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転/第八十六話:(タイトル未定)

「ぶべらっ!」

 野次馬根性あるヒトたちの壁を、「ごめんなすって」と手刀を切ってくぐり抜け。なんだあの野郎は、と訝しむ無数の視線を受けつつ、我が相方さんへ近づき――この状況でお名前を呼ぶのは、相手に名を知られてしまうのは、よろしくないかなと思ったりしちゃって。だから、「オレ、参上っ!」と、肩をポンと軽く叩いて“来たこと”をお知らせしてみたらば、顔面に極めて鋭い裏拳打ちをかまされてしまった。

 反射的につむった一瞬の暗転から視界が戻り――

「あだだだっ」

 身体が拘束されていた。いつ脚を崩されたのか、半身は地べたに押し付けられ、肩を叩いたほうの我が手腕は容赦なく絞り上げられている。

 ただ、それをやりおった“おヒト”は、姿勢も立ち位置もほとんど変えておらず。

 だからなのか、周りの“睨みを向けているヒトたち”は、付け入る隙を見つけられないようだった。

 やっぱこの“おヒト”はすごいなぁと、そのお姿を斜め下から見上げつつ素直に感じた。

 相方さんだもの“声”でわかってくれるだろう、と信じた結果、裏拳からの拘束だったけれども、それでも――

「突然、乙女の柔肌にお触りするなんて」

 我が手腕の“絞り上げ”がやや緩んだと思うたら、

「感心しませんよ」

 その“おヒト”はイタズラを楽しむヒトの微笑みを浮かべて、けれど口調だけは努めて“真剣にたしなめるヒト”っぽく、言うてきた。

「刀さん」

 おっとう……まさか、この“おヒト”、

「オレって、わかっててやりました?」

 そう思えてならないのですが。

「まさか」

 我が拘束を解き、立ち上がるのに手を貸してくれながら、

「拳への当たり心地と……そうですね、“におい”で気がつきました」

 その“おヒト”――壱さんは、「ふへへ」となんでか笑い混じりに口を動かす。

「私の鼻は、なかなか優秀なのですよ」

「でしょうね」

 ……あれ? でも、“におい”でなら、その優秀な嗅覚からして近づいたときに――

 あれかな。こんな状況だし、“条件反射/自己防衛”で身体が動いちゃったのかな?

「べらっべら呑気に喋りやがって!」

 そう、こんな、目を血走らせた方々に睨まれ、怒声をぶん投げられるような状況だし。

「このイカサマ野郎っ! とっとと騙し取った金を返しやがれっ!」

 こうやって難癖つけられ……うん? イカサマ? 騙し取った?

「ところで、あのう」

 周囲の方々を刺激しないよう声をひそめ、

「なにがあったんですかね? この状況は」

 確認の意も込めて、訊いてみた。

「“あちら”が不誠実なおこないをし、私は“それ/不誠実”を活用してガッポリとフトコロを潤わせた。――と、それだけのお話ですよ」

 壱さんは特別さなく、

「ただ、“負け知らず”な私が、“あちら”はお気に召さないようですけれどねっ」

 濁りない事実を述べるヒトの口調で、そう言うた。

 声量も特別さなく、平常運転な離れていてもよくよく聞こえる大きさで。

「なんだと、このっ!」

 周囲の怒れる方々のひとりが、方々の総意を代表するがごとく反応した。

 方々の額には青筋がくっきりビキッと浮かんでおり、なんだかもう血管もろともいろいろプッツンと切れそうである。

「あら、なにかふぁふぇ?」

 とっさに、さっきもらったアメ玉をみっつ、その“勇敢/雄弁”なお口に放り込んだ。

「少しの間、“それ”をペロペロしててください。お静かに。お願いします」

 これ以上、厄介な事態を招かないための、これはいたしかたない緊急措置である。

 子どもが泣き止まないなら、その口にアメ玉でも放り込んでおけ的なアレだ。まあ、そんなこと実際にやるのは、我が周囲の大人たちだけかもしれないけれど。

「ぬぅ、むむむ」

 ビー玉よりちょっと大きいサイズのアメ玉をみっつは、さすがにキツかったのか。それとも、ただ単純に味がよろしかったのか。壱さんは噛み砕くという裏ワザを、どうやらおこなわないでくれたようで。いまのさっきがウソかのように、おとなしくなってくれた。

 かのお口の“勇敢さ/雄弁さ”に一時の休憩が与えられ、とりあえず安堵する。

 ――けれども、根本的な解決には至っていない。

 いまだ、怒れる厳つい顔面な方々に囲まれてることには変わりない。

 このままだと、壱さんと方々が拳で語り合うことになってしまうだろう。たとえ当人がそれでよくても、オレはそれをよいと思わない。望まない。

 というか現状、もうすでに男性がひとり、地べたでお寝んねしていらっしゃるし。もうこれ以上、物騒なことになるのは、なんとしても避けたいところ。

 ――な、わけだが……うーん、どうしようかしら。

「さあて、そろそろ、よいお時間ですし」

 壱さんの手を取り、つなぎ、

「帰りましょうか、ね」

 ほがらかな独り言のノリで言って、

「はい、はーい、失礼しまーす」

 愛想笑いを周囲に振り撒きつつ、努めて自然な流れふうに脱出の一歩を踏みだ――

「ああん?」

「ですよねー」

 ――せなかった。

 流れに乗ってしれっと行ったら、条件反射でうっかり道を開けてくれたりするかなぁ、と思うてやってみたのだけれども、まあ、そうは都合よくいかず。一歩を踏み出そうとしたらば、「行かせねぇよ」とばかりに、怒れる方々がぐぐっと距離を詰めてきてしまった。

 やっちまった。さっきより状況を悪くしてしまったのだわ。

 ぱっと、“代案/妙案/奇策”は思い浮かばないし。この状況を穏便に乗り切るための交渉や説得ができるほど、セクシィーな話術も、スマートな頭脳も持ち合わせていない。

 いかん、これは本当に、どうしましょう……。

「火事だああああ!」

 考えすぎてオーバーヒートした我が脳ミソが、煙を吹いて“機能/思考”停止しようかという、そのとき。明後日の方向から、そんな叫び声が飛んできた。

 一斉に、“この場にある意”が、所在の不確かな“その声”に向く。

 乗るしかない! このビッグ・チャンスに!

 他の例に漏れず警戒するように身構えた壱さんの手を、やや強引に引き――

 駆け出した。全力で。

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