第十一章 演習
「ムダだったな」
と、休憩時間にテントで二人きりになったところで、医務官が唐突に呟いた。五割ぐらいの確率でシカとされるのは分かっていたが、医務官はどんな場合でもこちらが無視すれば拗ねる困った性格の持ち主なので、一応は「なにが?」と、訊き返してみる俺。
俺としては、合同訓練は非常に有意義で、順調に進んでいる。前回は、レンバードからさわりだけ戦術指導されただけで、銃の事とか軽くネットで調べた後は、いきなり実戦だったし。
もっとも、医務官は俺達用にと準備されたテントでだらしなく横になっていたり、訓練に参加しないお偉いさんの隣で、行儀悪く椅子に膝を抱えて座って見物していたりするだけなので、暇といえばそうなのかもしれないが。
長椅子に寝そべっていた医務官は、今は答える気分だったのか、脚をパタパタさせているのを止め、ころんと……不精したまま仰向けに寝転がって顔をこっちに向けてきた。
「金曜土曜と首都に行かされたが、あれはムダだった。そもそも、中佐もお前を見物しに今日の演習に出てるんだから――」
ああ、またそっちの話か、と、俺は呆れを隠さずに目を細めて見詰めれば、医務官から返って来たのは、どこか挑発的な視線だった。
この数日、珍しく医務官が饒舌なのは、やっぱアレだろう。
ヘリが、物凄く気に入らなかったんだと思う。
先だって金曜に、保護者同伴――もとい、医務官と一緒に首都へと向かったが、これに関してはベーカー中尉が気を回してくれたのか、それともジョンソン中佐の方で計画の重要人物と試験の成功例一号の俺のロストを避けたかったのか、軍用ヘリ三機での送迎となったため、早くて安全だった。
ものの、ヘリの振動と騒音は慣れない身にはきつかったし――俺よりも、むしろ医務官の方がいつも以上に不機嫌になってしまった――、それに、軍用のヘリだからか、わりかしあちこちに隙間が開いていて、下や外が見えてしまうのが、なんか怖かったし。
ついでに言うなら、報告はきちんとしている、の医務官の言の通り、ジョンソン中佐との面会も、ぶっちゃけ中身のない、挨拶とご機嫌取りだけで終わってしまった形だ。
俺の経歴に関して突っ込んだ内容も質問されなかったし、向こうからなにか新しい事実を説明されもしなかった。
ああ、アフリカ連合とこの国の国軍が、今回襲撃してきたゲリラについて調査中って話ぐらいだが。それも、なあ。当たり前といえば当たり前の状況だし、ゲリラの組織の規模や本拠地がまだ不明らしいので、正直、今聞いても仕方ない話ではあった。
被害者の総数や被害総額は……、まあ、哀悼の意を表す、ぐらいしか言えない。あくまで数字は数字なんだし、そこに含まれる人命や人生を顧みるには、少し、まだ、この国に対する愛着が足りない。
いや、俺の場合は、それが邦人であっても、かも。
ちょっと、ううん、悪いとは思うけど、興味ない。
軽く嘆息し……。
「そう言うなよ。男は、特に年取った男は――いや、若くてプライドだけ高いのもそうか。きちんと面通ししないと、余計にめんどくさいことになるんだから」
こちらから、しかも、かなり早いタイミングで挨拶に向かったからか、向こうの大使館員のこちらに対する印象は、悪く無さそうだった。
ってか、初めての実戦に参ったのか、横田を筆頭に日本から派遣された外交団が一丸となって俺を讒言するような報告を上げようとする動きを察し、釘を刺してくれたのが――まあ、俺を庇うってよりも、多分に計画を台無しにされたくないって気持ちからではあろうが――ジョンソン中佐だったし。
ったく、誰が味方で敵なんだか、って話だ。無能な味方は、優秀な敵よりアレだって、ね。
「そんなだから、女の方が優秀なんだ」
ブスッとした顔で――まあ、この医務官は、それが平常運転でもあるが――、男の俺を微妙にディスる……って、小学生の男女の喧嘩かよ、コイツ。
「女同士の付き合いも、男以上にアレだろ」
これまでの仕事の経験上、決してフェミニストになれそうにもない俺は、仕事でやり合うことになったヤバ気な女の顔を思い出しつつ、口を~の字にして反論した。
女は女で、妙なしきたりというかルールがあって、その仕返しも陰湿でじっくり攻めるやり口なので立件に持ち込むのがメンドクサイし。ついでに、最近の情勢の変化のおかげで、役職もちの女の男性社員に対するセクハラ・パワハラの相談も無視できない件数寄せられてるって話しだしな。
が、やっぱりというか、なんと言うか、医務官はらしさ爆発の返事を寄越した。
「私に同性の友人は居ない」
ああ、まあ、すげえ分かるけどな。
てか、見たままじゃないか。
「異性の友人はいるのか?」
分かってはいたが、一応からかい半分に訊いてやると、案の上の返事を投げられた。
「ぼっちだ」
軽く肩を竦めて見せるが、医務官は特に気にした様子もなく、むしろ、若干ドヤ顔しているような雰囲気も醸しつつ傲然と言い放った。
「誰にも迷惑を掛けていないだろ?」
「……まあ、そうだな」
はっきり言うなら、コミュニケイションに不慣れな医務官に振り回されてる俺が迷惑してるんだが、正直、それをコイツに理解させられるとは到底思えなかった。
つか、俺の手術もひとりで――機械での補助はあったらしいが――成功させたっぽいし、何気にかなり優秀ではあるのか? それで、天狗になってる――ってわけではないかもしれないが、他人を見下すって言うか、自分中心に喋る傾向が強く、物事をひとりで進めたがるわけで。
ふーむ、と、医務官に対する観察と評価を行っていると……。
「Knock Knock」
テントが布だからか、口でそんなことを言う音が聞こえた。
「はい」
声で分かってはいたが、テントに入ってきたのはベーカー中尉だった。長椅子に寝転がり、寝癖たっぷりのウルフカットを更にぼさぼさにしながら――さっきまで会話していたのを誤魔化すように、タブレットを見ている医務官と、次の訓練のためのボディアーマーを装着し水分補給も済ませ、パイプ椅子に座って待機している俺を見比べ……。
「お邪魔でしたか?」
いや、それは、どういう判断だ?
その台詞は、もっと、こう、くっついてたり親密な空気を出している場合に適応される台詞であって、お互いが好き勝手している現状に対して言うべきではないと思うんだが。
「いえ、全然」
指摘するのもなんかめんどくさくて、にこやかに俺が答えるとベーカー中尉は、どこか苦笑いで予備のパイプ椅子を出して俺の前に座って――こういう場合の、アメリカ人の距離は、近過ぎてちょっと苦手だ――、話し始めた。
「射撃訓練ですけど、銃はどうしますか?」
質問の意図が分からず、小首を傾げる俺。
これまでの講習で、パーツにわけられ、鞄に仕舞われているライフルを組み立てたり、メンテナンスの方法、それに簡単なトラブルの対処方法なんかを学んだので、さっきの銃を使うものだとばっかり思っていたんだが?
間が開いたことで、ベーカー中尉の方も、こちらに上手く質問の意図が伝わっていないことに気付いたのか、少し訊き方を変えてきた。
「銃はお持ちですか?」
ああ、俺が自前の銃器を持ってると思ってたのか。まあ、こういう仕事だし、本来はアサルトライフルとかも持ってた方が良かったんだとは思うが……。
この国に入る前に買った、リボルバーをテーブルに乗せる。
「拝見しても?」
頷くと同時にベーカー中尉は銃の外観を検め、次にブレイクオープンしてシリンダーを確認していたようだったが……。
「珍しいですね」
「はい?」
しげしげとハンマーやグリップを見ながら呟くので、つい訊き返してしまったが、ベーカー中尉は、本当に珍しいといった顔で説明してくれた。
「中折れ式のは、最近あまり目にしないんですよ。構造の堅牢さでは固定式に分がありますし、装填速度は振り出し式もそう変わらないですから」
……この銃は、悪い意味で、珍しいのか。
まあ、適当に買ったのだしな。
でも、実戦で使った感じ、衝撃が軽くて撃ちやすいし、振り上げてシリンダーを解放した際に空の薬莢が飛び出て次弾装填も楽で、俺としては使いやすかったんだがな。
「ダブルアクションの銃ですけど、ハーフ・コックモードがあり、引き金を引いても反応しない状態でシリンダーを回転させる機能がありますね。ハンマーそのものも、指をかけやすい形状に工夫されていますし。でも、グリップ・セイフティーは無く、グリップはかなり細い。グリップの形状も、通常の物よりも後方に反るような形になってます。なにか理由が?」
なにか理由が、と、訊かれてもな。
つか、ハーフ・コックモードというのも、今始めて知ったし――つか、ハンマーを上げきらずにシリンダーを回転させる機能とか、この銃にあったんだ。もしかして、空砲と実包を撃ちわけるためか? ――、グリップも……まあ、俺は握りやすく照準しやすいように感じるんだが、理由がある改造、なんだろうか?
「銃にあまり詳しくなかったので、たまたま買い求めたのがコレだったというだけで、その」
さすがに、少し恥ずかしい。
呆れられたよな、と、恐る恐るベーカー中尉の様子を窺ってみるが、呆れた顔ではなく、どこか不思議そうな……判断に迷っているような顔で俺を見詰め返していた。
「いきなりで、こちらを選ばれたんですか? 選んだ理由は?」
「……パッと目に付きました」
取り繕いようも無かったので正直に答えるが、ふうむ、と、逆に更にベーカー中尉を悩ませてしまったようだ。
どうしてそんな顔をしているのか、いまひとつ俺としては理由が分からなかったが――、不安を隠さずにベーカー中尉の次の言葉を待っていると「既製品ではないんですよね?」と、確認されてしまった。
頷いて見せる俺。
ベーカー中尉は、ありがとうございます、と、丁寧に俺の拳銃を返し、そのまま続けた。
「一通りの銃器を試してみることにしましょうか。ここは、民間の軍事請負企業の敷地ですし、アメリカ製以外の銃器も一通りは揃っていますから。腕力的には、大口径対物ライフルでも汎用機関銃でも難なく扱えるはずですしね」
「書類上のスペックを過信するのは危険ですよ」
拳銃を腰に仕舞いながら、あんまり重い武器は――銃の重量の意味でも、衝撃の意味でも――御免被りたいな、と、苦笑いで答える。
それに、そもそも記載されているスペックというのは、多分、一番性能が出せる条件下で測定されたものだろうし、そういうメーカー側のスペックは話半分に聞いておかないと、後で苦労する破目になる。
無茶して手足が壊れたら、元も子もないんだし。しかも、侵襲型だから、生身へのダメージも多少は残るだろうからな。
「ご謙遜を。確かにさっきまでの授業は、ウチの兵士達には基礎の基礎だったので特に注意を向けられておりませんでしたが、飲み込みの速さと、要点を抑えた鋭い質問は、普通の初年兵ではまずありませんよ」
褒められているんだとは分かったが、お世辞かもしれないし、まだ、なんとも言えないな。変に最初のハードルを上げてしまって、後で失望されても面倒だ。 勝手に期待しておいて、それにこたえられないからと急に敵対する系統の人間は多いんだから。
では、後ほど、と、言い残してテントを出たベーカー中尉。
医務官は、安定の無関心っていうか……。
「アンタは、護身用に銃とかは持ってないのか?」
俺とベーカー中尉が話している間、長椅子に仰向けに寝転がったまま、白衣の皺を増やしていただけの医務官に訊ねてみる。アメリカ留学から、そのままこのプロジェクトに参加したってことは、身を守る意識はある程度ありそうなものだが……。
医務官は、横になったままでこっちを向き、半目で俺を睨んでから答えた。
「私が、ガンアクション出来るとでも思っているのか?」
……いや、どうなんだろうな。
手術とかしているせいか、筋肉質って言うと語弊があるかもしれないが、割と引き締まっていてそれなりには鍛えていそうな手足だし、出来なくはないと思うんだが。
ふ――む、と、医務官の身体をじっくりと観察してみるが、日頃からサイズの大き過ぎる服を着ているので、身体のラインとかいまひとつ……。
「えっち」
「ぶは?」
医務官が小声で、らしくないことを言いあがったので、動揺して噴いてしまった。
色気を感じさせないのはそっちの癖に、えっちだと? 胸にしたってAかB程度で、看護されてる際に、不意に腕に胸が当たってどっきりなんてテンプレートなことも無かった癖に。
なんのギャグだ?
「なぜ笑った?」
「いや、その、すまん」
悪いと言う自覚はあったので、飛び起きた医務官に素直に謝ったんだが、今度はいつも通りのブスッとした顔ではなく、機嫌が悪いときのブスッとした顔で俺を睨んできた。
あ、扱いづれぇな、この女。
まあ、最初から――初対面の時点で、着の身着のままで面接に来て、俺をガン無視して、手のささくれいじってた――分かっていたけど、治療後に喋らなきゃならない事案が増え、多少なりとも打ち解けた……ってか、雑談程度もするようになったから、最近特にそう感じてしまう。
……脱走してえ。
が、逃げたら、身体がメンテナンスされずに死んじまう。
ああ、もう!
「アイスでも食うか? ほら、今日暑いだろ。お前、長袖の白衣だしさ。ここのクーラーボックスに……」
テンプレすぎる誤魔化し方だが、逆にこの女にはそのぐらいの方が丁度良いのかとも思い、まずは食べ物で釣ってみて、それからも、ご機嫌取りに無駄に気を使って――ようやく、次の訓練が始まる時間になった。
……結局、普段から不景気な面をしている医務官なので、機嫌が直ったのかどうかは、最後まで不明だったが。
射撃訓練をはじめるにあたり、まずは屋内の射撃練習場で、身体に合った武器を選ぶことから始めることになった。
「四十五口径、か」
噂には聞いていたけど、やっぱり米兵好みのモデルなんだろうな。他にも五十口径なんかもあり、ああ、まあ、いくつかは時代の流れなのか現在制式採用されている9mmパラベラム弾のもあったが、俺がこれまで使っていた三十八口径のモデルは無いようだった。つか、リボルバーのは、意識したのか、マグナム弾を使う銃ばっかりだな。もしくは、専用の大口径弾。
まあ、サイボーグ化で腕力がかなり上がっているので、わざわざ口径の小さい銃を用意しても仕方が無いって話なのかもしれないが。
ふと、ベーカー中尉が、四十五口径ではなく、9mmパラベラム弾をひとつ掌に乗せ、悪戯っぽい笑みを浮べているのに気づいた。
「パラベラムの由来を知っておりますか?」
「ええと、開発者か、メーカーの名前でしょうか?」
本当に知らなかったので、銃でよくある命名方式から、開発者か販売者の名前にあやかったものかな、と、予想したんだが、どうも間違っていたらしく、周囲の兵士達からも、悪戯が成功した子供みたいな無邪気な笑顔を向けられてしまった。
知らなくて当たり前のないようではあったんだが……。どうも、微妙に照れ臭くて……顔があっつい。
だが、やりすぎて俺を不機嫌にさせたくないと思ったのか、上手い具合のタイミングでベーカー中尉が解説してくれた。
「Si Vis Pacem, Para Bellumラテン語の格言で『汝平和を欲さば、戦への備えをせよ』という意味です」
周囲の反応を見るに、さっきの基礎の講義ではないが、ここの兵士にとっては聞き飽きた内容――つまり、ベーカー中尉の持ちネタ――ということなんだろう。
人差し指を立てたベーカー中尉がばっちりポーズを決めたところで、周囲からの連帯意識が増したように感じるし。
ただ、まあ……。
「正鵠を射た言葉です」
言葉に説得力を感じたし、命名のセンスが良いと感じた。
攻め込まれてから対処するなんてバカげている。攻め込まれないように、充分な抑止力を保持することが必要だ。手の内を全て明かすのもバカだが、武装を完全に隠していては、攻撃を思いとどまらせる効果は無い。
まして、非武装なんて沙汰の外だ。
武器を持たないからこそ解り合える? これまでは平和だった? これまでの平和が、なにを以って担保されて来たのかを知れって話だな。
世の中に善人しかいないと仮定するなら、現在の社会システムそのものが矛盾の産物になってしまうだろうが。
対等な関係――平和――を築くためには、同等の武力が前提条件になる。
特に、核を撃ち合う恐れの無い、商業的戦争の被害者とならないためには。
「アナタなら、そう答えると思っておりましたよ」
こちらを認めているというのは、本音なのかもな、と、その表情から、少しぐらいは感じた。
まあ、戦後の日本の社会システムは、かなり変な形で再構成されてるところもあるからな。危機を予防っていうよりも、気付かないふりしておけば大丈夫、どっかの誰かがなんとかしてくれる。戦争なんて他人事、軍隊は全部悪い、とか、そんな人任せで、実感の乏しい安全保障だ。
もっとも、俺は、アメリカを全面的に支持しているってわけでもないけどな。
武器そのものに対するのと、似たような感覚だ。
必要悪を、是非や善悪の観点から論じるつもりはない。
とりあえず、もっとも一般的だという四十五口径の自動拳銃を選び、耳栓のヘッドフォンを――。
「ん?」
「あ」
なにか、変な感触がし、ベーカー中尉が少し困ったような声を上げた。
……ああ、そうか。普段は、そんなに気にしてなかったが、左耳は前の先頭でなくしていて、今はプラスチックの卵型のカバーがあるだけだったか。
って――、この場合、どうすんだ? いや、普通に立体的に音は聞こえているので、機能は変わらないんだし……このカバーの上に。
「少し待て」
ちょっときつめに耳に押し当てる形で、ヘッドフォンを被せてしまおうとしていたら、後ろから医務官がちょこちょことこっちに向かってきて――。
「ふ、んっ」
鼻息も荒く、ぴょんぴょんと……。
「しゃがめ!」
ああ、手が届かなかったのか。
素直に膝を折ると……、医務官が手を俺の左耳に伸ばして――白衣、ちゃんと洗濯してないのかな? 若干、薬品臭い。あと、こういう場面でのお約束の胸が当たったりとか、髪が良い香りだったりは全然しない。まあ、期待してなかったしいいけど……――ん? なんか、カチッと音がしたと思ったら……俺の耳が取れた!?
「え?」
「えぇ?」
俺達の驚きを他所に、卵形の灰色のプラスチックの耳? を、白衣のポケットに医務官が仕舞った。
触って確認してみる。
まあ、耳たぶは……無いのは、仕方ないか。ん? なんか、つるつるした金属質の――。
「見た目の問題でつけてただけだ」
と、医務官が傲然と言い放った。
「戦闘時のオプションだが、パッシブソナーパーツと、それで拾った音を視覚化する左目用のモノクルがもうじき完成する。それまでの辛抱さ」
とは、中佐の言だ。
てか、じゃあ、あれって保護カバーで、埃とか変形でそのオプションパーツをつけられなくするのを防ぐためにつけてたのか……。
ただ、正直、ソナーを取り付けるってどうなんだ? まあ、この身体には割れる鼓膜は無いようだし、次世代技術の実証のためなんだろうけどさ。
つか、ただで貰える物なら、いくらでも貰うけどさ。
一度仕切りなおし、ヘッドフォンをしてから保護メガネを掛け、遊底を引き、機関部を確認し、弾倉を装填、スライドを軽く引いて離すことで初弾を薬室に送り込む。
「いつでもどうぞ」
ドラマやゲームではよく見た、人型の的が目の前にある。
「胸の方の的を狙いますが、頭の方が良いですか?」
「どちらでも」
まずは、肩慣らしも兼ねて胸を狙うことに決めた。
右手でしっかりと銃を握り、人差し指はまだトリガーにかけず、左手は右手を包むようにしっかりと重ねる。ドラマなんかでよくやる、グリップの下に左手を添える意味は、ほとんど無いらしい、と、さっき聞いた。
まあ、まずは基本に忠実に、応用はそれが出来てからだ。右手でマズルジャンプを抑える力があっても腕力があっても、的を外しては話にならないんだし、きちんと狙った場所へ弾が飛ぶようになってから、合った握り方、姿勢を探していけば良い。
照星が、照門の中央に来た。若干銃口を下げ、位置を調整し――。
「撃ちます」
トリガーに指を掛け、引いた。
前の実践の時と違い、衝撃はほとんど感じなかった。そして、リボルバーとの違いからか、発砲炎もほとんど目に入ってはこなかった。
そのため、照準はかなり容易で、的の胸部の円の中心付近にまとまって着弾した十五発の弾丸が、大穴に変わっていた。
「Excellent」
空の弾倉を抜き、ホールドオープンされた状態のままで残弾がないのを確認してから、テーブルに置いた。
「次の銃に行きますか? 頭部の的を狙ってみますか?」
「次の銃を」
自惚れるつもりは無いが、的の高さが変わっても、結果が変わるとは思えなかった。
「制式拳銃はお気に召しませんでしたか?」
と、ベーカー中尉が冗談めかして訊ねてきたが、あながち間違っていない台詞だったので、少し返しに困ってしまった。
「どうも、少し軽過ぎるような……そうですね、これまでのリボルバーと比べて、扱い易いんですが、手に馴染まない所があるといいますか」
ああ、と、何事か察したような顔になったベーカー中尉は「サイボーグ化してパワーが増しておりますからね。次は、試しに五十口径にしますか?」と、訊ねてきた。
頷き、新しい銃を受け取り、状態を確認し、さっきと同じ手順で再び的に向き直った。
その後も、様々な拳銃を試したが――いや、確かに、オートマチックの普及しているモデルの銃は使いやすいし、当てやすいんだけど――あと、落とした際の暴発を防ぐグリップ・セイフティーなんかの安全装置もしっかりしてるし――、……どうも、少し、しっくりこないというのが正直な感想だった。口径の差は、確かに分かるし、命中精度が変わらないなら、大口径の物の方が、今時の防弾装備のしっかりしている敵相手では有効なのも解るんだが……。
「やっぱり、そちらが一番、ですか?」
ちょっと困ったような顔でベーカー中尉が俺に確認をとってきた。
色々と試させてもらっておいて、申し訳ないんだが――。
「そうですね。すみません」
多分、初の実戦で使って、かつ、使い勝手が悪くなかった影響が大きいんだと思う。どうしても、この銃よりも悪い部分を探してしまっている自分がいる。マグナム段とかを使うリボルバーも悪くは無いんだが、なんか、この銃と比べて、弾の挙動に癖がある気がして、照準に違和感を感じたし。
まあ、拳銃はお守りがわりなんだし、リボルバーでも悪くは無い、よな?
「いえ、銃は、自分に合った物が良いですよ。戦場では命を預けるんですから」
特に気を悪くした様子もなく、そうフォローしてくれたので、こちらも気兼ねなく次のアサルトライフルの試射に入ることが出来た。
だが、こちらの場合も――。
発砲の衝撃がかなり弱いし、銃が軽くて変な感じがする。基本的に、五キロ前後という重さがあるし、銃身の短いカービンモデルの銃もあり、正確な照準や、反動の制御は大変かもしれないと脅されていただけに、余計に拍子抜けしてしまうって言うか……。
ううん。
前に使ったのがポンコツライフルだったのを差し引いても、反動っていうか、手応えが無さ過ぎて、上手くコントロールし難い部分はある。
もっとも、腕力だけでも銃の取り回しに難がないため、素人に毛が生えた程度の俺でも簡単に的に当てることはできるんだが――。
んんむ。
「かなりの命中精度ですね」
用意された銃を全て試し終わった所で、ベーカー中尉が感心したように溜息をついてくれた。
だが――。
「いえ……。的までの距離でしっかりとゼロインされているんですから、ドットサイトやレーザーサイトで照準が合えば引き金を引くだけじゃないですか」
素直に受け取るには、いささか簡単な内容でもあったため、俺は苦笑いを浮べたんだが……。
「……ああ、うん。そうか」
「はい?」
言葉を濁したベーカー中尉の態度を不思議に思って訊き返すが、普通はあまり口にしない説明なのか、所々言葉を選ぶようにして返事をしてきた。
「銃の反動もそうですけど、手ブレもありますので、普通はもっと着弾は散らばるんですよ」
ふむ?
特に自分ではなにかしたつもりは無かったんだけど……。
「不要な電気指令は、義肢の付け根の副脳でカットアウトされるんだ。また、人間の筋肉と違い、不随意運動や、血流の停止による不具合も起きない。電気刺激で一発だ」
後ろで偉そうに椅子に踏ん反り返っていた医務官が、つまらなそうに声をあげ、中佐がその横で満足そうに頷いている。
ああ、慣れない人間が銃を撃っても、精度を担保出来るってのは上から見たら、かなり価値があるんだろうな。
腕が立つ人間ほど危険な現場に必要なんだし、そうした人間が、手足を失っても簡単なリハビリで戦線復帰できるメリットは想像に難しくない。
いや、それよりも、手術さえ受ければ、比較的短い時間で戦闘能力が向上するなら、需要の増えている民間軍事請負企業としても、批判を受けながら現役の軍人をスカウトするより、はるかに簡単に請負人を増やすことが出来る。世界的な不景気で、人は余ってるんだからな。
どうにも、軍事の叩き売りはまだ世界の流れとして続きそうだな……。
「……だそうです」
医務官から、視線をベカー中尉に戻すと、俺、というよりは、サイボーグボディに関する賛辞を、にこやかにおこなってくれた。
「反動は、腕力で制御可能ですし、同じ姿勢を維持し続けられるメリットは大きいですね。反動の大きな銃でもそうですけど、狙撃においても、生身では難しい時間、待機することが可能なんですから!」
実感がこもっているな、と、感じるのは、やっぱり銃を使うことによる腕や方なんかの疲労、射撃姿勢の維持が大変だってことの証左なんだろうな。幸か不幸か、俺はそれを実感する前に改造されちまったけどな。
続いて、一番マシ――と、言うと偉そうだが、一番身体に合っている銃を選び、屋外の演習場で、動いている的や、専用の狙撃銃を使った射撃も試してみた。
しかし……。
「……中々」
屋外とはいえ同じ的を相手にする感触から、もう少し上手くやれると思ったんだが、結果は中々に厳しいものだった。当たらなくはないんだが、着弾が右にずれたりして、でも、それに合わせて照準を左にずらしても、かえって変な方向に弾が飛んだりする。
「初日で、見越し射撃や、風向きや大気の状態による照準の修正まで覚えられては、ウチの兵士の立つ瀬がありませんよ」
この結果は予想通りではあったのか、ベーカー中尉から出てきた言葉も、叱責や失望ではなかった。
まあ、でも、それは、あくまでそれは俺がお客さんだからってこともあってだと思うが。
……早めに、マスターしておきたいものだな。もし今度、前と同じような戦禍が押し寄せてきた場合は、ここの人達と共同戦線を張らなければならないんだし、その際に、訓練では甘やかされてたんだから、と、除け者にされては、またひとりの軍隊に逆戻りだ。
射撃の後に、他の兵士と一緒に銃の分解清掃を行い、短い休憩を挟んでようやく、格闘の訓練に入った。
実の所、前の実戦で初めて使った銃器と違い、格闘には自身がある。
向こうも鍛えているんだろうが、こちらとしても、長年現場で鍛え上げてきた自負がある。簡単に負けてやるつもりは無い。そもそも、単独で四号業務を請け負うようになってから、複数人と同時に戦うことも想定して鍛えてきたんだし、ゴム製のナイフありの格闘戦は、むしろ、俺に有利な条件でもある。だって、向こうが銃や爆弾について鍛えている間、こちらは警棒と素手で敵を取り押さえる訓練を行ってきたんだから――。
と、意気込みはしたものの……。
多分、お互いに、目的地が違っていたせいだと思う。兵士にとって敵は殺傷する相手であり、俺の場合は、無効化するための技術であり――。
一人目、正面から短いステップでフェイントを織り交ぜているが……、首狙いの一撃を、間合いを外して手首を掴んで転がす。と、同時にしゃがみ、左斜め後ろからの気配を消した一撃――とはいえ、衣擦れの音や踏み込む足の振動は、微かに感じられていた――を、左足を後ろに蹴りだして止め、……直後、一人目と二人目、それから新たにサークルの中に入ってきた二人が四肢を固めたが……。
腰の捻りと腕の捻りで、腕を取る二人を飛ばし、力任せに脚を振れば、脚を動かさないようにと抱え込んでいた二人が吹っ飛んでしまう。
パワーの差は歴然だな。
最初は、向こうも加減してくれているのが分かったが、すぐにこちらが生身のボディじゃないことを実感し、本気で壊し……ってか、まあ、多分、行動不能で止めてはくれるんだろうが、こちらの実力を試しにかかってる。
つか、ううん。
多分、俺が取り押さえる技術を磨いていたからこの状態なのであって、多分、打撃系や絞殺系の技を使えば、かなり簡単に殺せてしまうことに気付いていた。急所って言うか、多分、顔を殴れば首を飛ばせる。
出力そのものが違う。
……なんというか、本当に、普通の人間じゃなくなったんだな、なんて少ししんみりした矢先――。
「ッツ?」
背中に、違和感を感じた。
いや、打撃も受けてないし、基本、腕と脚だけでいなしているが……?
組んでいる最中の二人をいなし、次に新手が掛かってくる前に、サークルから出た。
不自然な場外による訓練中止から、なにかあったことに気付いたのか、医務官それにここの軍医――いや、つか、サイボーグの珍しさもあってか、周囲にいた人がわっと寄ってきて、ベーカー中尉が整列させる次第となった。
人前で脱ぐのは、ちょっとアレだが――。
医務官が、躊躇無く俺の上着を剥ぎ取った。
「問題ない。簡単なパーツ交換で済む」
自分では見えないが、つか、パーツ交換で問題無いといわれても、おおありだと思うんだが……。
「やはり、胴体の強度に問題が?」
中佐の声に、前も検めていた医務官が頷いた。
まあ、内臓を収納する都合上、背中や腹部には、あまり無茶な改造は出来ないんだろう。そのまま一度テントに戻り――兵士はそのまま訓練続行で、俺とベーカー中尉、医務官と軍医、それに中佐がテントに入り……俺をうつ伏せに寝かせ、医務官が工具で俺の背中を弄り始めた。
……麻酔とか、大丈夫なんだろうか?
多分、手術室みたいな場所に移さないんだから、表層のパーツで損傷が止まったんだと……信じるが……。
「背中側のパーツを少し工夫できないか?」
交換されている際、思ったよりも痛くは無く暇だったので、動いた時の感覚から、改善案というか、浮かんだ要望を口にしてみる。
「どのように?」
医務官に言ったんだが、答えたのは軍医の方だった。
ああ、そうか、医務官は今処置で手一杯って感じなのか。
しかも、中尉や中佐までがこちらの発言に注意を払うものだから、さすがに畏まって口調を改めて俺は続けた。
「又の漢字のような形で――、ええと、そうですね、Xのように右足と左肩、左足と右肩に、力を伝えやすくする構造、そして、両肩を連動させられる支えがありますと、反動を逃がせますので、より安全に素早く動けると思います。そう、支柱のような」
基本的には、手足の力が増したとはいえ、全力を出すとその衝撃に生身の内臓や腹筋なんかが耐えられない。もっとも、加減して出せる筋力さえも、オリンピックでメダルが取れるような成績だと思うが、より円滑に身体を動かすためには、衝撃を地面に受け流すための身体の構造や、構えの工夫が必要だと思った。
「背中の装甲の金属疲労……おっと、これは、強化プラスチックだったか、その状態から、人工筋肉を張るか、厚みをもたせるか、それとも外骨格パーツを追加するか研究させてもらうよ」
と、サイボーグよりも、どこか古風な洋館でゾンビみたいなのを造っていそうな博士――もとい初老の軍医が、自分でも意識してなのか、独特の笑い声を残して破損したパーツを抱えてテントから出て行くのが見えた。
処置はもう終わったのか? と、疑問に思った直後、ぺしん、と、医務官に尻を叩かれたので……いや、人前だって分かってるよな? と、非難する目を向けつつ身体を起こした。
医務官は、いつも通りの不景気な面。
中尉と中佐は、愛想笑い。
ったく……。
全ての訓練……というか、背中の治療……いや、修理か? を終え、遅めの食事――スケジュール的には、一時間の前倒しではあったが――を取ることになった。
だが、中佐も交えての食事となったため、食堂ではなく、専用の部屋を手配されてしまっていたようで、メスジャケットも持参していない身としては、……ちょっと居心地が悪い。
まあ、俺の隣で中佐の正面に座っている医務官が、私服――それも、休日のずぼらな女がするような格好なので、軍の正装をしている目の前のお二人に対して、俺も気後れは……いや、普通に気後れするな。
俺、一応、常識人だし。一線は越えてしまっているのかもしれないけど、医務官みたいに開き直れてねーし。
せめてスーツでも着て来れば良かったんだけど、当初は本当に訓練だけって予定だったしなぁ。訓練の場で浮かないように、警備してる時のワッペンつきの制服で来たが、それでも現場の格好だしな。
中佐も、こっちにも参観の連絡くれれば良いのに……。
つか、個人的には、一緒に訓練してくれたメンバーから、評価を聞きたかったんだけどな。上手くやれてるのか否か、未だに自己評価も定まらないし。
「レーションでも出てくると警戒されてましたか?」
気付かずに難しい顔をしてしまっていたのか、ベーカー中尉に悪戯っぽく訊ねられ、慌てて目の前のカナッペへと手を伸ばした。最初から酒ありきだったので、つまみになりそうな前菜だ。
「いえ……ううん、すみません、あまりそうした方面に、詳しくなくて」
カナッペには、日本を意識したのか、たらこ入りのパテが塗ってある。他にも、無難にチーズが乗っていたりと、バリエーションは多い。……うん、日本の一般的な夕食程度の量だ。前菜なのに。
俺の返事を聞き、ああ、と、納得した様子のベーカー中尉。
「要人警護では、食事は普通豪勢ですよね」
あんまり正しくない認識だったが――そのそも、俺はSPでもないんだし――、訂正する意味も無いかと思い直し、俺は曖昧に頷いた。
「まあ、レーションといえども、市販の食品も入りますし、生鮮食料も無ければビタミンは不足します。行軍中でもなければ、それなりにきちんとしたモノが出ますよ」
まあ、今時、脚気や壊血病をおこすわけにもいかないだろうしな、と、納得しかけたところで、中尉がジェスチャーで中佐が居ますから、と……ああ、ネタじゃなくて、やっぱ、軍用の食事って不味い、のか?
食ったこと無いのでなんとも言えない。
反応に困っていると、ははは、と、今度は軽く笑ったベーカー中尉が――。
「他国との演習で、オチ担当のチョコレートバーでもお土産に何本か持っていかれますか? 一本食べれば、確実に緊急時まで手をつけずにいれますよ」
俺は、貰えるものはなんでも貰っておく主義なので、にこやかに頷いた。
程々に抓みながら飲んでいると、全部食べきる前提ではなかったのか、適当に時間が過ぎた辺りでニューイングランド風のクラムチャウダーが続き、更に牡蠣が……。
「ん? なんだ?」
不意に医務官に服の裾を引かれ、顔を向ける。
「やる」
「は?」
いつも通りのブスッとした顔なので、最初は意味が分からなかったが……。
「牡蠣、苦手なのか?」
「当たりつきの食べ物は、無理だ。運が良いから」
いや、運が悪いの言い間違いだろ。
つか、珍しくへこんだような顔をしているところを見るに、前にあたったんだろうな。
「まあ、くれるなら貰うが」
行儀が悪いかとも思ったが、残しても悪いかな、と、思い、前の席の二人に視線で確認を取り、医務官の分も頂くと……。
「あたって、また、地下の医務室に戻ってしまえ」
とか、自分で譲ったくせに、物凄い負け惜しみを言われてしまった。
もっとも、料理も酒も美味いし、気にしないけどな。
牡蠣を二人前たいらげた後にも、ローストビーフ、それにデザートなんかが続き――、最後にショートグラスでウィスキーが出てきたので、ディナーから雑談へと自然にシフトしていった。
もっとも、医務官は酒はそんなに強くないのか――前もビールだけで落ちてたし――、微妙に船を漕いでいたが。
「攻撃を仕掛けてきた組織に関する調査は、進んでいるのですか?」
食事中にワインも充分に空けていたので、ウィスキーはロックでちびちび飲みながら訊ねてみると、然程それに関しては重視していないのか――まあ、鉱山の方では、遠距離からの砲撃で被害無く撃退したらしいしな――、軽く肩を竦められてしまった。
「分離独立に反対しての行動なのか、それとも単に略奪目的か」
この国の警察も国軍も不甲斐ない、という顔だ。
まあ、米軍が出張れば早いのかもしれないが、ここでもIEDの被害者を増やすわけにはいかないんだろう。鉱山と大使館を厳重にしているだけのようだ。
今日の食事の品も、この国の市場で調達したものではなさそう――町の酒場で気付いていたが、この国は魚介は常食していないし、食肉も、ラクダや老ヤギぐらいしか出回らない。卵は流通しているが、鶏肉はなぜか忌避される傾向がある――だし。
治外法権の区域さえ守れれば、必要以上に出歩かない方針なんだろうな。欲しいのは鉱石だけ。変に刺激して、ここをイラクの二の舞にはしたくないってのが本音かな。
「キンバリープロセス認証制度があるものの、紛争ダイヤモンドを完全に排除した、とまでは言い切れませんし。他にも、コルタンや高値で取り引きされる金属は少なからず存在しておりますので……」
ベーカー中尉は、どちらかといえば、政治的主張の無いならずものの集団の襲撃と考えている様子だ。確かに、犯行声明や、独立撤回の運動も起こっていないので、それも一理あると感じる。
「奴隷労働力を欲しがる組織がある、と?」
「実際、襲撃された村や基地の死体の数は、それほど多いものではありませんでした。が、保護を求めてきた人物は非常に少ない」
ふ、む。
全員が死亡したわけじゃない、か……。
「国境警備隊もですか?」
「ええ、おそらく、鹵獲した武器を使うためでしょうが、技術士官の死体はほとんど確認されませんでした。逆に、国境監視中だったアフリカ連合の派遣団は全滅だそうです。多分、下手に連れ去って足が付くのを恐れて……」
……ふむ。
まあ、最近のゲリラは、型落ちとはいえ軍用ヘリや対空ミサイルも持っているらしいしな。普段は戦力差を自覚しているからか、基本的には道端に爆弾を仕掛け、それで吹っ飛ばす殺り口だが、時には大規模攻勢も……。
いや、そうか……、もしかして――。
「ひとり、消息を追ってもらいたい人物がいるのですが、宜しいでしょうか?」
うん? と、流れが変わった話の行き先を見定めるように、中佐、そしてベーカー中尉の目が細く引き絞られた。口元には、あくまで与太話や勝手な推論であったさっきまでの話を引き摺った笑みが浮かんでいるが、どこかそれも白々しい。
クスリ、と、軽く笑ってから俺は二人を観察したままで続けた。
「入国後に接触を持った相手ですが――、ああ、いえ、違います。情報を漏らしたわけではなく――そもそも、自分はあの戦闘以前にはなんの情報も持ち合わせてはおりませんでしたし。むしろ、この国の権力者とのパイプとなってくれれば、と、思ってお互いに出方を探り合っていた段階でした」
軍隊でも、友好国の軍学校に将校を派遣する制度もあるんだし、有事の際に話が通じる程度のパイプを個人で持つのは、むしろ普通の事だ。
ベーカー中尉は、単純に友人の捜索かも、と、やや警戒を薄めたが、中佐は、入国後に接触して来たこと自体が計画的だった可能性を考慮したのか、表情も引き締めた。
「その男は?」
中佐の目が、暗く冷たく光る。
今後の事を考える上でも、気圧されるわけにはいかない。もっとも、後ろ盾も無く、金で雇われて誰かを守ってたんだから、恫喝に屈するように俺は出来ていないが。
基本的には、いつも通りさ。
腹の中になに飼ってるかわかったもんじゃねえ金持ちを護衛する時の、事前の雇用条件の交渉みたいなもんだ。
俺は、少し馴れ馴れしいぐらいの笑みを作って、微かな違和感を感じる相手の名前を挙げた。
「この国の国軍兵士の……」