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11.業務内容の確認はとても大切です

 少年、とは言え、私よりも背は高い。

 そんな月花ユエホワを支えきれなかったところで、いちばん月花に近かったナラ・ガルさんが助けてくれた。


「おい、どうした」

「頭に血が足りてない。寝かせておけば、よくなるさ」


 ユーリオットさんは手早く月花の目をチェックし、そう言った。

 医学の心得でもあるのかもしれない。

 月花はじゅうたんに寝かせられながらも、薄く目を開き、私を見ていた。


 しゃべるのはつらそうだが、意識はあるようだ。


「……ここのところ、どの店でもろくな食事を出さねえ。食べ盛りの月花が、いちばん割を食うんだ」

「ろくな食事、って」


 まさか、見た目のせいで?

 ご主人さまたちの様子を見ていれば、そういった差別は生活のいたるところに根を張っているようだった。


 私は、ふつふつと胸にわいてくるものに気づく。

 奴隷商人に、別れぎわ抱いたような、それは怒りだ。


 私はひとまず、大きく息を吸って、ちょっと止めて、それからゆっくりと息を吐いた。

 仕事で業務が山積したとき(あるいはテストの前日に、暗記すべき教科科目に取り掛かるとき)のように、意識を切り替える合図なのだ。


 泣きたくもなるが、もうアラサーなのだ。気持ちの切り替えは割りと早い。


 やるべきことは、こうだ。

 ①私が「奴隷」という立場で、何をすべきなのか。(つまり、それは「奴隷」という立場で、実質的なお仕事について)

  家事くらいで、なんとか手を打ちたい。誰かを拷問しろとか、スパイになって戦地へ行けとか、そういうのはなしの方向で!

 ②私が現世に帰るという壮大な目的のために、どうその「仕事」と折り合いをつけながら行動していけばいいか。

  やりたいことと、やらねばならないことのバランスを取らなくてはね。

 ③魔女アレクシアのいるスヌキシュへいき、彼女を見つけて戻してもらう。


 私は帰りたい。当然だ。時間の流れが同じなのか違うのかもわからないけれど、拓斗への置き餌は限られている。

 でも、なりゆきはどうあれ私は奴隷だ。私のために、この人たちは少なくないお金を支払った。おかげで私は五体満足でいる。

 その義務を、なんとか果たさなければならない。帰る前に。


「私は、奴隷ですね?」


 脈絡のない私の言葉に、ご主人さまたちはちょっと瞬いて、あいまいにうなずく。

 阿止里あとりさんが、首を傾けた。

「……まあ、そういうことになるか」

「では、私の”仕事”内容を、確認――というか、提案、させてください」


 奴隷という身分で提案か、と私は内心でひやひやしながら話し続ける。


「ご主人さまが私を買うのにかかったお金ぶん、働かせてください。掃除、洗濯、炊事、繕い物――は苦手ですが――やれと言われれば、どうにでも。たぶん、すごく私は高かったんでしょう? いつになるかわかりませんが、私はどうにか、自分で自分を買い戻したい」


 そう。一方的に売り買いされて、悲しくないわけがないのだ。

 私は佐藤縁子で、誰のものでもない。今は、彼らのものだけど。


「……自分を、買い戻す? 聞いたこともないが」


 呆れたような、驚いたようなナラ・ガルさんに、私は眉を下げる。やっぱり、そんなことは許されないのかもしれない。

 奴隷商人に、奴隷の心得なるものをひたすら教え込まれたくらいだ。

 この世界では奴隷は完全なる従属物、という内容だった。モノ扱いなのだ。想像もできないが、もしかしたらお掃除機ルンバとかが「いっぱい働くから、いつか自由にして」とか言ってくるのと同じなのかな? うーんシュール。

 まあ、想像はうまくいかなかったけど、きっとありえないような口ごたえなのだろう。

 めげないけどね!


「でも、私は元の世界に戻りたいんです。いつになっても、かまわない」


 いつになるのだろう。もし数年、数十年なんてかかってしまったら、そのとき拓斗は、無事なのだろうか。

 また、目頭が熱くなりそうなのを我慢して、きっと顔を上げる。


「なんでも、します。私は、自信をもって私でいたい」

「ユカリコ。おまえは、自分を恥じているのか?」


 阿止里さんの問いに、私はちょっと考える。奴隷である、自分を恥じる?


「――いいえ。恥じてはいません。私はなんの因果かこの世界に来てしまい、巻き込まれ、奴隷にされた。いわば事故のようなものです。それで自分を恥じたなら、私が可哀想」


 そう。恥じることなど、していない。ただ、運が悪かった。

 でも、その不運を嘆いても仕方ないと、(数年にわたる社会人生活を経て)私は知っているだけなのだ。

 正直、泣きたい喚きたい、誰かにこの理不尽さをぶつけたい。でも、それって結局、何も解決しないんだよね。

 だから、現在地と目的地を確認して、歩いていくしかない。


「……いいじゃん。その提案、受けてやろうぜ」


 思いがけない肯定の意味あいの言葉を発したのは、いちばん私に好意を持っていなさそうな、ユーリオットさんだった。

 私はびっくりして、その顔をまじまじと見つめる。


 彫像のようにバランスの取れた顔。茶色の瞳はしかし、真意を測るように眇められている。


「ただし。その”なんでもする”っていうのに、おれたちに身体を許すことも含まれているのなら、な」


 なるほど。そうきたか。

 叶うことなら、一本とられた! と額をぺちりとやりたかった。

 四人の、縋るような真剣な瞳さえなければ、私はやったに違いない。



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