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EPISODE:01(1-1)

 何の為に生きるのか。


 飢えた喉が酸素と水を求めてひゅうひゅうと音を立てていた。

 足はさながら棒のようで、引きずっているのか前へと踏み出しているのかさえ区別がつかぬほどだ。

 俺はそれでも己は走っているのだと思っていた。

 同時に走らなければならないのだとも、理性ではなく本能で感じ取っていたのである。流れ落ちるのは、体中から吹き出る汗と手足から滴り落ちる血液のみ。

 自分の意識の何処か遠くで何かを必死に摸索し続ける。


 何の為に生きるのか?


 こうまでして生きる事の意味が本当にあるというのか?

 時折自分に問いかけてはみるものの、その答えを返すだけの余裕など俺にはとっくになくなっていた。

 もういい、疲れた。

 声にならない声を心中で発し全てを放棄しながらも、それとは裏腹に手足だけは本能に従い安住の地を求め休む事無く動き続けている。

 何故こんなにしてまで俺は四肢に鞭振り走り続けなければならないというのか……不意に何だか自分の行為が馬鹿らしく思えて口元からは無意味な音が漏れる。


 俺は追われていた。


 それも、一人や二人じゃない何十という数の殺しを専門とするいわゆる雇われ魔族という奴らにだ。単純な仲間割れなどで追われているのではないことは言っておこう。

 あの男が全ての元凶。


 「くっ」


 吐き気がする。

 あの顔を思い出すだけで何も詰め込まれていない胃から胃液だけがせりあがってきて、俺は少しそこに水っぽいものを吐き出した。

 少し楽になったと脳味噌の片隅で呟いた瞬間、目の前がくらりと傾く。


 ああ、そうか。


 傾いていく景色に俺は自分が倒れていくのだと、他人事のように思っていた。

 鈍い痛みが体を襲い、均衡を取り戻した俺の世界には青々と雑草が生い茂っている。

 目が霞む。先程まで世話しなく動いていた身体が嘘のように、指先一つ動かない。

 さわりさわりと風だけが俺の髪とそこに生い茂る雑草を撫でていた。

 静かだ、何も聞こえない。

 遠くなる意識の中で俺は考える。



 なんだ、死ぬために生きるのか。



 ふと口元が綻んだ。

 馬鹿みたいじゃねえか、馬鹿そのものだな。

 そんなのが答えなら、とっとと諦めちまえば良かったのに。


 ……冷たい。


 口元に何かが落ちてきた。 

 渾身の力で口を開けてそれを飲み干す。


 水だ。


 しばらくすると、また水がぽたりぽたり俺の口元へと落とされる。

 何故?確かめようとしても瞼は鉛のように重くて持ち上がらない。口だけをパクパクと水を求めている俺の姿は、さぞ間抜けなことだろう。


「うっわー、間抜け面。池の鯉みたいだぜコイツ!」


 思った矢先に真上からムカツク甲高い声が聞こえてきた。


「ロイ……ダメ」


 その隣からは、まるで小さな鈴が鳴るような少女の声が聞こえる。


「だーってよ、サリナ。こいつの口だけ見てるとおっかしーぜ」

「水、もういちどもってくる」


 隣から気配が一つ消える。

 近くに水場があったのか?そもそもここはどこなんだ?僅かながら喉を潤し、思考回路が戻ってきた俺は全神経を集中し、ゆっくりと目を開けた。

 瞼は相変わらず鉛のように重い、眩しかった太陽はもうすでに姿を隠し始めているようだった。なんとか動くようになった目だけを、少女が去ったと思われる方向へと向ける。


「うわぁ!」 


 途端驚きの声が上がった。煩せえな、耳の奥に響く異音が不愉快だ。見るとそこには俺の手のひら位の大きさのガキがこっちを見て、腰を抜かしていやがる。


「よぉ」


 搾り出したせいか掠れて幾分低くなった声がさらにコイツの恐怖を煽ったのか、ガキはその小さな身体をさらに小さくする。おまけに、背中のトンボの羽のようなモノをガタガタと震わせていた。


「わ…、オ、オイラは何にもしてないよ。だから、許して!!」


 両手で頭を覆い隠しながらそう叫びあげる姿を横目で見ながら、何を許すっていうんだか?叫び声をあげるガキに俺は内心呟きを漏らす。


「ロイ?」


 まだ俺の視界に、入って来ない所から声がかかった。ガキの声、コイツとは違う少しばかり細く、柔らか味のある声音。


「サ、サ、サ、サリナ〜っ!!!!」


 ピュンという擬音がそこいらに浮かんでいそうな様子で、ロイと呼ばれていた羽根の生えたガキが飛び退っていくのを俺はただ目の端で追っていた。


「ロイ?なに?」

「ストップ!ダメだってこれ以上進んじゃ」

「でも、水」

「水なんていいから!」

「……くれよ」


 何でもいい、あんなもったいぶったやり方じゃなく噎せ返るほどの水を今は注ぎ込まれたい。


「水、くれ」


 二人の要領を得ない会話に割って入ると、サリナと呼ばれていたガキが俺の傍に座り込むのがやっと目に入る。

 まだ、十を越えていない位だろうか、幼さが色濃く残る少女だった。

 翡翠色の瞳に、柔らかそうな秋の稲穂を思わせるライトブラウンの髪、頭から耳からスッポリ被さるほどの大きさの帽子を深々と被っているが、たいした美少女だ。

 サリナは俺の口元へと自分の手で掬ってきた水をそっと注ぎ込む。


「噛み付かれたらどうするんだよ!」


 サリナの肩の上でロイがキンキンと喚いている。

 なんで、俺が噛み付かなきゃいけないんだか…ったく。文句の一つでも向けてやりたいところだったが、口の中へと注がれる液体を嚥下させるのに今は忙しい。


「いたい?」


 もう血も凝固してきている足の深い傷を見て、サリナは自分も痛そうな顔をして聞いてくる。


「痛いに決まってんだろーが。だから何だ?てめえが治してくれるっていうのか?」


 最後の一滴を喉に流し込む、俺は浅く息を吐いてから一気にそう言ってやった。

 喉の渇きも癒え大分口も回るようになってきたな、うん。

 まだまだ本調子ではないもののかなりきつめな俺の罵詈雑言を受けてもなお、サリナはキョトンとした顔でこちらを見ている。

 そうかと思うと、元から小さな体はをひょいと屈めて投げ出されている俺の足の傷へと顔を寄せるとその傷口を……。


「おいっ」

「サリナ、バカ!!!やめっ……」


 ペロリと舐めたのだ。


 ピリリとした痛みとザラリとした感触が這わされる。

 何考えてるんだこいつは?頭おかしいんじゃないだろうか?というか、汚いとかそういう感情はないのか?


「いたい、なおった?」


 呆気に取られながらその行動を見ていた俺に、サリナは顔を上げてこちらへとその瞳を向けてそう言った。


「はあ?治るわけねえだろ、こんなもん……で?いや、治ってる」


 馬鹿にしたような口調が後半、まるっきりバカの口調になっちまったじゃねえかよ!

 いやそんなことより、どういうことだ?足からは痛みが綺麗さっぱり消えている。それどころか傷口さえも閉じかけてきているなんて、こんな馬鹿な話が。

 咄嗟に俺は険しい目つきで、すぐとなりに座り込んでいる少女を見つめた。


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