第四章 演説
意外とちゃんとした……っていうか、分離独立したばかりとはいえ、首都であるんだからそれなりの都市が選ばれたんだろうけど、日本人が一般的に抱くイメージのアフリカの町ではない。日本でも田舎の県に行けば、県庁所在地はこんなもんだよな、という感じの町。もっとも、この国では、家畜が貨幣代わりだったりもするので、町のあちこちで牛とか山羊とか、あとは、ちょっとよく分からない四足の動物が歩いていたりはするし、それに伴う糞と虫と匂いに関しては、イマイチだったけど。
ああ、あと、やっぱり電車は走っていないのか。鉱山町から港までは鉄道もあると思うんだが……。
適当に窓から通りを観察した後、再び室内の点検に入る。
四階建ての白亜の建物で、どちらかといえばやや古風な作り。完全な西洋式の建物で、和室は全く無い。畳四畳を持ち込んで敷いたスペースが、強いて言えばそう呼べなくも無いかもしれないが。
聞いた限りでは、この国の政府側が用意した建物ということだ。
俺以外の外交団が、この国の政府関係者に挨拶に行っている間に、大使館内の掃除を進める。いや、雑巾掛けしたりといった掃除ではなく……。
盗聴器は、電波を発信するので、広域受信機でそれを探っていくのと、小さな穴を改め、隠しカメラや……罠はさすがに仕掛ける意味もないし、逆にこの時期に外交問題を起こすのはこの国の政府の役人なので、怪我をするようなのは無い筈だが、一応、注意しながら監視機器を無効化していく。
盗聴器が四つに、隠しカメラが二つ。
まあ、先方が用意した建物という点を考えれば、普通の歓迎と言ったところなんじゃないかな? 外交官は外交特権を有しているし、多少のスパイ活動をし合うのが本来の役目なんだから――もっとも、今回派遣されてきた外務省のアホ面した役人を見る限り、そんな技能は持ち合わせていなそうだが――。
各部屋を検め終えたところで、外交団が帰って来た。
建物をクリーンにした旨と、あえてひとつだけ無効化させずに置いた盗聴器を大使に手渡す。
「これは?」
大使の横田は、バカだった。
つか、盗聴器渡した意味ぐらい察しろよ。
盗聴器をアルミホイルで覆い、更に防音のケースにしまった上で俺は答えた。
「なにかあった際に使えるでしょう? 証拠としても。それに、聞かれた方が良い会話の内容も無くはないでしょう? 友好をアピールするようなものは、流した方が有利になる場合もある。それに、完全に無効化しては、逆にこちらを疑われかねないでしょうが」
ストーカーや産業スパイ追い立てるのと、今回の件はベクトルが違う。証拠を押さえ、相手を起訴してハイお仕舞いというモノではないのだ、外交は。
駆け引きには、多少の隙は必要だろう。
「あ、ああ……」
横田は、正直、全く当てにならなそうだったので、判断に悩むなら盗聴器を処分するなり、本国に指示を仰げと言い残し、俺は、自身のために用意された机で、この国の地図を広げた。
医務官の二人は、政府への挨拶には同行したはずだったが、外交団の連中と一緒に戻ってはこなかった。一瞬、どうしたのか訊こうかな、とも思ったが、変に気を回しすぎるのもバカらしいので、俺は自分の仕事に集中した。
バルカ共和国は、小さな国だ。
西の山岳部と、東の平野部。海には面していないため、海上輸送には隣の――かつての宗主国を経由する必要がある。鉱物資源に支えられた財政収入。国民一人当たりの収入は、そこまで多くは無いが、アフリカとして決して低い部類でもないようだ。山間部の酪農、鉱石採掘、平野部では小規模な畑はあるものの、あまり生産性は良くないらしい。
ああ、だから、日本からの食糧援助が魅力的だったのか。隣の元は同じ国だった方も同様で、農産物にはそこまで恵まれていないな。地力の問題か?
広さは四国と同じくらいで、国の形も、四国を時計回りに九十度回転させたような形だった。人口は、戸籍上は二百万程度。もっとも、スラムや難民に関してはちょっと不明だが。
医療面では――HIVの感染者が多いが、これも、一般的なアフリカの水準だな。
治安と軍備は、まあ、日本と比べるのは酷か。
この国の軍隊は、戦車やヘリなんかは保有しているようだが、ジェット戦闘機までは保有していないようだな。維持費の問題か、設備がまだ整っていないのか。対空自走砲に、対空ミサイルなんかは国土に広く配備、か。
ヘリ対策、だよな。
ゲリラや武装集団がヘリ使ってるってことだよな、この布陣とか見る限り。
そんなの出てきたら、完全にアウトだな。俺じゃどうにもならん。っつーか、普通の軍隊レベルの武装集団が存在する場所で、拳銃とナイフと警棒で武装した警備員で警護って、どんだけだよ。
ドン・キホーテか、俺は?
「小田切君、ミーティングいいかな?」
一通り情報を整理したところで、横田に話しかけられ、俺は頷き――周囲の人間も含め、ぞろぞろと会議室へと向かった。
いつの間に合流したのか、会議室では、医務官の二人が既に着席していた。
そして――。
ぶっちゃけ、書類一枚二枚回覧すれば分かる程度の会議が、長々行われた。
概要は、首都に大使館を置き、そちらに六名、日本が重視するという鉱山近くの町に領事館を置き、そちらは四名という人員配置であること。
一週間後、鉱山側の領事館で、アフリカ連合からも人を招いて、日本からの資金・技術支援に関するスピーチがあること。
領事館は、居住スペースがあるので、基本的に領事館に派遣される人員はそこで生活し、鉱山との情報の中継を行うこと。かつ、鉱山で出た傷病者に対する治療も行うこと。そのため、医務官は二人とも領事館に派遣される。
そして最後に、俺は、領事館で警備を行うこと、だ。
大使館、どうでも良いってことか? 警備しないってことは。
「大使館ひとつにまとめてはいかがですか?」
少人数での分散行動に、嘆息しながら発言すると、すぐ横に居た医務官の女が割り込んできた。
「言われたことだけをしていろ、この使いっぱしりが」
「なら、有事の場合には、お前が囮になれよ」
女の方は返事もせずに、居眠りでもしているかのような俯いた姿勢に戻っていた。
ッチ。
どうも、一緒に食事をしてから、変に舐められてる気がするな。いや、最初っから態度は横柄だけどもさ。
闇討ちでもしてやろうか?
容姿は好みじゃないので、手を出す方向で男としての怖さを見せ付けるのは……萎えたので、単純に暗がりで一発分殴って、護衛のありがたみでも分からせてみようか、とか、不穏なことを考えていると、横田がいつも通りの慌てた声で説明し始めた。
「ええと、その、これは既に決まっていることで、こちらでは、どうしようもないというか」
本国の意向、か。
安全な日本で、税金泥棒している連中からの指示って言われても、な。
「離れた二箇所を指揮するんですか?」
コツコツコツ、と、テーブルの上の資料を指で叩きながら質問すれば、今度は逆に流暢に言い返してきた。
「いや、キミは領事館の方を。首都の方は、外周をこの国の軍が守ってくれるし、隣はアメリカ大使館でその先にはイギリスとスペインの大使館も」
つまり、アレだ。
民間の警備員なんかより頼りになるのが守ってくれるので、大使館は安心だってことだよな。このクソ狸親父。
殺気を込めて睨みつけてみるが、横田は役人特有の鈍感力を遺憾なく発揮し、白々しい態度で次の議題へと話を変えた。
しかし……。
横の女の様子を窺う。
黙ってろとかほざいてはいたが、この女、分かっているんだろうか? 危ない場所で、命を守る最後の砦が俺だってことを。
正直、軍隊……って言って良いか分からないが、ゲリラにしろテロ組織にしろ、軍事作戦を行える兵士が向かってきたら、俺では太刀打ち出来ないと思うんだがな。俺のスペックなんて、精々、強盗を取り押さえる程度だ。
もっと、不安というか不満があってもおかしくは無いと思うんだが――。
医務官の女は、俯いたまま……多分、喉の動きなんかから察するに、本当に居眠りをしていた。
最悪だ。
任期はまだまだ残っているのに、な。既にやる気は底を打っている。
数日後、この国の政府から俺宛に書類が届いた。
スピーチ会場の警備は、この国の軍隊が行うらしく、その確認書類のようだが……。
役職のためか、俺への宛名で送られてはいるものの、正直、意見を言えるだけのモノを持ち合わせてはいない。荷台に重機関銃を据え付けたトラックで警備とか、牽引型の対空ミサイルシステムの配備とか、正直、専門外だ。配備位置が正しいのかも、判断しかねる。
だから、一応、横田にもその旨を伝えてみたが、ああ、とか、うん、とか、しか言わないので、もう、本当に書類を横に流すだけが俺の仕事みたいな雰囲気だ。
もしかしなくても、テロに巻き込まれた際に責任を取らせるためだけに俺を任官したのかもしれない。誰でも良かったんだ、きっと。使い捨ての民間の警備員に、死人が出た際の責任を全部ひっ被せるつもりってのが政府の目論見だろう。ってことは、前途ある警官や自衛官は、二年後に実績だけ攫うつもりで来るのか。知名度の低い国なんだし、書類で最後に名前が載ってればそいつの成果ってね。
もし、大きな事故や事件が起きれば、俺が大法螺吹いて在外公館警備対策官に応募してきたとか言うことにして、チェック体制の不備とかありきたりの言い訳を政府広報が流す。そのついでに俺の個人情報も漏らされ、昼夜を問わないマスコミの攻勢で精神をすり減らさせ、最後は自殺させるとか。
ハハン。
あーあ、ったく、これだから政治家とか役人の仕事は嫌いなんだよな。いつだって、合法だから、違法じゃないから、そんな理由でクソなルールがまかり通ってる。あとは、忘れたので、自分に責任は無い、とかな。
自棄になって、適当に書類にサインだけして送り返すだけの作業と割り切り、この国の軍隊と近くの大使館の警備員がうろついているのを良いことに、残業無しで領事館への移動の日までを無為に、自堕落に過ごした。
田舎へ行く前のちょっとした贅沢として、首都で評判のスペイン料理店に入り浸ったり、タンザニアのコーヒー豆――キリマンジャロが安かったので毎朝それを濃く贅沢に淹れて眠気覚まししたり、昼休みもきちんと一時間とって大道芸を見物しながらオープンカフェで昼食したり……。
まあ、外交団が男ばっかりなせいもあるが――医務官は、大使館の一室に引き篭もっていることが多く、基本的に、事務所には男しかいなかった――、風俗店……ってか、まあ、売春宿だが、そんな場所での無防備な武勇伝を何人かの若い外交官が語るような距離感になった頃。
領事館への移動が始まった。
総領事と俺、それに医務官の女――少し不思議な話だが、トカゲっぽい顔の男の方の医務官が大使館に残るようだった。治安レベルで言えば、普通は逆な気もするが――、総領事と書記が一人、この四名が常駐。ただ、今回は領事館の開館に伴うスピーチがあるので、大使とその付き人として現地雇いの通訳がひとりと、更に語学が堪能だという大使館員がひとりの計三名が増え、合計で七名――内、外交団からは六名――での移動になった、
首都からの移動は、アフリカ連合の専門技術委員会等が乗る車列の後に続く形で、防弾防爆の高級車一台に押し込められ――とはいえ、フクションの世界でしか見ないようなあの長い車なので、窮屈ではなかったが――、片道四時間の旅が始まった。
先導するのは、国軍の装甲車だそうだ。装甲車二台が先導し、トラックの荷台に重機関銃を搭載したガントラック三台が側面を守り、最後尾には再び装甲車だ。
……俺、ほんとに居る意味あるのかね?
こういうのを見ると、日本も、もう少し法整備をしっかりとして欲しいと思う。
自衛隊も装備はあるんだし、戦車まで行かなくても、銃器を据え付けたジープ程度は派遣して欲しいものだ。大使館や領事館の敷地は、その国の権力の及ばない不可侵な土地である以上、警備もしっかりとするべきだと思うんだし。
もっとも、接受国の側でも公館をしっかりと警備する義務はあるので、非常識な国以外ではデモ隊が投石したりなんだりって事態はありえないんだが、な。
特に、政情がまだ安定しているとは言い難いこういう国に来る際には、抑止のために充分な武力を示す必要もあると感じる。まあ、国際的な視点も常識も持ち合わせていない政治家や官僚の仕事だから、期待はしていないし。そんなだから、いつまでも自衛隊の位置付けがグレーゾーンで足踏みしてるだけだろうけどよ。
狙撃に対する警戒なのか、車列は運転手が交代するのに一度止まっただけで、その際にしても俺達は外へは出ずに、昼食も車内で済ませ、予定通り現地時刻十四時に、問題も無く車列は会場のホテルへと到着した。
そのまま部屋で二時間休憩し、十六時から二十時まで開館式、親睦会の順で繰り広げられる。
呼んでいる人数のためか、今日は領事館には入らずにこちらで一泊し、明朝に領事館に入るらしい。
……横田辺りのワガママだろうな。実際に領事館のある町ではなく、ひとつ隣の大きな町で開館式をするのは。ってか、それならこっちに領事館おけよって話しだ。町の規模もこっちの方がでかいらしいんだし。
ホテルの警備状況を確認しがてら、人の動きを観察すれば、意外と白人が多いことに驚いた。アフリカの国々は、その歴史と独立の経緯から白人を追い出す傾向が強かったんだが……。
ああ、違うか。ここは、鉱山からの人の流れがあるからか。アメリカは自国以外を信用しない傾向が強いし、鉱山技師や警備員を本土から派遣しているんだろうな。多分、アメリカ資本というだけではなく、アメリカ企業も一枚噛んでるってことなんだろう。不景気だし。
そして、実際に開館式が始まると――あまりの状況に笑ってしまった。
会場には白人が目立ち――警備や給仕を除けば、七割方白人だな――、現地との協力を謳っている割には、はっきりと搾取の構造が見て取れる。当たり前といえばそうだが、金のあるヤツとか、権力のあるヤツを優先するってことか。
黒人の出席者は、アフリカ連合から派遣されてきている連中を除けば、十名ぐらいだろう。多分、地元の権力者だろうな。身なりが、町で見かけるのとは明らかに違っている。
アフリカ連合への面通しは、保険、だよな。この国で紛争や民族問題が起こった場合、迅速に軍事作戦を展開してもらうための。
スピーチは……内容はおそらく書記の役職名で連れて来た連中が書いたものだろうが、良く聞く話としか言えない。持続可能な開発や、現地での経済効果とか、文化交流とか。卒論、コピペで仕上げたようなやつが書いた演説だ。
しかも、良い年したオッサンの癖に、つっかえながらの英語が、またみすぼらしさを抜群に醸し出している。
下手糞なスピーチを鼻で笑いつつも、仕事は仕事と割り切って、横田の左斜め後ろで、スーツの前を止めずに、腰の拳銃をいつでの抜ける状態――ただし、会場の印象も鑑みて、銃は服の隙間から見えないように隠している――にして、会場の人の動きに注意を払う。急に鋭い動きをするようなヤツや、荷物からなにかを取り出そうとするのには特に注意だ。
ただ、俺以上に周囲を警戒している警備兵――短機関銃装備――がいるので、それも不要な気がしないでもないが。
会場を注視してみる。
まず、記者は少ないな。まあ、有名でもない小国で、先進国のお茶の間の賞味数分の感傷を買えるような悲劇も無く独立したんじゃ注目は薄いか。日本としても、大企業が投資している事業も無いんじゃ、広告産業の下請けの大手メディアも足を伸ばさないし。
と、不意に、横田が俺の肩に手を乗せ――。
ん?
ああ、ビデオ映像が流れるのか。護衛の仕事を請けている以上、離れるのもどうかと思ったが、本人が良いと言っている上、背後の白壁にプロジェクターでなにかを映す都合上、俺が居ると邪魔になるって事なんだろう。
……事前に提出されたスピーチの計画に、載っていなかったはずだがな、プロジェクターの使用は。このクソめ。直前に決めるにしても、ひとこと言っとけよ。
横田の側から離れるとすぐ、会場の証明が薄暗くなり――事前にチェックしているとはいえ、ペンでもフォークでも凶器になるんだがな――、横田が嬉々として、日本語で喋り始めた。
もう英語は無理なんだろうな。色々な意味で。
司会者が通訳とマイクを変わり、流暢になった分、内容が雑になったスピーチが、予定の十分を超えて続けられている。
スクリーンに映りこみながら、身振り手振りを交えて喋る中年は、なんだか、痛過ぎる。
あいつ、絶対SNSで変な調子こいた記事投稿するよ。賭けても良い。喋るの好きそうだもんなー、あの小役人。中年って、特にそういう説教臭いって言うか、なんか口動かしてないと落ち着かないようなところがあって嫌いだ。
手持ち無沙汰だったので、壁際で兵士の列に混じると、仲間だと思われたのか――はたまた、追い出されたように受け取られ、同情されたのかもしれないが――、笑顔で右手を差し出された。
握手で応じ、壁に寄りかからずに、爪先に重心を掛け、一応最低限の警戒をしていると……。
「エルケフェレーモ エン ェネクーネシャス――」
あの喋っている方は、と、不意にアラビア語で――多分、俺が理解できるか出来ないか量りかねたんだと思うが、わざとゆっくりとした喋り方だ――話しかけられ、うん? と、小首を傾げながらそちらに向き直る。
アフリカ連合から派遣されている兵士じゃない。この国の国軍の服装をしている兵士だ。縮毛短髪の、同い年ぐらいの黒人男性。すらっとした体型で手足が長い。
視線の先には、ウチのバカ大使が、悦に入った顔でスピーチをし続けている。まだまだ終わりそうに無い。
それから? と、視線で促すと、こちらがアラビア語を理解しているとはっきりと認識したのか『アフリカが、いつか日本になるとおもっているんでしょうかね』と、アラビア語で続けた。
正面から見つめあい――ふふん、と、思わず鼻で笑ってしまった。
訝しげな視線に、ゆっくりと首を横に振り――『失礼。侮辱したわけではなく、自国代表の件での自嘲です』と、こちらからも確認の意味で、英語で答えた。
鷹揚に頷いている国軍兵士。成程ね。英語もアラビア語も――いや、おそらくはこの国の田舎でよく話されているスワヒリ語も網羅しているんだろう。流石に日本語までは通じないとは思うが……、まあ、油断しないに越したことは無いか。
軍隊のシステムには詳しくないが、襟章の形や周囲の兵士との関係性を見るに、大尉――ここを警備している部隊の隊長ってところか。
二重だが、実戦経験があるのか、どこか冴えた鋭さのある視線をしていた。
ともかくも、相手に合わせるように以後はアラビア語で喋ることに決めた。
「近代化、のお題目は聞き飽きましたか?」
訊ねると、どちらとも取れるような曖昧な笑みを浮かべた後、国軍兵士の隊長は答えた。
「結局、欧米は幾度と無く擦り寄ってきましたが、アフリカに残ったのは、貧困と民族主義と紛争ですから」
「国家として行き詰まってしまったとお考えで?」
「……いえ。そうした、リセットと再建のプロセスそのもの失敗に既に気付いておりますから」
確かに、マッチポンプというのは日本における造語ではあるが、それがぴったりと合うような――そう、歴史に由来を求めるなら、古代ギリシアに端を発した欧州文明の典型のような、力で押さえつけた後で、じっくりと奴隷化する構図は、変わっていない。
植民地、という明らかで大きなシステムから、企業と資本主義と競争原理というシステムの中に、上手く隠されているだけだ。階級的差別と、経済格差は消えていない。
「子供に医療と、教育と、食料を公平に行き渡らせることが第一段階でしょうね。資源を自らが運用し、詐欺師に掠め取られなくするためには」
もっとも、それを安易に行えないように、援助される資金が紐付けされていたり、責任者は欧州で欧米人として生活させたアフリカ人を派遣したりしているんだし、楽な道ではないだろうけどな。
国軍兵士も、それが分かっているのか、どこか疲れたような笑みで返してきた。
「しかし、それの実施のための資金不足」
軽く肩を竦めて応じる。
学校は建てれば終わりじゃない。教育を受けても、社会システムがそれを生かせなければ意味も無い。日本でだって、大学までで学んだことが、そのまま会社での仕事の内容ってわけじゃないんだし、当たり前の話だろう。
一足飛びには変われない。
ただ、緩やかな一歩は、それを快く思わない連中に邪魔をされる。それが、現代の世界のシステムの縮図だった。
「今回の大使館、領事館の設置が政治的な理由だとしても、日本には期待しているんですよ」
どういった意味合いでの期待かまでは推察できなかったが……いや、清濁併せ呑むようなモノだろうな。
表面的には、日本は欧米へ倣えの姿勢ではある。
しかし、PKOに関する噂は、かなり好意的に受け取られている場合が多い。開発援助にしても、初期はメンテナンス出来ないような機械を送ることが多かったようだが、現在は現地に適合した形のシステムを提供できるようになっている。
第二次大戦中に敵国に言われた言葉だっけな。兵士は優秀だが、指揮官はクズしかいないって表現は。
まあ、現代日本もそうなんだけどな。
政治家と官僚はカスしかいなくて、国民は極めて優秀。東日本大震災でも、それを如実に内外に示す形になった。
政治手腕には期待しないが、民間交流からの中産階級の増加を期待しているってことじゃないかな。
「最大限利用してくれ。俺の面倒にならない範囲で」
国軍兵士の隊長は、真意を量りかねているのか、曖昧な表情で俺を見詰め続けていた。ので、補足した。
「誘拐して――、現地のならず者の誘拐を見逃して、一度の身代金で退去されても、持続可能な発展には繋がらないだろ?」
なるほど、と、得心がいった顔になったので更に俺は続ける。
「日本の上の連中はバカだ。飴と鞭を使い分ければ、色々と掠め取れるぞ」
「あなたとなら、現場レベルでのお話が出来そうですね」
そうかもな、と、笑顔で応じ――。
俺は、伸ばされた手を取り、隊長と固く握手をした。




