れているだけなのだと、最近ようやくわかってきた。
彼はたぶん、20歳を超えたかどうか、くらいな気がする。
私に限らず、人嫌いなところがあり、表情はいつも硬い。そのせいでちょっと老成して見えてしまうけど、驚いたときのびっくり顔とか、笑うのを堪えて怒り顔を作るところとか、そういう瞬間は年相応で、高校生のまだ尖っている青年、という印象を与えてくる。
小麦色の肌と瞳が、ヨーロッパ的な顔立ちとあいまって、やや中性的なところ感じたり。
以前、月花が倒れたときに感じたことは、正解で、医者に近い知識を持っているらしい。
らしい、というのはつまり、専門的な学校には入らせてもらえず、書物や自分で実験したりして、知識を身につけたらしい。脱帽です。
四人の中では、だんとつで会話が少ない。
かといって、嫌われているのかと思えば、すぐ手の届くところにそっぽを向いて座っていたりする。
そういうときは、あえて話しかけず、静かに過ごすのが正解だ。(話しかけると、困るのを隠すように怒ってどこかへ行ってしまうのだ)
「どうした、機嫌がよさそうだ」
「ええ、とってもいいですよ。阿止里さんがひとりで起きてくれましたので」
意外にも、朝がいちばん弱いのはこの人、阿止里さんだ。
日本のテレビに出たら、間違いなく時代の寵児になるような美貌だけど、朝の彼の目は死んでいる。
きっと低血圧なのだろう。
たぶん、ナラ・ガルさんよりはいくらか年下だろう。私と同じくらいかな。口数は少なく、口調も堅いけど、鋼のような意志を伝える、強い瞳を持っている。
だからかな、四人の中でリーダーのような位置にいるのって。
「顔を洗ってきてください。すぐに席について。冷めたパンは悲しいです」
うん、とうなずいて、のそのそと外へ出て行くのを見送って、炒め物を皿に盛り付ける。
洗いもの節約で、大皿にぐわっと乗せるだけだ。
「食べますよー」
席に着くのが遅れる阿止里さんが、小走りで座りにくる。大柄な男がせかせかしていると、なんだかほほえましい。
他の三人と私はすでに手を合わせている。
「いただきます」
みんなで合掌して、さあ、食べよう!
……生活になじみすぎてて、ちょっと自分が怖いです。




