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転/第九十七話:(タイトル未定)

「ほう、なるほど。つまるところ刀くんは、同郷のさすらい者というわけか」

 胸の内の“ざわめき”に対する答えは、けれどもツミさんとバツの登場が、もうすでに“それ”であった。場を改め、皆で木製の長テーブルにつき、“アイス・ティー”で唇と舌の根をちょいと湿らせ、「ふぅ」とひと息ついて少し気持ちを落ち着けたらば、「ああ、そういえば」とおくればせながら“それ”に気がついた。

「ははっ、まさか“ここ”に来て同郷の者と会えるとは。存外、世の中、意外性で楽しませてくれる。そう思わんかね、刀くん」

「そう……です、か、ね」

 手を貸してくれているのか、こちらの手を取って振り回しにきているのか、本当のところはどちらなのだろう。もうよくわからない。“世の中の意外性”とかいうヤツのことは。

「ま、受け取り方はヒトそれぞれだ。――ところで、刀くん」

 気楽なふうのまま、ドクさんは改めるように言葉を投げてくる。

「キミは、“頭の中身/記憶”以外に、“我らが故郷の物体”を持っているかい? “こちら”に、“あちら”の“モノ/物体”を持ち込めたかい? “自分自身”も含めて」

「…………へっ?」

「いやはや、私は持ち込めなくてな。あるのは、“頭の中身/記憶”だけ。あのときは、純粋に混乱したよ。だから、“知っている状況/記憶にある状況”と“現状”との不一致を解消するため、顔を合わせたそばから問いを投げて歩き回ったもんだ。製作したモノに、やたらと“日本語”を刻んだ時期もあったな。はっはっはっ」

「誇大妄想にとり憑かれた可哀想なおっさん――って、最初は皆、とくに大人は、ドクと距離を置いていたらしいね」

 クッキーっぽい焼き菓子を噛りながら、レンくんが話を継いだ。

「ははは、そうだったな。だが、そんな環境にあって、勇敢さと優しさと愛嬌と知的好奇心に満ちた“とある若いご夫婦”は手を差し伸べてくれたんだ。そんなおっさんにな」

 ドクさんは思い出を懐かしむヒトの穏やかさで微笑み、“ふたり”へと眼差しを向ける。

「それが、父さんと母さんなんですね」

 向けられた“それ”をしかと受け止め、ツミさんはそう口にした。ドクさんと似た微笑みを浮かべている――が、どこか涙を堪えているようにもかんぜられた。

「ああ、キミが誕生するまえのことだ」

「……お、おとーさん、おおおかーさん」

 バツはひっそりと寂しそうに呟き、うつむく。

 その反応に気がついてドクさんは一瞬、“いたみ”を感じるヒトの表情を浮かべ、

「ちょっと待っていてくれ」

 けれどもすぐに転じて“自慢の手品を披露せんとタネを仕込む親戚のおっちゃん”がごとき陽気さで言い、席を立つ。それから、流れる身動きで、この部屋へはいるのに使った扉とは異なる扉の奥へと姿を消す。

 チラリと見えた室内の雰囲気からして、どうやら“そこ”はドクさんの私室のようだ。

 ――ほどなくして。

「待たせた」

 ドクさんは木製の箱を手に、席へ戻った。

 ご贈答用のお菓子が収まっているような大きさの箱で、開くと中には“紙片のようなモノ”が多々、収まってある。

「“これ”を――」

 ドクさんは箱から“紙片のようなモノ”を一枚、取り出し、

「キミらに見せようと思ってな」

 ふたりの前へ、丁寧に置く。

 バツは不思議そうに“それ”を見やり、ツミさんは驚きと喜びと“いたみ”が混在する表情を浮かべる。

「……“これ”、は?」

 ツミさんは“その一点”を見つめたまま、ポソリと訊いた。

「誇大妄想にとり憑かれた可哀想なおっさんに手を差し伸べてくれた“とある若夫婦”と、“彼と彼女の娘”さん――の、写真という……なんというか、まあ、現実にある”一幕/風景/光景”を忠実に切り抜いたかのような精巧な絵さ」

 置かれてある“紙片のようなモノ”――白黒の写真には、幸せそうな笑顔を浮かべる若い男女の姿と、その女性の胸に抱かれた赤子の、“家族の姿”が写ってあった。教科書とかに載ってある幕末の志士の白黒写真のような、鮮明さはいまいちの写真だが、思い出を鮮明に懐かしむには、これで充分なのだろう。

「こっちの――」

 いまあったドクさんの返答を聞いていたのか、いないのか。ツミさんは写真の中の人物を指差し、バツにご両親のことを話し始めていた。

 バツは驚き半分、戸惑い半分といった表情で写真を見やり、“温もり/感情”のこもった“語り/お話”に耳を傾けている。

 そんな“ふたり”の様子にドクさんは優しさある眼差しを向け、静かに微笑む。

「……あの、“こちら”にも、“カメラ的なモノ”が存在しているんですか?」

 とくに配慮したわけではないが、不粋にならぬ程度の声量で、ドクさんに問うた。

「ん? おお、そうだった。話の途中だったな。すまない」

「いえ」

「それにしても、さすがは同郷。楽しい疑問だ」

 転じて、ドクさんは自慢話をしたくてうずうずしている小僧がごとき顔をする。

「楽しい、ですか?」

 どういうことだろう。

 あと、いまのドクさんを見やって、レンくんが“うんざり”と“あきれ”と“愛着”の混在する複雑な表情を浮かべたのを、ちらりと視界の隅っこにとらえてしまったのだが……。これまた、どういうことだろう。

「“認識/知識/記憶の一部”を“共有/共感”できるというのは、楽しいことじゃあないか。とくに、我々のような境遇にあるとな」

 真摯さある表情をしてドクさんは言い、

「それで、だ」

 切り替えるように、けれど少し控えめに柏手をひとつ打ち、

「刀くん、キミの問いに答えよう」

 転じて、満面の笑みを浮かべ、

「“こちら”へ訪れて以来、まだ存在は確認していないな――」

 爛々と目を光らせ、言う。

「私が作ったモノ以外は、なっ!」

 レンくんの浮かべた表情の意が、なんとなく察せられた。

 それからドクさんはカメラを開発するための苦悩と困難について語り、それが一段落したと思うたら、そのままの流れで、次なる語りを始めてくれた。苦労の末、ついに完成したカメラが、“こちら”のヒトたちに怖がられてまったく受け入れてもらえないという悩みについて。それはそれは、とうとうと、せつせつと。

 気づけば、“アイス・ティー”のはいったガラス製コップが汗をびっちょりかいていた。

 レンくんは最初から焼き菓子を楽しむことに専念しており、ツミさんとバツは写真を見やりながらご家族のことについて語らっていた。かくいう自分も途中からいまいち話についていけなくなり、定期的に相づちを打つだけになっていた。現状、この場において、訊き返したり等々、お話に関心を持って積極的に耳を傾けているのは壱さんだけであった。

 壱さんは己が知識の範囲内にあるモノで「それは、こういう――」とたとえて問い、ドクさんの話を噛み砕き、知ろうとしている。

 白黒カメラの仕組みやら作り方を聞かされて、それをわかろうとするとは。さすがです。

 個人的にはよくわからない長い話――

 このまま続けばいい、と思った。

「おっと、いかん」

 でも、そうなってはくれなかった。

「はっはっはっ、壱くんが聞き上手だから、ついつい気持ちよくなって話しすぎてしまったよ。すまんな、刀くん。話を戻そう」

「――え」

「それで、どうなんだい? いまのキミは、キミ“自身”なのかい?」

「あ――うぐぅ! がふぉごふぉごほ――うっ、ふぅ……、はぁ……」

 言葉を発しようと軽く息を吸い込んだ拍子に、まだ口内に残ってあったアメ玉をするっとのみ込んでしまった。まったく想定外の不意打ちで、思いっきりむせてしまう。“アイス・ティー”を飲むまえ、邪魔にならないようにと頬肉と歯ぐきの間に収納しておいた……のだが、失敗だった。これなら、もったいないからと残しておかず、壱さんにならって早々に噛み砕いておけばよかった。

 ……いや、“その話題”に触れまいとして、無意識のうちに少しでも時間稼ぎをしようとしただけか。なら、もったいない精神は正解だったかな。

「すみません。ありがとうございます」

 片方の手で我が手を包み込み、

「もう大丈夫です、壱さん」

 もう片方の手で我が背中をさすってくれていた壱さんに、まずもってお礼を述べる。

 それから唇を舐めて軽く湿らせ、慎重に口を動かす。

「オレは――」

「おい! 鍛冶屋、テメェこの野郎っ!」

 我が発言をかき消すように、

「出てきやがれっ!」

 件の“装置/機械”が置かれてある“工房/工場”のほうから、怒り声が飛んできた。

「おっと、今日は客人の多い日だな」

 ドクさんは深刻さのない困り顔で「はっはっはっ」と笑いつつ、席を立ち、

「少し、失礼するよ」

 そう言い残して、怒り声のほうへと姿を消した。

 なにやらよろしくない空気を感じつつも、“その話題”に触れるのが少し遠退いて安堵を覚えている自分がいた。

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