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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

妖刀・蝶々シリーズ

図書館と衝動

作者: 腹痛朗

 俺は学校が終わって1人、図書館に来ていた。自転車の鍵を持ち歩いているのだが、それには落とした時すぐわかるように鈴がつけられていて、歩く度にしゃらしゃらと音を鳴らし、静かな図書館では場違いだ。

そんなわけでそそくさと読む本を決め、読書スペースに座る。この日図書館に来たのは全く偶然で、なんとなく来たくなったから来たのだが、案外この場所は気に入っていた。

文庫本のページを黙々と捲っていると、真向かいに女性が座った。人間にはパブリックスペースだとかいうのがあって、あまり見知らぬ他人の正面に行きたくないという心理があるそうなのだが、目の前の女性は気にしていない風だった。そんな風変わりな人の顔を見たくて、本から視線を外す。

女性は、控え目に言って、究極の美女だった。黒絹を1本1本丁寧に植えたのかというほどの美しい髪、雪原を思わせる真っ白な肌、どれをとっても完璧で、正直俺は、この人に一目惚れしたんだと思った。

それから毎日、俺は図書館へと足を運んだ。あの女性はいつだって、例え俺が来る時間がずれていても、俺より少し遅れて、俺の向かいの席に座った。俺は本の内容などそっちのけで、その美女に見とれた。

そんな日々が続いて、2週間ほど経っただろうか、美女は、不意にぱたんと本を閉じて、俺の目を見据えた。

俺は興奮した。いつまでもじっと見つめ返すと、彼女はふわりと微笑んだ。

そして、窓の外を指差す。どうやら、外で話をしたいということらしい。

自販機でジュースを2本買って、女性に手渡す。女性はまた微笑んだ。


「ありがとう、気が利く人は好き」


彼女に好きと言われて、心臓が跳ね上がった。すると、激しく脈打っている胸に、彼女は手を当てた。

彼女の手は柔らかかった。そして、触れられれば皮膚を裂かれそうな手だった。


「ねぇ貴方、人を殺したいと思ったことはある?」


「……あるよ、いくらでも」


突拍子もない質問、それも異常なものに、俺は即座に答えた。

そうだ、人は殺したくなるほど脆く、儚く、そしてこの人は


______殺したくなるほど、美しい。


「良い返事」


簡素な言葉、そこから無言で、彼女はバッグから何かを取り出す。それは銀色の塊。雑誌で何度か見たことがある、あれはバタフライナイフだ。

彼女はそれをそっと俺の掌に乗せた。


「貴方に、人を殺させてあげる」


ぞくりとするほど甘美な言葉が、俺の心を震わせた。



***



彼女は本当に人を殺させてくれた。大きいのも小さいのも、新しいのも古いのも、等しく俺に最高の快楽を与えてくれた。


「君は殺さないの?」


路地裏で何人目かの人を殺した後、トリップした頭はそんなどうでもいいことが気になって、傍らにいる彼女に聞いた。


「私はいいの、貴方に人を殺させてあげたかっただけだから」


彼女は白いワンピースを揺らしてそう言った。俺にとってその答えはなんだかつまらない。

つまらかったから、無意味に足元の死体を突き刺した。顔にかかってくる血は冷たい。


彼女との連続殺人は、何故かバレなかった。だから俺は毎日普通に学校に通って、図書館に行って、彼女と合流して、人を殺すために町へ繰り出す。


「貴方って毎回、綺麗に済ませるのね」


死体を解体して、パーツの1つ1つを取り出していると、彼女が声を掛けてくる。

彼女の言葉は、何より優先すべきものだ。作業を中断して、いつだって天使のような美しさを持った彼女を見る。


「俺がやりたかったのは、解体だったから」


「へぇ?」


彼女は微笑む。その笑みだけは悪魔的だった。


「誰だって小さな頃、虫を理由もなく殺したりしただろう?でもあれって本人達にはちゃんと意味があるんだ、足をもいだら、どう歩くのか、羽をむしったら、また生えてくるのか、って、そういうことがみんな知りたかった。その過程で死んじまうから、諦める。でも俺はぶっ壊れてたから、諦められなかったんだ」


言うなれば解剖だ、対象のことを隅々まで知りたくなって、実験をする。失敗したなら、また方法を変える。

俺は虫じゃ我慢出来なくなって、猫なんかの動物を解体して、どんな反応するか見ていった。それだけでも十分法に触れる行為だったんだろうけど、死体は上手く隠して、後片付けも念入りにしたから誰にも見つからなかった。

でも、人間はそうはいかなかった。ニュースを見れば、殺人がどれだけ見つかりやすいかなんてことは、いくら狂っていてもわかる。だから今まで出来なかった。そこに彼女がやってきた。何年も燻っていた俺の願望を叶えてくれた。


「そう、じゃあ貴方は、どれだけ人を殺せば満足出来る?」


「簡単、俺以外、全部」


赤ん坊も老人も外国人も、分け隔てなく殺さなきゃわからない。そして多分、最後には自分を殺すんだ、それできっと、全部わかる。俺の答えに、彼女は上機嫌そうに笑った。



でも、それからはマンネリだった。発見が少なくなっていったんだろう。大概の人間が、程度に違いはあっても悲鳴を上げて、恐怖する。中身の違いだけ見て、それだけじゃ満足出来なくなったんだ。そうだ、殺し方を変えれば良い、彼女に相談すると、すぐに違う道具を用意してくれた。


そしていくらか経ったある日。


「私、他の所に行かなきゃいけなくなったの」


「どうして」


わからなかった、彼女は理由を教えてくれなかった。背を向けられて、兎に角つまらなかった。


______だから。



***



真っ赤に染まったその服は、お色直しをした花嫁衣装のようだ。紅くなった道は、さながらヴァージンロード。

小指でそっと花嫁の唇に紅を引いて、誓いの口づけをする。

この光景は、どこまでも俺を魅了してやまない、地獄だった。

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