転/第九十六話:(タイトル未定)
「おっと、“重要なモノ”を忘れていた」
木製の扉のノブに手をかけたところで、ドクさんが言った。
そそくさと踵を返し、車輪のない蒸気機関車っぽい“装置/機械”の前に立つ。そして、“装置/機械”から伸びてある縄を引く。
ヤカンが沸騰したときの“ピー音/笛吹き音”っぽいモノが、“装置/機械”の大きさのわりには控えめに鳴った。最初だけの合図的なモノかと思ったが、少し経っても音はヘタクソな口笛がごとく断続的に聞こえてくる。
「ご近所と自分の耳のために、騒音対策も万全だ。うん」
どこぞの誰かに対して語り、ドクさんは満足そうなエヘン顔を浮かべた。
けれどもそんな表情になってしまうのも、なんとなくうなずける。“装置/機械”が動作しているのに、“それ”のすぐ前に立ってあるドクさんの不意な語りが聞こえてくるのだ。製作者たるドクさんの静音性への尽力は、けっこうなモノだったのだろう。
そんな優れた静音性だからか、新しい音はすぐに耳に届いた。カラカラ、カンカンと壊れた鈴のような音である。
なんとなく聞こえてくる感触というか雰囲気からして、音源は移動しているように感ぜられた。“装置/機械”の内部をぐるぐると回っている――っぽい、気がする。
それが“なんの音”であるのかは、さして時を経ることなく知れた。
ドクさんの前にある木製テーブルの上に置かれた、金属製のボウル。その縁にかかるように“装置/機械”から伸びてある金属製の“管/パイプ”の口から、カンカン、カラカラ、コンコンコンと騒がしく出てきたのだ。
「うむ、悪くない」
ドクさんは“出てきたモノ”をひょいとつまみ上げて口に含み、満足そうに言うた。
それから、金属製のボウルを手に、改めてこちらへ足を向ける。
「“このデッカイの”は製氷機――だったんですか」
ボウルの中身を見やり、“感想”混じりの“確かめる言葉”を投げた。
「ああ、その通りだ。“これ”があれば、いつでも“アイス・ティー”が楽しめるぞ」
「“かき氷”、“アイスキャンディー”とかもいけそうですね。これなら」
「おお! 確かに。あとで試してみるとしよう」
「…………」
胸の内の深い部分にある“ざわめき”が、よりいっそう大きく強くなった。いまの、短くて些細な、ドクさんとの会話によって。
だって、いつもそうであったように、“いつもの感覚”で言葉を口にして、それで当たり前のように会話が成立したのだ。これは、つまり――
「あの、ドクさ――」
「知ってる声に似た話し声がすると思ったら、まさかのご本人登場だったわ」
「あ、ほほほんとうだ!」
さっきドクさんが開けようとして止めた木製の扉が開かれ、その奥から知っているポニーテイル頭とツインテイル頭が現れた。
「え、あれ? どうして、ふたりが“ここ”に」
そこには、ツミさんとバツの姿があった。