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第十二章 告白

 日常が戻ってくると、退屈――とはでは言わないものの、基本、ルーチンの毎日に慣れてしまった。

 週に二日、鉱山で、民間軍事請負企業や海兵隊との合同訓練。それ以外は、領事館での入館管理。寝る前に充電コードを背中に接続するのと、昼に一度の薬の服用はあるものの、人工腎臓のカラムの交換頻度も落ち着いたし、データも一通りは集まったからか、医務官に呼び出される機会も減った。

 ああ、あと、身体の状態が安定したから、飲酒と喫煙が全面的に――以前は、医務官同席時のみ可という、ほぼ不可というのを言い換えただけのような制限がついていた――解禁されたので、仕事上がりに部屋飲みするようになったぐらいか。町は、まだ充分に復旧しているとは言い難く、充分な衛生が担保されてるとはお世辞にも言えないので、酒場へは行っていない。

 領事館員は、俺とは務めて関わらないようにしているのか、たまに視界に入る程度。あの防衛戦以降、挨拶を交わすことも無くなった。

 感謝されると思っていたわけじゃないが……。いや、まあ、そのぐらいの方が丁度良いか。金の切れ目が縁の切れ目ってね。もし、次なにかあれば、見捨てよう。

 信用しているわけじゃないけど、俺に利用価値がある限りは、中佐が後ろ盾になってくれるだろうし。つか、逆に、話の通じない外交団を切って、本格的に鞍替えするのもも悪くないのかもな。英語ぐらいなら不自由しないし、今、ここに居ることを鑑みれば、徴兵も別に苦じゃないしな。


 日没とほぼ同時に業務を終え、領事館内の売店でビールとつまみを買って部屋に戻る。

 あれから、もうひと月が経つが、中佐からの連絡は無い。

 アイツ、単にMIA――作戦行動中行方不明――ってだけなのかな。まあ、もしそうだとしたら、もう生きてはいないんだろうけど……。

 どうにも、なんか、すっきりしないって言うか……サイボーグになったらなったで、そこまで劇的になにかが変わるわけでも、矢継ぎ早に事件が起きるわけでもないらしい。

 まあ、人生そのものが断片的なストーリーの集合体みたいなものなんだし、このままダラダラして、任期切れ。メンテでたまに医務官の世話になる余生、なんてのが現実かな。

 気持ちにしろ、出来事にしろ、現実には明確な始点も終点も無い。


 ……いや、はは、酒飲んで人生語るなんて、どこのオヤジだって話だな。もともと人と接するのも、語り合うのも好きじゃないが、他に娯楽が無い生活していると、どうにも食と哲学に走りがちでいけない。

 日本で売られているものよりも、味も癖も濃いスルメを齧りながら、半端に残った二缶目を飲み干す。

 前回の戦闘後、未だにこの辺りでのテレビ放送は復旧していない。が、衛星波を使ってネットには繋げているので、適当にバカな動画でも見ながら酩酊感を得るまでは飲もうと――。

「ん? ああ、ふぇ~あ、なんだ?」

 三缶目のビールのプルタブに手をかけた所、ガチャガチャとドアを弄る音が聞こえて来た。

 顔を向ければ、元々備え付けられていた鍵は開いているが――帰宅と同時に施錠していたはずなのに――、あの戦闘に際して篭城した際にと、追加でつけていた鍵が引っ掛かり、無言で部屋に入ろうとしたヤツがテンパってノブを弄ってるらしい。

 泥棒、でもないな。

 わざわざ人の気配が濃厚な部屋に盗みに入るとか、バカ過ぎる。多分――。


 ドアを開けると、思った通り、医務官が居た。

 ん?

 軽い違和感を覚え、もう一度見直すと、パジャマ姿の医務官が居た。子供っぽい感じの、ライトグリーンのだぼっとしたパジャマだ。無いとまでは言わないが、お世辞にも歳相応とはいえない胸だから、そういう服も似合って無くはないんだが……。若作りし過ぎじゃないか?

 狙ってやっているのか、ジョークなのか……、多分、前者プラス天然なんだろうが、中々にイタイ姿を見せ付けられ、初動が一拍遅れた。


「検査か? メンテか? ……ああ、延び延びになってた背中の改良品が来たのか」

 部屋に入ろうとしている医務官の前に立ちはだかり、矢継ぎ早に質問してみるが、医務官は俺とドアの隙間を探しながら首をフルフルと横に振った。

「なんの用事だ?」

「用事って言うか……」

「ん?」

 不満そうな顔で言いよどんだ医務官。

 その視線の先を追って――。

「晩酌にでも付き合って欲しいのか?」

 テーブルの上に視線を向けた後、皮肉に口を歪めてそんな風にからかった。

 んだが、医務官は、なぜか知らないが、こんな時だけ、コクリと、素直に頷きあがった。

 ……え? まじ? 冗談で言ったんだけどな。

 まあ、ひと月前までは、寝ても覚めても顔を突き合わせていたんだから、飲み明かすぐらい、そんなに嫌でもないし、間違いも起こらないだろうけど。

 それにしたって、理由が分からないのは、なんか嫌なんだけどな。わざわざこんな時間に俺の所に――。

 ……もしかして、怖いのか? ホラーの映画かなにか観たとか。後は、時間がたってようやくあの戦闘の恐怖がじわじわとこみ上げてきたとか。

 ううん、あんまり、そんな繊細な性質には見えないんだけどな、この女。切った張ったで、グロいの平気だし。

 しかし、今更俺に危害を加える理由はないか。


 口は災いの元とはよく言ったものだと、頭を掻いて身体を横にずらすと、相変わらずの猫背で、ペタペタと他人の部屋に無遠慮にあがりこんでいく医務官。

 溜息でその背中を見送り、鍵を掛けなおすと――。

 露骨に医務官が肩をビクつかせ、振り返ってきた。

「……アンタな」

「なんだ!?」

 裏返った声に、呆れながら返事をする。

「二人っきりの状況で、貞操の危機を感じるなら、こんな時間に来るなよ。オフだぞ? 俺は、今」

「煩い。医者のいうことは、聞け」

「どんな拡大解釈だ!」

 ツッコミながら、テーブルに戻り……つか、なぜか医務官がさっきまで俺が座っていた椅子に座ってあがるので、窓際から別の椅子を持ってきて座る。


 ああ、まあ、一応、自分の食う物と飲む物ぐらいは持ってきてるんだな。と、俺が椅子を持ってくる間に医務官がテーブルに載せた、なんか見覚えのある壜ビールと、ツナ缶を――そうだ、そういえば、この国に来る前にも医務官と食事して飲んだことがあったっけ。その時に、チョイスした酒と缶詰だ。

 一途というか……、まあ、あんまり知らないものには手を出しにくかったんだろうな、と、自活能力の無さそうな医務官の様子を窺えば……。

 くぴ、と、空けた壜ビールに軽く口をつけた医務官は、そのままググーッと一気に――って、待て!

「おい! バカか? お前、酒の飲み方ぐらい考えろよ」

 そりゃ、確かに、経由地ではグラス出すのも面倒だったので、そんな風に飲んだし飲ませたが、一緒に飲んだ二回が二回とも、早い段階で寝オチしあがったことを考えれば――、いや、それ以前に、一気飲みが身体に悪いって分かるよな? 医者なんだから!

 壜を取り上げるが、既に空だった。

「……酔った」

「お前、もう、帰れ」

 当たり前の事を呟く医務官に、ドアを指差して命じるが、普通に無視されただけに終わったので――舌打ちして、コップに水を汲んできて、医務官の目の前に置いた。

 ほんと、なにしに来たんだよ、コイツ。


 自己申告では、晩酌に来たらしいのに、なんか、開会と同時に撃沈されてる医務官。

 ネットで動画見るわけにも行かず、綺麗では無いねえちゃんを肴に、頬杖付いてビールを自分のペースで飲んでいると……。

「その……お約束だろう」

「いや、なにが?」

 他人の部屋に上がると同時に一気飲みするのは、間違いなくお約束ではないことはわかるが、なら、なにをお約束といっているのか分からなかったので、半笑いで訊き返した。

「私みたいな、その、色恋沙汰に興味が無いままに大人になった女は、たいてい、助けてくれた男にあっさりとなびくのだ。チョロインというやつなのだ。ちょろい、ひろいん」

 わーお、自分で自分をヒロインか。鏡見て来い……。

 って、んん?

 なんか、おかしいこと言わなかったか、コイツ?

「え? お前、感謝してたの?」

 俺は、手順を守り、まずは、軽いジャブを仕掛けてみた。

「した! だから、頑張って助けたんだぞ? なんで今まで分からない!」

 が、なぜか激昂された。

 意味がわかんねえよ。

「分かる方がおかしいだろ。礼も言われず、いっつもムスッとした顔で、時々嬉しそうな顔してると思えば、オレの交換部品弄ってるんだから」

「取り消せ誰がむっつりすけべだ!」

 ガーッと、どこかうつろな視線で俺の襟首に手を掛けた医務官。

「そこまで言ってねえ! つか、お前、酔ってんだろ!?」

「酔ってるよ! 飲んでんだから! そもそも、アレだって、なぁ! 彼シャツをギュッとする女子みたいなもの、なんだ」

「どんな大胆な発想の変換だ!」

「ああ、もう! 生まれて初めての告白を、こんなに茶化したんだからな! そ、その……責任問題だ! 責任とって、付き合え!」

 そう、そこだ、最大の問題は。

 さっき『助けてくれた男にあっさりとなびく』と、どっか調子こいた顔で言ってあがったが、空耳でも、天然が炸裂したわけでもなかったらしい。だがしかし――。

「告白!?」

 やっぱり、驚きは隠せない。

「そうだよ!」

 俺の驚きを他所に、医務官が畳み掛けてくる。ってか、ちょっと待てよ。色々、おかしいから。

「いつ好きって言った?」

「流れで察しろ! スパイ映画では、たいてい、その、なぁ! ヤっちゃう流れだろ! 最初に食事した時だって、わざと隙を――!」

「俺は警備員だ」

 流れが察せ無いので、きちんと言い返してみるが、理不尽に不満を倍返しされた。

「ああ言えばこういう!」

「お前がな!」

 なんか、凄い顔で迫ってる医務官と暫くにらみ合うが――。医務官にしては珍しく大声でたくさん喋ったからか――いつもは、不景気な顔と声で、ぶつ切りの会話しかしない女だ――、息をはあはあさせ、俺の襟首を掴んでいた手を離し、崩れ落ちるように椅子に腰掛け……。

 騒ぎ疲れたのか――まあ、体力が無いんだし、そもそも長時間全力で暴れるのは鍛えている人間でも難しいし――、って、俺も酔ってるな。今、それはどうでも良い知識だ。

 最終的に、医務官はテーブルに突っ伏して大人しくなった。


「で、どうなんだ?」

 へばってはいても、質問をやめる気はないのか、顔だけを横にして追求してくる医務官。

 随分としつこいな。こっちの出方を窺うとか、そういう選択肢も――出て来てないよな、きっと、医務官の頭の中には。

「なにが?」

「断るなら、断れば良いじゃないか。嫌いなら、そう言えよう」

「いやぁ、誰もそこまでは言ってないって言うか」

 そこで引かれると、なんとなく野性の本能で追っかけたくなるっつーか。

 こう、押すなら押し切って欲しいっつーか。最初の段階で強引にくるのなら、もうすこし頑張って押し切って欲しかったっつーか。

 ああ、もう、ほんっとコミュ障だな、コイツ。

 対人関係のアクセルとブレーキの使い方が、なってないにも程がある。

「なんだ、私のなにが気に食わない? 顔か? 整形できるぞ?」

 こう、上手くお互いのギアが噛み合っていないんだが、いまひとつそれに気付いてくれてはいないらしく、また思考が飛躍した医務官に、一回りも二回りも歳が下の子供を宥めるように答える俺。

「そのままで良い。前にブスとか言ったのは悪かった、反省している」

 と、言った後で気付いたんだが……。あれ? その感想は、口には出してなかったんだっけな? ちょっと記憶が曖昧だ。


 が、出てしまった言葉は、再び飲み込めるものでもなく、思いっきり睨んでくる視線を、ビールをあおって誤魔化した。

「背丈か? 義体の技術を使えば、足の長い八頭身になれるし、胸だって平均的から、一気にわがままぼでぃだぞ?」

 それは……、まあ、その、ううん。魅力的な提案なのかもしれないが……。

「いや、俺が言ったからって、そういう改造されると、なんか、感じ悪いじゃんか」

 明日、いきなりワガママボディの美人に医務官がなっていたら、なんか、引くと思う。……今以上に。

「じゃあどーしろっていうんだ!」

 議論がだれてきたのに苛立ったのか、医務官がグーでテーブルを叩いた。

「……そのままのお前で惚れさせろよ」

 理不尽だと思いつつ……、それなりに勇気のいる、臭い台詞で返したんだが、どうもそういう言葉には萌えない――燃えない? ――性質だったらしく、また答えにくい質問で追及されてしまった。

「じゃあ、お前は……! 今日に至るまで、一度ぐらいは私に、その、くらっと来たことがあるのか?」

「いやぁ、それは……その」

 無いけど……。

 てか、今も、大人の女と飲んでるっていうか、娘とか歳の離れた妹と飲んでいるような――もっとも、俺には、娘はおろか、妹さえもいないが――、父性が前に出てしまうんだよな。恋愛対象ってよりか。

「じゃあ、そういうことなんだろ、ばかぁ」

 ビールをまた一気飲みしようとしあがったので、取り上げ、水を渡す。

 医務官は、どっちでも良かったのか、怒らずに素直に水を飲み干した。


 タン、と、裁判官の槌のようにコップを置いた医務官。その最終弁論を求める視線に――。

「困った」

「困ってるのは、私だ」

 正直に呟けば、居眠りする学生がするみたいな仕草で、テーブルに突っ伏して顔を隠した医務官が、くぐもった声で答えてきた。

「冷静になれ」

「冷静な人間が、告白なんて出来るか」

 なるほど、一理ある。


 はははは、と、乾いた笑いで場を繋いでみるが……。

「え? 今の、すぐで、返事しないとダメなのか、俺?」

 医務官の無言の圧力に負け、一番訊きたくない質問をすることにした。

「当然だろ。明日になったら、その、なんか、気まずいし……そのまま、引き伸ばされて、はぐらかされたりしそうだろ」

 なんとなく照れがあるのかもしれない。凄い今更だけど。

 医務官の耳が赤いし。

 いや、それは、アルコールのせいか?

 ッチ、ええい、分かりやすいようで分かり難過ぎだろ、この女。つっぷしてんの、単に酒で腹具合が悪くなっただけとか言うんじゃねーぞ、くそう。


「はぁ~あ。アンタ、ほんとに俺で良いわけ?」

 これみよがしに溜息を吐いて見せ、医務官の顔を――ちょっと迷ったが、好きって言ってる以上、いいか、と、頬に両手を添えて上げさせる。

 いつも通りの、隈の目立つ、不景気な顔だ。

 惚れ……惚れ、られる、か?

「そう言ってる!」

 鼻息を荒く言い返してくる医務官。

「なんで?」

 いつどこでどのように惚れられたのか、全く理解出来なかったので、率直に訊いてみたんだが、逆ギレされた。

「知らないよ! ストライクだったんだから!」

 困ったな、どうしよう。

 つか、なにがストライクだったんだろう? 内臓か? 骨か? 筋肉か? 流石に血液とかは言わないと思うが……いや、わかんねーんだよな、この女だから。

「なんだ、黙るな、なにか言え、言いながら考えろ!」

 参った……。

 不安なのは分からなくもないが、そこまで食い下がるタイプだったとは……。

「いや、俺、なんつーか、色欲に溺れるタイプじゃないんだよな。人肌恋しいとかも、特に無いし」

「なぜだ?」

 理系っぽく凛々しく返され……返答に更に困った。

「いや、そこは~。個々人の性質としか」

「てか、じゃあ、ヤったことはあるんだな?」

 中々に答えにくいことを訊いてきあがるな、この女。

 しかも、凄い顔で。

「高校卒業したタイミングで、大学別になった彼女と、春休みに」

 誤解……ってか、なにが誤解なのかアレだけど、変に解釈されないように、正直に答える。

「その後は!?」

「向こうが、大学で好きな人出来てお仕舞い」

 ふん、と、鼻で笑ったのか、鼻息を荒くしたのか、俺の申告を吹き飛ばした医務官は、尚も訊き続けてきあがった。

「その後は?」

「ねーよ。元カノとはそれきりだ」

 しつこい、と、軽く医務官の額を小突く。

「未練が?」

「いや、なんか、結局、初の彼女で浮かれていた春休み以降、そこまで熱くなれなかったって言うか……」

「傷心を引き摺ってるのか?」

 表情を若干センチにしながら、ナノ単位でこちらに配慮して……でも、やっぱり素直に訊いてきた医務官。

 てか、今日は質問されてばっかりだな。

 引き摺ってるって、わけじゃないんだがな……。

 鼻から溜息を逃がし――。

「大学で、いかにも遊んでそーな女がもててるの見て……」

「見て?」

 地味っていうか、御淑やかだけど可愛い子って、二次元にしか存在しないんだよな。

 現実にいるのって、どうも軽そうって言うか、割とあっさり他に好きな人が出来たとか……いや、うん、まあ、仕事上、そういう話も、その、実体験以外でも聞いてるし。最初の失恋のショックってか、トラウマを引き摺ってるわけでなく。

 それに、身持ちの堅そうな女子も、計算もあっての可愛さ=あざとさ、みたいな子だし。

 素直に女に騙されられなくなってるんだよな、俺って。

「前の男が、どんなやつで、その女がなに保菌してるか分かったもんじゃないんだし、リスクを負ってまで手を出さなくて良いかなと」

 ブハ、と、医務官が噴出し――。

「予想外の台詞だが、変に紳士ぶる言葉よりも説得力を感じた。なるほど、お前を、適度に身持ちが堅い男と認めよう」

 威張りながら、……いや、冗談じゃなく、視線を少し柔らかくして、本当に認めた様子で言ってきた。

「それは、どーも」

 ありがたいのかどうなのか、微妙なラインだが。

「で?」

 ッチ、誤魔化されないか。

 本当に酔ってるのか、この女? 酔った演技で絡んでるんじゃないだろうな。

「んーむ」

「なに悩んでるんだ、もう、そういう話じゃないだろ! 断るフラグは、回避済みのタイミングだろ、今は!」

 それは流石に分かるんだ……、空気読めな過ぎる医務官でも。

 まあ、確かに、流されても良いかな、って気にはなってきている、けど……。

「いやぁ、まあ、断る気は無いんだが、んんむ。俺、アンタの事、好きなのかなぁ?」

「なんで、それを私に訊くんだ!」

 怒られた。そりゃそうか。

「どうしよう」

「お前、なんで最後にへたれるんだよ!」

「草食系だから」

「残念な男だと思われるから、そんなことは私以外に言うなよ」

 いつかの年齢の話と逆になったな、と、思ったら、同じ事を考えているような顔をしていて――。


 ふは、と、噴出すと同時に、緊張の糸が切れた。


 俺と同じぐらい悪趣味な男はそんな簡単に出てこないだろうし、手間は掛かりそうな子だけど悪いヤツでもない……と、思うし、不器用な部分は、まあ、嘘が下手そうでちょっと安心もできるし……。

「アンタでいいや」

「紬さまが良いと、言え」

 紬? と、一瞬首を傾げてしまったが、ああ、そういえば下の名前は紬だったかと思い直し――。

「白倉で良い」

 紬って感じじゃなかったので、慣れるまではちょっと不健康に白い容姿を連想しやすい、苗字で呼ぶことにした。

「『が』だ」

 やっぱり、こいつ、ちょっとしつこいな。

 まあ、いいけどな。

 俺の方が、実年齢は大人らしいし。精神的にも、掛け値なしで。

「白倉がいい」

 うむ、と、医務官――もとい恋人の白倉が頷き……。

「私のどこが好きだ?」

 恋人っぽい甘い空気も出来上がっていないのに、そんなことを訊いてきあがった。

「どんな話のループする気だよ! さっきまでの流れ、ガン無視か!」


 先行きは不安だが……、まあ、なんとかなるだろう。

 そう思わなければやっていけない、気がする。


 取り合えず、俺もがっつり酔ってしまえと、白倉が持ってきた壜のビールにも手を出す。蓋を親指で弾いて飛ばし、白倉の真似ではないが、三分の一ほどを胃に流し込むと……。

 不意に袖を引かれた。

「でも、ちょっとぐらいは、魅力を感じる瞬間もあっただろ?」

 …………。

「まあ、今のその顔は、一ミリぐらいハートにかすった」

「後々、お前は、きっと私に感謝するからな。告白してくれて、ありがと、う、って――」

 答えを引き出すまでは、と、気を張っていたんだろう。テーブルに身を乗り出して、くたっとした医務官。

 なんとも締まらない寝落ちだが……。


 寝顔は、まあ、無垢だから、可愛いと言わないわけでも無い、かも。

 これはこれで、なにかしろという無言の意思表示なのかな、と、思いはしたが、なにかするならしらふの時にしてやろうと思い直し……、この国に来る前、初めて夕食を一緒することになった日と同じように、白倉を抱えてベッドへと押し込んだ。

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