転/第八十八話:(タイトル未定)
「おっとう……、これは……」
生存的な意でガチの“隠れんぼ”を、どうにか、こうにか、こなし。“いきなり現れた子ども”が言うところの、「船に乗らず、無事に“ここ”から出られる道っ!」の出入口をまえにして、度肝をぶっこ抜かれた。
「“ぼっとん便所”だ、これ」
ここだぜっ、と“先ほど不意に現れた子ども”が誇らしげに指し示してくれた“それ/出入口”は、我が“記憶/知識”が正しければ“ヒトが通る出入口”ではなく。田舎の親戚の古いお家や、“こちら世界”の宿屋さんとかで見て、お世話にもなった、“お便所”の“便器”の“穴”であった。ちなみに、“見てくれ/造形”は和式ふうで、いたしていたら脚にきそうというか確実にくるやつである。
肝をヒヤヒヤさせて辿り着き、三人と我が頭上の一匹で、この小汚いくて窮屈な掘っ立て小屋に収まった結果が、よもや“これ/便器の穴”とは……。
この徒労感は、どうにも残尿感のように心身に残りそうだわ。
「“便所”、そう思うだろっ」
ふっふっふっ、と“先ほど不意に現れた子ども”は含みあるエヘン顔を浮かべた。
「うん? “なにか”あるの?」
お便所の個室で、便器の穴を中心に、三人と一匹が立ち話をしているという、このよくわからない“いま”以外に。
「あるから連れてきたんだ――」
そう言って、“先ほど不意に現れた子ども”は、
「――よっ、と」
一切のためらいなく便器の穴に手を突っ込んだ。
「おろろろろろっ! なにを、ばっちいことしちゃってるのっ!」
「大丈夫だよ、“いま”は使われてないから」
すぐに戻した手を、「ほら」と見せてくれる。
「そういう問題じゃあふぁっ?」
いまさっき手を突っ込まれた便器が、両側にある“いたすとき足を置く部分”ごと上昇を開始していた。仕掛けが動作しているからだろう、重みある駆動音が聞こえてくる。
「ん、うーん……」
これが“ぼっとん便所”の便器でなかったら、映画やら冒険活劇物語のトレジャーハンターな気分になって、きっとワクワクしていたことだろう。できたことだろう。――が、いかんせん現実にあるのは、上昇する便器である。
お掃除用の便利機能かな――くらいにしか思えない。
なんとも形容し難いガッカリ気分を味わっていたらば、いつの間にか“そこ”に、
「まさか、そんな……ウソでしょ」
いままでより大きな、“ヒトが通れてしまいそうな穴”が現れていた。
「さっ、行くぜっ!」
どうやら、穴の手前側にハシゴがあるようで。言うが早いか、“先ほど不意に現れた子ども”は下半身を穴にもぐらせている。
おおう、すごいわぁ、ためらいがない。
うう……、うーん。
「どうかしましたか」
言葉なく突っ立っつ妙な間を「おや?」と感じたのか、
「刀さん?」
うかがうように、壱さんが声をかけてきてくれた。
お便所の穴にもぐるという冒険行為に、若干の抵抗があることを素直に述べると、
「じゃあ」
壱さんはどこかおもしろがるふうな表情を浮かべて、言うてきた。
「戻って、強行突破しちゃいますかっ?」
私はそれでもいっこうにかまわないですよ、という意気込みを表現していらっしゃるのか、言葉にあわせてぎゅっと握ったお手々を胸の前に掲げなさる。
「すみませんしたっ。すぐ行きます」
同じお汚れでも、“汚物”と“暴力”、どちらか選んで飛び込めと問われたら、そりゃあ当然、前者を選ぶ。まあ、どちらも、気が進まないことには違いないけれども。
「おーいっ! にぃちゃん、ねぇちゃん、なんかあったのかー」
不意と、“先ほど不意に現れた子ども”の声が飛んできた。
妙に遠く感じる音声だなと思うたら、“音源/子ども”の姿が見えず。
他にないので、穴をのぞきこんでみると、なかなか深い底にその姿を発見できた。どこから調達したのか“ランプっぽい光源”を手に、こちらを見上げている。
「ごめーん、いま行くからー」
のぞきこみつつ応じ、
「お待たせしました、壱さん」
振り返って意をそちらへ向け、言うてから、
「行きましょう」
観念したヒトの心境で、“そのために”身体を動かす。
そんなこんなで、“ぼっとん便所”の便器の穴の底へ降りることとあいなった。
穴の場所とハシゴが設置されてある部分の位置関係を、つなぎっぱなしのお手々を活かして、壱さんには手取り足取り的なアレで認識していただいた。
そして――
壱さんのクッションになりたい願望を懐くオレが、先に下りることとなった。
「ハシゴを下りるとき、壱さんに“なにかあったら”、願望成就のピンチがチャンスになるんです! だから先に下りたいです!」
と、ゲヘゲヘぐへへと息をお漏らししながら言うたら、
「“ぴんちがちゃんす”? えっと……よくわかりませんが、刀さんがそこまでおっしゃるのなら、どうぞ」
と、不思議そうなお顔で、先をゆずってくれた。
まあ、一番よいのは、願望が成就されないことだけれどもね。