EPISODE:06(2-3)
「いいだろう、話なチビ」
「サリナはエルフ。この森の西の一族の子供さ」
「エルフっていうのは集団で暮らしてるんじゃねーのか?ガキがガキに連れられてこんな所でウロチョロしていていいのか」
観念したかのように、ポツポツとロイはそう言葉を紡ぎ出し始める。俺の質問に、眉根を寄せてキツイ口調で言い返してくる。
「良くないよ!!ただ、その緊急事態というか……サリナはさ、狙われてるんだ」
言葉尻に向かうに連れてその、語調の勢いは衰え最後には呟きにも似た大きさでそうロイは口にした。
「狙われてる?」
その言葉に俺もまた眉根を寄せながら聞き返す。
「エルフが不死だって事は知ってる?」
エルフに関する情報は少ない。
否、少ないというよりは端的に限られていると言った方が正しいのかもしれない。絶対的な魔力を秘めた麗人、永遠の時を生きる者。
「ああ」
「けど、不死っていっても殺されれば死ぬんだよ。つまり自然の状態での老衰はありえないって事で……傷付けられれば痛いし、酷ければ死ぬ」
何が言いたいのかが、分からない。
今更エルフの生態について説明された所で、俺には関係のない話だ。しかし、今この状況で話すってことは無関係な事でもないんだろう。
そう考え、俺は奴の話に特に言葉も挟まずに黙って話しを聞くことにした。
「エルフの血肉は薬になる」
サリナの方へと愛しげに視線を向け眼を伏せた後、こちらへと向き直りロイはどこか感情を押し殺した事務口調できっぱりと俺にそう告げた。
「そういう言い伝えがあるのさ。エルフの血肉を食らえば難病もたちどころに治るとか」
「聞いた事はある」
そう、聞いた事はあった。
しかし、それはあくまで噂……いや、伝説程度のレベルの話だったはず。確かにエルフは他の種族よりも格段に高い魔力と治癒能力を秘めているし、不死の命ももっている。
それだけに奴らは不用意に魔族や他の種族においそれと姿を現したりなどしないのだから眉唾もんだと思っていたし、それが大方の世間の意見だろうと思う。
だが、先程のサリナの能力。
あれを見てしまった者がいるとすれば、伝説を真実と結びつけてしまったとしても何の不思議も無いだろう。
己の体液とほんの少しの魔力だけで、あれだけの回復能力を発揮できるのだから。
「くだらないよね!けど、エルフ達は西の森を出てそんな馬鹿げた騒ぎのない別の森へと一族全員と、数種の精霊族を連れて移住する事にしたんだ。その途中、人間達に見つかってオイラ達は他の仲間とはぐれちまったってわけさ」
つまり、そういう人間達にサリナは狙われているって事か。
なるほどな、エルフの成人の集団を狙うよりは子供一人狙った方がリスクは低くて済む。
「なんとなく、分かってくれた?」
「察しはついた」
尋ねてくるロイに俺は短くそう返すとどうしたものかと、目を伏せた。
エルフという存在。
それは、一種神がかったものでもある。自分が恵まれていないと思えば思うだけそういう存在が疎ましくなるのだろう、自分よりも幸せに見える。
自分よりも幸せなモノ、その全てをぐちゃぐちゃにして奪い去りたくなる。それが、人間だ。皆、どの人間も本質なんか変わらない。
なぜ、妬みで殺す事ができるのか?
羨む心は何を生むのか。
「くだらねえ」
魔族が殺す理由は違う。
生きるため。
快楽のため。
殺るか、殺られるか。
自分よりも、恵まれたものからなら奪ってもいいという考えがいかにも自分を正当化した弱者ぶった人間臭い考え方に虫唾が走った。どいつもこいつも人間なんていうのは、そんなもんだ。
(なあ、カルマ)
ずわりと背中に何かが駆け巡った。思い出したくも無い声が耳の奥で鳴っている。
でもまあ、この種族に関していえば血肉を食らってその力が手に入るというのが真実ならば、魔族はもちろん様々な種族が奴らを欲しがるだろうけどな。
なのに、こいつらエルフが全滅しないで今も存在しているっていうのは一重に、それらに対抗するだけの絶大な力を誇っているからだろう、つまり……サリナにだってそれくらいの力があってもおかしくない。
「自分の身も守れないのか?」
「無茶言うなよ」
ロイが不満だらけの声でそう言う。
「サリナはまだ子供なんだぜ。あんただって、昔から強かったわけじゃないだろ?しかもエルフっていうのは元々戦闘向きの種族じゃないんだからさ」
「で、俺にコイツとお前を親元まで届けろって?」
「そーいう事」
ロイの返事に俺は思考を飛ばす。
コイツの言葉を鵜呑みにするとして、相手が全て人間なら特に問題はない。けどなあ、本当に人間だけですむのかはすっげえ疑問符がつくぞ。
まあ、単なる人間が雇った程度の奴らなら特に問題もないか。俺一人でいるよりは、こいつらでも目くらましくらいにはなるかもしれないしな。
イザトナレバ、捨テテ行ケバイイ。
重イ荷物ハ、投ゲ捨テロ。
昔戦場で伸ばされた手に目を伏せたように、その手が大きいか小さいかの違いしか所詮はないのだから。
生きて、俺は伸ばされた手ではなく自由を掴む。今度こそ、何も逃さず俺だけの自由を掴み取ってやる。
その為の犠牲など惜しむ気もない。
「いっしょ」
まだ夢見心地のまま、そう俺の名を呼んでその小さな手が俺の裾をそっと引いた。
「付き合ってやるよ」
ため息交じりに俺はそう呟いた。
今はとりあえず、この伸ばされた手を振り解かないでおいてやる。俺から、掴む事はないその手。
何時振り払う事になるかなんて分からないけどな。
しっかり、掴んでおくんだな。