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クラウン  作者: 珊瑚
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第一夜 孤独な森の魔族(前編)

 王国クロムスフェンの貿易都市サフィールは人に溢れ活気があり、自然にも恵まれた賑やかな都市である。海に面しており、そのため貿易が盛んなことで有名だ。また魔族が多いことでも有名である。サフィールの沿岸部、西側には広大で美しい森が広がっており、そこを訪れる人も少なくない。


 しかし近頃、シヴィリアン達の間で穏やかではない噂が立っている。

 森の奥深くには「人食い魔女」が住んでいると噂されており、森の深くまで入ってはいけない、魔女に喰われてしまうとシヴィリアン達の間で囁かれている。


 そんなサフィールを治めるフォーサイス公爵家の令嬢アマリリス・フォーサイスはこそこそと玄関へと忍び足で向かっていた。


「アマリリス! 何処へ行くのです?」

アマリリスはようやく玄関へと辿り着いたが、後ろから飛んできた鋭い声にその場で固まった。彼女の背後には、明るい蜂蜜色の豊かな髪を左横で緩く纏めた品のある女性が険しい表情で立っていた。


「ご、ごきげんよう。母様」

「えぇ、ごきげんよう。それで、何処へ行こうとしているのかしら? 今日はテンペスタ夫人がお見えになると昨夜言いましたよ。忘れてしまいましたか?」

 

 そういうと母様はにっこりと微笑んだ。まずい、これは本当に怒っている・・・・・・。

 母様は普段怒ったりはしないが「公爵家の令嬢たるもの教養は身につけなさい」と言い、特に芸術に力を入れている。今日は音楽―ピアノのレッスン日だ。侯爵夫人であるレア・テンペスタ夫人が週に三日、教えにやって来る。だが、私にはピアノの才能がないのか夫人にピアノを習ってから二年近くなるが、一向に上手にならない。それに私はピアノより歌を歌うことが好きなのだ。一度、母様にピアノのレッスンをやめたいと申し出たが良しとせず、首を縦に振ってはくれなかった。


 ピアノのレッスンが嫌だから抜け出してやろうと思っていたけど・・・・・・失敗ね。もうこうなったら何が何でも逃げるしかない!


「もちろん覚えているわ、母様。今日はピアノのレッスンでしょう?」

アマリリスは母をしっかりと見つつ、外へ通じる扉へとじりじりと後ろ向きで進む。

「でも、私やっぱりピアノは向いていないみたい・・・・・・ごめんなさい、母様!」


 そう言い残し、勢い良く屋敷を飛び出した。後ろから母様の声が聞こえたがひたすら無視し続け、庭園を駆け抜け、噴水の前を走り抜け、正門をくぐった。途中、使用人らが数名いたがぽかんと口を開けて私が走り去るのを見ていただけだった。普段、大人しい女の子として振る舞っているから皆驚いているのね。


 私が住む屋敷は少し高台にあり、サフィールの中でもっとも活気溢れるアズラ地区の市場に行くまで少し時間がかかる。テンペスタ夫人のレッスンをさぼりたかったのも本心だが、私が今日抜け出した理由は市場に行くためではなく同じ地区にある森に行くためだ。


 近頃、あの森で魔女が住んでいるという噂を耳にして、いても立ってもいられなかった。なぜなら、私はシヴィリアン。非魔力の人間。何も力のないひ弱な人間。私は魔族になりたいのだ。

 屋敷の書庫に古い文献があって、シヴィリアンであっても純血の魔族に師事すれば魔力を与えてもらえると書いてあったのだ。


 私には父の違う兄が二人いる。一番上の兄様、長男のグラン兄様は国王補佐官となり王都で暮らしている。二番目の兄様、次男のアルスト兄様はシヴィリアン同士の両親でも稀に誕生する魔族である。兄様は近所に住んでいる魔族の少女の家庭教師として働いている。


 サフィールが魔族に寛容なのは、アルスト兄様がフォーサイス家の子息だからというのも大きい。


 グラン兄様は王都で暮らしていることもあって、なかなか会えない。だから当然、兄妹の中で仲が良いのはアルスト兄様だ。アルスト兄様は魔族であることを誇りに思っていて、自分の持つ力を人のために、良いことに使いたいと言っていた。しかし、魔族としては未熟なようで思うように力をコントロール出来ないらしい。たまに、力の反動で寝込むことも多々あった。私は兄様のこと尊敬しているし、いつか兄のようになりたいと感じていた。兄様が私に見せてくれた小さな魔法の数々は本当に美しくて素晴らしいものだった。


 私はアルスト兄様に師事しようと頼んだが断られた。兄様曰く「純血の魔族ではないから無理」だそうだ。純血の魔族とは大昔に進化の過程で生まれ落ちてから、非魔力の人間とは交わらず、同族と交わり続け力を強めた者たちのことらしい。つまり、アルスト兄様はシヴィリアンの突然変異で生まれたから純血ではないらしいのだ。


 それで私は近頃、噂になっている「人食い魔女」に興味を持った。私が調べた書物の中に純血の魔族は人を食す者もいると記されていた。


 もし、純血の魔族なら師事してもらいたい! 誰も見たことのない魔女らしいけれど、もし本当なら!


 だんだんと賑やかな人々の声が近づいてきた。ようやく、アズラ地区の市場に到着し、アマリリスはまだ見ぬ魔女に期待を膨らませながら、市場の通りに足を踏み出した。




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