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EPISODE:03(1-3)

「助けてやったって、お前は文句ばっかり言って俺に近付くなって言ってたじゃねえか」


「いいじゃんかよ!助けたのは事実だし、オイラがじゃなくてもサリナはあんたの為に一生懸命水運んできたんだぞ」


 だから何でお前が偉そうにそんな事を言えるんだか。一生懸命水を運んだという当の本人は何の事やら分からん顔でこっちを見ているというのに。

 第一、コイツは人の話を聞いていなかったのだろうか。それとも聞いても理解出来ないくらいの馬鹿なのか?


「俺は追われているんだ、こわーい、魔族のあんちゃん達にな。巻き込まれて死ぬのがオチだぞ」

「大丈夫だって。あんたオイラ達二人連れて町に入ることくらいこの距離ならどうってことないんだろ?だったら、宿に入った時点でそこに結界を張るよ。そうしたら、あんただって今夜一晩はゆっくり眠れるってわけさ」


 ロイの言葉に俺は、思考を巡らせる。

 まあ、こいつの言っていることも一理あるとは思う。しかも一晩ゆっくりっていうのはかなり魅力的な言葉だ。しっかし、こいつの結界とかいう奴がどこまで信用できるかどうかもわかんねぇしな。

 大体、俺に頼るってことはこいつらも何かに追われているのか?


「お前ら、どこに行くんだ」

「かあさんのとこ」

「どこだよ、だからそれは」


 口を開きかけたサリナの口を先程俺の口を塞いだのと同じ要領で、ロイは塞いだ。


「喋るな。喋らなくてもいいことだろ、それは」


 この台詞にはサリナも納得したらしく、反省した顔でコクンと一つ頷いてみせてからこちらへと、向き直って頭を下げた。


「ゴメンナサイ、いえない」

「そう!言えない!!」


 お前が踏ん反り返る必要がどこにある?と突っ込みたかったが、止めておいてやろう、面倒なだけだ。

 まあ、わかったことはこいつらも単なるお気楽旅行って訳じゃなさそうだってことだけだが。なんにしても、面倒なことがこれ以上増えるのは御免だしな。


 ここは、一つ。


「んじゃ、断る。達者でな」

「ちょーっと、そりゃあないだろ、旦那!!」

「お前の旦那になった覚えはない」

「いいから、話を聞けってば」

「めんどい」

「ダメ親父ぃ〜っ!!!」


 スタスタと歩き始める俺の周りを羽虫のようにブンブンと、そりゃあ煩く叩き落してやったらどれほどすっきりするかと思うほどに飛び回るロイ。

 煩いんだよ。これ以上こんなお気楽ムードになんて付き合っていられるかっていうんだ。


 「いっしょ、いく」


 くいくいと俺のぼろぼろの上着の裾を引っ張りながらそう言うのは、いつの間にか自分の身体と同じくらいのでかさのリュックサックを背負ってきたサリナだった。


「お前、どっからそんなもん持って」


 っていうか、いつの間に取りに行ってたんだよお前。

 呆れるを通り越してその素早さを他に生かせよと思いながら、目の前にいるサリナへと視線をおとしてやる。ここまで来るのに走ってきた為なのだろう、やや息を弾ませながら俺を見上げていたサリナと目があった。


「そんな子供のいじらしさで迫ろうったってなあ、そうはいかねえぞ」


 後になってみれば何故この時、続けざまに否定の言葉を叩きつけてその場を立ち去らなかったのか不思議に思う。

 俺は情に厚い方ではないし、元来情などというものも持ち合わせてはいない。走り去ってしまえばいい、出会わなかったと背中を向けてしまえばいいのに。


 翡翠色の二つの瞳が俺をそこに縫い付けていた。


「サリナー、もう一息だ。そのまま悩殺してしまえ!」

「いかないの?」


 首を傾げてこちらを見る仕草は、ぶっちゃけ可愛いと俺も思う。

 計算しながら愛敬を振りまく女どもは嫌っていうほど見てきたし、それなりの対応も知っている。だが、子供の無垢な瞳っていうのはそれとは、全然違う。

 やや下方にあるサリナの瞳から視線を逸らす。子供から逃げているようで、それはそれで気に食わなかったが、これ以上どうしたらいいのかが分からない。


「見返りがなさ過ぎるだろ」


 さんざんっぱら言い訳を探して、出た言葉がこれだけとは我ながら情けなかった。


「いいじゃないかよぉ、ちょっとくらいさ。借りを返すと思って!!……じゃねえとサリナ泣くぞ」


 ちらりと横目でサリナを見る。盗み見たつもりが、その馬鹿でかい目と目が合う。

 俺は一つ深いため息を吐き出して言った。


「ちっ、面倒くせえな」


 わかったよと俺は小さく付け加える。

 別に泣かれるのが、嫌だったわけじゃない。女子供の泣き声なんて戦場じゃ嫌って言うほど聞いてきたのだから。

 ただ。

 ただ……何故なのかはわからない。

 もう少し、このボケコンビに付き合ってやってもいいかなんて、柄にもないことが脳裏をかすめちまった。

 サリナに借りがあるのも本当だし、こんな状況だから何時あの世からお迎えが来てもいいように、慈善事業でもしておくのも悪くないだろう。


「いく?いっしょ」

「ああ」


 仕方ねえなと付け足しながら頭を掻いた俺の答えを聞いて、サリナは瞳を輝かせる。深い緑色がまるで宝玉のように光を放っていた。


「アナタなまえは?ワタシ、サリナ=ルリン」


 知ってるっつーの。

 姓は今初めて聞いたけどさっきから名前呼んでるじゃねえか。今更ながら自己紹介を始めたサリナに俺はがっくりと肩を落として脱力する。

 名前ね、名前か。


「どうでもいいじゃねえか、そんなもん」

「良くないだろ!教えろよ〜」


 ああ、うるせえ。ロイが喚きたてている。

 名前なんか知らなくたってどうってことないだろうに……。

 そんなものはただの名札で呼称で単に呼びつける為のツールに過ぎない。


「教えてくれないっていうんなら!」


 ロイがピョンとサリナの肩に乗り、こちらを指差す。


「サリナにお前の名前を、名をロリコン!姓を親父!名づけてロリコン=親父と教え込んでやる〜!!」


 はあ?ちょっと待て!

 するってーとあれか?俺はこの無邪気な声で、笑顔のまま常にこいつに“ロリコン親父”って、呼ばれなきゃなんということか?!洒落にならん、本気で洒落にならん。

 ぶるぶると馬鹿げた想像を振り払った俺は、結局のところこの脅し文句に奴を握り殺してやりたいくらい悔しいが、屈してしまうことになった。


「……カルマだ。姓はない」


 観念したように吐き出す。自分の名前を名乗ることなんか滅多になかった。

 呼称。

 誰かのモノである、証。

 それだけのものなのだから、それが名前だろうが番号だろうが所詮同じことだ。

 名前なんか覚えても明日にはそいつが生きているかどうかもわからない。

 そんな生活がやっと終ったというのに。


(カルマ)


 俺は自分の名前が好きじゃない。それは、俺があいつの所有物であるという証だから。


「カルマ」


 ぼうっと、思考が飛んでいる時に斜め下からサリナがそう呼んだ。


「何だよ」


 我ながらぶっきらぼうに返しながら、サリナの前髪で隠れたデコを軽く指で弾いて押してやる。

 それだけで、サリナは荷物の重みのせいもあるのか、元々とろくさいのかは分からんが、ペタンと後ろへとひっくり返るように座り込んだ。


「バーカ、行くぞ」

「うん」


 すっころんだままの体制でサリナが返事を返す。

 バカなガキ。

 俺はそのまま荷物ごとサリナの身体を抱えあげた。仕方ねえな、次の町まで面倒みてやろうじゃねえか。 

 耳元でロイが騒ぎ立てている。煩せえな、何で死ぬか生きるかの瀬戸際でこんなガキどもを拾って子守までしなけりゃならないんだか。


「空、あおい」


 サリナが空を見上げながら、声を上げる。その声に導かれるかのように、俺は空を見上げた。体中がまだ悲鳴を上げているというのに、酷く呑気で穏やかな情景に目を細める。

 青い空に、季節にはまだ早い稲穂に似た色が目の端に揺れていた。


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