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転/第九十五話:(タイトル未定)

 この場においては“味がある”と思えなくもないボロっちい木製の長椅子に、腰を下ろす。だいぶ座れるところに余裕があるのに、なんでだか壱さんはお尻が密着する近さで腰を落ち着けなさった。互いの体温が逃れることなく集中するからなのか、ぎうと触れ合っている部位が、温いを突破して妙に熱い。

 座り位置をうっかり誤ったのかなぁと察し、拳ひとつ分、腰を浮かして、座り位置を改める。――が、そうしたらば、お隣さんも拳ひとつ分、腰を浮かして、座り位置を改めなさった。こちら寄りで。

 おやぁ? と思いつつ、また座り位置を改め――繰り返すこと数回。

 長椅子の端っこから我がお尻がはみ出た状態で、座り位置は落ち着いた。

 片や支えのない自由な空間にさらされ、片や圧と熱にさらされる。左右の違いで、こうも状況が異なろうとは。いったい、どこのお尻が予想できただろう。いったい、どちらが幸せなのだろう。

 ――なんのお話か?

 余裕ある長椅子なのに、なして隅っこに寄って座っているんだろうかと。そういう素朴な“疑”についての、他愛ないお話だ。

「ねえねえ、刀さん」

 つないだままの手をちょいちょいと引っ張り、壱さんが呼んできなさった。

「うん? なんですか」

「“ばっくちゅーざふゅーちゃー”って?」

「ばっくちゅー?」

 背後から瞬時に相手の唇を奪う、未来的な“荒技/荒業”――な、わけないか。

「もしかして、口に出ちゃってました?」

「はい、先ほどポソリと。半笑いで」

 壱さんはこくんと首肯し、話を円滑に先へ進めるための真面目さある口調で言うた。どうやら、素直な知識欲が、早く“意”を知りたがっていらっしゃるようだ。

「はは、そうでしたか」

「そうでした。――で、なんなのですか?」

「ええー、っと。なんと申しますか、有名な“映画”の作品名なんですけど――」

「ほう! ……ほう?」

 旺盛な好奇心を発揮して元気よく我が返答を受け取ってから、

「“えーが”、とは?」

 新たに聞こえた“耳馴染みのない言葉”に、楽しげな疑問顔で小首を傾げる。

「んんー、えっと、その道の専門家じゃあないんで、あまり突っ込んだことは言えないんですけれども……。その……映画というのは、舞台劇を“紙芝居のようにしたモノ/媒体に記録したモノ”のことです。音と動く絵が“そのまま”記録された、“直感/感覚”的な書物とでも言いましょうか。いまは、どちらかというと娯楽の一種ですね。“バック・トゥ・ザ・フューチャー”は、そういうモノのひとつ。素晴らしく楽しい創作物語作品のひとつなんです」

 我ながら、じつにザックリした雑な説明だなと思う。けれども、これ以上のモノは、残念ながら我が脳ミソから出てこない。思いつけない。申し訳ないことに。

「ふんむ、なるほど」

 壱さんは吟味するヒトの顔をして大きくうなずき、

「“えーが”が、いろいろとすごい娯楽――っぽい、ということは、なんとなーく伝わってきました」

 食べ物を口に含んで即、感想を述べる“自称・美食家”がごとき言葉遣いでおっしゃった。けれども、すぐに転じて、いつもの“会話/お喋り”を楽しむ素朴さある表情に戻り、

「ちなみに、刀さんのお好きな作品なのですか? “ばっくちゅーざふゅーちゃー”は」

 そう、訊いてきてくれた。

「そうですねぇ。好きというか、小さい頃から数えるのを忘れるくらいに楽しませてもらってますから。――あ、親父が映画好きなんですよ。だから、小さい頃から、頼んでもいないのに、ちょくちょく映画を“教えて/観せて”くれまして。“バック・トゥ・ザ・フューチャー”も、そんな数ある頼んでいないうちのひとつだったりします。だから――か、どうかは、わからないですけれども、個人的には“好きな作品”というより、“間違いない作品”という認識ですかねぇ。まあ、“それ”を好きと、世間ではおっしゃるのかもしれませんが――」

「ふふふ」

 我が喋りを耳にして壱さんは、ほんわかと柔らかく笑いなさった。

「あらん?」

 まさか、笑われるとは思わず。

 けれども、イヤな気分は一切ない。むしろ、嬉しいという気持ちを懐く。そんな、嫌味の一切ない、ちょっとズルイ魅力溢るる“笑い”であった。ま、なにがどう作用して笑いを誘ったのかわからないので、嬉しさの隅っこのほうにはちょろっと疑問もあるけれども。

「ふふっ、すみません」

 壱さんはお口に手を添えて“笑い”をのみ込んでから、改めて口を動かす。

「語り口が、あまりに素朴で熱心だったので。ふふ、可愛いなぁと感じまして。まあ、うっかり、その“感じ/想い/思い”が、胸の内から溢れてしまいましたけれどっ。――でも、“ばっくちゅーざふゅーちゃー”が、刀さんにとって“どのような作品”であるのかは、よぉーく伝わってきましたよ」

「……からかってます?」

「まさか、からかうなんてとんでもない」

 努めて真面目な口調で、壱さんはきっぱりとおっしゃる。

「めでているのですよ」

「…………さいですか」

 なんでだろう。昔、まだ“下ネタ”という言葉の意すらよくわかっていない清らかだった頃、数少ない親戚のお姉さま連中にからかわれたときの感覚を、ふと思い出したのだわ。

「それで、どのようなお話なのですか? 刀さんがお父様から教えていただいたという、その“素晴らしく楽しい作品”は」

「へ? ええっと……」

 どうしよう。お話のキモになる、“デロリアン/タイムマシン”に“タイムスリップ”、“それ”に必要な“電力”、“1.21ジゴワット――本当はギガワットらしいけど”とか、どうやったら噛み砕いて説明できるのだろうか。

 タブレットPCを充電するのに使う電源が“10ワット”とか“12ワット”で、“1.21ジゴワット”は“約12億ワット”だから、とんでもない電力量だって気がするでしょう――なんて、“ヒトから聞いた話/受け売り”を口から垂れ流したところで、タブレットPCがなんぞやという説明項目が増えるだけだろう。

 ……いや、ここは、“もしかしたら”に賭けてみようかしら。

「ちなみに、ちょいと確認させていただきますが。“タイムマシン”とか“タイムスリップ”、“電力/電気”って言葉を、お耳にしたことは?」

「いま、初めてお耳にしました」

「ですよね……。わかりました。ありがとうございます」

 ま、当たり前か……うーんむ、困った。“それら”のことを“なんとなく”のレベルですら存じ上げないおヒトに、なるたけ噛み砕いてわかりやすく説明できるほどの知的な蓄え、我が脳ミソにはないぞ。

「……やはり“刀さんの世界”のことを知らないと、楽しむのは困難でしょ――」

「そんなことっ!」

 我が脳ミソが“感知/関知”しない我が“深いところ”から、「ぽんっ!」と大きく勢いよく、そんな声が飛び出してきおった。

「あ、いえ、すみません。いきなり大きな声を出したりして」

 自分でも一瞬、驚いてしまった。けれども、

「でも、“知らなきゃ”なんて、そんなことはないですよ」

 そうだった。

 そうだったじゃあないか、オレよ。

 なして、忘れていたのだろう。“下ネタ”どころか“アホウ”の意すらよくわかっていなかった幼き頃の自分が、親父に“バック・トゥ・ザ・フューチャー”を“教えて/観せて”もらったときに味わった、あのときの“どきどき感”や“わくわく感”は、“事前情報/知的蓄え”に由来するものではなかった。むしろ、よくわからなくてもなんか楽しかった。そして、わからずとも楽しいけれども、より楽しみたいから“それら”を知りたいと意を懐く。そんな、“知ろう/学ぼう”とするキッカケになった“楽しさ/お話”だったでしょうよ、オレ!

 そうだよ。べつに、正しく理解する必要なんてないんだ。ふわっと、なんとなぁ~く雰囲気が伝われば。それで。

 楽しそう、と興味を懐いてもらえたらなお嬉しいけれどもね。

「本当は、オレの世界の物事のことも説明できたらよかったんですけど、その……オレも“自分の世界の物事”を正しく説明できるほど理解していないことに気がつきまして。だから、“そういうこと”に関しては、すごくザックリしたことしか言えないんですけど。でも、“それら”がわからなくても、“お話の楽しさ”はなんとなく伝わると思うんです。だから……えっと、つまり、なにを言いたいかといいますとっ! その、いまから、ですね、ザックリとではありますが、“バック・トゥ・ザ・フューチャー”のお話を語らせていただこうかと、そう思っとるわけです。――が、どうでしょう?」

 という我が喋りを耳にして壱さんは、

「ふふふ」

 先ほどと似たふうに、ほんわかと柔らかく笑いなさった。

「本当にお好きなのですね、刀さん」

「ふぇい?」

「お父様から教えていただいた作品だから、でしょうか?」

「ああ。いいえ――」

 問いに対する返答っぽくなかったからなんのこっちゃと思うたけれども、なるほど。そういう受け取りをしなさったのね。

「単純、純粋に、お話が楽しいだけですから」

「そうですか」

 我が返しに、どういうわけだか壱さんは、“ロトくじ”の予想が的中したヒトがごときニヤニヤ顔を浮かべて応じなさった。

 このお顔には、どういう意があるのだろう? ……まあ、いいっか。

「それで、壱さん。お話のほうは?」

「もちろんっ、楽しみにしておりますよっ!」

「そうですか。わかりました」

 気分を切り替える意も兼ねて、「コホン」とひとつ咳払いをしてから、

「では」

 と、語るための口をひら――

「“アイス・ティー”はいかがかな? 我が友のご客人方」

 ――こうとしたらば、不意とそんな言葉が飛んできた。

 見やるとそこには、パーマがかった白髪混じりの頭をした初老の男性の姿があった。中肉中背な身体に、腕をまくった白の長袖シャツと焦茶色のズボンをまとっている。

 どこか紳士然とした雰囲気をしているが、その顔面には少年のような好奇心とその他諸々が溢れて煌めくお目々と笑顔がある。

「気取るまえに挨拶と自己紹介をしようぜ、ドク」

 やや遅れて物影から姿を現したレンくんが、相手に対する親しみあるあきれ顔で言うた。

「おおっ! そうだった。なにをするにも、礼節を欠いてはいかんな」

 ドクと呼ばれた初老の男性は、「しまった!」と自らの頭に手をやり、悔いるような表情をしてから、「これは失敬」と腰を折るほど深く頭を下げ――パッと転じて、

「どうも、こんにちは。我が友のご客人方」

 明るい微笑みある顔だけをこちらに向け、

「私はドク。本当は“エメット・ブラウン博士”と呼んでいただきたいのだが、どうもそれだと“こちら”の“決まり”にそわないらしくて――おっと失礼、話がそれてしまった。話を戻そう。名は……もう名乗ったか。私が、なにをしているかについて話そう。科学者であり発明家である――が、どうにも私の周囲の者たちには、鍛冶屋か板金屋と認識しているようだ。まあ、間違ってはいないのだがね。正しくもないが。うーんむ、これは、あれか、最初に“鍋”を直したのが、よくなかったのだろうか――」

 と、ちょいと早口気味の語りで、自己とその他諸々を紹介してくれる。

「ドク、話がズレてきてるよ」

 まだまだ続きそうなドクさんの話を、レンくんが少し強めの口調でさえぎった。

「それに、ドクもお客さんを待たせているんでしょ? そのために“これ”を調整してたって、さっき言ってたじゃん」

「おおっ! いかん、いかん、そうだった」

 ドクさんは握った右の手で左の掌をポンッと叩いて言い、

「――というわけで、だ。ご一緒にいかがかな? 我が友のご客人方。すぐに“アイス・ティー”は用意できるし、貰い物だが美味しい焼き菓子もある」

 改めて、お誘いの言葉をかけてくれた。

「ありがとうございます。でも、“そちら”のお客さんにうかがってみないことには――」

「ありがとうございます。喜んで、ご一緒させていただきますわ」

 最初のお礼の言葉だけは異口同音、そのあとは相反する意を、オレと壱さんは口にした。

「ちょっと、壱さん」

 自分の口が相手の耳に少しでも近づくよう身体をやや傾け、抑えた声量で言う。

「なんですか、刀さん」

 対してお相手さんは、いたって平常運転な声量で応じてくれた。

「“美味しい焼き菓子”って聞いて、反射的に“口を動かす/言う”の控えてくださいよ」

「……うん? 私は、より多くの方々と楽しくお話しながら食したほうが美味しさ倍増という、お食事に関する“世界の理”に則って、お誘いを受けただけですよう?」

 なにか問題でも? という純粋さある疑問顔で、壱さんは小首を傾げなさる。

「いや、まあ、否定はしませんけどね。そのう、もうちょっと、こう……ね?」

「はっはっはっ!」

 不意に、ドクさんがじつに気持ちのいい笑い声を発した。なんぞという“こちらの意”が向けられたことに気がつくと、ごくりと笑いをのみ込み、口を動かす。

「私の客人なら大丈夫だ。こんなことで腹を立てるような子たちじゃないさ。だから、誘いは軽い気持ちで受けてもらいたい」

「ですって、刀さん」

 どことなくエヘン顔っぽい表情を浮かべて、壱さんが言うてきた。

「……わかりましたよ」

 そもそも、べつに断っているわけじゃあないんだけどなぁ……。

 ただ、順序を気にしたというだけで。

「よしっ、決まった」

 柏手をひとつ打ち鳴らしてドクさんは言い、

「では、こちらへどうぞ」

 と、先客がいらっしゃるであろうほうへ導くための一歩を踏み出す。

「“これ”のことをひとりでも多くに語りたいだけでしょ、ドクはさ」

 車輪のない蒸気機関車っぽい“装置/機械”を顎先で指し、レンくんは言葉をこぼした。

「ま、否定はせんさ」

 ドクさんは楽しげなニヤリ顔で、それに応じた。

「ねえねえ、刀さん」

 先導するドクさんの背を追って行かんとしたらば、つないである手をちょいと引っ張り、壱さんが言うてきた。

「はい?」

「“あいすちー”って、どのようなモノなのでしょうね」

「え? どのようなって、“アイス・ティー”は――あれ? もしかして壱さん、“アイス・ティー”のことをご存知でない?」

「あら、刀さんはご存知なのですか?」

「普通は氷を入れたりして冷やしたお茶のこと、なんですけれども」

 ……おやおや?

 なんでだか妙に、“うっかり”をやらかした気がしてならないぞ。

「ほうっ! 氷とはまた珍しいモノを! 贅沢に使用するのですね。その“あいすちー”というモノは。ぐふふ、楽しみです」

 こちらの胸の内の“もやっと感”なぞ、当然のように関係なく。壱さんは喜色満面、けれども気持ち控えめはしゃぐ。

 なして“ただの氷”でそんなにテンションを上げられるのか不思議でならないけれども、喜ばしいならなによりだ。

「ふふふ――あ、そうだ。刀さん」

 喜色はそのままに、壱さんは思い出したようにおっしゃる。

「“ばっくちゅーざふゅーちゃー”のお話は、あとで――うーん、そうですね、寝物語として、教えてくださいな。……よいですか?」

「ふぇ? あ、ああ、はい、わかりました。よいですよ」

 そういえば、“それ”を語ろうとしていたんだった。

「ありがとうございます、刀さん。うふふ、夜が楽しみです」

 どこか艶気ある微笑みを浮かべ、壱さんはそう口にした。

「そうですね」

 素っ気ないとは頭の隅っこで自覚しつつ、とりあえずの相づちを打つ。いまは、壱さんの魅力よりやや勝る“それ”に、どうしようもなく意を“向けて/奪われて”しまう。

 胸の内の“もやっと感”が、もっと深い部分からの“ざわめき”に変わり始めていた。

 視線は、ドクさんの背中を追っている。

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