海辺 東輝
二作目です。
このサイトにも不慣れですが、ちょこちょこ更新しようと思います。
この作品にて、読書の旅を楽しんでいただけたら嬉しい限りです。
男が立っていた。
海を目の前にして。
涙を堪えるかのように、その男は唇をぐっと一文字に結び水平線を見つめていた。
東輝は絶望していた。もはや、彼の目に溢れる涙の正体すらも分からなかった。
ただただ、抜け殻になった身体を引きずり、一晩かけてこの場所にやってきたのだ。
目的も分からずに。
どうして、こんな場所に来たんだろう。
俺、もうこの世に存在すらしたくないのに…
どうして、こんな場所に着ちゃったんだろう。
この半年間、目まぐるしかった。
一体何が起こったんだろう。
ブラックだったんだ。ブラック。
そう、どんなに同級生が決まった企業に妥協しつつもとりあえず就職を決め、そうそうに大学最後の時間を遊んでいる時も、東輝は自分の望む仕事で内定を取れるまで粘りに粘った。そして、卒業式の次の日にやっと就職先が決まったのだ。
東輝はデザインの仕事がしたかった。パッケージ、CDやDVDのジャケット、本や雑誌の表紙、文房具、商業商品のデザインをしたかった。だから、東輝は大学に入学してからというもの、単位を良い成績で取るのはもちろんのこと、就活準備をしてきた。企業研究、毎日新聞も読んだし業界紙にも目を通してきた。
なのに、
なのに、
何でよりにもよってブラックだったんだ…
デザイナーの枠で入社したはずが、与えられた仕事は研修という名の雑用ばかり。一体、何のためにこの仕事が必要なのか、どう社会に役立っているのか、目的も分からない単純作業ばかりを押し付けられていた。
俺はデザインがしたかったのに。
だから、会社を辞めた。デザインが出来ない場所にいる時間がもったいなかった。新しい会社を探そう。そして、デザインの仕事を学んでいつか独立するんだ。そう思って雑用ばかり自分に押し付けていた上司に辞表を叩きつけ一ヶ月でブラックを辞めたのだ。
しかし、そこからが苦しかった。
新卒で入った会社を一ヶ月で辞めた東輝はただの根性なしとみなされ、どの会社でも落とされた。そうこうしている間に同級生は会社に慣れた様子で楽しそうな様子をツイッターで流していた。
焦りを感じないはずがない。
それでも、東輝にはデザインをしたいという目標があった。だから折れなかった。地道に就職活動を続けた。どんなに落とされ続けても面接を受け続けた。
そして、昨日―――
「小野寺君だっけ? 君の様な態度じゃ、どこの企業も採用しないよ。
それに、これが渾身の作品? だとしたら、きみ才能ないよ。デザインの仕事も就職もあきらめた方がいい。」
あの禿げ頭め…
もし、そんなことを言われたら、きっとそう思うんだろうなと東輝は思っていた。しかし、実際に彼が思ったのは、
…………
何も思わなかった。
心が空っぽになって、今まで彼の心を支えていた希望とか、デザインとか、やる気とか、気力とか、自信とか、プライドとか、そんな言葉が詰まっていた容器の中身が蒸発してカランと無機質な音を立てた。
それから、俺は何をしていたのだろう。確か、みき子に何か言われた気がする。なんだったか…
とりあえず、はっきりしているのはみき子が自分の前から姿を消したことだ。メールも電話も全て着信拒否だ。かといって彼女を探し求める気力も湧かなかった。
もういいや。
早朝の海
そろそろ気力があって、自信がある人たちが活動を始める時間だ。
死のうかな…
何にも考えられない。
東輝はその場に座った。コンクリートの冷たさが沁みる。身体にも、心にも。
ああ、この世から消えてしまいたい。
自分の存在理由ってなんなのかな。
「東輝…」
みき子の声だ。
そっか。心が空っぽになってもみき子の声は聴きたくなるんだな…
結局みき子は最後に自分になんて言ってたんだろう。
東輝は茫然とそんなことを思った。
俺、気力がなくなっちゃったんだな…
きっとこれからどうするかを考えなきゃいけないんだろうけど。
何にも考えられない。
いいか。しばらくここにいよう。
食欲も物欲も希望も気力もない。
しばらくここにいよう。
最後まで読んで下さり、嬉しいかぎりです
感想、レビューをいただけたらありがたき幸せです