仮舞台
「現在の状況でTPPや消費税増税などを審議している場合ではない!」
民新党党首 登徹也が国会内での審議を中断する形で民新党のメンバー全員を立ち上がらせている。
「我々は日本の国益の為に大事な審議を進めているのです。これ以上審議の中断を続けるお考えなら退席していただきます」
自信党党首 今岡真治が強行策に踏み切ろうとしていたその時である。
国会審議中は国家レベルの緊急時以外は叩かれるはずの無い扉が何度もノックされている。
その模様は国営放送により全国中継されていた。
「何事だ。今大事な審議中だ。分かっているのか」
先ほどまで退席を匂わせる行動を取っていた登が声を荒立てている。
「登さん、まあまあ落ち着きなさい」
それを先ほどまで喧嘩腰であったはずの今岡がなだめる言葉を掛けていた。
その時、扉の内側と外側の会話が成立したのか扉が開いてしまったのである。
その扉の外側からこちらに向って一人の男が躊躇無く力強い足音を立てながらゆっくりと歩いてくる。
「どうして扉を開けた馬鹿者。この日本の国会始まって以来の不祥事だ。国会中継中だと分かっているのか」
今岡はおかんむりのようである。
「国会中継中だと何かあなたに影響があるのですか、今岡首相」
初めてその男が口を開いた。
「審議中に政治家ではない一般人が入ってくることは許されていない」
今岡がその言葉に反論した。
「そうですね、確かに僕は一般庶民で政治家ではない。しかし、僕の後に見えている方は誰でしょうね?」
意味ありげにその男は国会中継中のTV画面に目をやった。
「あの顔立ち。第21代日本国首相 凪家当主 凪孝三郎なのか」
第21代日本国首相 凪孝三郎 自信党の党首でありながら自信党の汚職事件をすべて調べ上げ、洗いざらい国民に公表し、当時の国民の人気と自信党に蔓延していた膿を出し切った人物として有名な政治家である。しかし、その直後、自らの汚職に絡む事件が発覚し、その後辞任、その当日に行方不明になり、謎の失踪を遂げている。現在でもその行方は知れず、事件なのか事故なのか本人の意思なのか未だに原因は分かっていない。
「お前が現在の首相か!お前が馬鹿者だ!私が亡くなったあと自信党はいつから国民不在の政治を行うようになったのだ」
凪の怒号が今岡に響く。
「これは何かの映像を使ったトリックか。凪元首相がこのように現れるはずがない。ただちにこの者を審議からたたき出しなさい」
SPと警備員に周りを囲まれ、その男は再び口を開いた。
「いいでしょう。私は退室させていただきます。あとは凪さんのお好きなように。それから今岡の一族があなたに対してやったことは是非ここにいる自信党の方々、その他の政党のみなさまにも教えて差し上げてください。それから今日は国会中継中ですので丁度国民にも現在の首相のやっていることと併せて、国民のために納得できる演説をよろしくお願いします。その為に私はあなたをここに連れてきたのですから」
そういうと、その男は身体の向きを変え、自ら退室していった。
不思議なことにSPと警備員の誰一人としてその男を確保しようとするものはいなかった。
いや、出来なかったというべきなのかもしれない。
近づこうとしても近づけない壁のようなものがその男にはあったのだ。
その男の紹介は後からにするとして凪の演説はその場にいた政治家だけでなく国民の心を奮わせるものになった。
「私がこの場に立っていることは感慨深いものでありますが本日はそのことではなく、今起きている大規模地震についての意見を申しあげたい。まず初めに。避難場所ですらいつ崩壊するか分からない場所もあると聞きますので避難場所として使用できなくなる前にまずはその場所を離れていただきたい。しかし今現在避難場所事態も人が多く、詰め込み状態になり、女性と男性それぞれが別々に休める場所もないと聞く。今これを見ておられる国民にお願いしたい。自分の住んでいる町に援助だけでなく、救助の為の一時避難を提案していただきたい。援助と救助を被災地のみでやっていては救助する方も避難する方もいずれ疲労が限界に達する時が来ます。その前にこの日本という国の枠内で被災された方を助けるために手を取り合おうではありませんか。しかし、この国の災害に対する責任と骨組みは全くといって良いほど、国民に頼りすぎている仕組みになっているようなので自主的避難するしかない場所もあるかもしれません。しかし一刻の猶予もなく建物の崩壊は進んでいる場所もあります。多くの場所で救助活動を行っている為に軽度と思われている場所も刻々とその度合いが変わっていると思われます。空き巣被害に対しては他県からの応援を含めた私服警官の増員と監視カメラによる警備体制の強化をお願いしたい。分断されている場所については希望があれば自衛隊による一時避難をしていただきたい。隣接県の方々には迷惑を掛けまいと元気に振舞ったり、笑顔見せる被災者に思いやりのある言葉を掛けてあげてください。私が得ている情報ではまだこのくらいの対処しか思いつかないが災害の対処である前にまずは人命を第一に行動してほしいと思います。被災された方もそうでない方も同じ日本国人として自らの命と家族、親類、友人、周りに見える人の命を大切に守ってください。その為に今自分に出来る行動をしていただきたいと思っています」
立ち上がったままで聞いていた民新党から自然に拍手があがり、それは自信党、国会で審議に出席しているものすべてに拡がった。
「それから今岡君、君の一族と君がやってきた汚職に関すること、私にやったことはこの後、私がすべて公表する手はずになっているが今私が言ったことを実行に移す気持ちがあるなら今回は目をつぶらんでもないがどうしたい?」
凪の目が睨みを利かせている。
「実行に移す所存であります」
今岡の目の視線は泳いでいたが反論する力も残っていないようだ。
「私はもう去るが今回と同じようなことがあれば、何度でも私は出てくるからな。自信党のすべての秘密を私は握っている。党首が変わろうがお前が影から実権を握ろうとしようがあの秘密は世界中にばらまくことも出来ることを忘れるでないぞ」
その言葉を残し、跡形もなく凪は消えた。
「この危機を乗り切るために第21代首相の凪孝三郎の霊がこの国会に現れました。これは今被災されている方だけでなく、すべて国民の命を守る為の対処と対策を審議をしなさいという事だと私は受け取りました。今国会中継をご覧のみなさんもそう受け取られたと思います。それでは改めて中断していた審議を始めましょう。登さん、良いご提案がありましたら与党、野党問わず力を合わせ頑張りましょう」
今岡はうまくごまかしてまとめ上げたように考えているようだが凪の発言に対しての答えや一族のやってきたことに対する疑念はこの先も会見を開くたびに聞かれることになり、半年後、今岡は自らの政権の退陣を選択した。
凪の国会演説を境に日本全土から受け入れ希望の打診が災害地の自治体にひっきりなしに掛かってきたために駐車場の車に避難中の高齢者や疲労とストレスと就寝中の体勢の悪さからエコノミー症候群になりかけていた多くの人たちは民間のホテルや検査、治療のために病院へ宿泊、もしくは搬送されてゆき、多くの被災者が一時的に日本全土に散らばった。その事により縁を深めた多くの人々が余震の頻度が収まった後にボランティアとして、復興の仕事に就くために被災地を訪れ、その輪は前回大規模被災に合い未だに手付かず状態だった地域も巻き込んで、日本の復興へと足を進めることになった。
そういえば、あの男とだけしか紹介がされていませんでしたが彼の名は青空道守。
偽名のようだが本人は至って真面目に自分の演じているその人物になりきっているようなので特別よみきり版である今回はその名を伏せておこう。
それから本当に国会に登場した幽霊が凪孝三郎だったのか、幽霊だったのか、その謎についても今回は秘密のままにしておこうと思う。
どこかでこの男に出会うときがあったらあなたの道が開けるときかもしれない。
もしくは世界中のあらゆる問題を解決するために姿を現すのかもしれない。
腑に落ちない点があるとすれば、天才を呼ぶ男なのに、今回は天才の変わりに過去に活躍した偉人を呼んでいることだ。
しかし、それも復興の礎になればとあの男達が思った上での行動だとしてこちらについても今回は目をつぶるとしよう。