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第九章 接触

 人工腎臓のカラムを交換する機械に入る……っていうか、まあ、人型に窪んでいる壁に背筋を伸ばして座るから、なんか拘束っていうか拷問が始まるように思ってしまいそうだが。

 ……いや、半分はそれが正解か。

 腎臓みたいな機能で、収納されている位置も腎臓に近いためか、古いカラムを抜く時はそうでもないが――もっとも、それでも腹部にかなりの違和感は感じるが――、新しいカラムをセットする時は、奥歯を噛み締めないと声が出るほど痛い。

 まあ、医務官の言によれば、復活して間もないので、通常よりもカラムの交換頻度を上げないといけないらしい。四肢との接続が安定し、服用している薬の量が減るまでは、二週間前後に一回の交換だ。なので、いずれは頻度も落ちるし、そうすると腹の中も落ち着くので痛みもなくなるらしい。

 ……俺以前のサイボーグが、コミュニケイションが難しい固体しかいないんだから、どこまで本当かわかんねーけどな。


 ちなみに、さっきまでは、図形からなにかを連想するようなものだったり、四角い箱が積まれている絵から箱の数を推測させたり、その他、いくつもの心理検査と知能検査のようなものを受けさせられていた。

 起きてすぐは、歩行や、指で豆を摘まんで別の皿に移すような軽い運動を中心としたリハビリだったんだが、体調が落ち着いてきたので、本当に脳に障害がないのかを確認してるってことなんだろう。

 まあ、これで金が出るってなら、別に良いけどな。

 警備業務ったって、普段は入館管理と大使館に運び込まれる日用品や食料、事務用品の危険物検査ぐらいなんだから、俺じゃなくても出来るだろうし。

 ……ああ、いや、アレか。

 ここの領事館員、バカばっかりだし、今はチェック無しでやってるのかもな。


 ガコン、と、背中側の保護カバーが外され、カラムが抜ける。他の事を考えて誤魔化そうとしていたんだが、やっぱり中々に交換は――キツイな。

「グッ……」

 交換が済み、機械から背中を僅かに押され、自然とその力を利用して立ち上がる。

 一応、医務官の方を見るが、軽く頷かれただけで――医務官は、いそいそと取り外されたばかりのカラムの方へと早足で歩いていった。

 ……まあ、別に良いけどな。

 俺も、脱いだ服が入っている籠の方へと進むが……。ふと視線を感じ、肩越しに振り返ると、医務官と目が――合わなかったが、医務官の顔がこっちを向いているのはわかった。

 っつーよりも、医務官の視線は、チラチラと俺の尻の辺りに……。こいつ、もしかして……。

「アンタ、医者なんだよな?」

 ん? と、顔を上げた医務官は、そこでようやく俺の視線に気付いたようだが、別段焦ったり恥ずかしがったりはしなかった。

 が――。

「人工の太股と、生身の臀部の接合状況が気になってな」

 と、珍しく言い訳じみた――もしかすると、本当にそれだけだったのかもしれないが――言葉を前置き、こほん、と、ひとつ咳払いしてから改めて俺の質問に答えた。

「ああ、工学部を出た後、アメリカの医学部に入りなおしたんだ」

 ふうん。

 ……ん?

 そこから年齢を逆算していくと、大学卒業を二十二歳として、医学部六年を加算して二十八、まさかこれが最初の現場ってわけでもないだろうから、プラス……。

「自殺願望でもあるのか?」

 頭の中で計算していると、全く笑っていない顔で――いや、そもそも普段から愛想笑いさえ浮べないような女だが――、ぽんぽん、と、俺をメンテナンスする機械を叩き、視線を予備の交換部品へと向けた。

 もっとも、メンテを止められたり、体液濾過のカラムを抜かれても、すぐに死ぬってわけじゃないらしいが。そもそも、俺の腎臓はまだ普通に機能しているし。

 でも、義肢との接続のため定期的に注入している薬剤の影響で、臓器にかかる負担が増し、数ヶ月程度であの世行きだそうだ。

 ちなみに、薬の服用を止めれば良いという問題でもなく……、定期的な服用をしないと、手足との接続が鈍くなっていき、いずれは動かなくなるらしい、んだよな。試したこと無いからわかんねーけど。

「思考も読めるのか?」

 お約束、として、軽く肩を竦めてみせる俺。

「単純な推理だ」

 あくまでいつも通りの顔の医務官。

 と、思ったんだが、珍しく会話を広げてきた。

「で、なんだ? 私の歳を知りたくなったのか?」

 会話が続いたことが少し意外だったが……ああ、いや、もしかしなくても、最初に視線に気付かれたことを引き摺ってたのかもな。顔に出てないだけで。

「いや、医者なのに、男の裸をそんなに見たがるとは思わなくて」

 敢えて着替える手を止め、自前の胸板と腹筋を確認する。

 個人的には、細マッチョだと思うんだが、現代の一般人的には余裕で筋肉質の方に分類されてしまうんだよな。

 もう少し、削いだ方が良いかな?

 いや、どんなナルシストだって話だよな。鍛えているので、がりがりしてたりぶよぶよしてたりするよりはマシ、程度に思っておくか。

「バッ!?」

 お?

 医務官が、露骨に動揺して――、その反応が新鮮だったから、つい口が過ぎた。

「ん? ああ、違うか。緊急とか治療の現場ではなく――、いや、まあ、それでも定期メンテナンスではあるけど。ただ、アンタとしては、することがない、ニュートラルな状態で脱いだのを見たから、意識したのか」

 改造されて以降、あまりコミュニケイションを図りはしなかったものの、一番長く過ごしていたせいで――まだ外に酒を飲みにいけるはずも無く、他に関わる人がいないので、寂しいっつーか、まあ、そんな誰かとくっちゃべりたい気持ちだったし――、つい、魔が差した。

 が、この女も普通に図星を衝かれて慌てたりもするんだな、なんて、当たり前なことが意外とカワ……イイって程じゃないが、面白――もとい、変化が興味深かった。

「そこまで気付いたら、黙っていろ。そういうものだ。中年」

 普段が能面ヅラだからか、それが割れると意外と分かりやすいのかもしれない。

 今の顔は、拗ねてるってはっきりと察せる。

「中年って歳じゃねえよ。三十三だから、壮年だ」

 さすがに、いつまでも裸でいるわけにも行かず、医務官が不貞腐れたように顔を横に向けたので、ジャージを再び身にまとった。

 もしもの時に脱ぎやすく、リハビリのために動きやすいって言うと、どうしてもこういう格好になる。


「似たようなもんだ、気にするな」

 俺が着替え終わったのを待っていたかのようなタイミングで、医務官の声が聞こえて来た。

 意地になってるっつーか、どうも、からかわれたまま会話を終わらせたくないって思ってるのかもしれない。

 結構、子供っぽいんだな。

 まあ、意外でもなんでもないが。普段の態度からして横柄で、ビジネスマナーとは無縁の受け答えばっかしているヤツなんだし。

「俺より上か下か」

「下だ」

 即答した医務官。

 へえ。

 まあ、意外でもなんでもないが。つか、だったら医者としてのキャリアは、割と――。

「私の年齢は、二十五になった後は、一歳ずつ下がっていく数え方だからな」

 勝ったとでも思ったのか、ドヤ顔をかましてきた医務官。


 若干、そのメンドクサイ女感に、頭を掻いたが……。

「たまに、そんなこと言うヤツいるけど、嫌われるから止めとけ。残念な女だと思われるぞ」

 結局、俺は、多分三十代ではあるんだろうなと思う目の前の異性に、必要最低限の常識を教えた。

 一拍後、そんなことを言う女に対して自分がどう思うのかを悟った医務官が、それとなく分かるほどに頬を赤くして、声を荒げた。

「うるさい! おっさんの癖に」

「二十代を過ぎれば、ガキと呼ばれるよりは、オッサンって呼ばれた方が男は喜ぶんだよ」

 さすがに、後が怖いので、オバサンと止めをつける気は起きなかった。

 そもそも、あんまり歳食ってるようにも見えないんだよな、コイツ。とはいえ、若々しいって感じでもないが。年齢不詳を地で行くチビッ子――身長百五十センチ――だ。


 診察台兼椅子としても使っている、最初に目覚めたベッドに腰掛ける。

 俺の私室は無事なんだが、まだICUに居るような状況――動けはするんだが、急変する可能性もあり、経過を注意深く観察しなければならないそうだ――らしく、基本的には医務官の根城の地下階に軟禁されたままだ。

「見るか? お前の身体の中にあった不純物の集合体」

 普段は、独りで別の部屋とか、機材の陰でゴソゴソと弄っているのに、さっきの遣り取りを引き摺ったのか、医務官は、ベッド近くのテーブルに、キャップで上下を閉じた、十五センチほどの高さの円筒状の物体を乗せ――。

 こっちが見たいと答える前に、ばっちりと見せつけられてしまい……微妙にへこんだ。

 ガラスじゃなくてプラスチックだとは思うが、透明な――ああ、インスタントコーヒーの大瓶みたいな感じだ。その壜の中に、ビーズみたいな粒がたっぷりと詰まっているんだが……。

 いや、血の色もそうなんだが……、あのこびり付いてるのは脂肪の小さな粒か。え? あの、ラー油みたいなのなんだ? いや、身体のいらないものを吸着しているんだから、綺麗じゃねーとは分かっている、んだけど、よお。


「グロいな」

 溜息のように呟く俺に、しれっとした顔で医務官が言い放った。

「整理中のナプキンと変わらん」

「お前、そーゆー例えは」

 非難する目を向けたつもりなんだが、今度は年齢を探っていた時のような鋭さは発揮されなかったようで、願っていたのと違う方向に配慮されてしまった。

「ああ、男はよく分からない話か」

「いや、そうでもなくてな」

 まあ、確かに男には分からない世界なんだが。

 まあ、確かに血を吸ってるって意味では、見た目的に似てるのかもしれないが……。


 もうちょっと、こう、なあ?

 どうにも、口を開いたら開いたで残念過ぎる女だな。

「恥らう姿に萌えるタイプか?」

 これまでのお返しのつもりなのか、嗜虐的な顔で訊ねられ、俺は嘆息して答えた。

「慎みが無い女が苦手なだけだ」

 ふふん、と、鼻で笑う声が聞こえ――。

「そうか、所謂、女に幻想を抱くタイプの男なんだな」

 と、勝手になっとくされてしまった。

 ったく、これまで通りに不景気な面で押し黙られていた方が、まだマシだったかもしれない。なんというか、煮ても焼いても食えそうに無い女だな。


 言い負かしたと判断し、満足したのか、医務官は俺から視線を外し――、単純な性格なのか、視界に入らなくなったら興味もなくしたらしい。

 今度は、キラキラした目で、俺の交換パーツの写真を撮って、パソコンのキーボードを凄い速さで打って――多分、レポートとか経過報告書だと思う――いる。


 はぁ、と、どうせ気付かれないだろうと隠しもせずに溜息を吐いた俺は――。

 軽く仰け反って、薄ぼんやりとした蛍光灯を見上げた。


 これから、どうなるのかねえ。

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