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〈小休止〉:ティータイム

 年老いて思うのは、言葉尻に「〜じゃ」とか「〜だのう」とか、いかにもな老人語は絶対に使わないというところだろうか。

 では、なにゆえ老人は言葉尻に「〜じゃ」とか「〜だのう」をつけて話す、と思い込んでいるのだろう。

 作り話の洗脳はトテツモナイということだろうかね。

 まあ、掃除中に発掘した“コレ”を書いていた頃の私は、そんな些細なこと気にかけているヒマなんてコレッぽっちもなかったが。

 あえて読み返さなくても、自分の身に起きたことは根深く脳裏に焼きついているので、いまだ鮮明に思い起こせるのだが、

「あれかね、掃除中にアルバムとか発見すると、普段まったく見もしないのに、やたら無性に見たくなってしまう感覚ってやつかね」


 というわけで、本棚の整理中に発見した懐かしき手帳を再読しているうちに、時を忘れていた私を、

「なにしてるの? おじいちゃん」

 横からかけられた愛らしい声が現実に引き戻した。

「それは?」

 長い黒髪にクリッとした眼を持つ、白のワンピースに身を包んだ幼い娘っ子――我が孫は、小首を傾げて、私の持つボロけた手帳を指差す。

「ん? これはね、私が若かった頃につけていた日記のようなモノだよ」

「ふーん」

 と生返事をしつつ、いまだ興味深げに私の手元をガン見な我が孫は、

「どんなこと書いてあるの?」

 ペタンとその場に尻をつき、聞き入る体勢で問うてくる。

「そうさね――」

 改めて問われると、一概には言いがたいほどにトンデモナイ体験談が書かれているのだが、

「――ばあさんと出逢った頃の話、かな」

 まあザックリ語るならば、つまりそういうことだ。

「おじいちゃんとおばあちゃんとの、なれそめ?」

 無垢な瞳をこちらに向けてくる我が孫は、それはもう目に入れても痛くないが、

「間違ってないけどね。“なれそめ”なんて言葉、どこで覚えたの?」

 べつに“言ってはダメ”という言葉ではないけれど、我が孫にはまだ早いと思うのだ。

「おばあちゃんが言ってた」

 あのアクティブばあさん……純粋な孫の前で、何をくっちゃべっていやがるんだろう。

「ねえねえ、おじいちゃん」

「なんだいね?」

「どんなこと書いてあるの?」

「えっ……。ん、んんー」

 語って聞かせたい内容かと問われれば、正直あまり語りたくない内容なのだが――

「あ、そういえば、塩まんじゅう買ってあったんだよ。どうだいね? そろそろお茶の時間にしないかい、ね?」

「するー! 塩まんじゅう大好きー!」

 ダダッと台所の方へ駆けて行く我が孫……。

「食に関して尋常ならざる執着をみせるのは、どこの誰の血を受け継いじゃったんだろう……」

 まあ、いまはその食に対する執着のおかげで話をそらせたのだが。


 ということを、我が孫が昼の寝に入ってから、アクティブなばあさんに語ってみた。

「だから、私の塩まんじゅうが無かったのですか……まったく、ヒドイですよ」

 昔は黒かった今は銀髪をキュッとうなじの辺りで束ねた、いったいアンタは何歳なんだという疑問を投げかけたくなるほどあまり老けていない容姿の我が相方は、不満そうに形のいい眉を寄せる。

「いいじゃないですか、それくらい孫にゆずっても」

「よくないですよっ! この世は弱肉強食っ、喰える時に喰わぬは愚か者っ! 喰えるモノがあってそれを残す者は、もはや生きる価値なしっ! ですよ?」

「ですよ? って、だからなんなんですか。言葉の使いどころを間違えてますよ。力んで語っておいて、恥ずかしいですよ」

 我が言葉を聞いた隣に座るお人は、いきなりヒジ鉄の制裁を放ってきおる。

「うっ! ……も、もう私も若くないんですから、そういうのは御勘弁願いたい」

 肋骨にヒビが入ってそうな感じに、痛みを引きずるんですけれど……。

「それくらい当然の報いです。なんですか、恥ずかしくて語りたくないからって、私の塩まんじゅうをスケープゴートに使ったってっ! 許せませんよ」

 コブシを握って、憤怒する我が相方さん。

「明日、買いなおしてきますから、二発目を放つのは御勘弁願いたいです。素で、素で昇天してしまいそうなので」

「べつに私は、塩まんじゅうの事で怒っているわけではないのです」

「じゃ、じゃあ何に?」

「恥ずかしいと思ったその心に、私は怒っているのですっ。私たちの物語ですよ? 私たちの生きた証ですよ? それが恥ずかしいって、なんですか。私は聞かれて恥じるような生き方はしてませんよっ!」

 我が相方さんは、どこかの独裁者みないに力説する。

「……そ、そうですね。すみません」

 ついつい気圧されて謝ってしまったが、べつに私とて歩んだ道のりを恥じているわけではないのだ。でもね、改めて語ろうとすると、顔面が熱くなるというのか、なんというのか。

「自分の人生を語れる相手が居て、たとえ自分が死してもそれを語り継いでくれる者が居る――それはとても恵まれた幸福なことなのですよ。だから、自信を持って私たちの生き様を、後世に語り継ごうじゃありませんか、ね?」

 その勢いでアナタが自らの子らに、寝物語として自分の生き様を語りすぎたせいか、モノの考え方がものすごっくアナタそっくりになってしまった息子と娘を思うと、若干の抵抗がなくもないのですがね。

「まま、昼寝から目覚めたら、語ってみましょうかね」

 食に対して異常な執着がある事と、セコイというところを除けば、人としてよき例になるでしょうし。

「じゃあ、それまでに塩まんじゅうを買って来てくださいよ」

「さっき買いなおさなくてもイイって言ってたじゃないですか」

「そんなこと言ってませんよ。怒っていない、と言っただけです」

「……さいですか」


 そんなこんなで、塩まんじゅうを再購入しに行くハメになってしまったが、

「まあ、いいか」

 こき使われているおかげか、足腰はいまだに弱りきっていないし。ま、悪いことばかりではない。


“なにかいい物語があって、

 それを語る相手がいる。

 それだけで人生、

 捨てたもんじゃない。”


 という言葉を、ふと思い出した。いま私の足腰が弱らないよう尽力してくれている“ヒト/相方”と、だいぶ昔に“鑑賞した/見て語って聞いた”、“どこかの映画/海の上のピアニスト”の言葉だったかな、確か。ふと思い出したのも、なにかのご縁――ということにして。孫に自らの物語を語り終えたら、この言葉に自らの“言葉/人生”をちょいと添えて、お話をしめようかと思う。


 物語を一緒につづる“ヒト/相方”が、

 すぐ隣にいるというだけで、

 その物語は、よりいっそう楽しくなる――



《ザ・刀と壱の旅》 〜The Tou and Ichi's travels〜

 第一部【起】終幕。

 第二部【承】開幕――


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