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幸せな夢

作者: 冬嗣

五月一日、明日から始まる連休と小春日和の催眠作用によって怠けるこの日。

先程の授業ですでに夢の住人となった俺は休み時間に覚醒し、何とか二時間目に現実に戻って来た。

しかし、その苦労が無駄だったと言わんばかりに始業のチャイムが鳴ってから十分、未だ先生が来ない。

まだまだ元気な奴はお喋りと本来禁止されているゲームに勤しみ、真面目な子は自習を始めている。

俺はどちらにも属しておらず、とにかく眠いので眼鏡をはずし、机に突っ伏した。

顔と胸を机に当て、手首をだらんと垂らして気の抜けた体勢で寝る。多少息苦しいが、それでもこの体勢が一番寝やすい。

胸に過ぎる嫌な予感や、学級委員として呼びに行くなんて、そんな些細な事は気にしない。気にしないと、思いたい。


「がっきゅーいーん、呼びに行けよー」


伏せた頭に感じる視線にちらりと頭を上げて、黒板の右斜め上にある時計を見る。

たしかこの時計は二分遅れていたから、今は十時十六分。

始業から十六分、さすがに生徒の声も少なく小さくなっていく。


「芳野、先生呼びに行けば?」


ここで反対して変にざわめかれるのも面倒くさい。立ち上がりつつ眼鏡をかけ、ブレザーを羽織って締め切られた教室の扉を開けて廊下に出ると、踏み潰した上履きの踵がぱかぱか鳴る音が響きつつ、二階自教室・三年二組から一階の職員室へ向かう。



後ろの方の扉を二回叩き、「三年二組の芳野でーす」なんて軽く言いながら開ける。

そこで俺はやっと、おかしいことに気付く。

静かなのだ。原則として授業中教室の扉は閉め、廊下側の窓は全てすりガラス。だから教室は他の教室から隔離され、音も小さくなるが、授業中の生徒の会話や、それに負けじと大きく出す教師の声が聞こえなかったのは、小さな上履きの音が響いたのはなぜだ?

それに、この職員室。日差しが直接入るからと冬以外は冷房をかけるのが普通。しかし、今はかかっていない。

無人なのは理由にならない。無人なのがまずおかしい。

授業中でも、授業のない先生が二三人と校長もしくは副校長が必ず居る筈だ。

まるでこれでは…三年二組の生徒以外の人間全てがこの学校から消えてしまったかのようじゃないか。


かぱかぱと鳴る音を不気味に思いつつ、職員室に入る。

何度も入ったそこと人以外は全く変わっていない。

きょろきょろと見渡すと、見慣れた国語教師の字が前の方のホワイトボードに書いてあった。

何かあるわけでもなく形式上の会議を繰り返した名残か、残ったそれは中途半端に消えていた。



「四月、二十九日の、…」


四月二十九日は過ぎている。

何かあっただろうか。特別な事が。

あったことと言えば、生徒会会議で先生と派手な喧嘩をしただけだ。

少し規模が違うが、一応は和解したので特筆してこんな会議になるような要素は見当たらないが。


そんな事を思っていると、きゅるきゅると金属とゴムが無理矢理擦れる音が聞こえた。

ホワイトボードに向かっていた視線を音がした扉の方に向けた途端、意識がホワイトアウトした。









「芳野ー?先生来たよ、起きな」


びくりと一回痙攣すると、次第に意識が戻ってくる。

いつの間にか寝ていたらしい。

十時十四分。二分遅いから、十六分。

どんな夢を見ていたのかは思い出せないが、酷い、夢だった感じがする。


「ああ、おはよう」


後退して禿間近、ただし自称スキンヘッドの国語教師が皆にからかわれながらも謝っている。

そうして気付く。今は、五月一日。きっと、時期遅れにも俺が化かされた事に。





きっと、あの瞬間に血が見えたのは、気のせいだ。



そして、啜り泣くような声が聞こえたのも。





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