10.あなたたちは、イケメンです
「このあたりで、いったん私たちは誤解、というか、認識の違い、を確認すべきだと思うんです」
はらはらと涙を落とす月花の頭を撫でてあげたくなるが、いったん我慢する。
何が引き金になるかわからないのだ。それでさらに号泣されても、困る。
この四人の中で、まとめ役っぽいのは、阿止里さんだ。
「誤解……?」
ぼんやり呟く阿止里さんも、どこか夢心地のままだ。
「はい。ご主人さまたちは、ご自分を、醜いと思っていらっしゃる。そうですね?」
こんな直接的な聞き方は失礼かと思ったが、私は一刻も早く伝えたかったのだ。
みんな、私の言葉に、現実に立ち返ったように身を硬くした。
「――そうだ。私たちは、見たものの目を腐らせるほど醜く、耳を溶かすほど汚い声をもち、鼻を落とさせるほどのにおいでもって生まれた」
「生まれるべきではなかったものの、集まりさ」
唾棄するように、ユーリオットさんも続けた。
ナラ・ガルさんは、そんな中でも努めてなんでもないことのように、補足する。
「だが、自ら死ぬこともできない。天におわす造物主は、地上で正しく生きたものを導いてくれるが、自ら死んだものたちは永遠の冥府巡りに落とされる。おれたちは、死んでからもなお苦しみたくはないからね」
この世界の、宗教だろうか。どこの世にもあるものなのだ。
私はひとつうなずいて、”あなたたちの言い分はよくわかりました”という風に神妙な顔をしてみせた。
相手が誰でも、まずは話を聞いたうえでないと、こちらの言い分は聞いてもらえない。
無理ある領収書を申請してくる輩を相手に、学んだことのひとつである。
休憩時に入った漫画喫茶代が、経費で落ちるか!
「そうなんですね。ただ、私にとっては、ご主人さまたちはちっとも醜くなんか、ありません。その逆です。この世界で見た、誰よりも雄々しく、美しく、逞しく。お声だって麗しい。においは、健康的な汗と男性のものですし、私にとっては好ましいです」
ゆっくり、ひとこと一言、言葉を区切って口に乗せる。
その言葉がご主人さまたちの耳に入り、脳に浸透するように、少し待った。
呆然とした表情が ”こいつ何言ってるの?”という困惑に変わったところで、続ける。
「本当です。なぜなら私は、ここではない世界から、異世界から来たのです。そこでは、ご主人さまたちのような見た目の男性は、モッテモテのイッケイケです。逆に、奴隷商人のような豚男は、鼻つまみ者にされること請け合いです」
異世界からとか、頭の弱い女に思われるかな、と思っていれば、取り越し苦労だった。
「――異界からの迷い人は、たまに聞くが。我らを……う、美しい、などというのは、聞いたことも……」
阿止里さんが、頭を抑えながら呟いた。
なんだ、私みたいのはわりといるのか。
……ということは、やっぱり異世界との出入り口みたいなものへの認識は、高いのでは?
私、帰れる可能性も、あるのでは?
ちょっとテンションが上がった。
なんとしても、ご主人さまへの義理を果たし、現世への道を見つけてみせる!
勇んで続ける。
「きっと、小さいときから醜いものとして扱われてきたと思うので、すぐには信じられないと思いますが。でも、何度でも言います。安心してください。ご主人さまたちは、本当に、銅像にしたいくらい、かっこいいです」
自信を持ってほしい。だって、確かに見た目の美醜は大きいよ? はじめまして、から大きなハンデを負ってしまうもんね。
でも、一般論かもしれないけど、どんなイケメンでも内面がくずではいかんのだ。
会社で、素敵な女子の先輩がいた。すごく仕事ができて、でも気取らずやさしい人。
この人は、営業のイケメンエリートからのアプローチをさりげなく避けて、平凡で、けしてかっこよくはない総務の男性と結婚した。
みんな、もったいないと噂したけれど、私は知っている。
その平凡な総務の男性は、どんな面倒くさい新入社員に対しても、いつも誠実にアドバイスしたり励ましたり、無理やりではない飲みに連れていってあげていた。
そう。見ているひとは、見ているのだ。
わかってほしかった。ブサイクが虐げられるのが当たり前なんて、思わないでほしかった。
ちょっと迷って、私は月花に向き直る。
おおげさなくらい、その肩を揺らし、身構える月花の、その手をとってみる。
小刻みに震える左手は、まだまだ庇護を必要とする少年のそれで、痛ましい。
多くの苦労をしてきたのだろう。たこもあれば、古い傷跡も多く見て取れる。
その手を、ゆっくり持ち上げて、両手で挟んでみる。
それから、その指先を、私の頬に近づけて、頬と手で挟みうちだ。
月花の指が、頬に触れた瞬間、月花は小さな獣のように呻いた。
「――ね、信じてくれます? きれいで、がんばってきた手ですよ。誰にも、恥じることなんてない」
硬直した月花から視線をはずし、三人のほうへ目を向ける。ぽかんと口を上げる美青年たちに、私は思わず笑ってしまう。
美術の教科書に載ってもいいくらいの、素敵な男たちが、鳩に豆鉄砲状態なのだ。
「きっと、います。この世界のどこかにも、ご主人さまたちの魅力をわかってくれる人。近くにいないだけです。だから」
そんなに、自分を責めないで――と言おうとしたとき、限界が来たようだった。
ぱったりと倒れてしまった。月花が。
慌てて支えながら、私は心の中で思わず呟く。
ご主人さま、ヒロインみたいに気を失うって、どうなんですかね?




