EPISODE:02(1-2)
「バカっ、サリナー!なんでこんな奴に力使ったりするんだよ〜、元気になって本当に食われちまったらどうすんだよ!!!」
「あなた、サリナたべる?」
ロイの力いっぱいの抗議の声を受け、サリナが少し不安げな目でこちらに向かって問いかけてくる。
保護欲を掻き立てられるというのは、こういうことなのだろうか?魔族の俺でさえこんな気持ちになるのだから、普通の人間にはたまらないものがあるんだろうな。
変態親父とかに、そのうち攫われるんじゃねえか、こいつ。なーんか何も深く考えずにニコニコしながら普通について行きそうだな。
「おなか、すいてるの?」
答えない俺にさらに尋ねてくる顔があまりにも無防備で、その言葉に噛み付いて答えるのも面倒になっちまう。
俺は、上半身をゆっくりと起こしてサリナの方を見て面倒臭いが口を開いてやった。
「腹は減ってるけど、お前達は食わねえよ。特にそこの小っせーのは、マズそうだしな」
「失礼な奴!」
そう声をあげて反論したかと思うと、俺の視線を避けてロイはすぐにサリナの後ろへと隠れた。失礼って……食われたいのか?食っていいっていうならそれでもいいけどな。食えないことないし。
「ところで、お前さっきどうやったんだ?」
ロイは放っておいて、俺はどうしても納得のできていない疑問をサリナに尋ねた。
「なに?」
「足の傷口だ」
ああ、とサリナはやや考えた後にっこりと微笑んだ。
そして、俺の首にその小さな手を回し、左頬の小さな傷口に口付けた。柔らかい感触、湿った感触が俺の頬を舐める。
「ばかーっ」
途端ロイが、もう嫌だとばかりに首を振りながら絶叫をあげた。
「おねがいしながら、なめるといたくなくなるよ」
そんなロイに反して、両手を自分の前で軽く合わせてサリナはにこにこと実に嬉しそうに説明する。その言葉通り、頬の傷もまたその姿を消している。
冗談だろ?おい。そんな能力なんて聞いたことないぞ。
普通、治癒能力の多類は“精霊族”が得意とする所でその恩恵を受けた一部の人間が使うことができる。
まあ、俺たち魔族も使えないことはないが、本来“負”の力を源とする魔族はその性質が違う為、気休め程度のものでしかなくそいつらが使う治癒とはまた違う種類ものだ。
元々自然治癒能力が高い魔族にはあまり意味がないというのが、この能力が進化しなかった原因なのだろうが……。
だが、まあどちらにしても簡単な呪文や、どんな熟練者でも多少の精神集中は必要なはずだ。それを、ただ単に獣のようにペロっと舐めただけで治っちまうなんて聞いたことがないし、もしこいつが精霊族だったとしても納得がいかない。
「お前ら、精霊族か?」
「だったら、何なんだよ!」
こいつ、すぐビビルくせに妙に絡んできやがる。ロイを見て久しぶりに俺の中の悪戯心が、顔をもたげ始めた。
からかって、遊ぶにはちょうどいい。
「サリナ、こっち来い」
俺は滅多に見せない満面の営業スマイルを浮かべながら、手招きをする。するとサリナは、主人に呼ばれた犬のように、嬉しそうな顔をして側までやって来た。
「なーに?」
「口ん中が切れてるみたいなんだけど、さっきみたく治してくれよ」
「うん、いいよ」
無邪気に返すサリナ。これが、どういうことか全くもって分かってないよな。この会話の意味を賢い奴なら、もう分かるだろう。
しっかし、こいつ本気なんだろうか?ここまで、無垢だとさすがの俺でも多少の背徳感といおうかそんなものが出てきちまう。
大体、この年でここまでの無邪気さって。俺が世間の一般的な子供ってやつを知らないだけなのか、はたまた精霊族の子供というのは人とは違って粋なるモノしか持ち合わせ居ないのか。
「だぁーっ!バカー!」
ロイの絶叫、そして俺の口には……。
「へめぇ、ひゃまらっ」
しっかりと身体全体を使い、奴がしがみついて俺の口を塞いでいた。
「バカバカバカー、何考えてんだよー!」
「ロイ、ダメ!」
「ダメじゃないだろう!!こっちの台詞だっつーの、おい!コラ!!変態・ロリコン・エロ親父ぃ〜!嘘つくなバカヤローっ」
バカだ、こいつやっぱりバカだ。
真っ赤な顔をして怒り狂う顔が、あまりにも予想通りの間抜け顔で俺は久しぶりに声を出して笑った。
何やってんだよ、コイツ。
何やってんだか、俺。
さっきまで死に掛けていたというのに、腹の底が捩れそうだ。笑えば腹が痛かった、喉もまだひりひりする。それでも、何だか声を立てて笑いたい。
「何が、おかしいんだよ!」
笑いやまない俺に向かって、ロイはその小さな身体全体を使って俺に怒鳴りつけてくる。その横ではサリナが、心配げにこちらを覗き込んだ。
「口、いたくない?」
「痛いわけないだろ!」
ぐいっと、人の口を両手でこじ開けながらロイはサリナに向かって説教を始める。
本当に食っちまうぞ、コラ。
「傷なんてひとっつもないんだよ、よく見てみろよ」
いい気になって、そういうロイを俺は片手で握り締めて邪悪な表情を浮かべてやる。
「痛ぇよ、このガキ」
「わーわー、ギブ助けて!」
俺の手の中から逃れようと、奴は必死でもがく。手の平にこいつの羽根が摩れてくすぐってぇ。
ふと、隣を見るとサリナが俺達の様子にどうしたらいいのか分からないといった顔で、こちらを見ていた。ったく、仕方ない奴だな……こっちのガキも。
「治ったから、もういい」
そう声を投げてやると、サリナは素直に一つ頷いて見せる。こいつは、何かに対して否定することってあるのか?素直すぎるっていうのも問題だろ?
なんにしても、このわけの分からんガキどもおかげで久々に笑って疲れた。
笑うなんて行為自体、それこそ何年かに一遍あるかないかだったからな。ここ数年は、特にそうだったかもしれない。御陰様でというべきか、傷も癒えたし喉も潤す事が出来た。
そろそろ行くか。
俺はこんな所で呑気に笑っていられる状態じゃない。
今は死を免れたが、確実にそれは俺を付け狙ってきているのだから、安住の地など所詮ありはしない。
「はなせよ〜!はなしてっ」
ギャーギャー騒ぐロイを、手の中から開放してやって俺は立ち上がった。
「行くの?」
ふうと息を吐いたロイが、こちらを見ながらそう尋ねてくる。
「ああ、礼の代わりに教えておいてやる。この辺にいると柄の悪い魔族のあんちゃん達に食われちまうぞ」
軽く笑みを浮かべながら俺は親切に忠告をくれてやったのだが、この羽虫はとことん可愛くねえ。
「あんたの方が、よっぽど柄が……わーわーわーっゴメンナサイ!」
人の親切に対して憎たらしい口をたたくロイに、わきわきと手を握る仕草をする俺を見て、憎まれ口から一変して奴は声を上げた。
本当に色々と忙しい奴だな。今度は、俺の様子を伺いながら遠慮がちに言葉を向けてくる。
「け、けど。ここなら平気だよ」
「あん?何でだ」
「ロイ“結界”はった」
サリナの言葉にロイは空中で両手を腰にあてふんぞり返っている、変なトコ器用な奴だ。しかし結界ねえ、そんな高度なもんをこいつが?
「お前みたいなチビが?」
訝しむように俺が言うと、ロイは俺の鼻先までやってきて反論しだす。
「チビって言うなよ!!!俺は精霊族の中でもトップクラスに入る程の腕を持った結界師なんだからな。一度張ってしまえばどんな魔族も人間も、その存在にさえ気が付かないって代物さ」
ますます調子に乗った様子で俺の肩の乗り、俺の首に片手で寄りかかり体重を預けながら言う。
絞め殺してやろうか、コイツ。
精霊族の結界の効果は、こいつらが滅多に姿を現さないってことで証明済みだが……。一族の全員が本当にそんな大層な能力を持っているのかどうかは、俺もよく知らない。
「でも“結界”あると、いどうできない」
サリナが、両手をパンと叩きながらにっこりと言った。
その言葉に俺は心中でこれでもかとばかりに叫び声をあげる。
使えねぇなあ、おい。
俺が横目でそう訴えていると、ロイは遮二無二言い訳するように声を大にして言った。
「うっ、つまり場所を固定させて限定条件を付けることにより強力な結界がはれるんだよ。多少の弱い結界なら移動しながらでもできるさ、オイラだって!」
「ほほーう」
頷いた俺に、満足気な笑みを浮かべるロイ。
アホだなコイツ、ベラベラと喋って警戒心ってもんをつけねえと騙されて身包み剥がされるぜ。
「って、しまったー!何オイラ、こんな得体の知れない相手にベラベラと説明しちまってるんだぁ!恐ろしい、なんて話術なんだあんた……」
「バーカ。全部自分でベラベラ喋ったんじゃねえか」
「うっ……なあ、あんた魔族なんだろ?」
一瞬言葉に詰まった後、口調を変えてやや真剣な声音でロイが尋ねてくる。
「あんたさあ。助けてやったんだから、その礼に隣の町までオイラ達を連れて行ってくれないかな?」
俺はただ黙って目をニ、三度瞬かせた。
子供というのは何を考えているのかさっぱり理解出来ない、もっとも理解したいとも思わないけれど。
冗談とも思えないような表情でこちらへ視線を向けてくるガキを見ていた俺の表情はというと、口に出すまでもなく呆れきっていたのだろうと思う。